第二章 プロローグ
怪物と称された妹【セレス】に勝負で負け、実家であるウォルト家を追い出された俺【ライエル・ウォルト】は、テーブルを女性二人と共に囲んでいる。
(あ、味がしない)
少し遅れた夕食を食べながら、どうしてこうなったのかを悩んだ。
伯爵家の跡取りから、家を追い出され全てを失った俺。
何もかも失い、取りあえず冒険者になろうと故郷を出た。
元婚約者である【ノウェム・フォクスズ】は、全てを失った俺についてきてくれたのだ。元は男爵家の次女で、幼い頃からの顔見知りでもある。
良く出来た元婚約者であり、そして俺は頭が上がらない相手でもある。
怖いとか、恐ろしいとかいうのではない。
俺のために買い揃えていた家財道具を売り払い、俺のために使用してくれた。
世間知らずの俺の世話までしてくれる。
優しく、それでいて美しい。
明るい茶髪をサイドテイルにし、今は静かに食事をしていた。淡いピンクの唇にスプーンが触れる。
紫色の瞳は、自身が調理した料理を見ている。スープにパン、そして安かった肉を焼いたものがテーブルの上にあった。
「ライエル様、お口に合いませんか?」
俺が見ていたのを気付いたのか、ノウェムは少し心配そうに見てくる。
「そ、そんな事ない!」
そう言って俺は食事を再開した。
そして、ノウェムの前に座っている女性にも視線を向けた。
赤い髪は背中まで伸び、毛先は少し癖がある。紫の瞳はどうにも落ち着かないのか、しきりに動いていた。
【アリア・ロックウォード】は、家を追い出された女性だ。
もっとも、追い出された理由は俺とは違っている。
彼女の父が、盗賊団と繋がりがあったためだ。ダリオンの街に流れ着いた盗賊団は、近くにある廃鉱跡を根城にし、街に数名の部下を潜り込ませたのである。
その手助けをしたのが、彼女の父であった。
元は子爵家で、法衣貴族として役職まで持っていた名門のロックウォード家。
彼女――アリアの父が、一代で潰してしまったのだ。
しかも、ロックウォード家の家宝まで売り払った。
盗賊団を退治する事になった俺は、家を追い出された馬鹿息子を演じ、そしてダリオンの領主から資金援助を受けてその家宝を取り戻したのである。
「あ、これ美味しい」
アリアがそう言うと、ノウェムは嬉しそうにする。
笑顔で料理について説明した。
「そのお肉は叩いてお酒に漬けていたんです。お口に合って良かった」
誓って言うが、俺はアリアに惚れて助けたのではない。
断じて違う。
俺とノウェムの家にいるのも、理由があるからだ。
盗賊団と繋がりがあり、スキルを複数所有した【玉】を売り払ったアリアの父は、現在は領主に囚われていた。
そして、住んでいた家を追い出される事になる。
本来、アリアも同じように娼婦になる道が用意されていた。だが、俺が盗賊団を討伐した理由が、アリアに惚れたからという流れになり――。
「私が作るより美味しい……」
少し悲しそうにするアリアに、ノウェムは慰めるようにいう。
「私に出来る事ならお教えしますよ」
「お、お願いします」
――領主であるベントラーさんによって押しつけられてしまった。
(これじゃあ、クズ野郎じゃないか!)
ノウェムに冒険者として一人前になるために資金を出して貰い、世話までして貰っている。
なのに、好きな女が出来たからと家に住まわせている状態だ。
むろん、俺はやましい気持ちがあってアリアを助けたのではない。
ちゃんと理由があったのだ。
こんな状態になり、俺はノウェムに告白して気持ちも伝えた。だが、アリアを受け入れる事を薦めていたのは、何もベントラーさんだけではなかった。
ノウェムも受け入れに肯定的だったのだ。
意を決した告白後――。
「お気持ちはとても嬉しいです。ですが、ライエル様と結ばれてしまえば、アリアさんの居心地が悪いと思います。ここは、ライエル様が一人前の冒険者になった時に、アリアさんと共に受け止めて頂ければ――」
――などと言われてしまった。
(せっかく成功したのに、振り出しに戻るとかどういう事? というか、ノウェムがハーレム推奨してくるとか想像できなかったんですけど!)
