撤退
三日目。
防衛戦を開始して三日目で、第一の壁はボロボロになっていた。
夜は抵抗が緩むのだが、それでもまったく攻撃されないわけではない。
三千人の部隊を三つ用意して、ローテーションで相手をしていたが限界に来ていた。
多くの兵士や騎士たちが後方送りになったのだ。
半数近くが後方へと下がった時点で、限界が来ていた。
しかも、この数は後方支援の人材を含んでの数だ。戦闘要員だけではなく、こうした後方支援の人材の多くも後方送りになっていた。
ただ、後方送りになっているのは、ほとんどが主戦力の人材たちだった。
フラフラとしたザインの聖騎士団団長であるノイさんが、俺に報告に来た。
表情は優れず、今にも倒れてしまいそうなノイさん。
「もう限界です。ここは放棄するべきです」
フラフラとして気落ちしたノイさんの言葉を聞いた俺は、疲れた表情で頷いた。
ダミアンの大型ポーターを使用し、クラーラが兵士や物資の輸送を行なっていたが、もう大砲関係を引き上げさせる事にした。
クラーラに物資は運び込まなくていいと指示を出し、そして引き上げを行なう事にした。だが、それでは引き上げている最中に敵が壁を壊して流れ込んでくる。
「引き上げ準備に取りかかります。全員を起こして下さい。それと、厄介な魔物は通します」
俺には俺で準備もあり、フラフラとしたノイさんを見送って俺はメイを呼んだ。
「メイ、もうすぐ出番だ」
人の姿で横になっていたメイは、かなり消耗しているようだった。
「……分かった」
目をこすり、そして気怠そうに立ち上がるメイは、壁に手をついて立ち上がっていた。神獣であるメイですら、かなり消耗していた。
宝玉からは、五代目の声がする。何故か感動していた。
『メイ、こんなに頑張って……』
俺の事もそれだけ評価して欲しいと思いながら、俺は朝日が昇ろうとしている空を見た。
チマチマと地味に防衛していたが、ここからは少し難しくなる。
振り返って第二の壁を見る俺は――。
「思ったよりも早すぎる」
――そう愚痴をこぼすのだった。
――朝方。
三日目にして第一の壁を放棄することになったと、クラーラが第二の砦に伝えに来た。
要塞と最前線を頻繁に移動しているクラーラは、目の下に隈ができていた。
アリアは、第二の壁にある部屋で目を覚まし、クラーラからライエルの命令を確認した。
「最低でも五日は耐えるとか言っていなかった?」
眠そうなアリアを、クラーラが羨ましそうに見ていた。
「予定は変更になりました。それに、想定していたよりも数が多いそうです。エヴァも動けなくなりましたし」
エヴァもすでに要塞まで後退していた。
ミランダとライエルが耐えている状況で、第一の砦は半数以上が要塞送りになっておりこれ以上は維持出来ないのだ。
アリアは起き上がると、準備に取りかかる。
「出ればいいんでしょ? こっちの用意は出来ているわよ」
クラーラは、前線で見て来た情報をアリアに伝えるのだった。
「大型の魔物が集まりつつあります。気を付けて下さいね」
今まで後方にいた強力な魔物が、一向に進まない軍勢を踏みつけて最前線に出て来たというのだ。
ランドドラゴンにトロル、そしてオーガといった巨大な魔物たち。
サンドゴーレムの姿も確認されており、そういった魔物をわざと通すことで話が進んでいた。
アリアは着替えて部屋の外にでる。
「さて、私たちの番ね」
背伸びをして、アリアは準備に取りかかるのだった。その背中を見て、クラーラも早く要塞に戻ってライエルの命令を伝え、休みたいと思うのだった。
(ライエルさんのコネクションが、休んだ段階で切れてしまうのは問題ですね。伝令役が私だけですし)
ゴーレムの操作ができるのはクラーラだけではないが、ライエルもダミアンも男同士でキスをする趣味がない。
両者の意見が一致しており、ダミアンも仕事があるので伝令がどうしてもクラーラだけとなっていた。
(はぁ、第一の壁を突破されれば、今度は第二の壁と要塞を移動するだけ……でも、頻度は増えるんでしょうね。誰でも良いからゴーレムの魔法を覚えれば良いのに)
クラーラは、すぐに要塞に戻ってベッドに横になりたかった。だが、問題もある。
(要塞はある意味地獄ですから、ゆっくり休めるかどうか……やっぱり、ここは早急に人材の確保を)
仕事があるのは良いが、他に人がいない状況をクラーラは何とかしたいと思うのだった――。
