手紙
ルソワースの王城。
中庭を目指す俺とメイは、そのまま手紙のやり取りを引き受けていた冒険者の指示通りに、エルザ・ルソワースのいる部屋を目指していた。
周囲で動く反応を察知しながら、スキル―― ディメンションとスペック ――を使用して人物を特定した。
(前に戦場で反応を確認していて良かった)
エルザさんの反応を確認すると、俺はフードをかぶって窓に小石をぶつけた。
すると、カーテンが開かれ窓が開けられる。ラフな恰好をしたエルザさんがそこにいて、メイに乗っている俺を見て右手に持っていた杖を握りしめていた。
警戒しているようで、スキルが彼女の反応を黄色から赤へと表示する。
俺は懐から手紙を取り出すと。
「グレイシアさんからのお手紙です。今後は俺の方で手紙のやり取りをさせて頂きます」
すると、警戒しつつもエルザさんは、水色の髪をかき上げ紫色の瞳でこちらを警戒していた。
「手紙を先に渡して貰おうか。何か不審な動きをすれば……殺す」
その鋭い視線は紛れもなく殺気を含んでおり、一瞬だけ本当に腰のカタナに手を伸ばそうと思ってしまった。
グレイシアさんとは違う冷たい雰囲気を持つエルザさんに、俺は手紙を投げた。
投げた手紙は横に回転しながらエルザさんに向かう。エルザさんの指に挟まれて止まると、そのまますぐに開封された。
こちらを警戒しながら、文章を確認するとエルザさんが溜息を吐いた。
「……了解した。前の冒険者はもう使えないわけだ。だが、お前は名のある冒険者だと聞いていたが?」
挑発的な笑みを向けてくる女王に、俺はフードを外して。
「手紙には俺の事も書いていたんですか?」
すると、エルザさんは笑った。
「いや。ただ、麒麟と言えば最近有名なのは聖騎士ライエルだけだからな。すぐに返事を用意する。部屋に入って待て」
大きな窓の前にはバルコニーがあり、そこにメイを着地させると俺はそこで待つことにした。
ただ、エルザさんは。
「中に入れ。そこは目立つからな」
言われて中に入ることにすると、メイに視線を向けて頷いた。メイはジャンプをすると空中で一回転して、そのまま人の姿になる。
エルザさんはそんなメイの姿を見て。
「……麒麟は人の姿に化けられるのか?」
部屋に入ると、そこは殺風景な部屋だった。必要最低限という感じで、家具などは確かに高価なのだが女性の部屋にしては殺風景すぎた。テーブルの上にある洒落た小瓶に入った薬が目立っていた。
(グレイシアさんからのプレゼントだったか?)
俺は冗談で。
「寝室に男を入れても宜しいので?」
そう言うと、エルザさんは興味なさそうに部屋にあった机の引き出しから紙などを取り出して椅子に座る。
「大問題だ。見つかれば拷問の後に処刑だな。気を付ける事だ」
笑っていることから、こういったやり取りにどこかなれている感じがあった。前の冒険者ともこうして話をしていたのかも知れない。
机の上にある道具で明かりを用意すると、そのまま手紙を何度か読み返していた。
「……一つ確認したい。グレイシアちゃ……グレイシアの実弟が開拓で成功を収めたようだが、その支援者はお前か?」
グレイシアさんを『ちゃん』付けしようとして少し顔を赤らめたエルザさんは、俺を見ながら確認してきた。
どうやら、いい感じでルソワースでもレオルド君の名前が売れ始めている。そして、情報の速さは明らかにガレリアに内通者がいる証拠でもあった。
「随分と情報が速いですね。そうですよ。俺の方で支援させて頂きました」
エルザさんは「そうか」と言って頷くのだった。
「手紙の件を利用して脅したようだが、両国の現状は危ういバランスの上に成り立っている。あまりひっかき回さないで貰いたいな。私も、お前とは戦いたくないよ、聖騎士殿」
薄らと笑みを浮かべているが、それはこちらも同じだ。
グレイシアさん、そしてエルザさんは広域に影響を及ぼすタイプだ。単独での戦闘力も高いだろうが、それ以上に厄介なのは独自の魔法だろう。
戦う場合、俺もそれなりの情報を得て対策を練らなければ危険な相手だ。
「別に両国にとって悪い方に導いているわけではありません。むしろ、今後を考えれば両国の戦争問題を解決出来るかも知れませんよ」
俺の意見に、エルザさんはクスクスと笑っていた。グレイシアさんとは違い、どこか冷たい雰囲気もあって上から目線で笑われたように感じる。
