迷宰相
――ルソワースの城では、エルザを始めとした主要な面子が会議を行なっていた。
そうは言っても、エルザは飾りである。会議に対して発言権はないに等しい。
今回の議題は、ガレリアの公王代理であるグレイシアの実弟に関する話と、周辺国の動きに対する対策会議だった。
ルソワース宰相の【レトル・ハルドア】は、縦ロールの髪が少し乱れていた。周囲の主要な人物たちは、全てレトルの派閥に属している。
エルザなど飾りと思っているが、それでも国で一番の魔法使い、そして最強の戦士であるエルザに忠誠を誓う者は少なからず存在していた。特に、エルザは下級、中級といった役人に絶大な人気がある。
わずかだが、高官たちからも支持を受けていた。だが、それをレトルは歯牙にもかけていない。何故なら、エルザはレトルが連れてきた王族であり玉座の飾り。そして、戦場では最強の切り札というだけだからだ。
貧しい暮らしをしているエルザを、王城に連れて来たレトルは本気で自分が恩人でもあると信じていた。
そして、エルザの武力を背景にこれまでも派閥を拡大してきた。一代でルソワースをここまで好きに出来たのは、レトルだけである。
極端な中央重視の政策もあり、ルソワースの首都でのレトルの人気も高い。女王の忠臣として絶大な支持を民から得ていた。
だが、そんなレトルも悩んでいた。
「ガレリアの魔女……実弟が開拓を成功させたのは問題ではない。多少優秀な程度では現状に影響はない。だが、ザイン、そしてロルフィスと縁のある冒険者が支援しているのが問題だ!」
レトルが報告書を読むと、そこにはガレリアの細かな内情が書き記されていた。
重臣の一人があまり危機感もないままに口を開く。
「セルバを倒した程度でいい気になるロルフィスなど、二流国家もいいところではありませんか。我々の敵ではありません。ガレリアが両国を頼るのは、それだけ追い詰められている証拠です」
レトルは重臣を睨み付け、口を閉じさせた。
(派閥拡大のために無能まで引き込んだが、足を引っ張るとは……口を閉じて座っていればいいものを)
エルザは椅子に座り、話は聞いているが発言はしない。会議が始まり、そして終わるときにのみ口を開く程度だ。
あとは、レトルが発言を求めたときにのみ口を開く。
レトルは、報告書を読み進めながら。
「……ベイムが支援をしているという話もある。ザイン、ロルフィス、そしてベイムが敵に回った可能性が高い。聞けば迷宮の暴走で出現した魔物の大軍勢を相手に勝利した、ザインの聖騎士が仕官したというではないか」
その発言に、報告書を見ていた重臣が。
「いや、聖騎士の仲間が仕官したようで、本人は国境近くのロルフィスの村に滞在しているようですぞ。それに、明確にガレリアが同盟を結んだという話もない。何か裏があるのでは?」
レトルは額に青筋を浮かべつつ。
(あるに決まっているだろうが! 忌々しい冒険者が、利益もなくガレリアに与するとは思えん。何が目的だ? 以前に四国での同盟の話を蹴ったのが原因か? ガレリアを抱き込み、ルソワースを叩きつぶすつもりか?)
考え込むレトルは、もっと情報を得ようと考えた。ガレリアにいる自分と繋がりのある領主たちに、もっと情報を集めるように指示することにした。
(くそっ、余計な事をしてくれたな、冒険者!)
