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セブンス  作者: 三嶋 与夢
骨肉の争いとかないといいね十一代目
184/345

迷宮の暴走

 ベイムへと帰還した俺は、書類を持ってギルドへと出向いていた。


 時間としては三時過ぎ。


 冒険者の数はそう多くはないのだが、普段よりもピリピリしている感じがした。受付のカウンターでは、職員たちも冒険者の数が少ないのに慌ただしく動いていた。


 そんな様子を見ながら、迷宮でも発見されたのかと掲示板を見ればそんな様子もない。


 冒険者たちもギルドの慌ただしい様子を見て、何やら仲間内で話し合っていた。


「なんだ、どこかで戦争でもするのか?」

「ガレリアとルソワースならいつも通りだろ? ザインとロルフィスに喧嘩を売ったのか? いや、売られたのか……」

「それにしては慌ただしすぎないか?」


 戦争が始まれば、冒険者をまとめているギルドも忙しくなるのは知っている。だが、それとは違った何かを感じた。


 書類を持って三階へと向かうと、三階は普段通りだ。個室になっており、他の冒険者やギルド職員が見えないし、会話も聞こえないので変化など分からないのだが。


 ただ、妙な感じだけはした。


(気のせいかな)


 そう思って空いている部屋に入ると、そこに待機していた職員が俺を見ると少し緊張した様子だった。


 雰囲気を感じて、五代目が宝玉から。


『また厄介ごとか? それにしても、前の戦争ではこんな雰囲気じゃなかったんだが』


 七代目は、冒険者嫌いなので笑いながら。


『どこか他の国にでも攻め込まれるのでは? ベイムは一度叩きつぶされるべきですよ』


 ミレイアさんは、呆れつつ。


『まったく……そうやって。ライエルのためにベイムには残って貰わないといけないのに』


 この人もウォルト家の人間だと確信しつつ、俺は椅子に座って達成した依頼の書類を職員へと手渡した。


 相手は丁寧に受け取ると、俺をチラリと見てから。


「お疲れ様でした。それより、変わった事はありましせんでしたか?」


「変わった事?」


 依頼を達成するために遠出をした。待機しているメンバーにも、雑用系の依頼をこなして貰ったが、特に変わった事はなかった。


 俺たちが何かをしたかと思ったが、当てはまりそうな事が多すぎて分からない。困っていると、職員は慌てて。


「いえ、なければ結構です。それと、近い内にパーティーメンバーのギルドカードの更新に来て頂けませんか?」


 依頼に出向く前に更新をしていなかったのを思いだし、メンバー内でまとめて更新をしたのも当分前だった。


「なら次の依頼の時にでも。ただ、しばらくは休暇にしようと思うので、また今度になりますね」


 依頼をいくつもこなしたのだ。数週間は時間的余裕も出来ている。


(近い内にベイムの迷宮にも挑んでおきたいからな)


 以前よりも稼げるようになったが、やはり迷宮での稼ぎとは違う。嫌がられると思ったのだが、職員は少し安心したような表情をしていた。


 三代目が、そんな職員の表情を見逃すわけもなく。


『……何かあるね。早急に調べようか。それと、ライエル』


 言われて、俺は職員にたずねた。


「ギルド内がピリピリしていますよね。何かあったんですか?」


 職員の手の動きが少しだけ止まったが、すぐに苦笑いをしてきた。


「いえ、聞いておいてなんですが、特には……。ただ、私も雰囲気がおかしいので冒険者の方に何か聞ければと思ったんです」


 自分も知らないとアピールしてきた職員に、これ以上聞いても無駄だと思い諦めた。スキルを使用すれば聞き出せるだろうが、そこまでして聞き出さなくてもよかった。


(後でラウノさんのところにでも行くか)


