ライエルの野望
ダリオン領主の屋敷。
訪れるのは二度目だが、今回は少し雰囲気が違う。
前回は道化を演じたが、今回はギルドからの帰りというのもあって服装はラフな物になっている。
本来なら着替える方がいいのだろうが、ゼルフィーさんに急げと言われていた。
そして、ゼルフィーさんと屋敷の門をくぐって中に入ると、領主であるベントラーさんが先に部屋で待っていた。
(なる程、急がせる訳だ)
雇い主を待たせるというのは、ゼルフィーさんにも思うところがあったのだろう。
お茶を飲みながら笑顔で出迎えてくれたベントラーさんに、俺は挨拶をする。
「この度は支援して頂き、誠に――」
「そういった挨拶は抜きにしましょう。今は冒険者ライエル殿、だと思っていますので」
つまり、俺が跡取りへと復帰を求めていないと判断されたという事だろう。
(ゼルフィーさんから聞いたのかな)
俺がウォルト家の人間だと判断した段階で、ゼルフィーさんが報告をしていたのだろう。
(魔法を使用した時にでも、気になって調べたんだろうな)
今日の担当である七代目が相手を評価する。
『なる程、見た目通りではないという事か。実に優秀だな』
俺たちがソファーに座ると、ベントラーさんは聞きたかった事を聞いてくる。
それは、本当の目的だ。
「ゼルフィーから聞いています。お二人は別に貴族になろうとしているわけでもなく、本当に冒険者として生きていこうとしている、と。だが、今回の一件はどうにもそれとは違った思惑で動いている。名を売りたいなら、最初から少数精鋭で動かれるべきでした。今では『元貴族の馬鹿息子』と呼ばれていますよ」
俺の行動から、周囲がそのように言うのは理解している。
何倍もの数を用意し、盗賊団一つを討伐するために金もばらまいたのだ。もっと効率の良い方法はいくらでもあった。
普通にやれば大赤字だ。冒険者としても、貴族の息子としても馬鹿と言われても仕方がないだろう。
ただ、俺としては目的を達成しており、更には大赤字どころか金貨六十枚も得ている。
十分にプラスだった。
「その辺は、俺個人の利益のためですかね」
「個人的な利益が今回の盗賊団討伐にあった、と?」
それを聞き、七代目がボソリと呟く。
『スキルの制限を解くためだ。言っても理解されないだろうが』
まったくその通りだ。
俺も七代目の意見に同意する。
すると、何を思ったのかゼルフィーさんが、ロックウォードさんの名前を出す。
「アリアお嬢様のお願いに心を動かされたのかい? いや、下心かな」
「え? いや、そういうのは……」
すると、一瞬だが凄くゼルフィーさんに睨まれた。話を合わせろという事なのかも知れない。
七代目が「ふむ」と言ってからアドバイスをしてきた。
『ライエル、このまま流れに乗りなさい。初代がアリアの事で騒ぎ出しても面倒だ』
分からないままに、俺は肯定した。
「ま、まぁ……その、ほら。……ね?」
曖昧に返事をする俺は、チラリとノウェムを見る。
ノウェムは怒るでもなく、お茶を飲んでいた。
(よし、ノウェムもこの流れを理解してくれている! というか、周囲から見れば確かにロックウォードさんのために動いたようなものだよな)
そう思った俺は、そのままゼルフィーさんの話に合わせてベントラーさんの言葉に曖昧に肯定を繰り返した。
スキルのため、と言っても信用されないならば、それらしい理由を用意しないと警戒されてしまう。
「なる程、ライエル殿も男というところですな。いやぁ、若いというのは素晴らしい。欲望に忠実だ」
笑っているベントラーさんだが、まったく褒められた気がしない。
俺は話の流れが掴めないままに、今回の盗賊団討伐は俺が一目で気に入ったロックウォードさんのために行なった事、になってしまった。
(なんか嫌な流れだな。ノウェムはなんて思うかな?)
