第一章 エピローグ
『第一回、ライエル抜きで親族会議~』
投げやりな四代目が、会議室に集まった面々を前に会議の宣言を告げる。
普段はあまりやらないのだが、ライエル抜きで今後を話し合う事にしたのだ。
『さて、ノウェムちゃんの件は保留するという事にして、ライエルの今後をどうするか決めましょうか』
四代目が言うと、三代目が口を挟む。
『それも保留じゃないかな? だって、ライエルが何を目指すかハッキリしていないし』
六代目も同じだが、自分の希望を付け加える。
『ですな。もっとも、俺としてはウォルト家を継いで欲しいんですがね』
七代目も同じだ。
基本的に、六代目と七代目の意見は一致している。
六、七代目は領地に固執している傾向にあった。
『セレスが継ぐというと、他家から婿を持ってこなくてはいけません。それは流石に耐えられないと皆も思っているはずです』
すると、初代は鼻をほじりながら言う。
『別に』
その意見に、七代目と六代目、加えて二代目と四代目も睨み付けた。
『ここまで築き上げてきた領地を奪われて、あんたは悔しくないのか!』
七代目が憤慨すると、三代目がこめかみを押さえながら告げる。
『初代が開拓村を興した理由を思い出しなよ。言いたくないけど、目的の達成ができなかったんだから、興味も薄いよね』
三代目の意見に、初代は否定する。
『馬鹿! 俺だってかなり苦労して広げた土地だぞ。お前らと違って自らの血と汗と涙を流して広げたんだ。思い入れぐらいあるわ! だがな、ライエルを見ていると、な』
二代目はボソリと――。
『その涙は、初恋の人が嫁いだときの涙だろ』
初代は咳をしながら話を続ける。
どうやら、図星だったようだ。
『貧弱だ、なんだと言ってきたが、確かにあいつには才能がある。というか、なんでアレだけできてナヨナヨしているのか分からねーな』
その意見に答えたのは、五代目だった。
会議自体に興味はなさそうだ。そのためか、一番冷静な意見を言えるのかも知れない。
『十歳から冷遇という事は、ライエルにあった教育方針をとっていない、もしくは教育自体が滞っていたかも知れないな。大事な事を教えられて来たようには思えないが……おい、教育方針は俺の時から変えたか?』
五代目が六代目と七代目を見る。
五代目が子爵位を得た時から、六代目と七代目は伯爵位を得るために苦労してきた。
『いくつかはオミットしましたよ。伯爵を目指す孫に、戦場で役に立つ知識や経験よりも、大事なのは統治ですから。というか、時間がない』
六代目が言うと、七代目も同意した。
初代からすると、ウォルト家は大きくなっている。その関係で、不必要と判断された事は教育から外している。
代わりに、身分にあった教養を取り入れていた。
『わしの時代で安定に向かいましたから、孫には基礎的な事は教えても、経営方法を重視するように伝えました』
初代と二代目は、それを聞いて驚いている。
『本物の貴族みたいだな』
『俺たちの時は畑仕事に魔物退治、そして賊退治が必須だったのに……』
五代目が溜息を吐く。
『本物の貴族だよ。伯爵になれば経験させる機会はあるだろが、そういった事をするよりも屋敷で書類仕事をする方が効率は良いんだよ。部下の仕事を奪うのも良くないからな』
四代目は話が逸れたので、話を戻す。
『話が逸れましたね。それで、ライエルの今後は保留という形で良いですか? せっかく、ライエルのために実績作りをしたのに』
二代目は気が付いていないのか、首をかしげた。
『実績作り? 盗賊団退治は明らかに評判を下げただろうに。というか、実家に対してライエルが空回りしている事をアピールするのも兼ねていた訳だし』
一番怖いのは、相手が何をするつもりなのか分からない事だ。
ウォルト家の規模となると、ライエルの情報も集めようと思わずとも入ってくる。
追い出したとはいえ、息子の動向だ。
そこで不気味な動きでもしようものなら、追手を出されるかも知れない。今のライエルに、対人戦で腕の立つ者と戦うのは困難だった。
だから、相手がこれは手を出さなくてもいいと思う行動をしたのだ。
追い出されてもおかしくない馬鹿息子と思わせる。
もちろん、全員がウォルト家の評判を下げるため、暗殺される可能性も考えた。だが、それなら最初から殺す方が効率が良い。
怪物によって正常な判断が出来ていない、もしくは興味がさほどないのか……。
いずれにしろ、相手がどう動くのかもこの件でハッキリする。そう結論づけていた。
六代目は、二代目の疑問を聞いてニヤリと笑う。
『ダリオンでは下がるでしょうが、ライエルが盗賊団を倒したのは事実です。評判など、いくらでも操作できますよ……俺がウォルト家の悪事を全て仕切ってきた、という風に評判を操作したように。そのせいで孫に嫌われましたが』
肩を落とす六代目に、七代目は肩を叩いて慰めている。
三代目は笑いながら言う。
『評判なんて当てにならないからね。ダリオンでは盗賊団相手にせっかく支援して貰ったお金をばらまいて、六倍以上の数で圧倒した臆病者だけど。ただ、盗賊団を討伐したのも事実なんだよね。ほら、別にどう倒したかなんて聞かれなければ答えなくていいし』
