ガレリア
ガレリア――正式名称は【ガレリア公国】である。
周辺領主の中で、特に力を持つガレリア大公家が周辺領主たちをまとめ上げている国だ。
ガレリア公国だけでも、以前のロルフィス以上の領地を保有している。だが、一番凄いのは、ガレリア大公を周辺領主が権威として認めている事だ。
ベイムを出発してロルフィスへと入り、そこからガレリアに入国すると雰囲気が違うのが分かった。
貴族主体の国家であり、領主たちの力が大きい国だ。
ポーターの天井部分に座り込む俺は、特別に用意した荷馬車や大型ポーターという目立つ集団を護衛しつつ面倒な領地間の移動でとまどって止まる輸送団を眺めていた。
「……凄く面倒だな」
俺の呟きに答えたのは、三代目だった。
『仕方ないよね。でも、ガレリア大公家の荷物と分かれば、安い金額で通してくれるんだし我慢しなよ。まぁ、途中で手に入れた魔石とか素材で現物を渡して通るから負担は少ないんだし』
集団を守るために配置したヴァルキリーズは、ローブを纏ってそれぞれが得物を持っているのをアピールさせていた。
魔物が襲撃してくると、即座に反応してこれを殲滅。そして、解体を行なって魔石と素材の回収を行なっている。
『領主の力が強いのはバンセイムでも同じだけど、ここはそれが極端だね。国としても微妙な大きさだから、準男爵家でも十分に大きいとか……ここで準男爵家だったら、実入りとか良さそうだよね。それなりに発言権もありそうだし』
三代目が羨ましそうにしているが、それでも俺からすれば問題が多い。領主たちが領地の管理をしているので、街道も整備が出来ているところと出来ていないところがある。
街などを通る度に交通税を取られる。
街道を利用するからと交通税を取られる。
……なんとも不便な国としか思えなかった。
いくつもの領地を通り、そしてガレリア大公家の領地に入る手前でも商人たちが貴族と交渉をしている。
「この規模なら税はこれだけ――」
「いえ、しかし、これは大公家の荷物でして――」
「物納は価値が変動するから、金貨で支払って――」
聞こえてくるのは、いかに多く支払わせるか。そして、いかに安く済ませるかという交渉だった。商人たちが途中で得られた魔石や素材を使用し、思っていたよりも安く通ることが出来た。
しかし、帰りを考えると非常に頭が痛い問題だ。また、このコースで帰ると、金を取られるのである。
しかも、ガレリアからルソワースへの移動が出来ない。
商人たちも、通行税のことを考えて商品は割高で売り払うそうだが、大公家にしてみれば迷惑な話だろう。
四代目がブツブツと文句を言っている。
『この程度の街道整備であれだけの金貨を? しかも、微妙なところに関所が多いんだよ。ここは人通りが多いから、って金をむしり取りやがって。もっと安くして街道整備に力を入れれば、倍は稼げるだろうが。なに考えてんだ、ここの領主。馬鹿なんじゃないの?』
領地経営に関して歴代当主の中で基礎を作った事もあり、どうにもガレリアの支配体制が四代目は気に入らないらしい。
『もっとちゃんと管理しろよ!』
七代目は、四代目の意見に否定的だった。
『わしらには関係ありませんね。ま、効率が悪いのは感じますが、自分たちの領地でもありませんし、気にしすぎです』
少なくとも、バンセイムは国王を中心にまとまる国だった。ある程度の共通した法があった。
「同じ体制でも違うものだな」
同じように天井で座っていたミランダが、俺の呟きに答えた。俺の呟きから、バンセイムとガレリアを比べたのを気付いたのだろう。
「大国とは違うわよ。でも、確かに領主の力が強いわね。宮廷貴族とかいないらしいし、私には信じられないわ」
ガレリア大公家には、宮廷貴族はいないらしい。大公家の家臣たちはいるのだが、宮廷貴族という扱いでもなく、爵位もない。全員が陪臣扱いのようだ。
