第二の壁
第一の壁を予定より早く放棄した俺は、フラフラとしながら第二の壁に用意された部屋に入って倒れた。
ベッドの上で装備を脱ぎ捨て、横になると目を閉じる。壁の中は兵士たちが駆け回り、魔物の軍勢を待ち受けるために準備が進み、戻ってきた兵士たちが持ち場に移動していた。
後方に下げる兵士たちも、一時的に休息を取っていた。
魔力の使いすぎ、そして最前線で気の張った環境で俺も限界だった。汗でべたつく。土煙が肌に張り付きザラザラ――そんな事を気にしていられず、ベッドに倒れ込んだ。
魔物の軍勢と戦うのも気になるが、休まなければ力を発揮出来ない。
そんな俺の部屋に、騒がしい声が聞こえてきた。
ドアを勢いよく開け放ち、笑顔で騒がしいモニカとその後ろに鎧姿の三人――いや、ゴーレムがいた。
「へい、チキン野郎! このモニカが! 貴方のモニカがお世話に来ましたよ! 戦場で高ぶった劣情をぶつけても大丈夫! 完璧メイドのモニカが――」
「退け」
言い終わる前にモニカを蹴り飛ばし、モニカに似たゴーレム――ヴァルキリーの一号が俺の前に出て来た。
「初めまして、そしてこれから死ぬまでお供をするヴァルキリーシリーズです。このポンコツよりも役に立つ、ご主人様の僕ですよ~」
無表情で両手を振って、三体はポーズを決めている。一号はモニカと同じ金髪で、赤い瞳だ。容姿も似ており、迷宮でオクトーにさらわれた時に出会った。モニカの姉の面影があった。
特にモニカと違うのは、胸の大きさだ。
三体はポーズを切り替えると。
「ツインテールの一号!」
「黒髪大和撫子の二号!」
「二号と同型である私はどうしろと? ……では、ポニーテールにしますね。黒髪ポニーテールの三号! 大和撫子属性でポニーテールですよ!」
三号が黒髪を素早くポニーテールにしているが、俺は顔を上げていたが枕に顔を埋めた。
モニカが立ち上がり、両手にドリルを取り出していた。低い音が部屋に響き、寝るに寝られない状況だ。
「この劣化品のポンコツ共。私のチキン野郎に媚びを売ってんじゃないですよ。この場で解体してやりますよぉ!!」
モニカと三体が向かい合い、武器を取り出し構えていた。俺は枕を投げ。
「お前ら静かにしろ! 俺は寝る!」
そう言って毛布に包まって眠ろうとすると、ワタワタとしたヴァルキリーの三体。そして、枕を拾い上げて俺の装備を回収するモニカ。
「ほら、戦闘しか出来ないポンコツはどっかへ行け。チキン野郎には私一人で十分なんですよ」
意識が吸い込まれる感覚、そして壁に魔物の攻撃が届いたのか震動がした。
すると、宝玉から声がする。
ミレイアさんが優しい声で。
『まったく……ライエル、少し宝玉に意識を移しなさい』
――第二の壁は、第一の壁が耐えている間に表面に特殊な素材を重ね塗りしていた。
アレットは壁の上で指示を出しながら、目の前の光景を見る。
それは後方の要塞でも同じであった。
第一の壁は壊れるのが前提だった。だが、第二の壁は魔物の軍勢を耐えるため、第一の壁よりも頑丈に作られていた。
壁は高く、兵は八千近くを配置していた。
配置した人材もアリア、そしてアレットにその副官。クレートにアルバーノと、人材面でも揃っていた。
そして、ダミアンも第二の壁に来ていた。オートマトンにゴーレムと、戦力だけなら充実している。
そんな第二の壁に魔物の軍勢が攻撃を開始していた。
壁の上から矢を放ち、魔法を放ち、人間側も激しく抵抗していた。しかし、ライエルのいない状況では、最適な運用が出来ていない。
どこを守れば良いのか、どこを狙えば良いのか。
頑丈な壁に守られながら、第一の壁よりもチグハグな抵抗をしていた。
そんな現場では、アレットがアリアをサポートしていた。
「厄介な魔物が多い。あれだけ倒して、まだいるとは」
壁にとりつこうとしたトロルに対し、周囲が魔法をぶつけていた。だが、明らかにオーバーキルだ。
全体を指揮する立場に置かれたアリアが悪い訳ではなく、ライエルが有り得ない。
全体を把握し、そして情報の伝達が異常だ。複数の支援系スキルを使いこなし、指示も的確であった。
「要塞で指示だけ出して欲しかったな」
無理だとは分かっていたが、ライエルがいない戦場は一気にバラバラな抵抗を行なうようになったのだ。
ザインの騎士や兵士ならライエルの指示なら従うだろう。たった数百でザインを奪還した英雄だ。ザインの民たちもライエルのために戦うだろう。それだけ、ライエルはザインで人気が高い。
しかし、ロルフィス側の騎士や兵士は違う。
ある程度は恩も感じてはいる。だが、ある程度は、だ。
領民たちも、ザインの兵士たちと共に戦うのは抵抗もあった。少し前まで、攻め込もうとしていた連中と肩を並べて戦うのは、アレット自身にも抵抗がある。
上層部の決定がなければ、反対もしただろう。
実際、騎士の多くは反対していた。ベイムのために、なぜ自分たちが命を懸けるのか?
