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セブンス  作者: 三嶋 与夢
逸話とかかなり曲解されて伝わっているかもね十二代目
211/345

フルドライブ

「……大丈夫ですか、ライエル殿?」


 アレリア公王家の屋敷の一室では、俺が机に突っ伏しているのをレオルド君が心配そうに見ていた。


 見た目少年のレオルド君は、ここ最近特に俺の近くで仕事をしている様子を見ていた。


 現在、俺がやっているのはガレリア公国が新たに直轄地とした領地の書類関係の仕事だ。山のように書類が運び込まれ、俺がソレを処理している。


 実際は、レオルド君が処理をしている事になっており、その手伝いの意味もあって俺の仕事を見て学んでいるらしい。


 らしいというか、この手の仕事をグレイシアさんも得意としていない。通常業務で手一杯なので、俺の方にレオルド君を回したようだ。


「……大丈夫、だと思う」


 ベイムでヴェラと食事をして、そのまま会話をしてからエヴァをベイムに残して俺の方はメイとロルフィスへ。


 そこから、ガレリアが周辺領主を討伐したので、事後処理で人手不足と聞いて駆けつけたというわけだ。


 昨日は、ルソワースにも手紙を渡しに行った。宰相がいないということで、混乱するルソワースの役人たち。加えて、エルザさんも微妙に困っていた。宰相が処理していた書類が、エルザさんに流れてきたからだ。


 ノウェムとアリアを傍に置いてきたので、二人が色々と手伝ってくれるだろう。


 いや、ノウェムはいいが、アリアの方は心配だ。あいつ、書類仕事でまったく役に立たなかった。


「いや、顔色が悪いですよ。休んだ方がいいのでは?」


 俺は机の上に山積みとなっている書類を見た。笑い声が出て来てしまいそうになった。ロルフィスでも色々と書類や報告書を処理し、ルソワースでも指示を出し、ガレリアでも山のような書類と向き合っている。


 おかしい。俺は冒険者のはずだ。


 色々と裏で動き回ってはいるが、どうしてこんな事をしているのだろうか? もっと暗躍的な事をする肉体労働を思い浮かべていたのに。


 いや、ザインでも同じような感じだった事を思うと、こんなものなのかも知れない。


「これが終われば少し休もうかな。それにしても、また随分と酷い管理をしているね」


 報告書の一枚を見ると、前の領主が税を七割も徴収していた。するのはいいのだが、ほとんどを領地の発展のために利用していない。現状維持、そして増えた人口や足りない分は戦争でなんとかする、という感じだった。


 戦争で略奪をしては、臨時収入として稼いでいた様子だ。宝玉内の四代目も荒れ狂っていた。


『なんでこれだけ豊かな土地で、これだけしか発展しないんだよ! おかしいだろ! というか、七割取られて生きていけるとかどういうこと? これならもっと前に内政に力を入れれば戦争せずにルソワースに勝っていたじゃない!』


 まぁ、馴れ合いで互いに戦争をしていた訳なので、勝ちにこだわってはいないのだろう。


「近くにベイムもあるんだ。新しい技術や金を積めば人だって集められた。どうしてこんな事になっているのか」


 俺の疑問に答えたのは、レオルド君だった。


「……その、外に無理して打って出なくとも今までは大丈夫だったので。それに、周辺国に脅威となるのはルソワースだけという状況が続いていましたから。隣国のセルバはザインとロルフィスとの間で長年いざこざを続けていましたし」


