ギルドの職員
トレース家を訪れた俺は、ヴェラの部屋でお茶を飲んでいた。
屋敷は豪華で、人口密集地であるベイムで広い庭も持っていた。しかも、俺が買った屋敷のように、立地の悪い場所に、ではない。
条件の揃ったとても良い場所に、これでもかと目立つ屋敷を構えていたのだ。
そうしてヴェラの部屋で何をしているのかと言えば――。
「このリストね。うちでも揃うけど、専門的な道具だから他の店でまとめ買いするのがいいかもね。これだけ大量に買ってくれるなら、普通にサービスしてくれると思うわ。紹介状は用意してあげるから、ダミアン教授と一緒に買いに行くのね」
ダミアンの書き記したメモを、オートマトンたちが見やすくまとめたものを俺はヴェラから受け取った。
「まとめ買いの方がお得なのか」
「トレース商会だと、そこまで専門的な道具は扱ってないわ。一つか二つは、扱っているけど、別々で買うよりもまとめ買いの方がいいわよ。今後も道具はそこで買うようにすればいいし。扱っている店となると……」
ヴェラに相談すると、ダミアンから依頼された道具を買うならここがいいと教えて貰った。
「詳しいな。こういうのは覚えているの?」
まるで、ベイム中の商家や店を記憶しているのかと思えるヴェラに、俺はそんな事を聞くと笑われた。
「違うわよ。こういった道具とか装置は専門店が少ないの。私だって一軒一軒を知っている訳じゃないわ」
言われて納得すると、紹介状を用意して貰う事になった。トレース家の名前は、ベイムではかなり有効だ。
四代目の声が、宝玉から聞こえてきた。
『ライエル、色々と職人も紹介して貰おうか。希少金属を扱える職人とか』
ダミアンの作成するゴーレム――ダミアンいわく【ヴァルキリー】の骨格部分には、希少金属を使用するらしい。
だが、その金属の加工や材質選び、そして道具の作成などには職人の力が必要だった。そういった職人を紹介して貰う必要があったのだ。
「ついでに希少金属の加工をする職人も教えて欲しいんだけど。なんというか、トラシーの素材とか加工出来る職人はいない? あれ、ダミアンが言うには結構凄いみたいなんだけど」
トラシーの素材を見たダミアンが言うには、優秀な金属であるようだ。ただ、それを加工出来る道具もなければ、職人にも知り合いがいなかった。
ヴェラはソファーに座り、アゴに手を当てて少し俯く。
「ほとんど未知の希少金属や素材よね? 加工出来る職人ならベイムに結構いるけど、その先……経験豊富で不可能がなさそうな職人ね。いるにはいるんだけど、凄く頑固よ。普通に手に入る金属で代用したら?」
それは俺も思ったのだが、問題は揃えるのに時間がかかることだ。金もかかり、有り余るトラシーの素材を使ってしまいたかった。
「そっちも考えてはいるんだけどね。想像以上にダミアンがこだわっているんだよ。なんでも、自分の研究にも活かせるから、って」
ヴェラはおかしいのか笑った。
「研究者とか職人とか、そういうところがあるわよね。妥協すれば良いのに。分かったわ。そっちも話をつけておく。けど、私がいても会えるだけよ。お父様の依頼でも時々断る職人だし」
「そんなに凄いの?」
トレース家の当主の依頼を断る職人がいるのかと、俺は驚いてしまった。
だが、話を聞くと納得してしまう。
「ドワーフなのよ。長寿だから、うちの専属みたいな職人で、お爺様も生前はあまり強く出られなかったわね。それと、ヴェラ・トレース号の大事な部分は、その人が作ったのよ」
頼りになる職人らしい。
(会ってみるか。駄目なら次を探さないと)
そのままヴェラと話をしていると、部屋にノック音がした。入ってきたのは、ヴェラの妹さんであるジーナだった。
赤い髪をして、ヴェラとは違って豊かだった。――胸が。
「姉さん、少しお話が……あら」
「なによ?」
ヴェラが少し不満そうにお茶を飲むと、ジーナさんは俺を見て少し困ったような表情をしていた。
「じ、実は……ロランドの事で、少し」
その名前は、確かヴェラの初恋の相手だった。今は、妹さんの恋人になっているらしい。
七代目が、宝玉から微妙そうな声を出す。
『なんでしょうね。こう……色々と知っていると、相談する相手は選べと言いたくなります』
ミレイアさんは楽しそうに。
『こういう駆け引きとか、ドロドロした話は面白いですよね。ウォルト家でも、姉や妹が一人の男性を巡って恋の駆け引きをしていました。ま、最後にその男性をものにしたのは、関係ない妹でしたけど』
五代目が意外そうに。
『……そんな話は聞いてない。というか、そんな事があったのか』
ヴェラは、溜息を吐くと立ち上がって俺に謝罪をしてくる。