「領主貴族の集まりか」
俺は動き出した集団を見ながら、ポーターを操作するのだった。後ろでは、大型ポーターをクラーラが操作している。
ポーターを見た兵士たちは、ジロジロと俺たちを見ていたが無視してそのまま通るのだった。
大公家の領地に入ると、自分たちが呼びつけたこともあって通行税やその他諸々は徴収されることはなかった。
大公家の屋敷へと到着すると、城を持っていないのも珍しいと思った。ただ、大公家の都市がそのまま城塞都市という機能を持っている。
周囲を壁に囲まれているのはベイムと同じだが、ベイムよりも小規模で軍事施設が多いのが特徴だろう。
都市に入ると、俺たちはそのまま大公家の屋敷へと向かった。
ベイムとは雰囲気が違う都市なのは間違いないが、どこかバンセイムと似ているのは体制が似通っているからかも知れない。
珍しいポーターが来ると、周囲には人だかりが出来て子供たちがポーターを見て目を輝かせていた。
「馬がいない?」
「中に入っているとか?」
「馬鹿、それだと荷物をどこに入れるんだよ」
住人たちのそういった声を聞きながら屋敷を目指していると、ポーターの天井に顔だけ出したエヴァがソワソワしていた。
「ひ、人がこんなに……あぁ、歌いたい」
目を輝かせ、自分の歌を聴いて貰いたいというエヴァをポーターの中に押し込んだ。
「時間がないから駄目だ。戦争が近いらしいから我慢してくれ」
中に入ろうとしないエヴァは、頭を押さえつけられたまま俺に。
「いつもそうじゃない! 忙しくないときなんかないのよ! だからお願い。少しの時間だけでいいから」
呆れつつ、俺は言う。
「地元のエルフとかそういった組織とか面倒だ、って言ったのはエヴァだろうに。我慢してくれ。ルソワースを終わらせれば、ロルフィスで時間を作るから」
安定しない二国では、いつ戦争が始まってもおかしくない。そんな場所に長居などしたくなかった。
「うぅ、分かってはいたけど、チャンスが少ない」
エヴァが文句を言いつつポーターの中に戻っていく。
大量の荷馬車と大型ポーターから下ろされた荷物が、大公家の屋敷に並んでいた。
屋敷から出て来た責任者は、それらの荷物を商人たちと共に確認していく。
ほとんどが戦争に使用する道具である。
中には「どうしてこんなものが?」という物まで入っていたが、気にしないことにしていた。
広い屋敷は確かに大公家に相応しい屋敷だ。国の中枢なのだから城があってもおかしくないが、生活を考えればこちらの方が楽である。
荷物を確認した屋敷の責任者が、部下に指示を出して荷物を運ぼうとしていた。すると、屋敷から一人の女性が出てくる。
白銀の長い髪を持つ女性は、サラサラとした髪を揺らして俺たちのところへと向かってきた。
紫色の瞳に、白い肌はどこか作り物の美しさを感じてしまう。どこか騎士というような服装をしており、男装の麗人という感じだった。
雰囲気は硬い。そして、背も高く武人という印象があった。
歩いて俺の方へと来ると、親指でポーターを指差した。
「すまないが、こいつの所有者は誰だ? 話がしたいのだが?」
俺はフードを外し、そして挨拶をする。
「輸送団の護衛をしているライエルです。こいつの所有者は俺ですね」
俺の近くではモニカが控えており、普段の調子で何か言うかと思ったが口を閉じて俺の斜め後ろで気配を消していた。
(こ、こいつ普段から口を閉じていれば有能なのに)
相手は俺を爪先から頭の天辺まで視線で確認すると、大きな胸を張って腰に手を当てて。
「冒険者か? 少し気になるが、今はいいか。……こいつの動くところを見ていた。馬に引かせない荷馬車か? ベイムではこんな物まで開発されたようだな」
興味があるのはポーターの方らしい。
ポーターを評価されると、少し嬉しくなる。
「流行るほどには出回っていませんよ。それで、貴方は?」