「それは無理だ。ルソワースもガレリアもそうだが、両者が戦争を望んでいるのだよ。ルソワースなら被害に遭うのは辺境だ。そして、戦争で潤うのは中央の騎士……武官だな。略奪、そして出世……ガレリアも同じだろう? 戦争をしなければ一気に内乱騒ぎだ。うちも地方が騒がないのは、ガレリアという脅威があるからだ」
両者が望んでいる戦争を、こうして何度も繰り返しているというわけだ。
まぁ、俺にとってこの状況はまずい。利用出来ないからだ。
「その危ういバランスはもう崩れますよ。二年から三年でガレリアの国力は増強されます。上手くすれば二倍とまではいかなくとも、ソレに近い結果が出ますね。そこから十年もすれば、その差を埋めるのは容易ではないと思いますけど?」
エルザさんの眉がピクリと動いた。
四代目が宝玉から笑い声を出す。だが、その声は俺にしか聞こえてはいない。
『駄目だね。お飾りとはいえ、ちゃんとその辺も説明しておかないと! 世の中、戦場だけで戦争の勝敗が決まると思わないことだ』
嬉しそうな四代目を放置して、俺は少し笑って。
「では、返事を頂きましょうか。あと」
「なんだ?」
俺は懐から小瓶に入った香水を取り出すのだった。
「ベイムで人気のある香水です。お近づきの印にどうぞ」
手渡すと、エルザさんが少し困惑した表情になった。プレゼントを貰いなれていない、という感じではない。
「……貰っても使えないのだが?」
普段と違う香水を使えば、きっと徹底的に管理している迷宰相に疑われるのだろう。
「ま、宰相も部屋の中までは入ってきませんよ。それに、強い香りのものではありません。お近づきの印なので、気に入らなければ捨てて貰って結構です」
エルザさんが俺に手紙を封筒に入れて手渡すと、受け取ってメイと共にバルコニーへと出た。四代目が懐かしみながら。
『あのライエルがこんなに自然にプレゼントを渡すなんて……もう、何も教える事がないね』
(いや、教えると言うか駄目出しをしていただけのような? まぁ、いいか)
周囲を警戒しながら麒麟姿のメイの背中に乗り、空へと駆け出すのだった。
ガレリアに戻り、エルザさんの手紙を渡したのは次の日であった。
ミランダに頼んで香水の小瓶と一緒に手紙を渡して貰った。
ついでに、ミランダたちにはお土産を手渡すのも忘れない。忘れてはいなかったが、ミランダが最後に。
「新しい女には香水で、私たちにはお菓子? ……この借りは高くつくぞ」
笑顔でそんな事を言われ、俺は笑って逃げ出してしまった。
メイは。
「僕はお菓子の方が嬉しいけどね。やっぱり、量が足りなかったんじゃない?」
そんな事を言ってきた。いつまでも、そんなメイでいて欲しいと俺は思った。
そうしてロルフィスで滞在している村に戻ると、俺はそこでノウェムやエヴァから報告を受ける。
エヴァに関しては、依頼していたガレリアとルソワースでの噂の流布だ。
建て直された家で、俺は椅子に座りながらテーブルを挟んで向かい合うエヴァやノウェムからこれまでの成果を聞く。
「ガレリアの方はレオルド君の噂を流したわよ。内政よりも魔物を蹴散らした方がやっぱり食いつきが良かったわ。国柄かしらね? まぁ、歌や語りでもやっぱり格好よく戦う方が受けるんだけど」
俺はルソワースの方を確認した。
「宰相の方はどうなった?」
「中央だと無理ね。人気が高いから、悪い噂を流しても誰も信じないの。信じても自分たちの利益にはならないだろうし。ただ、地方とかではかなり不満をため込んでいるみたいだから上手くいっているわ。女王を影で操る極悪人、ってね。……というか、相変わらずライエルは酷いわ。私たちでもここまで徹底的にしないわよ」
宰相の噂を流した。もっとも、ほとんどは事実である。女王をお飾りにルソワースを好き勝手にしている極悪人と噂を流したのだ。
ついでに、ガレリアがザイン、ロルフィスと関係を強化している噂も流している。
「なんとでも言え。手は抜かない主義だ。上手くいけば早いうちに接触があるかも知れないか」
わざわざ目立つような場所に滞在しているのは、ルソワースからの接触を待っているからだ。
すると、ノウェムが。
「ライエル様、最近は村の周囲や行商人に扮した者が私たちの事を調べ回っています。ルソワースの手の者だと、少し前に訪れたラウノさんが言っていましたね」
どうやら、俺たちの事を調べ回っているようだ。
「対応が早いな。それはそうと、エヴァ?」
「抜かりないわよ。意見が割れて立ち往生、って感じでそれとなく私たちの噂も流しているわよ。ただ、割と人気があるのか思ったよりも食いつきが良すぎるのよね」
