ダミアンとラタータ爺さん
ギルドの依頼をこなすために、出発を明日に控えた俺は屋敷を訪れたラタータ爺さんとダミアンの話し合いを聞いていた。
顔合わせを見ておこうと思ったのだが、悪い意味ではなく失敗したと感じていた。
応接間のテーブルでは、ダミアンが設計図を広げて熱くラタータ爺さんに語っていた。
「やっぱりさ……個体差は必要だと思うんだよ。このままだと、ライエルは大きなオッパイばかりにこだわるから、そこは重要だと思うんだ。生体ボディ部分には個体差を出したい」
真剣な表情で語るダミアンに、ラタータ爺さんは呆れたように言う。この変人をしかりつけて欲しいと思っていると。
「当たり前じゃねーか。同じ顔ばかりだと飽きるからな。だが、生体ボディか? そっちはわしの管轄外だな。骨格は言われたように作ってやれるが……全身を生体ボディで覆うのか?」
(あ、当たり前!?)
「無理だね。どうしても機械部分が露出するよ。古代人は偉大だよね。オートマトンとか、完全に人に似ているし。ま、手足は付け替えられるようにしてもいいんじゃない?」
ダミアンが渋々妥協すると、ラタータ爺さんも頷いていた。
「仕方ないな。あまりこだわるとわしが生きている間に完成しない。そうなると、この部分までが――」
設計図に線を引いていくラタータ爺さんを、面白そうにシャノンが見ていた。普段目の見えないシャノンが面白そうにしているので、俺は気になって聞いてみる。
「なにか面白いのか?」
「そうね。メイドが用意した設計図は線が見えるから面白いわよ。文字や数字も見えるの。修正した部分とか見えるから、もうゴチャゴチャしているけど」
言われて設計図を見る。ラタータ爺さんが書き込んだ線の上に、またダミアンが線を引いていた。
「追加分も見えるのか? 今引いた線とか」
「見えないわよ」
即答するシャノンを見ていると、七代目が何か思いついたようだ。
『ふむ。これはなかなか……ライエル、シャノンは文字や数字が書けたかな? いや、理解出来るかな?』
聞かれた俺は、目の見えないシャノンが読み書きを出来るかと言われて宝玉を指先で転がした。否定の意志を示すと、七代目が残念そうに言う。
だが、諦めてはいない感じだ。
『時間はかかるが仕方がないか。今後は読み書きも追加だな』
(目の見えないシャノンに読み書き?)
七代目が何を考えたのか気になっていたが、俺は目の前でヒートアップする二人を見て少し不安になってきた。
「これをこうして、そうなると試作品を作り出して……一体目は二ヶ月から三ヶ月だな」
ダミアンは、ラタータ爺さんの予想に満足そうに頷いていた。
「そうだね。予算は……金貨で五千枚くらい? 少しオーバーするけどいいよね。その後は試験を繰り返して、そこから二台目を作ろうか」
俺はその話を聞いて。
「え、ちょっと待って……最初の予算から金貨で二千枚もオーバーしているんだけど?」
冷や汗をかきながら二人に言うのだが、二人とも笑顔で。
「これだけの条件が揃う環境はないからな。わしもできるだけ協力する。だが、金はかかるぞ。量産出来る準備が整っても、基本的に一体で金貨一千枚くらいする」
「前に言ったのは最低限の金額だよ。これぐらいしないと、ライエルの期待には応えられないし。また頑張って資金集めをしてきてね。僕はこの職人とさらなる高みに登ってみせるから! さて、次は外見だけど」
「いっそもっと冒険をしないか? 武具装備の美人さんも悪くないが、もっと遊び心が欲しいぜ」
「遊び心か……うん! 大事だね!」
盛り上がる二人を見ている俺は、冷や汗をかきながら資金が足りるのか不安になってくるのだった。
(駄目だ。このままだと、また確実に資金不足だ。でも、普通の依頼で多少は稼げるようになったけど、これだと焼け石に水だよ)
ギルドに冒険者としてある程度は認められ、難易度の高い依頼を振り分けられるようになった。同時に、成功報酬が高くなったのだが、それでもお金の方は足りなかった。
「ふ、二人とも、もっと自重を――」
すると、ダミアンが俺を見ながら。
「しているよ。言っておくけど、その気になれば一体目は金貨で一万枚コースだよ。あれ、でも……どうせならそっちでもいいかな? 試作機というのは、やはり男の子の浪漫だよね」
ラタータ爺さんは首を横に振りながら。
「俺は量産機の方も好きだがね。ま、実際問題どうするよ、兄ちゃん? 金をかければいい物ができる訳でもないが、かけるに越したことはないぞ」
言われて俺が安い方を選択しようとすると、ここで意外にも四代目が真剣な声で。
『……ライエル、金貨一万枚をかけようか。それから、二人には契約書を書いて貰おう。ここで得た技術は、全てライエルに権利がある、とね。ダミアンは今後の支援で釣ればいい。爺さんの方も最高の環境を整えると言っておけ』
四代目が金に五月蝿くないと思ったら、宝玉からミレイアさんの声がした。
『あら、お爺様。またお金儲けを思いついたのですか? 相変わらずですね』
嬉しそうな声で、四代目が。
『当たり前だ! 性格に問題があろうと、ここにいる二人は最高の頭脳と腕を持つ人材! こいつらが自重しないという事は、それだけのものができるはず! ……ま、失敗しても元から俺たちの金じゃないからな。予定になかったし、少しくらいは散財しても痛くもない』
(少しじゃねーよ!)