壁と壁の間には広いスペースがあった――。
これは入り込んだ魔物を相手にするためでもある。傾斜がつけられており、攻め込む側が不利になるように作られていた。
土壁も作られており、迎え撃つ準備は整っていた。
アリアを先頭に、ロルフィス側からはアレットとその副長が部隊の指揮を執る。
ザイン側からはクレートとアルバーノの副団長コンビが参加していた。
全員が馬を使用せず、整列して魔物を待ち構えていた。
アリアの周りにはヴァルキリーが護衛をしており、アレットが話しかけてくる。
「さて、お嬢さんの指揮を楽しみにしているよ。ここでは君が指揮官だ」
冗談を言うようにアレットがアリアに言う。だが、アリアは。
「目の前の敵を倒せばそれで終わりでしょ」
そう言うだけだった。
すると、それを聞いたアルバーノが笑い出す。
「違いねーな! こんな寄せ集めの軍隊で連携もなにもないからよ」
すると、クレートがアルバーノに詰め寄った。
「お前はこんな大事なときに!」
「あ? やんのか、石頭!」
喧嘩腰の二人を見て、アレットとその副官は首を横に振った。
「お前らまったく変わってないな。副団長になったんだ。少しは落ち着いたらどうだ」
すると、第一の壁から色のついた煙が上がった。狼煙だ。
「時間だな」
アレットがアリアを見た。
アリアが頷くと、アレットが部隊に指示を出す。ソレを見て、アルバーノもクレートも自分の部隊に指示を出していた。
五千人規模の部隊が、アリアの下でこれから戦おうとしていた。
アリアは手に力が入る。
前を見れば、遠くで第一の壁の門がゆっくりと上昇していた。
そこからはまるで波が押し寄せるように、魔物たちが突撃してくる。
どれもゴブリンや弱小とされる魔物の群れではなく、大型の魔物たちだ。ランドドラゴンの姿も確認出来た。
そして、アリアにヴァルキリーが声をかけた。
「準備が整いました」
アリアは頷くと、押し寄せる魔物の波に向かって槍を向けた。
「敵が来るわよ。転がせ!」
アリアの声に兵士たちが樽を横にして導火線に火を付けた。そのまま傾斜を利用して転がすと、多くの樽が魔物の大軍勢に向かって転がっていく。
第一の壁では、味方が魔法を使用して魔物を吹き飛ばすとそのまま門を閉めていた。
アリアの隣にいたヴァルキリーたちが。
「数は三千というところです。見事に相手は精鋭を送り込んでくれました」
「ご主人様凄いです」
「我々も目立ってアピールタイムです」
頭を抱えたくなるのを我慢するアリアは、目の前を見た。
三千という数は全体の一分にも届かない数だ。しかし、質だけを見れば魔物の中でもかなり強い部類だろう。
壁に向かってこれらの魔物が突撃をすれば、それこそ第一の壁では耐えきれなかったかも知れない。
転がった樽の多くが魔物の波に飲み込まれると、途中で爆発してそんな魔物たちの数を減らしていく。
ヴァルキリーたちが。
「第二陣の準備が整いました」
「見事にはまってくれますね」
「火薬の勝利です。でも、ドラゴンが止まりませんね。理不尽です」
火薬を詰め込んだ樽が爆発しても、ドラゴンや大型のトロルは止まらない。オーガまでなら吹き飛んだのだが、それでも立ち上がろうとしていた。
第二陣の樽が転がっていくと、大きなトカゲが口を開いて攻撃を仕掛けてこようとしてきた。
アリアたちは、近くのくぼみに隠れてその攻撃を避ける。
大きな炎の塊が第二の壁にぶち当たるのだが――。
ツインテールのヴァルキリーが一言。
「残念。補強済みです」
霧散した炎。第一の壁とは違い、第二の壁は強度を増していた。
爆発してまたも魔物たちが吹き飛ぶと、アリアは武器を持ってくぼみから出た。ヴァルキリーたちも外に出ると、それぞれが武器を持つ。
味方もくぼみから姿を現すと、弓や弩で攻撃を開始した。
そうして傾斜を登ってきたランドドラゴンは、矢を己の硬い皮膚で防ぎつつ前進してきたので。
「ここは通行止めよ」
アリアがランドドラゴンの頭部の真下に潜り込むと、そのまま槍を振るって斬撃を飛ばした。
ランドドラゴンの首が落ちると、ヴァルキリーたちも手に武器を持ってトロルに斬りかかる。斬りかかり、そして斬り伏せて次の獲物を探して腕を飛ばしてトロルを捕まえると、ヒッポグリフの時とは違ってワイヤーを引き戻して自分から相手に移動する。
その勢いを利用してまたも魔物を斬り伏せた。
返り血すら浴びない動きは、まるで舞っているようである。