俺たちが意見の食い違いから、寂れた村で動けずにいるという噂も流していた。それに食いついてくれればいいと思ったが、どうやらすぐに動き出したようだ。
こちらから売り込みにいく必要はないらしい。
俺は口元に手を当てつつ。
「エヴァ、宰相とガレリアの領主が繋がっている噂は流したな? 次回の戦場での動きも合わせて噂が流れていれば……」
ノウェムが真剣な表情で俺の後に続いて。
「……ライエル様の思い通りに動きますか?」
動く。というよりも、ある程度の混乱が生まれればつけいるつもりだった。ルソワースはガレリアよりも入り込みにくい国だ。一国で宰相を中心にまとまっているため、冒険者の俺たちでは普通に仕官しても下っ端の役人からスタートだ。
ただ、混乱した状況を生み出しさえすれば――というのが、歴代当主たちの作戦である。
宝玉から五代目の声が聞こえてきた。
『出来る事は全てする。さて、ここからどう動いてくれるか……』
そして、ルソワースが動いたのはそれから数日後の事だった。
滞在しているロルフィスの村に、ルソワースの使者が来たのは数日後の事だった。
隠れるように俺たちの借りている家を訪ねたのは、中級役人が一人と下級役人という感じの人物たちが全員で護衛を含めて八名だ。
あらかじめ訪れるという手紙を家に残し、そして夜になると代表者三人と護衛一人が家に入ってきた。
神妙な面持ちの四名に対し、俺はラフな恰好で武器を持たずに相手をした。
当然だが、建て直した家には仕掛けが施されており、隠れた場所にはヴァルキリーズが武器を持って控えている。
メイやエヴァは外で他の護衛たちの動きを監視していた。
俺とノウェムが代表者たちと話す形だ。
「……聞いていましたが、やはり随分と若いですな。女王よりもいくつか若いとは」
中級役人が俺を見た感想を述べる。実際「もう、色々と大変なんですよ」などと楽に話したいが、そういった雰囲気でもないので余裕の笑みを浮かべながら椅子に座っていた。
「それで、ご用件は?」
下級、そして護衛の三名は椅子に座らずに立っていた。緊張した様子で、俺の方を見ている。そして、中級役人が口を開く。
「……ガレリアの件です。お仲間をガレリアに仕官させ、裏から支援までしているとか。二つ名持ちの冒険者、そして救国の英雄がそのような動きをすれば、我々も勘繰るというものです。真意をお聞かせ願いたい。すでに国中でガレリアはザイン、ロルフィスと連合を組むつもりだと噂まで出ています。ベイムまで支援するという話まで出ているのですぞ」
俺は笑顔を崩さない。相手は、ノウェムが用意したお茶を飲むと、呼吸を整えた。後半、興奮気味だったので少し疲れたのだろう。
テーブルの上に置いたランタンの光の中で、俺は天井を見ながら。
「全て事実です。俺とていつまでも隣国の脅威にさらされるロルフィスを放置出来ませんよ。ルソワース、ガレリアの内情は調べています。ならば、どちらかに与して一方を叩くのは悪くない選択では?」
お前らが馴れ合いの戦争を続けてロルフィスが不安だから、俺がどうにかするんだよ。という感じで説明した。
実際、ロルフィスからそんな事は依頼されていないし、ザインもロルフィスも戦争などしないだろう。言えばするかも知れないが、両国にはメリットが薄い。ロルフィスも、広がった土地の管理で一杯一杯だ。余計な土地を押しつけたらパンクしてしまう。
「……ルソワースは潰しても構わないと?」
下級役人の一人が一歩前に出ると、護衛が手で押さえていた。周囲に顔を向けており、その先にはヴァルキリーズが配置している。どうやら、囲まれているのに気が付いているようだ。
「ガレリアの方が融通は利いた、それだけです。それとも、ルソワースが戦争を止めて話し合いの席に着くと? 両国の内情は知っている、と言いましたよね。戦争を止められない現状も理解していますよ」
座った中級役人が俯いていた。そして、鋭い眼光で俺を睨むように見る。相手は、そんなつもりはないのだろう。殺気は含まれていない。
「……ならば、現在のルソワースが中央重視の偏った政策を推し進めているのも理解しているのでしょうね? そのため、地方軽視で戦場となる場所のことなど考えず、戦争で利益ばかりを中央が得ているのも?」
「もちろんです。宰相殿は中央で随分と人気が高い。厄介ですね」