レトルがライエルの対策に動き始めていた――。
ベイム。
トレース家の屋敷を訪れた俺は、ヴェラが仕事で船に乗っているとフィデルさんから聞いていた。
屋敷に顔を出した俺に対して、本当に嬉しそうな表情で。
「残念だったな、小僧。ヴェラは海上だ。お前が支援を求めても応える者はいない訳だ」
そう言ってきた。かなり恨まれているようだが、俺もそれだけの事をしているので腹を立てることもない。
俺も笑顔で。
「残念ですね。またお金を借りに来たんですけど」
「返すつもりがないのに、借りるとは言わない。お前が名のある冒険者でなければ、私が相手をする必要もないんだぞ。ほら、私は忙しいから帰ってくれないかね?」
互いに笑顔でとても酷い会話をしているが、俺もヴェラがいなくとも用件は伝えなければいけない。
何しろ、今回はフィデルさんに交渉に来たのだ。
俺はお茶を飲みながら。
「……ガレリアで少し仕事をしています。公王代理の実弟と親しくなりましてね」
フィデルさんも真顔になる。
「聞いている。また悪巧みか? 貴様、自分が周囲を不幸にしている自覚が足りないようだな」
言い返せないのが辛いところだ。だが、今回はトレース家にも利益のある話だ。何も、俺たちもたかるだけではない。……ないと思いたい。
「まぁ、今はレオルド・ガレリア――公王代理の実弟と仕事をしています。内政関係ですね。トレース家の支援のおかげです」
フィデルさんが忌々しそうにしている。ヴェラに資金提供させたのが許せないらしい。
「そう怒らないでください。何も俺のためだけにガレリアに協力はしていませんよ。実はガレリアの国内でもレオルド様の評価が上がってきていましてね。完璧とは言えませんが、無理と言われた土地を開拓したんです。二年後から三年後は十分に税を取れる土地になりますよ」
フィデルさんが鼻で笑った。
「投資した分を取り戻すのに何年、いや……何十年かかると思っているのかね? 計算ができないわけではないだろう」
俺は頷く。
その上で、更に支援を求める。
「まぁ、確かにガレリア公王家の領地の一部を開拓しただけです。あまり大きな成果とも言えませんね。それで、追加で支援をお願いしたい」
「帰れ!」
凄い形相で帰れと言われたが、俺でも立場が逆なら帰れと言いたくなる。だが、俺はソファーに座って笑顔で。
「……ガレリアにいい土地があります。港を建造するには最高の立地です。大型の船舶も十分に出入り出来ますし」
ピクリと、フィデルさんの眉が動いた。お茶を一口飲むと「続けろ」と言って交渉を続けさせてくれるらしい。
「港が出来れば当然ですが使用するために税が必要になる。ただ、それがガレリアに貢献した商家ならどうでしょう? ゼロとはいきませんが、格安で利用出来ると思いませんか?」
フィデルさんは表情を変えずに。
「港の建造にいくらかかると思っている? しかもあの辺は領主が海賊行為をしているような場所だ。港に適している場所をこちらが知らないと思うのかね? それに、ルソワースと毎年何度も戦争をしている国だぞ。港の使用は無料、そして独占契約でも足りないな」
今までは陸路を使用しており、運べる荷物も限られていた。
それに、ガレリアは通行する時の税が高すぎる。
港があれば、そういった費用がかからない。そして、大量に商品を売りさばくことが出来るのだ。
俺は持ってきた封筒から、書類を取り出すとフィデルさんに見せるのだった。
「実は仲間をガレリアに仕官させまして。色々と調べさせました。どうやらルソワースとは仲の良い領主も多いようです」
そこには、ミランダやモニカたちが調べたルソワースと繋がりのあると思われる領主たちの名前が書かれていた。
国境から離れている領主に多く、港に適した土地を持つ領主の名前も書き記されていた。戦争で略奪をしつつ、自分たちの土地は被害に遭わないという連中が多い。
書類を見て、フィデルさんは整えられた髭を指で撫でる。
「……二割から三割が敵と親しいとなると、ガレリアは聞いていたよりも脆いな。逆に支援する気が失せる。今度はガレリアで内乱騒ぎを起こすつもりかね?」
俺は首を横に振る。
「まさか。全部を相手にするつもりはありませんよ。ただ、一部には消えて貰います。港はガレリア公王家の管理がいいと思いませんか? それに、海路が出来ればトレース家だけで独占して貰っても構いませんよ」
