カルタフスの女王
カルタフスの街を歩いていた俺は、バンセイム、アラムサース、ベイム――それらとの違いに気が付いた。
ザインやロルフィスでも感じなかった、カルタフス独特の空気。
整理されたような街並みもそうだが、機能的すぎるように見える建物。加えて、歩いている警備をしている兵士たち。
着ている制服が統一され、騎士の姿はなかった。
最初に気が付いたのは、七代目だ。
『……カルタフスは、身分制度に関係なく人材をかき集めていると聞きました。なる程、徹底的な実力主義ということですな』
貴族制度があるにはあるが、それが全てではないのだろう。身分に関係なく人材を登用しているのは良いことだ。
だが、それを行なえば相当な反発も出てくる。
それを抑え込むだけの実力が、カルタフスの指導者にあると考えられる。もしくは、そうしなければいけないか、だ。
三代目は、自分の考えを述べた。
『南にはバンセイム……カルタフスも大きな国だけど、国力が違いすぎるからね。周囲と連携もできないこの国は、バンセイムの脅威にさらされてきたとも考えられる。だからここまで実力主義になったか……ま、気質かも知れないけどね』
気質か、地理的な理由か、どちらにしても強国には間違いなかった。
五代目は、街を見ながら。
『バンセイムの北……ライエルが動くときに協力出来れば良いんだがな』
俺もそれは考えたが、今の俺がカルタフスに協力を求めても相手にされないだろう。しかも、カルタフスにとっては憎いバンセイムの貴族である俺――。
四代目が。
『しかし、カルタフスの女王が、エヴァちゃんの歌っていた女王だとは思わなかったね』
俺は、隣で歩くエヴァを見た。
エルフであるエヴァを連れていても、周囲の反応は普通だ。時には毛嫌いする人がいるバンセイムやアラムサース、ベイムとは違う反応だった。
エヴァは、周囲を見ながら。
「まだここは寒いわね。上着を持ってきて良かったけど……それにしても、亜人が普通に道を歩いているのを見ると、良い国に見えてくるわ」
見えてくる、などと言っているエヴァの言い方に疑問があった。俺は、エヴァに聞いてみた。
「実際に身分に関係なく取り立てられているんだろ? 良い国じゃないか」
すると、四代目が俺に説明してくれた。
『分かってないな、ライエル。実力主義の良い面ばかり見ない方がいいよ。何事にもメリットもあればデメリットもあるんだから』
言われて首を傾げたくなると、エヴァは周囲を警戒して兵士がいない事を確認すると教えてくれた。
「逆に言えば、使えない人間や亜人には冷たいのよ。ギルドの職員があれだけライエルに下手に出たのも、やっぱり実力があるからよ。色々と同族に聞いてみたけど、扱いに差が大きいみたい。身分制度よりいいのかも知れないけど、余裕がない感じよね」
優秀な者は敬われ、そうでない者は蔑まれる。
そういった面が強いのも、カルタフスの特徴であるようだ。
五代目は、エヴァに感心しつつ。
『しかし、こうしてどこにでも同族のいるエルフは、情報を集めるのに便利だな。しかも【ニヒル】というだけで反応が違う。割と好意的なのもいいな』
ニヒルの一族――それは、エルフにとって意味のある一族のようだ。
こうして情報を集めるとなると、やはりエヴァはパーティー内でも優秀だった。独自の情報網を持っているので、俺たちでは手に入らない情報も簡単に手に入る。
ノウェムやミランダも優秀だが、こうして訪れた街で簡単に情報を得られるエヴァはきっと得難い存在なのだろう。
二人で街を歩いていると、カルタフスでは割と大きな街なのか人が多かった。
周囲では出店が並んでおり、珍しい食べ物が並んでいる。
「肉類が多いな。お菓子とかそういうのが少ない気もするけど」
エヴァは屋台や出店を見て。
「甘いものは貴重みたいよ。そう言えば、船には砂糖も積み込んでいたみたいね。荷が無事だったのを、船員も喜んでいたし」
船に積み込んでいた大量の荷が無事だったので、ヴェラも安心していた。ベイムと交易をして、足りない物資を手に入れているのだろう。
そんなカルタフスで仕事をする事になっている俺たちは、時間まで街を歩いていた。今日は顔合わせに加え、今後の計画を立てる予定だ。
現地で気を付ける事なども知っておきたい。
その後、準備を終えて出発となる予定だ。
「……そろそろ時間だな。ギルドに行くか」
そう言ってエヴァを連れてギルドへと向かう俺は、騒ぎ声が聞こえてそちらを振り向く。エヴァもそちらを見ていた。
周囲の人たちが言い争う冒険者たちを避けて歩いている。野次馬もいるが、多くは関係ないと歩き去っていた。
「喧嘩かしら? 冒険者同士みたい」
エヴァは気になる様子だ。話の種になると思えば、どうしても興味を示すのはエヴァの長所でもあるが、同時に短所でもあった。
見ると壮年の冒険者たちが、若い冒険者たちを囲んでいた。
俺は冒険者たちを見て――。
「うちと同じだな」
極端に男女比に偏りのある若い冒険者パーティーを、五人組の壮年の冒険者たちが囲んでいる形だった。
だが、悪いのはどうやら――。
「道案内役を譲れだぁ? 馬鹿なんじゃねーのか、お前は!」
壮年の男性冒険者は、若い男を前にしている。装備が整っている壮年の冒険者たちとは対照的に、若い冒険者たちの装備は頼りなかった。
だが、雰囲気がある。
妙に落ち着いており、世間知らずが喧嘩を売ったようには見えない。エヴァも気が付いたのか、様子を見ていた。
着ている服装は清潔感があるのだが、見た目が派手だった。ピアスにネックレス、それに指輪もしていた。
背負っている大剣だけが、他の装備と釣り合っていないほどに豪華だ。年齢は俺よりも少し上くらいだろうか?