きっかけは俺の言葉だったようだ。
故郷を出る際に、ノウェムを追い返そうと言ってしまったのだ。
【冒険者になってハーレム作ってのんびり暮らす】
このような事を言ってしまった。
それをノウェムは、どうやら『ハーレムを維持できる冒険者は一流。そして、のんびり暮らすには超一流の冒険者になる必要がある。
俺の目的は超一流の冒険者になる事』と、理解したらしい。
間違いだ。
普段察しの良い子なのに、どうしてそこで間違えたのか理解できない。
(駄目な男だと分からせれば、ノウェムも呆れて帰ると思ったんだ。なのについてきて……その上、尽くしてくれたのに、俺の言葉を真に受けて)
俺も忘れていたのに、律儀に覚えていたらしい。
だが、言わせて貰いたい――。
本当に下心などなかったのだ。
(そう、俺にはこいつらが――この【宝玉】が……)
宝玉とは、玉の完成形とも言える。
玉とは、人が一つしか持てない。発現しないスキルを、記憶する事が出来る道具である。
今は主流ではないのだが、そうしたスキルを記憶してきた玉が、八つのスキルを記憶して完成してしまったらしい。
玉から宝玉になってしまった。
俺の未だに効果が判明していないスキルと、ウォルト家が代々受け継いできた青い宝玉に記録されていた七つのスキル。
ただ、問題のは――。
『アリアちゃん可愛いなぁ……クソ親父に悩まされ、家を追い出されるなんて、可哀想な子だよな』
野太い声が宝玉から聞こえてくる。
ウォルト家の初代【バジル・ウォルト】の声だ。
『鏡を見て言えよ! クソ親父の顔がそこに映っているだろうからな!』
初代に喧嘩を売るような声が聞こえてくる。
ウォルト家の二代目【クラッセル・ウォルト】である。
まるで狩人の恰好をした二代目は、ウォルト家では地味な存在として語られている。
初代が開拓団を率いて村を興し、領主となり地方貴族であるウォルト家が始まった。
そして、三代目は他国との戦争で王の撤退を成功させ義将として名声を得た。
しかも、撤退戦を成功させ戦死したものだから、未だにその時の話題が出ると三代目である【スレイ・ウォルト】の名前が出てくる。
両者に挟まれた二代目は、ウォルト家でも地味な存在である。
――だが、事実は違う。
無計画に広がった領地、そして蛮族を拳で説得して傘下に収めた初代。
頼りなく飄々とした息子は、何事に対しても軽い反応。
二人に挟まれた二代目は、相当苦労をしてウォルト家の基礎を固めた人物だ。
なのに、評価されてない可哀想な人でもある。
(……二代目、今日も初代に当たりが厳しいな)
宝玉となった時、記録されていたスキルに人格が宿った。
それは、使用してきたご先祖様たちの記憶でもある。
俺のスキルが発現し、玉が宝玉へとなった時、ご先祖様たちもスキルとして目を覚ましたというわけだ。
だが、この宝玉――。
『今日も元気だね、初代と二代目は』
笑いながら二人の争いを聞いているのは三代目だ。
しかし、俺に聞こえるという事は、宝玉は使用されているという事でもある。
――つまり、俺の魔力を消費しているという事になる。
スキルも使用していないのに、だ!
(お前らもう少しだけ大人しく出来ないのかよ……)
スキルに意思があるためか、その使用制限もスキルによってかけられている。
そのため、スキルを使用するために俺はアリアの頼みを聞いたのだ。
どうしてアリアの頼みを聞く必要があったのか?
それは、初代の初恋の人に、アリアが似ていたからだ。
しかも、アリアはその初恋の人物の生き写しであるらしい。
そのため、盗賊団を討伐する流れになった。
初代のスキルを使用できるようになり、一時的にだがその他のスキルも使用できるようにはなった。
ただ、三代目と七代目のスキルは、未だに使用できない。
俺の体が耐えられないという理由で、制限がかけられている。
(こいつら、絶対に宝玉じゃない。呪いの道具か何かだ)
そう思っても仕方がない事が続いているだけに、段々と俺の中で宝玉に対する評価が下がってきている。
アリアを迎え入れた俺だが、当然必要なのは戦力である。
そのため、アリアには冒険者になって貰う事になった。
本人も、ただ養われるのは申し訳ないと、それを了承してくれた。
くれたのだが――。
「それでは、パーティー登録を完了します。アリアさんが加わりましたが、ゼルフィーさんとの契約は延長できませんので注意してください」
赤い髪を坊主頭にした、褐色肌の筋骨隆々のギルド職員――ホーキンスさんに言われ、アリアも緊張した様子である。
