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セブンス  作者: 三嶋 与夢
骨肉の争いとかないといいね十一代目
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屍の山

 積み重なる魔物の死骸は、要塞の壁の半分まで届いていた。


 倒せば踏み越え、そして更にその魔物が倒され積み重なっていく。


 だが、こちらの脅威となり得る魔物の姿はなかった。


 要塞からの容赦のない攻撃と、空からは麒麟たちが攻撃を仕掛けていた。閉じ込められ、逃げ場のない魔物たちは、ただ倒されるのを待つだけである。


 そんな中で、宝玉の中からは五代目の声がした。


『妙に手応えがないな。ボスクラスもジャイアントコングだけとは……物足りないな』


 ほとんどが作業とまで言えるようになった現状で、物足りなさを感じていたようだ。


(俺としては、これ以上は戦いたくないけどね。ここで“成長”でもしてしまえば大問題だ)


 戦闘の継続が不可能になり、数日から下手をすれば一週間も寝たきりになってしまう。


 そんな長期間離れられない俺は、出来るだけ要塞に来てからは戦わないようにしていた。


 魔物の大軍勢――しかし、その大半は弱いとされる魔物だった。


 代表的なゴブリンもそうだが、昆虫型の魔物も多い。


 主だった魔物を倒してしまえば、後は本当に閉じ込めて叩くだけである。


 数というのは大きな力である。


 ただ、その数も今では俺たちの方が勝っていた。


 そうして、倒しすぎると問題が出てくる。


 エヴァが俺に確認を取ってくる。


『ライエル、もうブラストアローは無駄よ。普通の矢の方がいいわ』


 アリアからも。


『こっちもバラバラの魔物に大砲の弾は勿体ないわよ』


 クラーラからも同様に。


『こちらはまだ用意出来ますが、これ以上は無駄かも知れませんね』


 俺たちは視覚情報を共有しており、要塞の上から見ている光景はコネクションでラインが出来た全員に見えているのだ。それを見て、クラーラもこれ以上は投石機では意味がないと判断したのだろう。


 宝玉から七代目の声がした。


『……ライエル、仕上げの時間だ。門の前を吹き飛ばせ』


 宝玉を握りしめると、ミランダに指示を出した。


「ミランダ、門の前を綺麗にしろ。こちらから打って出る」


『了解。それで、私たちは?』


 自分たちも出た方が良いのか? そう言ってきたミランダに、俺は「いや」と言って拒否を示した。


「……終わった後も大変だ。今は休んでおけ。全員だ」


 全員を休めておきたかった。何しろ、これだけの戦場だ。片付けの問題もある。


 四代目が元気を出していた。


『さて、ここからは俺の出番だね。回収した魔石と素材を交渉材料にするためにも、効率よく作業を進めようか。ライエル、モニカちゃん、クラーラちゃんはアデーレちゃんのサポートに回そうか』