俺は表情を崩さない。俺の傍で杖を持って立っているノウェムは、無表情で客人たちに対応出来るようにしていた。少しでも変な動きをすれば、ノウェムを筆頭に隠れているヴァルキリーズたちが客人たちに襲いかかるだろう。
「現在、レトル宰相の派閥が中央で幅を利かせています。高官は全て奴の派閥の人間と言えるでしょう。抵抗している派閥はありません。高官の中には高潔な者もおりますが、現状ではどうする事も出来ないのです」
俺は笑顔でその話を聞く。
「それは大変だ。だが、俺には関係ない」
中級役人は俺を見ながら。
「……女王陛下お一人で、複数の国と戦うのは不可能だと我々も理解しています。どうか、ルソワース存続の方向に持っていけないでしょうか?」
「困りますね。俺にも予定というものがあります。それに、宰相殿がいる現状では難しいのでは?」
何度も宰相がいるから難しいと発言し、俺は「宰相が邪魔だからどうにかしろ」と暗に彼らに告げるのだった。
中級役人が、意を決した表情で俺に言う。背筋を伸ばし、周囲が止めに入るがそれも無視して。
「役人にも中央出身者、そして地方出身者がおります。大半は地方の出身者なのですが、多くが中級で出世が止まっております。中央の者を優遇する宰相は、地方の出身者に人気がありません。女王陛下が奴の手の中にいるので動けませんでしたが……ザイン奪還の救国の英雄、ライエル殿が協力して頂けるのなら、可能性があります。我々にお力をお貸し頂けませんか?」
俺はカップに手を伸ばし、お茶をすすった。地方出身者と聞いて予想はしていたが、宰相に不満を持つ連中が接触してきたようだ。
いるとは思ったが、上手く俺のところに来てくれた。宝玉内が騒がしくなる。
三代目は大喜びだ。
『クーデーターのお誘いですか! そういうのは得意よ!』
四代目は色々と計算しているようだ。
『下級、中級役人の集まり、って事だと……数も多いならそう言った連中を一掃してもなんとかなりそうだね』
五代目も普段のやる気のない口調から、ウォーミングアップを始めたようだ。
『どのタイミングで追い落としてやろうか』
七代目もウキウキしている。内政時にはそこまででもなかったのに、戦いが始まるとテンションが高い。
『いきなり宰相をやってしまえば、中央で反発も強いでしょうね。ならば、主要な者たちを追い落とし、ついでにガレリアの領主たちと繋がっていたことにしますか。嘘ではありませんからな! その後、悪事を暴きつつ名声を落としてから処断の方向で!』
ミレイアさんもキャッキャッとした感じで……。
『地方を味方につけつつ、宰相の動きを封じましょうか。ついでにガレリアの悪い領主さんたちも消えて貰う方向で』
ミレイアさんの言葉に、三代目が笑いながら。
『違うね。悪い領主なんていないよ。いるのは判断を間違った領主だけさ。まぁ、今まで甘い汁を吸ってきたんだ。リスクを考えていないわけじゃないだろうし、ここは素直に消えて貰おう。流石に全部は対応出来ないから、邪魔そうなのをピックアップだ!』
五代目が思いついたように。
『レオルドにガレリアの討伐軍を率いてもらうと反感が出てくるな……よし、グレイシアに率いて貰おうか。上手いこと両陣営で掃除の開始だ』
俺は頭が痛くなってきた。溜息を吐くと、中級役人が少し不安そうに。
「ライエル殿?」
俺は笑顔を作って、そしてその提案に乗ることを宣言する。
「いいでしょう。その話に協力します。国一つを潰すよりも良さそうですからね。ただ、こちらの計画に従って貰います」
下級役人たちが、少し興奮したように喜んでいた。スキル―― サーチ ――の表示が青くなっている。味方を示す色だ。
(いや、早すぎるから。もっと警戒しようよ)
俺は笑顔で全員に言うのだ。
「ただし、宰相にはまだ残って貰いましょう。高官の中で重要人物たちをリストアップして頂けますか? まずは宰相の力を大きく削ぐところから始めないといけませんね」
中級役人が俺の意見に少し疑問を持った。
「宰相を追い落とさねば、また派閥を拡大しますぞ?」
俺は少し俯き加減に、そして口を大きく広げて笑みを作る。
「構いません。その間にこちらが中枢を握ればいいんです。それに、宰相は中央……首都の民に好かれています。いきなり追い落とせば問題も出ますからね」
中級役人が難しそうな表情をして。
「た、確かに」
俺は顔を上げて普段の笑顔で。
「まぁ……楽しんでいきましょう。さて、では細かな計画は後日という事で」
そう言って締めくくるのだった。