全員が、三代目を見ながら頷いていた。
ウォルト家で戦死した当主である三代目は、世間一般から言えば撤退戦を成功させた義将として有名だ。
だが、実際はそのような人物にはとても見えない。
『お前が言うと説得力が違うな』
初代の皮肉に、三代目は「そうですか?」と笑って答える。
そして、三代目はライエルの今後について発言する。
『ライエルが冒険者で成功を収めるにしろ、ウォルト家に返り咲くにしろ、本人の意思次第ですからね。それより、初代が言っていた怪物ですか? 現実味を帯びてきましたね』
周囲もそれを聞いて考え込む。
理由は、ライエルが想像以上に優秀だったからだ。
スキルの説明を聞いて、訓練を受けたとして数日で使いこなして見せたのだ。まだ拙いが、それでも驚異的と言える。
初代がふんぞり返る。
『だから言っただろうが! というか、ライエルが勝てないレベルとなると、セレスはとんでもない奴になるな』
想像以上にセレスが危険だと感じたのは、その場にいる全員だった。
初の実戦。ゴブリンと戦う時も、味方がいたとはいえライエルは落ち着いていた。
盗賊団のボスにしても、慌てる事がなかった。
色々と経験不足、そして体力や魔力に問題があるものの、才能は非常に高い。
そして、そんなライエルにすら勝つ怪物はウォルト家が生み出してしまったのだ。
『領地もそうだが、国もこれから荒れるだろうぜ。何せ、怪物の行動は予想が出来ない。そのせいで、俺の爺様たちの世代は相当苦労したからな』
【怪物セレス】
それが歴代の当主たちには、大きな問題になりつつあった。
最初はライエルにも問題があったと思ったのだが、冷遇されてきた事を思えばまともに教育を行なわれていないのも頷ける。
比べる対象があまりにも規格外だったとなれば、あの卑屈な性格にも説明がつく。
五年間、そんな環境に耐えたのは評価しても良かった。
だが、ライエルは優秀である。
それを歯牙にもかけないセレスの存在が、怪物と言われてもおかしくないと思えたのだ。
初代の言う怪物という存在を、認識しなくてはいけなくなったのだ。
『圧倒的な力、それに気ままな性格、ね。厄介だな』
五代目が言うと、六代目も同意する。
『セレスが暴走すれば、ウォルト家も破滅でしょうな。そう思えば、ライエルが放り出されたのは運が良い。血は残りますから』
初代もソレには同意だ。
『そうだな。冒険者になって金でも稼いだら、また開拓村でも興させるか? 今度はバンセイムから出ても良いだろ。ノウェムちゃんとアリアちゃんがいるんだ。危険な目に遭わせるわけにはいかないからな……』
ただ、納得している雰囲気でもない。
この場にいる全員が、どうにか出来るならどうにかしたいのだ。
『ライエルがどんな道を選ぶのかが重要ですね。もっとも、僕はノウェムちゃんが少し気になりますね』
三代目の言葉に、二代目が呆れる。
『まだ言っているのか? あんなに良い子が何か裏で腹黒い事でも考えているとでも? ライエルの嘘を真に受けた純粋な子なんだよ!』
信じようとしている二代目の言葉に、三代目は少し呆れる。
だが、五代目も三代目の意見に同意していた。
『ノウェムなりに考えている事があるとして、ライエルに危害を加える事はないだろうから放置で良くないか? 危害を加えるなら、ここまで尽くす理由もないからな。それに、だ……今更アリアを追い出せるか?』
五代目の意見に、その場の面子が困った顔をする。
父が盗賊団と繋がっており、奴隷となって鉱山送りだ。その上、何もかも失って家まで追い出されたのである。
初代は微妙な表情だ。
『初恋の人の生き写しが、子孫と結婚すると思うとなんか凄く微妙なんだが?』
七代目は言う。
『あんたが余計な事をライエルにさせるから、こんな面倒な事になったんだからな! さっさと協力していれば、変な事で悩まずにすんだんだ』
四代目がまたも話を戻す。
『では、ライエルが今後の方針を決めるまで、この件は保留という事で。お疲れ様でした』
会議室に一人残った初代は、腕を組んで椅子の上にあぐらをかいていた。
考え込んでいるのは、ライエルの事である。
『純粋な才能に関して言えば、俺たち以上なのは間違いない、か』
初代が宴会の席で言った一言から始まった家訓。
それが、ウォルト家の血を磨いてきた――のかも知れない。
ライエルの実力は、未だに経験不足だがそれでも歴代当主の中で一番の才能を秘めている。
『……こりゃあ、俺の現役時代を簡単に超えるな』
そう呟くと、飛び上がって床に立つ。
『やれやれ、宝玉の中の七つに加え、自分のスキルも加われば、どんな化け物になるのか……本気でセレスを止められる奴がいるとすれば、もしかしたらライエルだけかも知れないな』
歩き、自分の部屋に向かう初代――バジル・ウォルトは静かに口元が緩んだ。
『さて、俺も本腰を入れて協力しますかね。三段階目も使いこなす日が来るかも知れないから、その時のために鍛えてやらんとな。……時間もそれほどかからないかもな』
ドアを開けて部屋に入る初代。
『教え終わるのもそう時間もかからない、か……』
ドアがゆっくりと閉じる。
会議室には誰もいなくなった。