 手続きを終え、報酬を受け取ると俺はギルドを後にする。






 ――冒険者ギルド東支部。


 ギルド職員の休憩所では、ギルド内部の慌ただしさや緊張感に受付を担当している一般職員が困惑していた。


 マリアーヌは、休憩所で椅子に座って自分の膝の上にお茶の入ったカップを両手で握って置いていた。


 今日もいつも通りだと自分に言い聞かせ、そしてまた受付に戻ればホワホワとした雰囲気を出して新人冒険者の相手をする。


 早朝から夕方までがマリアーヌの仕事時間だ。新人冒険者の多くに、雑用系の依頼を担当させるため、時間も固定である。


 すると、休憩室にお菓子を持って入ってきた、新人の職員が口を開く。


「聞いて下さいよ。私、またお菓子貰いました!」


 茶髪の肩まで届く髪をツーサイドアップにした職員は、まだ若いがギルドの職員として採用された少女だ。


 軽い口調だが、仕事は出来る。そして、顔もいいので冒険者受けもよかった。そのため、冒険者からこうやってお菓子を貰えることが多いのだ。


 職員の一人が、ソレを見て苦笑いをした。


「あんまり貰うのはよくないんだけどね。ねだったとかないよね? トラブルになるから止めてね」


 すると、【リューエ】は「違います」と言いながら。


「貰って欲しい、って言われたんですよ。凄く優秀な冒険者のパーティーで、リーダー格の人なんです。収入も安定して高いし、若くて有能なんですよ。私のカウンターをよく利用してくれるんですから」


 つまり、私は可愛いと言っているのだ。マリアーヌは、そんなリューエを見てなんとも言えない感情を抱いた。


 自分のカウンターをよく利用する冒険者は、その職員を信用している事が多い。もしくは、妥協で選んでいるか、だ。違う職員を毎回利用するよりも、色々と事情を知っている相手を冒険者も選びたい。


 下心がない冒険者ばかりでもないが、そうしたお得意様は受付で仕事をしていれば何組かいるのは当然だった。


 マリアーヌは事情が違うので、お得意様がいない状態だ。良くも悪くも、マリアーヌが担当するのは新人冒険者だ。育てば専属から外れ、そして対応も今までとは変える。


 だから、本当の意味でお得意様はいなかった。


 二十代半ばの女性職員が、リューエを見て忠告する。


「嫌な仕事を頼むときもあるんだから、あんまり情を挟まない関係にしなさいよ。じゃないと――」


 ただ、本人は大事な忠告を途中で止めた。


「分かっていますよ。でも、私の頼みなら聞いてくれる冒険者さんも多いんですよね。面倒な依頼も私の頼みなら、って」


 自慢話が始まったと思った女性職員は「それは良かったわね」などと言って、忠告を止めてしまった。


 男性職員が続きを言うべきか悩んでいるのを見ると、マリアーヌは溜息を吐いた。


 別に、リューエに腹を立てているわけではない。何しろ、マリアーヌ自身が、かつてはリューエのような存在だったからだ。


(私もこんなふうに見られていたのかしらね)


 そう思うと、マリアーヌはお茶を飲んでカップをテーブルに置くのだった。


「あ、そう言えば……先輩、また新人育成なんですよね? 新人の冒険者相手だと、下心しかない夢見がちな連中ばかりで大変ですよね。前に、先輩が担当していた冒険者たちが私のところに来たんですよ。そしたら、可愛いとか言われて困っちゃって」


 マリアーヌに絡み出したリューエに、周囲の職員たちも微妙な表情をしていた。だが、マリアーヌは笑っていた。


「そう。ごめんなさいね」


 リューエはつまらないのか、座るとお菓子を広げて他の職員にもお裾分けをする。


 マリアーヌは立ち上がると、休憩室から出て行くのだった――。






 屋敷へと戻った俺は、ミランダを探していた。


 ラウノさんのところに行くためだが、ラウノさんのところに行くときはミランダを誘うのが決まりのようになっていた。


 本人もそれで納得しており、行きや帰りに時間つぶしでお茶や買い物をするのがいつもの流れでもあった。


 屋敷内で動いている反応を見て、俺はミランダがいる場所へと向かっていた。


「この時間だと……あぁ、風呂上がりでノンビリしているのかな?」


 ベイムへと戻ってくると、だいたい女性陣は屋敷に戻って風呂へと向かう。ギルドに設置されている銭湯とは違い、ここの大浴場を気兼ねなく利用出来るのがいいらしい。


 無駄に広いので管理は大変だが、その辺りはオートマトンが鼻息荒く管理をしている。なぜか、とてつもない幸福感があるようだ。


(……モニカたちを作った古代人は、実は変態だったんじゃ)