チラチラとノウェムを見るが、まったく怒った様子がない。
内心で、かなり呆れられたのかとビクビクしたが、そんな様子もない。
「ふむ。それでしたら、私からの報酬はアリア嬢、という事で宜しいですかな?」
「……報酬?」
ベントラーさんが、頷いた。
「今回の一件。私にもライエル殿のおかげで利益がありました。そのライエル殿がアリア嬢を欲するなら処分をお願いしましょう。何しろ、ロックウォード家の当主は盗賊団と繋がっていましたからな」
盗賊団の今までの行動から、ベントラーさんはダリオンに協力者がいると思って調べたらしい。
結果、繋がりがあったのはロックウォード家だった。
ソレを知ったロックウォードさんは、酷いショックを受けたようだ。
「スキルを複数持つ玉は、確かに今のご時世では主流ではない。ですが、盗賊団にソレを売り払えば、どのような結果になるか理解できたはず。さらには盗賊団に協力していたとあらば……処罰せねばなりません」
賊に協力した者がどうなるかを、知らしめたかったのだろう。
というか……。
『う、売り払っただと……ライエル! 今からのそのロックウォード家の当主をボコボコにするぞ! アリスさんの玉を売り払うとか、人として間違っているじゃねーか!』
いつも通りに二代目が初代を止める。
『お前は人の親として間違っているけどね。というか、話を聞けよ。その大事なアリア嬢ちゃんがどうなるか、っていう話だろ』
『そうだった!』
ご先祖様たちが黙ると、俺はベントラーさんを見る。
「当然だが、家族であるアリア嬢にも責任を取って貰うつもりでした。既に父と娘の二人だけのようですからな。まったく……ゼルフィーが私に手を貸し、その恩恵でダリオンに住めていたというのに」
「失礼ですが、ロックウォード家はいったい何を?」
ノウェムが言うと、ゼルフィーさんが左手で顔を覆いながら説明する。
「武官の地位を利用して賊と繋がって罪を見逃したのさ。そのおかげでロックウォード家の名声は地に落ちた。もっとも、今の当主様の時から金遣いが荒くてね。私の父親も追い出され、家族で王都を出てダリオンに来たんだよ」
ゼルフィーさんの説明を、ベントラーさんが引き継ぐ。
「追い出された陪臣の騎士は周囲の目もありますから、セントラルでは居心地が悪いでしょう。ゼルフィーさんの家は大変苦労したようです。何しろ、騎士が冒険者になり家族を養っていたのですから」
ただ、そこからゼルフィーさんが何とも言えない表情になる。
「アリアお嬢様はその目でロックウォード家の没落を見ている。その上、盗賊団に繋がっていたと知れば、ね」
「それはまた――」
ノウェムも答えに詰まっていた。
一代で家を興す者もいれば、一代で家を潰す者もいるという事だろう。
(俺も人の事は言えないんだけどな)
七代目は言う。
『一族や当事者が処刑にならなかったのは、今までの功績によるものか? わしの時代なら全員処刑されていたぞ。いや、ロックウォード家は王族派だったか。陛下の恩情というところだろうな』
どうやら、その辺は事情があるらしい。
俺だって実家を追い出され、ゼルやノウェムがいなければ今頃は野垂れ死んでいたかも知れない。
他人事とは思えなかった。
ゼルに拾って貰えたから、宝玉も手に入ったのだ。
「……ロックウォード家はどうなるのですか?」
俺が聞くと、ベントラーさんは真剣な表情になる。
領内の厄介者に対し、これまで寛容に受け入れていた。だが、賊にスキルを複数所有する玉を端金で売り払ったのだ。
ついでに協力して、ダリオンに盗賊団を紛れ込ませる手伝いまでしていた。
許す気はないのだろう。
「ゼルフィーさんの頼みでダリオンに住まわせていましたが、それも限界です。爵位も役職も失った面倒な存在を置いておくだけでもデメリットですからね」
セントラルを追い出されるように、ロックウォード家はダリオンに流れ着いたのだろう。
住みやすく、そしてセントラルに近い立地だ。
だが、そんな賊と繋がりのあった武官など、ダリオンも受け入れたくなかっただろう。
それをゼルフィーさんの願いで受け入れていたというわけだ。
なかなか、ゼルフィーさんは忠義者のようだ。
「盗賊団との繋がりを持ち、ダリオンに引き込んだのも事実。調べればどれだけ悪事が出てくるか……」
奪われたと思われた玉は、盗賊団に売られていた。
しかも、盗賊団と繋がっていたとなると……ロックウォード家の当主の罪は重い。
「当主には鉱山に行って貰う事になるでしょうな。本来なら、アリア嬢もあの容姿と若さですから、余所で娼婦にでもなっていたかも知れません」
厳しい鉱山で奴隷として重労働を課せられる。
そして、ロックウォードさんは娼婦になる道が待っていた。
「ですが、私も健気な娘さんをそのように処分したくはなかった。いやぁ、ライエル殿が求めているなら、お任せできます」
俺はベントラーさんの笑顔を見て首をかしげる。
「……え?」
すると、ゼルフィーさんが俺の肩をバンバン叩いてきた。
「良かったじゃないか、ライエル! アリアお嬢様は器量よしだ。本当に良かった。アハハハ!」