 書類仕事が待っている。戦闘自体は終わりを迎えつつあるのだが、俺たちは忙しいままだ。このまま魔石や素材を回収する。


 それ以外にもやるべき事が多い。怪我人の運搬もそうだが、戦死者への見舞金。そう、戦死者は少なくない数が出た。


「……突撃の指揮はアレットさんに任せる。憂さ晴らしで暴れてくれるだろうさ」


 すると、アリアとエヴァが。


『……こっちから誰も出ないのはまずくない?』


『そうよね! 一人か二人は出さないと! はい! 私が立候補します!』


『わ、私も出るわ!』


 アリアとエヴァが立候補すると、俺はなんとなく理由が理解出来た。これから忙しくなるのだが、それが苦手な書類仕事だと感づいたのだろう。


 すると、ミランダが。


『いいわよ。でも、戻ってきたら絶対にこっちも手伝わせるからね』


 そう言うと黙り込んだ。


 アリアとエヴァが、落ち込むのをなんとなく理解する。少し笑うと、俺は要塞前で最後の抵抗を見せる魔物たちを見下ろした。


「……終わりだ」






 ――ベイムのギルド本部には、レダント砦の情報が届いたのはそれから数日の事であった。


 ギルドの幹部会議では、砦を要塞にまで増築し、十倍を超える敵を打ち破ったライエル率いるザイン、ロルフィス連合軍の情報ばかりに目が行っていた。


 上司と共に参加したタニヤも、その知らせを聞いて驚く。


「どうするのだ! 冒険者の多くが迷宮に挑んでいない! 魔石や素材の数も足りないのだぞ!」


「……勝利した二国から買い取ればいい。いや、ベイムの領地だ。手に入れた魔石や素材は我々のものにすれば――」


「それが通ると思うのか? やれば我々が信用を失うぞ」


 会議の内容は勝利したライエルたちに関するものだった。そして、ベイムの冒険者たちに関する被害は放置されていた。


「こちらも被害は出ているというのに」


 タニヤがそう言うと、上司も資料を見ながら。


「東支部では評価の高い冒険者たちだったね。運が悪い。まさか、僅かな被害が出た場所にいたとは」


 東支部の冒険者たちが、重要施設の防衛のために配置されていた。だが、レダント要塞を飛び越えた魔物たちの襲撃を受けて戦闘が起きていたのだ。


 運が悪かった。


 グリフォンならなんとかなったかも知れない。しかし、黒く巨大なカラスのような魔物――レイブン――。


 そんな魔物に襲撃され、パーティーは大きな被害を受けていた。幸い、他のパーティーが撃退したが、それでも少なくない被害が出ていた。


 上司は会議の流れを見て。


「やれやれ、それにしてもベイムは少し厳しいね。大量の武具が有り余っている。魔石や素材はしばらく迷宮にも挑んでいないから、その分をどうやって補うか……全体として見れば微々たる数字なんだけどね」


 数字的には痛くもない。だが、無視出来る数字でもなかった。


 実際、予定が崩れて大量に武具が余っている。


 上司は書類の数字を見ながら。


「これはあれかな……ザインやロルフィスに武具を送って魔石なんかを回収する流れだろうね。商人たちに何を言われるか」


 頭が痛いと言いながら、上司は今後の対策を考えているようだった。


 タニヤは、幹部たちにとっては冒険者など数字でしかないのだと再認識するのだった――。






 ――ベイム東ギルド。


 受付でリューエはどんな表情をすればいいのか分からなかった。


「……え?」


 戻ってきた冒険者の一人は、大怪我をしていた。腕には包帯が巻かれていた。欠損しているのは明白だ。もう、冒険者を続けるのは不可能だろう。


 だが、それ以上に……。


「……あいつらのギルドカードだ。返却に来た。それと、これはあいつのだ」


 綺麗な装飾品だった。高価なのは見れば分かる。


 そして、冒険者はリューエと親しかった冒険者の仲間だったのだ。


「報酬は遺族に支払う遺書がある奴以外は、仲間である俺が引き継ぐ。だけど、これだけはあんたに渡しておこうと思って」


 受け取ったリューエは、実感がなかった。そして、ギルドで保管しているギルドカードをフラフラと探しに行くのだった。


 ギルドカードは二枚存在し、冒険者が亡くなると名前に傷が入る。そうしてギルドでは死亡確認も行なっていた。


 リューエが保管されているギルドカードを探しに行くと、そこには傷の入ったギルドカードがあった。


 仲の良かった冒険者の名前に傷が入っており、死亡が確認出来た。


「……え、でも……だって……戻ってきたら言いたいことがある、って」


 その場に座り込むリューエは、そのまま涙をポロポロと床に落とすのだった――。






 要塞の中には、死体袋に入れられた死体が並んでいた。


 仲間たちが遺体を確認しており、それを記録している。後日、戦死者には見舞金が出されるからだ。


 そんな場所で、俺は立ち尽くしていた。


 死体袋の多くは顔を確認するために顔が見えていた。中には酷い状態の死体もある。自分たちの部下、そして上司が戦死してしまったのだ。


 泣き崩れる者もいた。


 一人の兵士が、持っていた酒を死体にかけていた。


「ほら、お前たちと飲むために買った高い酒だ。美味いだろ……美味いって言えよ!」


 泣きながら、三十代の男がまだ十代の兵士の死体に酒をかけていた。周囲では、そんな男を止めようと手を伸ばすが、途中で手を止めていた。


 違う場所では、同郷の者たちが集まっていた。


 こちらは十代の若者が周囲に慰められていた。


「お前の親父は立派だった。立派だったんだ」


「う、うん!」


 ザイン、そしてロルフィス……関係ない彼らを巻き込んだ。借金の返済という理由もあったが、それは国の上層部の話だ。彼らには実感出来ない話かも知れない。


 すると、ミレイアさんの声がした。


『ライエル、少し宝玉内に顔を出しなさい』






 多くの犠牲を出した。死者は千人を超え、怪我人は三千人を超えた。


 そうした中で、俺は部屋へと戻ると宝玉内へと意識を移した。


 円卓の場では、歴代当主たち――随分と数が減ってしまい、少し寂しさを感じてしまう。


 三代目が、椅子から立ち上がると俺に向かって。


『ライエル、今だから聞こうと思う。ライエルはこれから先の事を決めたかい? セレスを倒すのは当然だ。その先……ライエルがどうしたいのか、を。言っておくけど、責任とって自害なんて言ったら許さないよ』