 周辺では脅威となるのはルソワースだけ。しかも、国力的に拮抗しており互いに戦争をする事で利益もあったのだろう。そう、一部の人間が。


「商家関係はベイムが入り込むのを嫌がったのか? でも、定期的にベイムからも商品を買ってはいるな」


 レオルド君はその変の事情に詳しくないようだ。


「分かりません。ただ、ベイムに頼りたくないという領主は多いですよ。商人と冒険者の都とは言いますが、死の商人と傭兵だか賊の集まりと毛嫌いしている者も多いですから」


 確かに、ベイムは一見すると交易で栄えている。


 だが、扱っている商品の多くは武器だ。トレース家も鍛冶屋や職人と契約して、大量の武器を製造している。


 それを消費するのは冒険者に傭兵で、魔物が大陸中にいることを考えれば武器は必ず売れていた。


 時には戦争を煽って争わせ、大儲けもした事もあっただろう。以前のザインやロルフィスでの対応を見れば分かる。


 傭兵団を送り、双方に武具や消耗品を売りつけていた。かなりの金額が動いていたはずだ。


「……俺がトレース家を引き込んだことに反発する領主も多いだろうね」


 天井を見ながらそう言うと、レオルド君は苦笑いをしていた。


「はい。多いです。でも、港を手に入れる事が出来ればガレリアにも大きな利益がありますからね。いつまでも昔のやり方を通すだけでは無理もあります」


 俺よりも年下だが、色々と考えているようだった。


 宝玉からは四代目の声が聞こえてくる。


『あぁぁぁぁああぁぁぁ!! どうしてこんな統治方法で上手く行くんだ! 俺なら怖くて夜も眠れないよぉぉぉ!!』


 ガレリア領主の報告書を見ながら、四代目の叫び声を聞き流しながら作業を続けるのだった。






 ――ミランダは、ライエルに与えられた部屋に顔を出していた。


 手には飲み物と夜食を持ってきており、ドアをノックして返事を待っていた。だが、部屋の中から返事は返ってこない。


 ガレリア公王家に仕官したミランダは、ドアノブに手を伸ばすと鍵がかかっていない事を確認して部屋へと入る。


「もう寝ちゃったの? ライエ……ル?」


 暗かった部屋に廊下の明かりが入り込むと、ソファーに横になっているライエルの足が見えた。


 二つあるソファーのもう片方では、ライエルよりも小柄な少年が横になっている。


 ミランダは部屋に入ると明かりを点して飲み物と夜食をテーブルの上に置いた。


 部屋の中を見渡すと、処理された書類が山積みになっていた。薄い緑のウェーブした髪を指先でかき上げつつ、その書類の山から一枚を手にとって中身を確認する。


「……税率は少し下げて、治水工事への協力で減税? それで平均的な税率に戻すのね。まぁ、そうしないと協力は得られそうにない、か」


 土地的に豊かなガレリアは、どうしても領民たちがそこまで焦っておらず協力を求めても多少の減税では参加もしない。それをしなくても食べていけるからだ。


 そういった事情を考えて行動するライエルが、ミランダには普段の様子から想像も出来ないでいた。


「まるで誰か優秀なサポートがいるような……」


 不意に、ミランダにはライエルの胸元で淡い青い光を放った宝玉に視線が吸い込まれる。


 一瞬、セレスの事が頭をよぎった。宝玉――黄色の宝玉に封じ込められた傾国の美女アグリッサの意識があるように、ライエルの玉にも……。


 そこまで考え、ミランダは肩をすくめるのだった。


「毛布でも借りてこようかしら」


 そう言って、ミランダは部屋を出て行くのだった――。





 ――宝玉内。


 三代目は円卓の間で四代目と二人だけだった。気を使った歴代当主、そしてミレイアの配慮である。


『さて、とうとうマークスの番か。僕はいつになったら役目を終えるのかな?』


 四代目、などと呼ばずに、三代目であるスレイは、息子をマークスと呼んでいた。見た目はどちらかと言えばマークスの方が年上に見える。


 三代目は飄々としており、ついでに言えば若く見えた。性格も大人のようではなく、どちらが年下かと言われれば、誰もが三代目を指差すだろう。


『父さんには“ベスト オブ ライエル”をまとめる大事な仕事があるじゃないですか』


 四代目の言葉に、三代目は大笑いする。


『確かに大事だね! ……でも、審査員が少ないよ。もっと審査員の数が必要だと思わないかい?』


 四代目は眼鏡を外してから、布を取り出してレンズを磨くのだった。


『思いませんね。何しろ、これまでも豊富でしたし、父さんのチョイスに期待していますから』


 父さんと呼ばれ、スレイは目を細めた。


『……マークス、照れくさいから言えなかった。でも、意味がないとしても、本当の僕たちは死んでいるとしても、それでも言うよ。マークスは僕よりもずっと立派なウォルト家の当主だったよ。自慢の息子だった』


 マークスは眼鏡をかけ直すときに、布で軽く目元を拭った。それに気付いたスレイはあえて言わなかった。


『……フレドリクスには色々と謝りたかったんですけどね。あいつ、謝罪しようとすると逃げるんです。父さんから伝えてくれますか。『苦労をかけた。すまなかった』って』


 その言葉にスレイは首を横に振った。


『マークスだけじゃないよ。僕も引き継ぎなしでマークスに当主の地位を押しつけてしまった。親は子に、子は孫に色々と残すものさ。それが良いものか悪いものかは別にしてね』