港が出来れば、商家としても商売相手が増える事を意味している。客も増える。それは大きな利益だ。
「それでは足りないのだよ。話はちゃんと聞くものだ」
俺は笑いながら、内心では疲れてきた。
「こちらの話も聞いてくださいよ。別にガレリアだけではありません。ルソワースにも港が欲しくありませんか?」
フィデルさんは真剣な表情をして、黙っていた。話を続けろという事だろう。
「ルソワースは中央優先の政策です。港の整備は手付かず。まぁ、地方が力を持つのに不安もあるのでしょうけどね。ガレリアもルソワースもそれなりの規模の国です。現地の商家と揉めなくとも、十分に稼げると思いますが?」
フィデルさんが、どうやら乗り気になったようだ。笑顔になると、こちらに要求してくる。
「港の独占利用は本当だろうな? 税が高すぎても駄目だ。こちらの有利な条件でなら、支援も考えよう」
俺は笑顔で頷く。宝玉内からも、歓声があがった。
「現地の漁師、それに商家以外の利用は認めて貰いますけどね。公王家も海賊退治をして貰わないといけませんし。あ、トレース家が認めた商家も利用可能ですよ」
つまり、商家としてはトレース家が独占している状況だが、他の商家の利用に関してはトレース家の許可があれば利用出来る事を認める。
フィデルさんの表情が何とも良い笑顔になった。
「ガレリア、ルソワースの代表の許可は貰えるかな? こちらで用意した書面を届け、サインを貰えるなら支援しよう。ガレリア単独でも支援はするがね」
宝玉内では、三代目が大喜びだ。
『フィデル君には美味しい話だよね! 港の独占、そしてその使用許可を自分が出せるんだから! それでベイムの商人相手に港の使用料で商売も出来るし、立場的に優位になれる。こいつは食いつくと思ったよ!』
きっと腹黒い顔で笑っているのだろう。三代目が楽しそうにしていると、フィデルさんが不憫に思えてきた。
四代目も大喜びだ。
『港の独占利用くらいくれてやらないとね。というか、それくらいはしないと心が痛むよ。これからの事もあるし』
五代目もボソリと。
『今だけは喜べ。そう、今だけだ』
七代目も楽しそうにしている。
『確かに大きな利益ですな。独占……良い響きだ。だが、それを周りがどう思うか? どうにでも出来ると思っているでしょうね。今までなら確かにどうとでも出来た。だが、今は違うぞ、フィデル君!』
ミレイアさんも「あらあら」としょうがないわね、みたいな感じで。
『フィデル君、貴方が嫌っていても、もう貴方は周りから見れば立派なライエル支持派なのよ。それ以外の商家がどう思うか少し甘く考えているわね。本当にもう……手遅れよ』
エヴァが同族であるエルフに金をばらまき、すでに仕込みも進んでいた。小さな取るに足らない噂だが、確実にベイム以外にも広まっている。
笑顔のフィデルさんは、きっと内心では「ガレリアとルソワースから搾り取ってやる」などと思っているだろう。
そんなフィデルさんに申し訳ない気持ちになる。
(ごめんなさい。本当にごめんなさい)
フィデルさんが俺に対して笑顔で。
「“君”は嫌いだが、商売相手としては信用している。ガレリアとルソワースではその手腕を十分に振るってくれたまえ。可能な限り支援を約束しよう」
貴様、小僧から、今は君呼ばわりだ。
嬉しそうなフィデルさんを見つつ、俺は笑顔で対応する。ただ、内心では申し訳ない気持ちで一杯だった。
――ガレリア公王家屋敷。
そこでは、グレイシアが弟であるレオルドを執務室に招いていた。
今は姉弟二人だけであり、レオルドの報告書を読んでグレイシアは上機嫌だった。
いつもの武人という雰囲気ではなく、可愛い弟に対してグレイシアは優しい姉であった。
「凄いじゃないか、レオルド。あの土地で魔物を防ぎつつ開拓を成功させるとは! もう、姉さん凄く心配したんだぞ」
姉であるグレイシアに、レオルドは苦笑いをする。
「いえ、ライエル殿が色々とフォローしてくれましたので。それに、魔物と戦えたのも、十分に周囲で安全を確保して頂きましたから。開拓の方は目標の七割しか達成出来ていませんし……」
開拓に成功したことよりも、開拓する仲間を魔物から守った事を評価されていると知ってレオルドは苦笑いをしていた。
グレイシアは、そんなレオルドの気持ちに気が付いたのか。
「確かに計画よりも進みはしなかった。だが、あの難しい土地をよく開拓したと周りも褒めていたぞ。お前の評価を周囲が改めたのは事実だ。もっと胸を張れ」