 いつものようにどこか柔らかい口調と表情だった。ただ、最後の言葉はどこか威圧にも似たなにかを感じた。


「……死ぬつもりはありません」


 四代目はそれを聞いて頷いていた。


 五代目が、俺に対して言ってくる。


『ならどうする? 誰かを立てて支えるか? それとも自ら立つのか』


 二択だった。今の状況では、後者しか選べない。


「狡くないですか? 実際問題、セレスを倒すための旗になる人物なんかいませんよ? ザインの聖女でも弱い。ロルフィスの王女は問題外。ベイムにはそういった人物がいないじゃないですか」


 七代目は頷いていた。頷いていたが、俺に少し冷めた口調で。


『前から言っていた。そして、もうお前はしっかりと先を見て行動する必要がある。ライエル、沢山の死体を見てどう思った? 怪我人を見てどう感じた? 逃げ出したいか? 自分よりも適任者を見つけられなかった時点で、お前が悪い』


 確かに時間はあった。だが、セレスと――バンセイムと戦うために旗となる人物が見つからなかった。


 四代目が優しく言う。


『ライエルより適任者がいれば、俺たちもそちらに協力しろと言うね。でも、見つからなかったというのはそういう事じゃないかな?』


 俺は一度だけ俯き、拳を握りしめた。思い出すのはノウェムが見た怪我人たちの光景と、死体袋の並んだ光景だ。


 全て、俺の責任である。


 黙っていれば、きっとベイムで俺は戦って、こんな気持ちにはならなかったはずだ。誰かの責任に出来た。


 顔を上げて、俺は五人に視線を巡らした。そして言う。


「……頂点を狙います。王というのは難しいかも知れませんが、それでも目指すのは頂点です」


 自分が立つのだと、自分が先頭に立つと言うと三代目は微笑んだ。いつものように冗談は言わない。


『……そう。それを自分の意志で決めたんだね?』


「はい。俺が決めました」


 最後に、ミレイアさんが立ち上がり、俺を向いて真剣な表情で口を開いた。右手を胸に当てて、俺に――。


『ライエル、きっとセレスも貴方も多くを殺します。被害を最小限にする事はできても、屍の山を築くでしょう。多くの敵が死にます。そして、ついてきてくれた者たちも大勢が死にます。だから、その敵味方の屍の上に立ちなさい。貴方が目指す頂きは、死者が積み重なって出来た事を忘れないように』


 頷くと、ミレイアさんが微笑んだ。


『ライエル、貴方が目指す場所は、歴代当主たちがたどり着けなかった場所ですよ』


 俺は笑うと全員に向かって言うのだ。


「そうしなければいけないからするんです。好きこのんで戦いたくありませんよ。そうしないと大陸が荒れますからね。……バンセイムを叩いて終われば、きっと周辺国は弱ったバンセイムを削り取ります。それでは戦国時代が来ますよ」


 単純に倒して終わり、ではない。その後を考えれば、誰かがまとめる必要があった。周辺国に協力を求め、なにも見返りを渡さないのでは誰も納得はしない。


 ただ、バンセイムが斬り取り放題となるのも見過ごせない。


 そうして削り取られたバンセイムがなくなれば、新しく国境を接する国も出てくるだろう。悪ければ、領土問題でぶつかり、そこからは戦争が続く。


 落ち着くまでに何十年とかかる。いや、何百年と争うかも知れない。


「そうだ。どうせなら帝国でも建国してしまいましょうか」


 俺がそう言うと、三代目が笑うのだった。


『お、いいね』


 四代目は眼鏡を指先で押し上げ。


『選択肢としても悪くない。ザインやロルフィスをまとめたとはいえ、潰してしまうとなれば抵抗も出てくる。だけど、放置も出来ないね』


 五代目は興味なさそうだ。ただ、俺の判断を少し否定する。


『どうして面倒な事をするのか。ライエル、お前も損な性格だよな』


 七代目は嬉しそうだった。


『そうか、わしの孫が皇帝か……悪くないな。ウォルト家が大陸制覇に向けて動く時が来ようとは』


 俺は天井を見上げた。すると、ミレイアさんが声をかけてくる。


『ライエル、その決断は冗談ではないのよね?』


 俺は顔をミレイアさんに向けると、頷く。そして、この気持ちは本当だと告げた。


「誰かにこんな仕事をさせる訳にもいきませんから。好きでやりたいとか言う奴にも任せられませんからね。大陸制覇は言い過ぎですが、それでもバンセイムとその周辺国はまとめて見せますよ。何しろ、俺もウォルト家の人間ですからね。少しくらい、歴代当主に負けない偉業が欲しい所です」


 冗談を言うと、ミレイアさんはクスクスと笑うのだった。ただ、少しだけ悲しそうにもする。


『その道は険しいわよ。もう、戻れないけどいいの?』


「構いませんよ」


『そう。なら、私たちも全力で応援しないとね』


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― 新着の感想 ―
[一言] こういう事柄に踏み込む作品は珍しいな。悪くない。
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