「え、ちょっと待って……え?」
無理矢理に話をまとめに入るゼルフィーさんは、俺の話を聞きそうにない。
助けを求めるようにノウェムを見る。
すると、ノウェムは俺に――。
「やりましたね、ライエル様。これで夢に一歩近づけましたよ」
「え、夢? え? え!? あれ?」
俺が混乱している中、話は進んでいくのだった。
『お、おい……これってどういう事だよ?』
初代も困惑している。
二代目も同じだった。
『え、いや……た、助ける流れだろ! ほら、この場は合わせて、ライエルがアリアって子を娼婦にしないようにする流れ!』
だが、三代目は二人の意見とは違った。
『そうかな? なんかそれぞれ思惑があるような……』
四代目はノウェムの反応に困っていた。
『ノウェムちゃん目を覚まして! この流れは駄目だから!』
五代目は、ベントラーさんに文句を言う。
『この領主、自分が騙された仕返しにライエルにアリアを送りつけやがったな。この狸親父、困っているライエルを見て今頃は内心で爆笑しているだろうよ』
六代目はゼルフィーさんの事を気にしているようだ。
『ゼルフィーという冒険者にしても、必死ですな。しかし、ノウェムの対応は意外でした』
七代目は、余り気にした様子がない。
『ノウェムもフォクスズ家の娘ですから、妻以外に妾がいても気にしないのでは? というか、わしとしてはライエルの方が心配なのですが?』
周囲に俺の味方がいない事が分かった。
何しろ、領主の隣に立つ護衛の男が、俺と視線を合わせるとニヤリと笑ったのだ。
(……は、謀られたのか? で、でもどうして?)
一瞬、ゼルフィーさんがロックウォードさんを引き取れば良いのに、などと思った俺は間違っていないはずだ。
なのに、今では俺が引き取る事になってしまった。
久しぶりに家に帰った俺は、ノウェムと話をするために向き合っていた。
食事の準備が面倒で、外で済ましてきた。
風呂にも入り、歯磨きもしている。
(き、気合いを入れないと!)
呼吸を整え、俺の気持ちを伝える事にしたのだ。
これはご先祖様たちに言われたからではない。
こんな俺を支えてくれるノウェムに、俺は応えようと思ったからだ。
何よりも……俺はノウェムが好きだ。
緊張して汗が出てくる。言葉も上手く出てこない。
「ノウェム……愛してる。こんな俺だけど、結婚して欲しい」
「ライエル様……嬉しいです」
ノウェムが両手で口元を押さえ、顔を赤くして涙を流している。
「う、うん! だ、だからね……その……俺は、ノウェムが好きなんであって、ロックウォードさんの事は恋愛とかそういう感情はないんだ。今回の流れも、なんとなく助ける方向に進んだと思うんだよ」
言い訳している駄目男のような気がするが、今はノウェムに俺の気持ちを伝えるのが先決である。
ただ、ご先祖様たちが五月蝿い。
空気を読んで黙っていて欲しい。
初代と二代目が言う。
『なんて駄目な発言なんだ……もっとビシッと決めろよ』
『初恋の人に声もかけられなかったお前が言っても、説得力の欠片もないからね』
俺はノウェムに、お前だけが側にいれば良い――そう言おうとした。
「だから、俺の側にずっと側にいて欲しい。二人でその、生きていけたらいいかな、って……」
『まぁ、現状だと締まらない告白になるね。というか、ライエルはもっと雰囲気を作った方が良いと思うよ。プレゼントなり、告白する場所なりをしっかりしないと……』
三代目も駄目出しをしてきた。
分かっているのだ。しかし、ここで言わないと取り返しがつかない事になりそうな気がした。
涙を指でぬぐいつつ、ノウェムが言う。
「ありがとうございます、ライエル様……ですが」
(で、ですが? あれ、これって拒否の流れ? で、でも、さっきはうれしい、って!)
「男子たる者。掲げた夢をそう簡単に変更してはなりません。冒険者となり、女性に囲まれ面白おかしく暮らす。……その夢の実現のために、冒険者としてしっかりと実力を持たなくてはいけません。ライエル様の夢を実現するためには、やはり一流の冒険者にならなくてはいけませんよ」
ノウェムに言われた俺は、何を言っているのか理解できなかった。
一流の冒険者?
俺は生きていく糧が欲しいので、冒険者になったのであって、そこまで先の事は決めていなかったのだ。
「……どういう事?」
『ライエル! お前はそんな野望を持っていたのか!』
四代目の怒声が聞こえてきた。
だが、俺はそんな事を言った覚えがない。そもそも、俺はそこまで冒険者にこだわっていた訳でもない。
ノウェムは続ける。
「私もウォルト家の家訓は知っております。アリアさんはウォルト家の女となるに相応しい人物ですよ。ですから、気兼ねなくハーレムにお加えください」
ノウェムの発現に、初代が驚く。
『な、なんだと……』
「ストップ。ノウェムさんストップです」
というか、俺はそんなハーレムなどと――。
そう思ったところで、三代目が言う。
『あ! ライエル、言ったよ! そう言えば言ったじゃないか!』
(言ってねーよ! 大体、これだけ尽くすノウェムを前に他の女に走るとか、そこまで俺も馬鹿じゃねーよ!)