大きな胸を張る姉が、右手で胸元を叩くと服の上からでも分かるくらいに揺れていた。
また大きくなったのではないかとレオルドは思いつつ、そんな姉に女性らしい恰好をさせられない自分が情けなかった。
「すみません、姉さん。今まで分かったようなことを言っていた僕が、どうして周囲から認められないのか少し理解しました。ライエル殿に助けられながら、七割程度しか目標も達成出来ず……情けない限りです」
グレイシアは、レオルドの肩に手を置く。
「最初でそこまで出来れば上出来だ。それに、周りは失敗すると思っていたんだぞ。七割も達成すれば問題ない。二年もすればあの土地から税も取れる。それに、ベイムからの支援でほとんど公王家の財政に影響はない。このままいけば、お前を公王位につけてやれる日も近いな」
喜ぶ姉を見て、レオルドはやはり苦笑いをするのだった。
『世の中、タダより怖いものはないんだよね』
麒麟姿であるメイの背中に乗り、俺たちは月明かりの下でルソワースの空を駆けていた。
宝玉からは、三代目の意味深な言葉が聞こえてきたが、今は大事な仕事の時間である。
目指しているのはルソワースの王城であり、俺の荷物にはグレイシアさんからの手紙が入っていた。
内容は、一ヶ月後に考えられているルソワースのガレリア侵攻に関する手紙――ルールブックの再確認というのが主な内容だった。
「どうしたんですか、急に?」
メイは俺が宝玉内にいる歴代当主と会話をしているのを知っており、俺が独り言を呟いても気にもしない。
そのため、こうして会話が出来るのだ。三代目は、少し嬉しそうに。
『いや、急に言いたくなったんだよね。ガレリアの公王代理ちゃんが、僕たちをどう思っているか考えると……そんな言葉が浮んできました』
飄々としている三代目は、歴代当主の中でも一番の腹黒だ。準男爵家時代のウォルト家を率いており、他の当主たちよりも規模的には小さい領地しか統治していない。だが、小さすぎず、かといって大きすぎない領地を率いていただけあって、色々と他の当主たちとは違った視点を持っている。
三代目は、俺に対して。
『さて、次はルソワースの戦乙女……ここでは魔女だったかな? エルザちゃんに近付くわけだけど、殺されないようにね』
「……分かっています。あまり脅さないでくださいよ。一応、あの冒険者やグレイシアさんから、合図的なものも確認はしていますし」
俺がそう言うと、四代目がクスクスと笑っていた。
「なんですか?」
『なに、最初の頃より随分と頼り甲斐が出て来たと思っただけだよ。最初が酷すぎたから、どうしても普通にしているだけで成長したように感じてね』
酷い言われようだが、歴代当主たちに出会った頃を考えれば仕方がないかも知れない。あの時は、何をするにしても頼りなかった。
ただ、四代目は少し残念そうに。
『ま、ルソワースのエルザちゃんを惚れさせるくらいの気概は見せて欲しかったけどね。というか、ガレリアでもグレイシアちゃんじゃなくて、レオルド君と仲良くなっただけだし。もっと積極的におとしにいこうよ』
勘弁して欲しかった。出来れば仲間という立ち位置で、恋愛感情は抜きにしたい。
何故なら、今ですら女性陣が多すぎるのだ。
「もう別におとさなくてもいいんじゃ……」
すると、四代目が興奮気味に。
『甘い! 甘いよ、ライエル! ここまで来たらコンプリートしないと! 女性がトップの国が多いんだし、それに戦後を考えれば、惚れさせている状況は実においしいよ!』
「あんた、嫁一筋じゃないのかよ!」
『いや、妾とか許されなかった訳じゃないけど、もう年齢的にきつかったんだよ。あと、俺の嫁は最高だったけど、他の人間にまで嫁一筋を押しつける気はないし。ほら、ケースバイケース?』
最初の頃はノウェム一筋でいろとか言っていたが、今はハーレムを拡大しろと言ってくる。
四代目……実は面白がっているのではないだろうか?
「最初はハーレムとか否定していましたよね?」
『そうなんだけどね。皇帝になるなら、妃は多い方が良くない? それが苦楽をともにしてきた女性ならなおよし! ……ま、全員を幸せにするならいいんじゃない? ライエルは寂しがり屋だし』
聞き捨てならない事を言われ、俺が反論しようとするとメイが口を開いた。
「ねぇ、そろそろお城だよ」
俺は後で四代目と話をする事にして、今は無事に手紙を届ける事を考えるのだった。