 マークスは椅子から立ち上がると、姿勢を正してライエルの椅子を見た。ライエルの席が青い光を発すると、そこにライエルが出現する。


 スレイは……三代目は、黙って四代目を見ていた。


 四代目であるマークスは、ライエルに向かって。


『ライエル、今日は最後のスキルを伝えようと思うんだ』


 笑顔でライエルにそう言った四代目を、三代目が見ていた。そして、二人が記憶の扉をくぐる最後まで見送り……。


『マークス、歴代当主の中でお前が一番長く領主の地位にいた。随分と苦労をかけたけど……お前は僕よりも立派だよ』


 ……そう、呟くのだった――。






 そこはどこまでも続く一本道だった。


 かつて、戦場で倒れた三代目に会うために、四代目が急いだ道がそのまま強く記憶に刻まれた場所でもある。


 三代目に会うために、もっと急ぎたいと思って発現したのが四代目のスキル【スピード】だった。


 その甲斐あって、四代目は三代目の息のある内に再会することが出来た。そして、代々受け継いだ玉を受け取る事が出来た。


 青い空に白い雲。


 空を見上げる俺は、なんとなく向かい合っている四代目がなにを伝えたいのか理解していた。理解しているからこそ言うのだ。


「唐突過ぎませんか?」


 四代目は笑顔で。


『そうかな? 俺はそうは思わないよ。俺の役目……いや、俺が助けられるのはここまでだと思っている』


 今度は顔を地面に向け、俺は両手で顔を押さえた。涙が出そうだったが、冗談を口にする。


「忙しいんですから、もっと時間のある時にしましょうよ。ほら、雰囲気が大事とか、四代目も言っていたじゃないですか」


 四代目は声を出して笑っていた。


『いや、それは女性に対してだから。しかし、ちゃんと覚えていたようで結構。これから必要というか、絶対に押さえておいた方がいいから実戦するように。あ、ノウェムちゃんたちにだよ?』


 他に誰がいるというのか? 俺は呼吸を整えて真っ直ぐと四代目に視線を向けた。


「もっと色々と教えて欲しいんですけどね」


『基礎は教えたさ。あとは自分で悩み、大きな壁にぶつからない限り成長はないよ。おっと、普段の“成長”じゃないからね』


 四代目の言葉に俺は苦笑いをした。そして、四代目が真剣な表情になると、一瞬で俺の真横に移動する。


 横を見ると、四代目が俺の肩に手を置いていた。


『……【フルドライブ】。俺の最終段階のスキルだ。これを使いこなせば、少しはセレスに立ち向かえるかも知れないね』


 あくまでも、立ち向かえると言うだけで勝てるとは四代目は言わない。何しろ、セレスはほとんど素の状態でこれに近い事をやってのける。


 俺が息をのむと、四代目が距離を取って後ろ腰から短剣を引き抜いた。そして、それを周囲に投げ始める。


 二つ、四つ、六つ、八つ……そこまでくると、四代目の姿が霞んで見えた。気が付けば、宙に投げられた短剣は、俺の周囲に綺麗に突き刺さっている。


 四代目は、俺の後ろで短剣二本を持って器用にジャグリングをしていた。


「……随分と過激な方法で教えてくれるんですね」


 四代目は右手に二本の短剣を握ると、左手で眼鏡の位置を正した。


『スキルを教えるだけなら別の方法でいいけどね。スキルを使用した戦い方、それに俺の武器を使った戦い方を学んで貰おうか。短剣二本だけを使うスタイルだと思っていたのかな?』