確かに恩はあるが、そこまでする理由が理解出来ない騎士も多い。
上層部の考えを聞いているアレットも、借金のために出兵と聞いて反対したかった。だが、莫大な借金をこれからベイムに搾り取られるのも、面白くなかった。
嫌がる部下を動かし、必死に魔物の軍勢を相手に戦うアレットはアリアを横目で見た。
(経験が少ない。一兵士、数人を率いる程度なら優秀だが、指揮官は無理じゃないか?)
アリアも経験不足を実感しているのか、悔しそうな表情をしていた。
壁の上に降りてきたグリフォンの爪に、兵士が一人胸を貫かれた。
「私が――」
アリアが飛び出そうとすると、アレットが手で制する。
「指揮官が動くな!」
「でも、ライエルは――」
ライエルは指示も出し、戦場で活躍出来る。だが、それをアリアが出来る訳ではない。
「君には無理だ。指揮官は堂々としているべきだ」
今のアリアはランドドラゴンを相手に勝利し、強さは兵士たちに示した。だが、指揮能力がないアリアが動き回って貰っても困る。動かない方が良かった。
「騎士を派遣しろ。拘束して時間を稼げ!」
殺された兵士はロルフィスの兵士だった。苦々しく思いながら、アレットは次々に指示を出していく。
アリアは、拳を近くの壁に叩き付けていた――。
宝玉内。
俺は円卓のある部屋でフラフラしながら、俺の記憶の部屋の前で手招きしていた。
他の歴代当主たちはいない。
戦場での評価を聞きたかったが、誰も出てこなかった。
「あの、色々と俺も聞きたいことが」
そう言うと、ミレイアさんは俺に近づいて来て両手で背中を押して記憶の部屋へと俺を押し込む。
『いいから、いいから!』
話を聞いて貰えないままに記憶の部屋に押し込まれ、そしてドアをくぐるとそこは暖かい日差しと柔らかい風が草木の香りを運ぶ場所だった。
一本の大きな木があり、そこにはシートが敷いてある。
どこかで見た光景だ。
背中を押され、丘になっている場所を上がって木陰のあるところまで歩くと、ミレイアさんがシートに座って膝の上を軽く手で叩いた。
『はい』
「……え?」
俺が理解出来ないでいると、ミレイアさんは肩をすくめて。
『膝枕。このミレイアお姉さんがライエルに、膝枕をしてあげる。外は騒がしいから、こうした静かな空間で眠りたいでしょ』
言われた俺は抵抗する事にした。心情的に恥ずかしいというのもあるが、それ以上に外では戦争をしている。
俺がここでノンビリしていいのか? そういった気持ちがあった。
「あの、俺は――」
すると、俺の表情で全てを悟ったのか、ミレイアさんが俺の手を引いて頭を抱きしめた。胸が顔に当たるが、何故か優しい感じがした。ドキドキはしない。
『今は休みなさい。ライエル、あんまり張り詰めるとすり切れちゃうわよ。適度に気を抜いていればいいの。ウォルト家の男は、どうしてこう強がるのかしらね』
クスクスと笑ったミレイアさんに、そのまま膝枕して貰った。
風が気持ちよく、何かを思い出しそうになる。目を閉じると、俺はそのまま気持ちよくなってきた。
『初代は頑張りすぎて、二代目も苦労してきた。三代目も命をかけて領地を守った。四代目も必死で領地を経営したわね。五代目は特に耐えていたみたいだけど。兄さん――六代目も色々と苦労したわ。ブロードも頼られて張り切って……いえ、違うわね。それが必要だと思ったから、そうしたんでしょうね』
膝枕をして貰いながら、俺は頭を撫でて貰った。どこか懐かしい気分になると、俺はミレイアさんの話を聞く。
『……ライエルは、投げ出しても良かったのよ。ここまで無理をしなくても良かったのに』
俺は小さく。
「もう、戻れません。突き進まないと」
ミレイアさんが、俺の気持ちに気付いたのか。
『自分のために戦った人が死ぬのは辛い?』
「俺のせいで沢山死にました。これからもその……沢山死にます」