周囲の人間。特に商人たちが俺を見てアワアワとしていた。屋敷の人たちも俺を見て呆れた表情をしている。
ただ、その女性は笑っていた。
「失礼した。【グレイシア・ガレリア】だ。大公代理をしている」
どこかで聞いた特徴だと思っていたら、まさか二大戦乙女の一人とここで出くわすとは思いもしなかった。ただ、笑っているところを見ると、優しいところもあるのだと思っ……。
「こいつを大量に保有すれば、荷馬車を引く馬が少なくてすむ。それだけ軍馬を養い、ルソワースになだれ込めるからな。こいつの話を詳しく聞かせて貰えるか? あのルソワースの魔女の悔しがる顔を見られるなら、多少高くても購入するぞ」
その紫の瞳は、かなり真剣な様子だった。そして、攻め込むとか言いながら笑っているところを見るに、戦闘狂である。
宝玉内からは、同じ意見を持ったのか五代目が。
『あ、あれ? こいつら、実は決められたルール上で戦っているだけだと思ったんだが? まさか、ガチの戦争を長年続けているのか? アレットが少し誇張して話したとかではなく?』
――困惑していた。
七代目もドン引きしている。
『この規模で本当の戦争ですか。よく疲弊して滅亡したセルバにいいとこ取りをされませんでしたね』
俺が一歩下がると、相手も一歩前に出て来た。俺の肩を掴もうと手を伸ばしてくると、モニカと近くにいたノウェムが近づいて来た。
しかし、グレイシアさんの後ろから責めるような声がした。
「姉上! 相手に失礼ではありませんか!」
振り返ったグレイシアさんは、溜息を吐いて相手を見た。少し、苛立っているように見える。
「お前には関係ない話だ、【レオルド】。邪魔をしたな」
銀色の髪に垂れ目で紫色の瞳。どうやら、グレイシアさんの弟さんのようだ。年齢は俺よりも年下に見えた。
グレイシアさんが屋敷へと戻ると、レオルド君が俺に謝罪してくる。
「申し訳ありません。姉はあのように戦争となるとどうも視野が狭くなって……。あ、それよりも荷物を護衛して頂きありがとうございます。僕はレオルド。大公代理である姉の弟です」
俺も自己紹介をする。
「冒険者のライエルです。まぁ、護衛は依頼ですので、お礼を言われるような事はありませんよ」
すると、レオルド君は少し目を伏せて苦笑いをする。
「いえ、多くの商人や冒険者の方が、ここに来るまで不満を持ちますので」
レオルド君の対応を見て、四代目が駄目出しをする。
『この子、根は良い子だけど駄目だね。大公代理と言うことは、ここは男系なんじゃない? それで地位を引き継げないとなると、年齢が低いと言うより相応しくないと思われているとしか思えないよ。それに、すぐに謝罪するのも駄目だ。周りを見なよ』
俺が周囲に視線を向けると、レオルド君の反応を見て屋敷の人たちが反抗的な視線を向けていた。
三代目は、周囲の光景を見ながら。
『お姉さんが強すぎて、お姉さん中心でまとまっているね。でもおかしいな? ……こういうの、割と面白くない話になるんだけど。強すぎるから暗殺とか、結構あるんだけどね。弟君の方が操りやすそうだし。なんか、聞いていたよりまとまりが弱い気がするね』
俺は、周囲から敵意を向けられる光景を見て、レオルド君に同情してしまう。自分と重ねてみてしまったのだ。
(レオルド君も同じなのか)
レオルド君も周囲の視線を感じているのか、俺に笑顔を向けるとそのまま屋敷へ戻っていく。
「失礼しました。お邪魔でしたね。それでは」
レオルド君は、姉であるグレイシアさんが武人という感じなのに対して、どこか文官という印象のある少年だった。対照的な二人の姉弟だ。
荷物を届けた商人たちは、報酬を受け取り屋敷から出て行くのだった。護衛である俺たちも同行し、そして都市で二泊ほどして戻ることになる。
ただ、俺は戦争に極度に傾いたこの国が、少し――いや、だいぶ危ういように感じたのだった。