アリアはトロルが振り下ろした丸太を避け、そして飛び乗って駆け上がると槍でトロルの頭部を突き刺した。
倒れるトロルから飛び降りると、赤い鎧を着ていたアリアは魔物の血でより染まってしまっていた。
大剣を持って周囲のオークやオーガを一瞬にして斬り捨てていくアレットは、その様子を見て。
「実に勇猛だね。欲しい人材だ」
すると、副官がアレットの周囲に集まる魔物を部下に指示を出して片付けさせつつ。
「人手不足ですからね。カツカツだった時が懐かしいです。ですが今は――」
アレットが大剣を構えると、薄らと笑みを作った。
「分かっているさ……【マルチ エアブレード】」
アレットが大剣を振ると、見えない風の刃がいくつも発生して目の前の魔物を次々に斬り割いていった。
集団で密集している相手には特に有効なスキルで、アレットたちが多くの魔物を処理していく。
すると、大規模な魔法を用意している魔物がいた。
「厄介な。すぐにくぼみに身を潜めるぞ」
アレットがそう言うと、一人の騎士が駈け出してスキルを使用した。
クレートだ。
「ここは任せて頂こう! 【オールシールド】」
クレートが持っていた槍を掲げると、大きな盾がいくつも出現して相手の攻撃を防いでいく。攻撃も魔法も防ぎ、魔物の突撃すら押しとどめていた。
アレットはクレートを見て。
「もっと最初に使えよ! というか、使えるなら先に言えよ!」
文句を言うのだった。
何しろ、クレートがこれだけ有用なスキルを持っているとは聞いていなかったのだ。出来て、パーティーを守る盾が出せる程度だとアレットは思っていたのだ。
高笑いをするクレートは。
「私も日々成長しているのですよ!」
怒られてもめげていなかった――。
招き入れた相手の精鋭を処理すると、俺たちは第一の壁から撤退することにした。
体を引きずる兵士や騎士たちも多く、疲労もあって移動速度が遅かった。
俺の撤退はメイもいるので最後であり、砦の破壊を確認する必要もあった。
逃げ遅れた者がいないか確認出来るスキルもあり、何よりも責任者として最後まで殿をするイメージを持たれたかった。
イメージ戦略だ。
これ、実はかなり馬鹿に出来ない。
戦場では指揮官は後方に位置するべきだ。俺も実際にそのタイプであるが、それを最初からすると問題があった。
実績がないので、兵士が不安がるのだ。
いくら指揮官として有能と言っても、兵士の多くは領民だ。騎士ですら前に出ない指揮官を軽んじる者がいるのに、俺のような若造がそれをするとどうなるか?
それを教えてくれたのは、七代目だ。
三代目なら分かるが、七代目の時でもその傾向が強かったようだ。
『うむ、じつにいい指揮官ぶりだ。戦うときは最前線、逃げるときは最後。これだけでも兵士たちは勇気づけられる』
四代目は嫌そうに。
『効率重視なら、ライエルは中央に配置なんだけどね。イメージ戦略もあるし、今回は頑張って貰おうか』
もっと俺の心配をして欲しいと思っていると、兵士たちがアリアたちの部隊の力を借りて引き上げていく。
「なんとか間に合うか」
揺れる第一の壁には、魔物たちが攻撃をしていた。魔法が飛んでくるので、俺は左手を突き出してマジックシールドで防ぐ。
ボロボロになり、今にも崩れそうな第一の砦。
「役割は果たしてくれた。ありがとう」
そう言って麒麟姿のメイに跨がると、俺はメイに乗って空へと駆け上がった。魔力もギリギリで、出来る事など少ない。
寝不足で体調も万全ではない。
本当に辛いが、味方が撤退する時間は稼ぐ必要があった。
空に舞い上がり、俺は味方が十分に離れた事を確認してから銀の弓矢を構えた。矢には炎が先端についていた。
「悪いな」
壁の内部に光の矢を放つと、そのまま火薬を保管していた場所に引火して壁は爆発した。
派手に吹き飛ぶのではなく、ゆっくりと崩れていく感じだ。
崩壊して壁に張り付いていた魔物たちが巻き込まれて潰されていく。
空の上で、俺はフラフラになりながら、その様子を見ていた。
メイが。
「味方が壁に入ったね」
そう言うと、俺はメイの背中に倒れ込んで。
「なら、頼む……俺を運んでくれ。できれば落とさないように」
ミレイアさんが俺の言動に。
『最後までしっかりして欲しいのに……まぁ、これがライエルですからね』
呆れていたが、俺は頑張ったと思う。
(もっと評価しても良いのではないだろうか?)