そう。
ヴェラのお金である。だから、できるだけ大事に使いたかった。しかし、歴代当主たちは、どうやら四代目の意見に同意するようだ。
三代目は興味なさそうに。
『お金儲けなら四代目だもんね。任せるよ』
五代目も興味がないのか。
『同じく』
七代目だけは、四代目が何を考えているのか察したようだ。
『技術の独占……いや、売るために用意するわけですね。アラムサースでやった事を、ここでもする訳ですか。なるほど。そう思えば、金貨一万枚でもおしくはない。ベイムは金持ちが多いですからね』
俺は左手で顔を隠しながら、二人に言うのだ。
「一万枚コースで。ただし、今回得られる技術は俺が貰う事にします。報酬も相応には支払いますが」
するとダミアンは、両手を上げて大喜びをした。
「流石ライエルだ! よく分かっているね!」
ラタータ爺さんも嬉しそうだ。
「金のことを気にしないのはいいな。久しぶりに面白くなってきた!」
喜ぶ二人を見て、肩を落とす俺にシャノンが声をかけてきた。
「あんたも大変ね」
口元に手を当てて、俺を笑っているシャノンを見た。俺も笑顔で。
「お前は今日から読み書きの練習な」
そう言ってやった。
「なんでよ! あんた、八つ当たりとか恥ずかしくないの!」
ゴーレムのことはダミアンとラタータ爺さんに任せ、俺は出発前に情報屋のラウノさんの下を訪れた。
いつものようにミランダを連れ、そしていつものようにラウノさんの助手をしているノームのイニスに報酬を支払った。
ラウノさんの仕事部屋兼寝室で、俺たちは報告書を受け取る。
ミランダは、その報告書を見て。
「随分と広範囲を調べたわね。手を抜いてない?」
ラウノさんは、眠たそうにしながら左手を振り。
「そんな訳ないだろうが。同業者に頼んで一緒に潜り込んだんだ。こっちは景気がいいからな。妬まれないように時には仕事を回すのも大事なんだよ。ま、人間関係はどこも大変だろ?」
すると、ミランダは目を細めながら微笑んでいた。
「楽をしたいから、という理由じゃなければ正しいんでしょうけどね。ま、情報が正確ならいいわよ」
報告書を読んでいくと、俺はその中の一つに視線が行く。
内容は、広がったロルフィス王国で、隣国との間に問題が起きていると言うことだ。ガレリア、ルソワースの二国は、未だに両者で戦っている。
だが、そんな二国に領地を接するロルフィスは、相手の国とどのような距離感で付き合えばいいのか分かっていない様子だった。
「使者を出しても追い返された? 交易もなし、か」
報告書を読んでいると、ラウノさんが欠伸をしながら説明してくる。
「元からベイムとそういった取引をしているからな。自分たちに手を出すな、出せば潰すと両方から脅されたみたいだ。戦乙女様たちは戦争が大好きみたいだな」
報告書には、今回も両陣営に被害が出ていると書かれていた。だが、隣国が滅んだにしては落ち着いているような気もする。
(もしかすれば、攻め込んでくるとも思ったんだけどな)
攻め込んでくれば、こちらからどちらかに協力して一方を潰し、三国で同盟なり連合を組む計画だった。
(……何かあるのかも知れないな)
そう思って違う資料に目を通すと、バンセイムのことが書かれていた。どれも酷い情報ばかりだ。
「バンセイムは相変わらず酷い状況か。いや、どんどん酷くなっているところ、か」
俺がそう言うと、ミランダが気になったようだ。
「……バンセイムがゴタゴタしているのに、ベイムはあまり動きが見られないわね」
すると、ラウノさんがニヤリと笑った。
「ま、他国のことなんか商売相手、くらいにしか思ってないところだからな。むしろ、戦争が増えて傭兵団は稼ぎ時だとでも思っているかも知れないぜ。それに、上の方はどうやって金を稼ごうか考えているだろうよ」
内乱が起こった国だ。魔石の回収などが思うようにいかないだろう。
そうなると、バンセイムは周辺国から魔石を購入する必要がある。しかし、周辺国も、いつ噛みついてくるか分からない今のバンセイムには魔石を売り渡さない。そうなると、売ってくれるような場所は、ベイムくらいだ。
宝玉内からは、三代目が面白くなさそうに呟いた。
『対岸の火事、って奴かな? むしろ、その火事を利用してどう儲けるか考えているね。情報を見る限り、どうにも信用出来ない事も多いんだけど、気にならないのかな?』
主にセレス関係だ。
セレスに出会うと魅了され、全てを差し出すというものだった。他にも、攻め込んだ領地での虐殺や略奪の酷さ。
それらが情報として伝わっているのに、ベイムはのんきに構えているように見えた。