 俺も四代目と何度も手合わせをしてきた。だが、これまでこれ程の数の短剣を使用したところを見ていない。


「使う必要もなかった、と?」


『いや、基本的に多人数相手には短剣二本ではすぐに駄目になるからね。それに、複数のスキルを使用することで――』


 俺は右手を横に振るうと、サーベルが出現して短剣を弾いた。ただし、弾いたのは一本だけで、二本目は右肩へと突き刺さる。


 深々と突き刺さった短剣を引き抜くと、その威力に驚愕した。


「……初代のスキルを使用して威力を底上げですか。それに、わざと一本目と微妙に狙いとタイミングをズラしましたね」


 初代、二代目のスキルを使用し、威力を上げて性格に狙い短剣を投擲したのだ。


 だが、四代目は新しい短剣二本を手に取ると。


『残念だ。三代目のマインドも使用していたよ。ライエルには効果が薄いみたいだけど、判断が少し鈍る程度かな?』


 四代目が短剣を持って構えると、俺は前に飛び出してサーベルを突き出した。だが、目の前の四代目は消えて俺は体中を斬り刻まれる。


 腕、足、胴、首筋、そして頭部……至る所から出血していた。


『マインドは催眠だけじゃない。幻覚も見せることが出来る。相手が抵抗したとしても、ほんの少しでも効果があればこの通りだよ』


 俺が後ろを振り返ると、そこに四代目はいなかった。そして、また後ろから声が聞こえる。


『本当に普段より素早く動くだけのスキルだ』


 振り返るが、そこに四代目の姿はない。今度は斜め後ろから声が聞こえ、そして左手を掲げて周囲を魔法で吹き飛ばす。


「サンダークラップ!」


 雷鳴が轟き、雷が周囲に落ちる。土煙が周囲を覆う中で、今度は声が四方から聞こえてくるのだった。


 土煙がはれると、そこには数十人の四代目の姿があった。


 焦ってサーベルを構え直すが、すぐに右肩に痛みが走る。次は左太ももだ。


『……どんなに抵抗が強い人間でも、少し焦らせてやればこの通りだ。まったく、三代目のスキルは卑怯だよね。俺でも勝てるかどうか』


 呼吸を整え、肩や太ももに突き刺さった短剣を抜いた。二本の短剣を四代目とは違う方へ投げたが、目の前の四代目が消えると俺が放り投げた短剣が俺の方へと剣先を向けて戻ってくる。


 サーベルで弾き飛ばし、そして周囲を警戒した。周囲の気配を探るために、二代目のスキル―― フィールド ――で気配を探る。六代目の―― サーチ ――も使用して、四代目の居場所を探した。


 だが、反応を見つけても次の瞬間には移動して、短剣が飛んでくる。時には大きくカーブを描いた短剣も飛んできた。


 俺の周囲には数多くの短剣が落ち、そして地面に突き刺さっている。


 その内の一本を手に取り、四代目の反応に向けて投擲を行なった。空中で四代目が投げたと思われる横に回転した短剣が、俺の投擲した短剣を弾き飛ばした。


「はぁ、はぁ……」


 宝玉内で戦う限り、怪我などすぐに治ってしまう。いや、元から怪我などしておらず、痛みを感じているだけなのかも知れない。


 そうした状況の中で、俺は徐々に四代目の動きに反応出来るようになって来た。


 短剣を弾く数が増え、そして怪我をする回数も減る。


 周囲では青空が徐々に曇り始め、薄暗い中で俺は四代目と戦うのだった。


「普通に強いですね。伝え聞いた限りでは、四代目は内政で大きな功績を残して、戦闘面ではあまり功績がないと聞いていましたよ!」


 サーベルで短剣を弾くと、短剣が宙を飛んでその短剣を四代目が手に取った。


『時代が時代だからね。賊は多いし魔物も多い。俺も何度も討伐に向かったよ。戦争は機会に恵まれなかったけど、領地同士での小競り合いもあるにはあったからね』


 どこまでも続く一本道の景色は、曇り空で暗くなっていた。


 雨が降り始める。


 だが、俺は目を見開いた。


『……どうやら、コツは掴んだかな?』


 ゆっくりと地面に落ちる雨粒が見えたのだ。そして、四代目の動きにも反応が追いついた。


 飛び出し、そして斬りかかってきた四代目をサーベルで受け止める。


『いい反応だ。やっぱり、ライエルは才能があるね。俺がこのスキルを発現したのは、二十代の後半だったよ』


 四代目が飛び退いて距離を取ると、俺もサーベルを構え直した。


『……よし、最後にしようか』


 四代目は眼鏡を外して胸ポケットにしまい込むと、体全体を低くした。雨が強くなる中で、その動きが更に遅く感じていく。


 最後には、まるで雨粒が止まっているように見えていた。そして、四代目が動き出すと俺も大きく踏み込む。


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