 今はいない古代人を悪く言いたくはないが、そう思わずにはいられない。


 そうして廊下を歩いていると、声がかかる。


 マクシムさんだ。前方から歩いてくると、やっと見つかったという表情をしていた。


「ライエル殿、ここでしたか。お客人がたずねてきましたよ」


「俺に? いや、珍しくもないけど。誰が?」


 ミランダのところに行くのは止めて、俺は客の相手をするために向かうことにした。スキルで周囲のマップを確認すると、確かに客が屋敷に来ている。


 ミランダに気を取られ、広範囲でマップを見ていなかったので気が付かなかった。


 背が高く、筋肉の鎧を着たようなマクシムさんと並んで歩くと、俺がひ弱に見えてくる。


「さぁ? ですが、割と急ぎのようです。私は面識はありませんでしたが、ノウェム殿が屋敷へ招きましたので」


 ザインかロルフィス関係かと思ったが、それならマクシムさんも相手の顔を知っているか、そう言ってくるはずだ。


 それに、ノウェムが招いたら問題ない……。


 そう、問題ないはずだ。


「ノウェム、か」


 考えさせられることが多かった。だが、歴代当主たちの反応が一番凄かった。思い出すと、未だに頭が痛くなる。


 三代目から順番に。


『あれかな? 亜人関係はノウェムちゃんに任せておけば問題なし? これって凄く助かるよね』


『大陸中に散らばるエルフに、職人の多いドワーフ。手先の器用なノーム……それに神獣ですか……来ましたね。これでライエルがセレスに勝つ確率が上がりましたよ』


『そこまで期待出来るものかね? 俺としては、ノウェムが裏切ったという話も気にはなるんだが……でも、どう考えても昔の話だしな』


『関係ありませんね。利用出来るものはなんでも利用しなければ。圧倒的な戦力差は、まったく埋まっておりませんから』


 ミレイアさんは、そんな歴代当主たちの反応に対して。


『皆さん、本当に頭のネジが二本から三本は抜けていますよね。そういう反応、素敵だと思います』


 それを聞いた三代目が笑いながら。


『女神の時代とか言われても、僕たちに関係ないからね。というか、話が大きくなりすぎて分かんないけど、取りあえず味方なら問題ないよ! いずれ敵になるなら、その時に対処しようか。もしくはライエルに骨抜きにして貰うか、だね』


 ノウェムのために頑張るのは問題ないが、この人たちは本当に俺の事をなんだと思っているのだろう?


 首を横に振ると、マクシムさんが心配そうに俺を見てきた。


「どうしました、ライエル殿?」


「あ、いや……なんでもないです」


 そうなのだ。俺たちには、古代に女神たちが何をしたのかは問題ではない。女神の搾りかすである俺や、そして末裔である存在がいるのが問題なのだ。


(……女神の搾りかす、か。誰が言ったんだっけ?)


 セレスの搾りかす、女神の搾りかす――そう歴代当主に言われ、言い返せなかった。実際、俺はセレスに色々と奪われ、封じられてきたのだから。


(解決しないといけない問題が山のようにあるのに……今度は厄介ごとじゃないといいんだが)


 そう思った俺の気持ちは、たやすく踏みにじられるのだった。






 応接間に来ていたのは、タニヤさんだった。


 ギルドで見かける職員の制服姿ではないが、ラフな私服でもなかった。


 スーツ姿で、どこか緊張している様子だ。


(あ、マクシムさんたちだとタニヤさんのことは知らないか。冒険者登録をしても、基本的に依頼は俺たちがこなしているし)


 ソファーに座っていたタニヤさんに、俺は挨拶をして自分もソファーに座った。傍ではモニカがお茶の用意などをしており、先に対応していたノウェムが少しだけ険しい表情をしていた。