「ごめんね。今日はここまでみたい」
俺も立ち上がった。
「いや、色々と話せて良かったよ。ほとんどこっちの話で申し訳なかったけど」
「いいわよ。それと、後でお土産は受け取ってね。渡すように言っているから」
実際、ほとんどが俺の話だった。ヴェラとの楽しい会話など、二時間の内に数十分あるかないか、だ。
四代目が、俺に対して。
『前が酷すぎたから、これでもマシになった方なんだよね』
ミレイアさんは、それを聞いて。
『前はもっと酷かったんですね。見てみたかったわ』
(……六代目が言っていた優しい妹とか言うのは、絶対に嘘だと思うな)
――ライエルが屋敷から出ると、ヴェラはジーナの部屋にいた。
ソファーに座り、互いに向き合っている。
部屋は光が強く差し込んでいるが、それ以外の場所は暗かった。
ヴェラは、少し声を下げて。
「こっちを警戒しなくてもいいわよ。ライエルにトレース家を乗っ取るつもりはないわ」
乗っ取るつもりはない。だが、ライエル自身がヴェラには伝えていた。今後、将来的にはベイムの規制も考えている、と。
(他人が言えば、何を言っているのか? みたいな話よね)
それを聞いたジーナは、ピクリと反応をするとしばらくして口を開いた。
「その、分かってはいますけど、冒険者がトレース家を継ぐのはどうかと思って。姉さんにその気はなくても……」
ジーナの言い分を聞くと、ヴェラは大まかなことを察するのだった。
(私がお父様の用意する跡取りと結婚しないとみると、家を押さえに来たか。ライエルの事も警戒しているわね)
ジーナが、本格的にロランドを婿に迎えるために動いているのは知っていた。
実際、ヴェラはジーナのこういった計算して動く部分も、前から理解していた。ヴェラ自身が、ロランドを好きな事もジーナは知っていた。
知っていたから、先に動いて付き合い始めたのだ。
「お父様も継がせる気はないわよ。別にどちらが継いでもいいんだし。それに、私はトレース家のお金にまで手を付ける気はないわ。全部私のお金だから」
ジーナは、ヴェラがライエルに夢中になり、実家の資産を食いつぶすのではないかと気にしている様子だった。
「でも、そこまでして」
ジーナも姉を心配している面もあるのだろう。だが、ヴェラにとってはそれは邪魔だった。
「……ジーナ、私はあんたとロランドの事に口を出さないわ。トレース家を継ぎたいなら継げばいい。だから、私とライエルの事にも口を出さないで。迷惑はかけていないわよ」
(今のところは)
と、内心でヴェラは思うのだった――。
ヴェラの屋敷から出た俺は、久しぶりにベイム東支部ギルドに顔を出した。
元からその予定だったのだが、顔を出すと周囲の視線を感じる。ベイムに戻ってからも、視線を感じているが、やはり目立っているようだ。
小声で。
「おい、聖騎士だ」
「あれ? 愛の騎士だろ?」
「あれだろ、聖女だけでなく王女もおとしたとかなんとか……」
冒険者たちの声を聞き、どうして俺の噂はこうも酷いものが多いのかと憤りを感じた。
すると、見覚えのある集団が見えた。
エアハルトたちだ。
宝玉内の三代目が、少し驚く。
『おや、随分と見違えたね』
三代目が驚くのも無理はない。何しろ、タンクトップ姿は変わらないが、装備が充実していたのだ。
エアハルトだけが装備をしている印象しかなかったが、他の仲間も駆け出しの冒険者という真新しい装備をしていた。
マリアーヌさんが受付をしている列に並び、割と静かにしていた。エアハルトともう一人が列に並び、他の仲間はロビーの隅で待機している。
すると、俺に気が付いたのかエアハルトが指を指してきた。
「あ、お前は!」
少しはまともになったと思ったのだが、どうやら中身はそれほどまで変わってないようだ。見た目に騙され、相手が成長したと思ってしまった。
「久しぶりだね。元気だった?」
笑顔で対応すると、エアハルトは相変わらず血気盛んだった。こっちを睨んでくるが、仲間が肩を掴むと落ち着きを取り戻し。
「はっ! 少し有名になったみたいだが、俺たちもすぐに追いつくからな。いや、すぐに追い抜いてやるぜ!」
喧嘩腰だが、すぐに殴りかかってくるような事はなくなっている。
(なんだろう、これだけでも少しは成長を感じる。カルタフスの冒険者を見たせいか、こいつらがまともに見えてきた)
「期待しておくよ」
そう言って階段を上がろうとすると、エアハルトたちも順番が来たのか職員であるマリアーヌさんのところで、鼻の下を伸ばして話をしていた。
そんな様子を見て苦笑いをしていると、少しだけ――。
(あれ? マリアーヌさん、なんで少し悲しそうなんだ?)