――ガレリア大公家の屋敷では、グレイシアがレオルドを部屋に呼びつけていた。
何かあれば叱責されるレオルドを、屋敷の者たちも軽んじていた。
とても強く、そして美しい姉に相応しくない弟。大公に相応しくない弟と、そう周囲に認識されていたのだ。
だが――。
「レオルド、無理に私のフォローをするんじゃない。お前は気にしなくていいんだ」
グレイシアは、レオルドに普段屋敷で見せる態度とは違う態度で接していた。弟を心配する姉の態度であった。
レオルドも、それを知っているので。
「でも、あのまま他の領主たちが商人たちから搾り取れば、値段が上がって……財政だって苦しいのに」
ガレリアは一見すると、領主たちがガレリア大公の名の下にまとまっているように見えている。
しかし、そうではない。
大公家を利用し、ルソワースと戦争をしているのである。
「心配してくれる気持ちは分かる。だが、お前がそれを言いすぎれば、確実に暗殺されるぞ。今は私がお前の意見を聞いていないから、軽く見られてはいるが……」
領主たちの権力が強く、大公家の命令でも大事な収入に関して文句を言えば領主たちは反発する。
そして、グレイシアやレオルドの両親も、実は不審死をしていた。長年の戦争による疲弊、そして国力の衰退は隠しきれない。見栄を張らなければ周囲はついてこないし、今更大公家が周囲を切り捨てる事も出来なかった。
切り捨てた時点で、周囲が大公家を切り捨て国内が一気に荒れてしまうからだ。
グレイシアも本当は戦争をしたくない。ただ、もって生まれた才能がそれを許さないのだ。ガレリアの戦乙女として、周囲に戦う事を求められている。
本来なら大公代理ではなく、レオルドを大公に据えたいグレイシア。
しかし、レオルドも頑固だ。これ以上の戦争は無駄であると信じているし、実際に国境の領主たちに泣きつかれている。
泣きついて協力するならいいが、どこまで領主たちが協力するのか分からない。そして、国境を持たない領主たちは、戦争で略奪をする事で臨時収入があるのだ。止めると言えば、抵抗する状態だった。
「とにかく、お前が成人するまで私が代理をする。だが、お前は自由に生きる道も考えろ。今のままでは本当に殺されるぞ」
グレイシアの言葉は、大公位を捨てろというものだった。ただ、それは姉として心配しての発言だった。
レオルドは。
「……それだと、姉さんが無理やり結婚させられるじゃないか。前の会議で、戦乙女の子は多い方が良いとか言っていたのを忘れたの? あいつら、本気で姉さんに数人の男性を押しつけるつもりだよ。そんなのおかしいよ! 姉さんだって、本当は戦いたくないのに」
グレイシアは、自分の強さを理解していた。そして、それを周囲の領主たちが恐れているのも知っている。ただ、グレイシア一人で戦争は出来ないし、周辺領主に攻め込まれると負けてしまう。
そして、そんなグレイシアに、幾人かの領主はグレイシアを共同管理する提案をしてきたのだ。共同管理という名前で提案はしていないが、内容は酷いものだ。
グレイシアに複数の家の子供を産めと言ってきたのである。突き返してはいるが、それでも周囲がグレイシアの力を恐れて暴発する可能性も考えられた。
だからこそ、グレイシアにとって戦争は大事になっている。自分でなければ戦えない相手――【エリザ・ルソワース】がいるから、グレイシアは生きているのだ。
彼女がいなければ、今頃は本当に共同管理で子供を産まされ、そして用が済めば暗殺されていたかも知れない。
「……それでも、逃げることは出来ないんだ。だから、お前だけでも」
「姉さん」
心配し合う姉弟は、その部屋の中でだけ本音で話せるのだった。外から見てまとまっているように見えているが、内側はボロボロだった。
そして、ハッキリ言って、ガレリアの現状は詰んでいた――。