見た目は厳ついのだが、これでも仕事ぶりは親切丁寧で、ダリオンの冒険者ギルドでは優秀な職員だった。
「は、はい!」
ギルドカードを受け取ったアリアに、指導員であるゼルフィーさんが声をかける。
「あんまり緊張しないの。これからは立場もあるので、仕事中は呼び捨てにします。アリアお嬢様もそれでいいですね?」
元はロックウォード家に仕えていたゼルフィーさんは、俺たちが指導員としてギルドへ依頼した人物だ。
実家を出て何も知らない俺たちに、冒険者としての基礎を教えてくれる人である。
もうじき結婚を控えており、パーティーを解散し今はギルドの依頼で冒険者の育成を頑張っている。
――というのが、表向きの彼女の顔だ。
結婚するのは事実らしいが、裏は領主であるベントラーさんと繋がりのある冒険者だ。
冒険者に成り立ての新人に優しいダリオンでは、実力のある冒険者でもある。
「さて、これで三人揃った訳だが、基本的な事を教える必要があるね。私はギルドの会議室でアリアおじょう……アリアに指導するから、ライエルたちは雑用系の依頼を受けて貰うよ」
そう言われた俺は、露骨に嫌な顔をした。
「ま、またですか?」
ノウェムは俺の顔を見て少し困った顔をしている。
俺を励ますように言ってきた。
「ライエル様、頑張りましょう」
ゼルフィーさんは、ニヤニヤしながら俺を見ていた。
何せ、ゼルフィーさんの雇い主を騙して金を出させたのだ。ついでに、ゼルフィーさんもこき使ったので、意趣返しがしたいのだろう。
「当然。ま、午前中で終わるような依頼だよ。終わったらライエルは装備を揃えるんだね。予備のサーベルも使い物にならなくなったんだろ?」
「……はい」
盗賊団のボスと戦った時に、俺は自分の得物であるサーベルを駄目にしてしまった。
相手が赤い玉――近接戦に特化したスキルを記録する玉を持っていたので、予備のサーベルも駄目になったのだ。
直せば使えるかと思ったが、修理を頼んだ鍛冶屋には新しいのを買うように言われてしまった。
「金も入ったんだ。少しは良いのが買えるだろ。さて、それじゃあ、アリアは私と二階に行くよ。旦那、二人には依頼の説明をよろしく」
ゼルフィーさんがアリアを連れて行く。
ホーキンスさんは、俺たちが受ける予定の依頼書を取り出していた。
「……また雑用か」
俺が肩を落とすと、ホーキンスさんが慰めてくれる。
「ライエル君、そう落ち込まない。こういった依頼を積み重ねるのも大事ですよ。ホームを変えたら、こういった今までの実績を見て人となりを判断されますからね」
ダリオンはあくまでも一時的に滞在しているだけだ。
実力がついたらホーム――活動拠点にする街を変更しようと思っている。
「そうですよ、ライエル様。地道な努力も大事です。一緒に頑張りましょう」
ノウェムが笑顔を向けてくる。
すると、ホーキンスさんが言う。
「あ~、ノウェムさんはギルドでお昼まで代筆の仕事です。ライエル君は外で肉体労働になりますから、別々ですよ」
「そ、そんな! 私も外で肉体労働にしてください!」
ノウェムがそう言うと、宝玉から声がする。
ノウェムの実家であるフォクスズ家に大変世話になった初代から四代目は、ノウェムを贔屓しているのだ。
『ノウェムちゃんに肉体労働? 馬鹿言っちゃいけねーな!』
初代がそう言うと、二代目も続く。
『ライエル、ここは男を見せるんだ』
三代目も――。
『ノウェムちゃんは良い子だよね。ほら、ライエルも何か言ってあげなよ』
四代目は……。
『肉体労働をノウェムちゃんにさせる訳ないよね、ライエル?』
低い声で脅してくる。
(……こいつら、もうヤだ)
そして、五代目以降は、ノウェムに特別な感情がなかった。
何しろ、五代目以降ではフォクスズ家は一家臣でしかないからだ。
『女性に肉体労働は効率が悪いな』
五代目がそう言うと、六代目も。
『ですな。まぁ、いても邪魔でしょうし』
七代目――俺の祖父に至っては。
『ライエルが肉体労働とか……王家の血を引く者だというのに』
悲しんでくれている。孫には甘い祖父らしい。
俺はノウェムを見て言う。
「だ、大丈夫だから。午後には一緒に買い物に行こう」
それを聞いて、ノウェムは少し心配そうにしながら言う。
「あまり無理をしないでくださいね、ライエル様。では、手続きをしましょうか」
宝玉が魔力をガンガン使うせいで、今の俺は周囲にひ弱だと思われている。
ノウェムが心配するのも、俺が何度も倒れたからだ。
(……なんか、納得がいかない)
俺のせいではない、と大声で言いたい。