――そう思ったのだった。
ギルドの三階。
個室で職員と今後の依頼について確認をすると、対応はタニヤさんだった。
黒髪オカッパ、眼鏡をかけた仕事のできる女性であるタニヤさんと話をして、今後の冒険者としての活動方針を考えた。
派遣型の支部である東支部では、どうしても移動に結構な時間を割く。そのため、稼ごうと思うと難しい。
だが、一部のギルドに認められた冒険者たちは、難易度の高く実入りの良い仕事をこうして個室にて紹介されるのだ。
タニヤさんが、俺の選んだ依頼を確認する。
「では、次はこの依頼ですね。ついでに、安い依頼も片付けて貰えませんか? 道すがらの場所にあるので」
雑用系の依頼をいくつかこなして欲しいと言われると、俺は内容を確認した。
「これ、道すがらじゃないですよね? 少し遠回りですよ。まぁ、いいんですけどね。次の迷宮討伐にも参加しておきたいですし」
少し嫌味を込めると、タニヤさんが苦笑いをする。
「ライエル君たちは優秀ですからね。その時にはちゃんと声をかけますよ。そう言えば、アレットさんたちが戻ってきましたけど、もう会いましたか? ライエル君たちとはタイミングが悪く会えてなかったみたいですけど」
俺は首を傾げた。
アレット・バイエ――ロルフィスの次期副団長とまで言われた女性騎士は、領土の広がったロルフィスで仕事に追われている生活をしていると思ったからだ。
ベイムに戻ってきた理由が分からない。
「自分の国が忙しいのに、よくベイムに派遣出来ましたね。財政状況とか、そこまで悪くなかったような気がしますけど」
「……なんでライエル君が、ロルフィスの財政状況に詳しいのかは聞きませんけどね。たぶん、ライエル君目当てですよ」
俺はまた理解出来ず、考えるように少し俯いた。
すると、七代目が言う。
『敵対するとは思えないが、もしくは囲い込みたいのか? ここでライエルを殺そうものなら、ザインとの火種にもなる。ザインと協力して、ライエルを殺しにかかるとも考えにくいが』
四代目は、笑いながら。
『国内の状況とか割と筒抜けなんだけどね! 殺しに来たら、逆に潰しにかかるけど』
(怖いな。でも、割といくつか手段があるんだよな)
ザインで仕事をしたこともあり、俺はザインやロルフィスの弱点というものを理解していた。どこを攻めれば、大打撃を与えられるのかを理解している。
(どっちも後継者が一人だけなんだよね。ザインはセルマさんがいるけど、今更戻っても厳しいだろうし)
タニヤさんが、書類をまとめながら。
「ま、悪い意味で目をつけられた訳でもなさそうですし、余裕があれば会ってみては?」
頷いて、いつ会うか考えようとした。
そんな時だ。ふと、マリアーヌさんが寂しそうな顔をしていたのを思い出す。
「話は全然違うんですけど、エアハルトたちを担当しているマリアーヌさんがいますよね? エアハルトたちと何かあったんですか? なんか、少し悲しそうというか……あいつら、何かしたのかな、って?」
すると、タニヤさんが少し驚いた顔をした。だが、すぐに思い当たることがあったのか、俺に話してくる。
話してくると言うことは、話せる内容だと言うことだろう。
「彼らは最初より驚くほどに真面目ですよ。雑用をしたら高い評価を安定して貰うようになりましたからね。ま、ライエル君なら問題ないから言いますけど、卒業が近いわけです」
「卒業?」
「専属である必要がなくなるんです。むろん、これからも普通に対応をする事はありますけどね。それでも、一人前になる冒険者を見ていると、職員だって思うことはありますよ。マリアーヌは特に優しいですからね」
卒業。
依頼をこなし、そしてお金を貯めて装備を調えた冒険者たち。
彼らのように、しっかりと準備をした若い冒険者たちは、無理をしなければ高い確率で生き残るのだ。
しかも、エアハルトはスキル持ちだ。
ベイム周辺の魔物を相手にしても大丈夫だろう。
「なんというか、もっと腹黒いと思っていました」
タニヤさんは、それを聞いて少し鋭い視線を向けてきた。
「……そういう職員がいるのも否定はしませんが、マリアーヌは違いますよ」
言われて謝罪をすると、タニヤさんも謝罪してきた。そして、書類をまとめ、封筒に入れると俺に手渡してくる。
最後に。
「ま、職員にも色々とありますよ」
そう言うのだった。