「何かありましたか?」


 ノウェムの表情から、こちらにとって不利益なことでもあるのかと予想していると、七代目が口を出してくる。


『ほう? 喧嘩でも売りに来たのか? 手間が省けたな。その喧嘩、買ってやろうではないか冒険者ギルド!』


 どうしてこんなに冒険者が憎いのか……。


 七代目は放置してタニヤさんの顔を見ると、タニヤさんは俺にテーブルに置いた封筒を見るように勧めてくる。


「これはギルドでも極一部の人間が知る情報です」


 そう言われて資料に目を通すと、以前にラウノさんのところで見た村の情報が書かれていた。


 ただ、かなり危険な状態であると、ギルドへの報告書に書かれていた。


 タニヤさんは続ける。


「迷宮の暴走状態。ベイム周辺ではここ二十年はなかった事です。どうやら、冒険者を辞めて故郷に帰った者が関わっていたようですね」


 資料に目を通していると、俺がベイムから離れている数週間でかなりまずい状況になっていた。


 迷宮の討伐は不可能と書かれており、すでにベイムは防衛のために動くことが決定しているようだった。


 ノウェムが口を開く。


「……残念な結果ですね。ですが、ライエル様にこのお話を持ち込んだ理由は何故ですか?」


 ノウェムが警戒するようにタニヤさんを睨んだ。


 タニヤさんは、モニカの出したお茶を口にしながら。


「ベイム冒険者ギルドは――ギルド本部は、ライエル君を高く評価しています。今回の防衛戦には、是非とも参加して頂きたいのです」


 東支部ではなく、ギルド本部の名前を出した事を俺は考えた。


(本部の決定と言うことは、逆らうと後で色々と面倒か。だけど、たかが一パーティーにこれだけの脅しをかける意味はなんだ?)


 すると、四代目の声が宝玉から聞こえてきた。


『なる程ね。ザインとロルフィスに影響のあるライエルを押さえておきたい訳だ。少なくとも、両国は恩人を見捨てるのか、ってベイムは圧力をかけたいんじゃない?』


 すると、五代目が低い声で。


『舐められたな。そんな事をしなくても当然参加する。参加しなくともベイムは守り切れるだろうが、これはチャンスだ』


 迷宮の暴走がチャンスに感じられる歴代当主たちは、きっと頭のネジが吹っ飛んでいるのだろう。


 七代目も。


『防衛戦ですか。ライエルの名をより上げるのには必要ですな。ついでにベイム自体に恩も売れる、と。ですが、ライエルを理由にザインとロルフィスに参加して貰っては困りますね。二国に旨味がない』


 三代目は、楽しそうに言うのだ。


『そう言えば、二国はベイムに借金があるよね。あれって面白くないよね? ここは、率先して参加して、借金を減らして貰おうか。うはっ! 楽しくなってきたよ! 敵は数万から数十万の魔物の軍勢だね! 準備しなくっちゃ!』


 頭を抱えたくなったので俯くと、俺が拒否を考えているとタニヤさんが思ったようだ。


 何しろ、一度迷宮が暴走すれば、迷宮は枯れてしまうがそれでも魔物を数万、数十万の規模で吐き出してしまう。


 過去に迷宮で滅んだ国は多く、迷宮を管理する難しさの原因でもあった。


 タニヤさんは言う。


「確かに今回の依頼は困難なものです。ですが、今回はとても重要な――」


「決めるのはライエル様です。それとも、強制的に参加させるとでも?」


 タニヤさんを威嚇するようなノウェムを手で制すると、俺は顔を上げた。


(……ここで参加しないという訳にもいかないし、恩を売れるなら売っておこう。それに、ザインやロルフィスの借金も減らしておかないと)


 俺はタニヤさんに笑顔を向け。


「もちろん参加しますよ。このライエル・ウォルト、ベイムの危機に立ち上がらせて頂く。そのために、まずはザインとロルフィスの協力を取り付けます! 任せて下さい、すぐに二国に協力して貰いますから。ついでに、ベイムから二国へ報酬は出るんですよね?」


 先に牽制しておくと、頬を引きつらせたタニヤさんが。


「そ、それは上司と相談しないとなんとも」


「ならばすぐに俺も動きましょう! ノウェム、戦争の準備だ!」


「はい、ライエル様」


 笑顔で立ち上がり、部屋から出て行くノウェムを見ながら俺は思った。


(……準備、って何をすればいいんだろう)


 小規模な戦いは経験しているが、大規模な物になると俺は経験がない。ザインやロルフィスで経験したのと違い、今度は本格的に魔物とぶつかる事になるだろう。


 俺の傍で、自分にも命令が来るのではないかとワクワクした視線を向けてくるモニカを見ながら、俺は宝玉内の声に耳を傾けていた。


 あらあらと言いながら、ミレイアさんが色々と盛り上がる歴代当主たちを見て一言。


『本当に楽しそうよね。ライエルもワクワクするのかしら?』


(しねーよ!)


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