セレスと戦うと決めた時は、守ると決意した。だが、実際は俺のせいで多くの人間が死んでいるのも事実だ。
時折、分からなくなってくる。だが、ここで立ち止まるのも許されない。
ただ、ミレイアさんは優しく俺に諭すように。
『でも、戦うと決めたのでしょう?』
「……はい」
『なら、休めるときには休まないとね』
そして、意識が遠くなる中で、ミレイアさんの声を聞いたのだ。
『ライエル、貴方の答えを聞けるのを楽しみにしているわよ。誰かを担ぐのか、それとも自分が立ち上がるのか。私たちは楽しみに――』
最後は聞き取れなかった。だが、俺はこの懐かしい感じを思い出した。
(そうだ。母上に甘えているような感覚だ……こんな感覚も忘れていたのか)
暖かく、爽やかな風が流れるその場所で、俺は眠りについた。
目を覚ますと、すでに部屋は暗かった。
そうして起き上がると、暗闇の中で俺は寝息を聞いた。
左手に魔法で明かりを作り出すと、そこにはミランダがいた。ミレイアさんと似ているミランダが、俺に膝枕をしていたようだ。
俺のいる部屋にも震動が響いてくると、外の様子が気になった。
近くには水が用意されており、俺はそれを手に取るとコップに移し替えて飲み干す。
ミランダも目を覚ますと。
「あら、おはよう」
少し眠そうな表情で挨拶をしてきた。どうしてここにいるのか、なんで膝枕をしていたのかと色々と聞こうと思ったが、俺はミランダに水を差しだした。
受け取ったミランダが水を飲むと、またしても部屋に震動が伝わってきた。
「随分と押されている感じだな」
スキル――マップ、サーチ――を使用して、周囲の様子を確認していた。少し休みすぎたと思っていると、ミランダもベッドから出て背伸びをした。
下着の上にシャツを着たような恰好で、なんとも無防備に見えた。
「さて、アリアだけだと辛いでしょうから、私たちも頑張りますか」
ミランダが笑顔でそう言うと、俺は謝った。
「悪いな。ノウェムは後方だ。クラーラもポーターで輸送中心。エヴァは後方に下がらせたし、メイも次の準備で移動するから……」
シャノンは後方でノウェムの手伝いをしている。
後方では下がらせた人員の再編成が進められていた。直に、この壁にも送られてくるだろう。もっとも、この壁に配置された人員もまたすぐに後方送りとなるだろうが。
ミランダは小悪魔的な笑みで。
「ま、頼りになるミランダさんに任せなさい」
そう言ってきた。
笑うと、ミランダも笑った。
「助かるよ。エヴァたちが戻ったら一度下がって貰う。そこからが本番だ」
すると、ミランダが俺に近づいて来た。両手を俺の首の後ろに回すと、顔を近づけてくる。
「それはそうと、スキルの効果が切れたからお願い出来るかしら?」
言われて視線を少し逸らし、そして頷くとミランダは笑っていた。顔が近付き、俺の方がキスされる形になる。
宝玉からは、黙ってみていた歴代当主たちがブーイングをしてきた。
順番に。
『相変わらず受け身過ぎ。らいえるサンを見習いなよ』
『もっとムードを作れるようになりなよ、ライエル。相手に任せるとか情けない』
『……兵士の前ではするなよ。戦場でイチャイチャしているのを見ると、殺意がわくだけでじゃすまないぞ』
『しかし、途切れるとキスをしないと駄目とは……スキルの発現には本人の願望も関わってくるという話がありましたな。ライエル、実は狙ったのか?』
こいつら、なんというタイミングで声をかけてくるのだろうか? ミランダに抱きつかれる形でキスをされている俺は、急に恥ずかしくなってきた。
ミランダの舌が口に入ってくると、ミレイアさんの声がした。
『ライエル、もっと腰に手を回してあげなさい。抱きしめて! 強く抱きしめて!』
ノリノリのミレイアさん。
俺は先程までと同じ人物なのか、本当に疑わしい気持ちになるのだった。