「ラウノさん、セレスに関する情報は、ベイムにも届いていますよね?」
「届いているが、それを信用するかは本人次第だろ? 実際、戦争なんて酷いものだからな。多少信じられない場合は、報告が間違っていると思うものさ。それに、噂なんかは大きくなるもんだ。その類いとでも思うのさ。いや、思いたいのかな。ついでに言えば、ベイムはこれまで何度も他国の侵略をはね除けてきた自負もある。自分たちは大丈夫だと思う下地があるんだよ」
戦争ともなれば、ギルドが形振り構わず冒険者たちをかき集めるだろう。商人たちは経済で相手を苦しめ、そして傭兵団を雇い入れる。
本当にベイムとは厄介な場所だった。
ミランダは、足を組み替えながら違う報告書に目を通していた。
「ねぇ、ベイムとバンセイムの間にある国……動きがおかしい、ってあるけどどういう事?」
真剣な表情になるミランダに、ラウノさんは少し忌々しそうに言う。
「……景気のいい村が出たらしい。それくらいならどうでもいいんだが、どうやら魔石や素材をかなり集めているようだ。村の方も今ではそっちに偏り始めている。バンセイムが内乱で暴れ回っているからな。魔石の買い取り金額が上がっているのもあるんだが……俺は怪しいと思っている。もしかしたら、迷宮でも隠しているんじゃないか、ってな」
ラウノさんは「ま、俺の勝手な想像だけどな」などと冗談を言うように最後に笑って見せたが、どうにも本当にきな臭いようだ。
(他の国で干渉出来ないな)
「情報を流すとかできますか?」
すると、ラウノさんは。
「証拠がない。だが、俺の方でも、ベイムの偉いさんに伝がある。間接的だが、情報は伝えたさ。でも、こういうのは……」
ラウノさんが天井を見ながら。
「……気が付いたときには間に合わない事が多いんだよな」
――ライエルたちが事務所から出て行くと、ラウノは部屋にイニスを呼んだ。
そして、イニスに集めた情報を全て読ませていた。
「どうだ、イニス」
小柄なイニスは、ソファーに座っていると子供が難しい書類を読んでいるように見えた。
可愛らしいが、イニスの体は淡く光を発していた。
窓を閉め、暗い部屋なのにボンヤリと明るい。部屋の中で、ラウノはイニスの答えを待っていた。
イニスという女性は、スキル持ちだ。それも、特殊なスキルだ。第二段階や第三段階などなく、発現した段階で完結しているスキル。
そのスキルは【インフォメーション】。
手に入れた情報を精査し、そして今後の予想を行なうスキルだった。クラーラの上位スキルに位置しているようなスキルで、ラウノが情報屋として生き残ってきたのはイニスのスキルがあったからでもある。
「……上手く隠しているつもりでしょうが、迷宮が発生した可能性が高いです。一部、あの周辺では発見されていない魔物の素材も流れています。同じ種類の魔物がいるので大丈夫だと思ったのかも知れません。それと、領主はすでに懐柔されている可能性があります」
言われて、ラウノはイニスに確認をした。
「さて、周辺国の状況、そしてベイムの状況――今後はどうなる、イニス。迷宮は暴走するんだろ?」
ラウノの質問に、イニスは――。
「高い確率で、近い内に暴走します。冒険者の派遣は間に合わないかと。そうなると、魔物の大軍の一部は、ベイムにも流れ込んできます」
ラウノは淡々と。
「防げるか? ベイムはどれだけの被害を出す」
「……暴走自体の被害は数千規模です。ですが、その後が問題です」
「その後?」
「隣国は崩壊する可能性が高い。そして、その後はバンセイムが隣国を支配する可能性が高いです。ベイムもきっと巻き込まれます」
つまり。
「――お隣がバンセイムになるわけだ。厄介だな」
ラウノはそう呟くのだった。
(さて、俺の依頼人はどう動くだろな)
「イニス、ライエルたちはどう動くと思う?」
すると、イニスは困っていた。スキルで大抵の事は予想出来るイニスだが、ライエル関係ではその多くを外してきている。
人柄、能力などを考慮して何度も予想するのだが、どれも予想が外れてしまうのだ。
「……予想出来ません。情報が不足しています。ライエルさんの行動は、私の予想の斜め上か下ですので」
ラウノは苦笑いをしながら。
「またか? まったく、飽きさせない依頼人だよ」
三代目ヘ(゜∀゜ヘ)「イニスちゃん! ちゃんとらいえるサンを情報として知っているのかな? そこは重要だよ! でないと、予想なんかできないよw」
ライエル(#゜Д゜)「……お前らのせいだよ! 俺に色々とやらせるから!」
????|∀・)「でも、そういうのは嫌いじゃないよね? 素直じゃないな、本当に」