「言ってない。そんな事は言ってない」
「ライエル様?」
ノウェムが首をかしげる中、三代目が続ける。
『ほら、最初の時だ! 僕たちの存在を知る前に、荷馬車の上でノウェムに言ったじゃないか!』
それを聞いて、四代目も思い出したようだ。
『あの時か!』
二代目は困惑しながら確認する。
『で、でもあれは、ノウェムちゃんを家に帰すためだったよな? あれ? ノウェムちゃんがそれに気がつかないとかおかしくない?』
そこまで言われて俺は思い出した。
ノウェムに俺を幻滅させ、そして家に帰そうとした時だ。
【俺にはそんな意思はない。冒険者になって、女を侍らせて自由気ままに暮らすんだ。実家を追い出された事も、清々しているよ】
「言ってたぁぁぁ!!」
思い出した俺が、混乱して叫ぶとノウェムが俺を心配して肩に手を置く。
「ライエル様!? どうされました、ライエル様!」
初代が低い声で言う。
『お、お前……ヘタレの癖にそんな野望を持っていたのか』
二代目は初代に――。
『話の流れを考えろ! ライエルが言った嘘を信じ込んだんだよ!』
三代目は少し考え込んでいる。
『でも、ノウェムちゃんがソレに気がついていないと思えないんだけど?』
四代目は俺に駄目出しする。
『ライエル! お前これからどうするんだよ! ノウェムちゃんいるのに、あのアリアって子を迎えるのか? どっちを選ぶかなんて決まっているよね!』
四代目に、初代が怒鳴りつける。
『アリスさんの生き写しであるアリアちゃんを馬鹿にする気か! この眼鏡野郎、表に出ろ!』
五代目は三代目と同じ意見のようだ。
『そうだな。気が付いていないとは思えない。というか、ノウェムにはノウェムの目的でもあるのか? ライエルに近づいたのもそのためかも知れないぞ』
五代目の意見は流される。
六代目はノウェムをこう評価した。
『ノウェムはアレだな……一歩間違うと一流の駄目男を作り上げる女だな』
七代目は気にした様子がない。
『ライエルは元伯爵家の跡取り。しかも王家の血を引く選ばれた存在ですよ? フォクスズ家の教育もあるでしょうが、妾の一人や二人で騒がないでしょう』
七代目の意見に、六代目はボソリと呟いた。
『……お前、そんな事を言っておいて、嫁一人だっただろうが』
七代目も言い返す。
『父上と祖父を見て、ハーレムを羨むなどあり得ませよ。まぁ、ノウェムならしっかり奥向きの事を管理するでしょうし、問題はありません』
(今はそんな事より、何かこの場を解決する名案でも出してよ!)
俺はノウェムの誤解を解くために、立ち上がってノウェムの両肩を掴む。
頼りにならない連中を無視し、覚悟を決める。
「ノウェム!」
「は、はい!」
呼吸を整える。
そして、俺はノウェムの紫色の瞳を見つめた。
「ハーレムなんかいらない。お前がいればそれでいい!」
「ライエル様……申し訳ありません」
相手が勘違いしないように、ハッキリと俺は告げた。
曖昧な対応では、駄目だと思ったのだ。
なのに……。
「え?」
ノウェムが申し訳ないというと、家のドアに設置している鐘が鳴った。
「もう、アリアさんを呼んでいました。家も追い出されたようで、ゼルフィーさんは婚約者と住んでいるので受け入れられないと言っていましたので」
「俺の意見は!」
ゼルフィーさんに婚約者がいたのを初めて知ったが、今はそれ以上にロックウォードさんの事が重要だ。
「ですから、申し訳ありません、と。あ、出迎えてきますね」
俺から離れていくノウェムは、少し笑っているように見えた。
悪戯っ子のような、それでいて嬉しそうにしていた。
(ど、どういう事?)
その場に座り込み、俺は両手で頭を押さえて蹲る。
これだけ尽くしてくれる女性がいて、俺は家に新しい女を引き入れた形になっている。
端から見れば、明らかに俺は駄目男だ。言い訳のしようもない。
「これって本当に駄目男じゃないかぁぁぁ!!」
そこに、四代目の言葉が突き刺さる。
『は? どこから見ても駄目男だよね』