灰色の髪に緑色の瞳――背が高く、鍛えられた体をしている。
「聞いたぜ。トライデント・シーサーペントを倒したパーティーの道案内だろ? なんでも綺麗な女がいるらしいじゃねーか。俺も会っておきたかったんだよ。それに、ランドドラゴンくらいでベイムから冒険者を呼び出すお前ら雑魚と違って、俺は道案内ついでに倒してやるけどな」
これがただの世間知らずなら、馬鹿にされて終わりなのだろう。だが、相手にはそれができるだけの雰囲気があった。
宝玉内からは、三代目の声がする。
『……理不尽に強い人間はどこにでもいるよね。欲望に忠実で周りの迷惑は考えないタイプだ』
壮年の冒険者は、若い冒険者に言い返す。
「馬鹿かテメェ。こっちはギルドの正式な依頼なんだよ。文句ならギルドに言いやがれ」
エヴァが、俺の袖を引っ張り周囲に指を差した。
「ライエル、周りを見て。立ち止まっているのがほとんど女性よ」
「言われてみれば」
周囲では、若い冒険者を女性たちが食い入るように見ていた。そうでない女性もいるが、その違いが分からない。
(確かに見た目は恰好いいのか?)
見た目も問題ない若い冒険者を見て、四代目が。
『違和感があるね。それに――ライエル、相手を調べてごらん』
言われてスキルを使用し、相手の情報を得ようとした。すると、若い冒険者が何かしらのスキルを使用していた。
(女性に反応して……精神に干渉しているのか?)
すると、若い冒険者の後ろに控えていた女性が、俺の方を見て来た。こちらが何かをしたのを感づいた様子だ。
視線が合うと、女性は若い冒険者の腕を引っ張り俺を指差した。
「ライエル、あんた見られているわよ」
エヴァが俺と若い冒険者パーティーを交互に見ていると、関わりたくないと思った周囲の人たちが俺たちの間に道を空けた。
「あ? なんだ、お前? お、可愛い女を連れてるじゃねーか。なぁ、あいつ使えるのか?」
エヴァを指差す若い冒険者の言葉に、俺に気が付いた女性が頷いた。そして、同時に俺たちに関わるなとも口にする。
「ラルク様、関わってはいけません。あの二人……凄腕です。この辺りの冒険者ではありません」
「……行くぞ」
女性の言葉に腹が立ったのか、若い冒険者はこちらを見て舌打ちをした。壮年の冒険者たちが警戒する中で、人混みから離れて行く。
様子を見た七代目が。
『厄介な奴ですね。勝てないと思えばアッサリと退く。エアハルトでしたか? アレが実力を持ったような奴ですね』
壮年の冒険者たちがこちらに歩いてくる中、三代目が言う。
『カルタフスも楽しそうな感じだね。女王に若くて野心のありそうな冒険者……楽しみじゃないか』
五代目は面倒そうに。
『そうか? ランドドラゴンを倒して、無難に帰ろうぜ』
四代目は若い冒険者に。
『あいつら何か起こしてくれないかな。女王と謁見する機会とか欲しいよね。その引き金にでもなってくれないかな』
七代目は、いつものように冒険者嫌いな発言をする。
『あの手合いは、面倒は起こしますがそこまではどうでしょう? いっそ、災いの目は早い内に狩ってしまいませんか? 彼奴、結構危険そうですが?』
――カルタフスの城塞都市王城では、一人の女性が報告書を読んでいた。
豪華なソファーに座り、黒く張り付くような衣装を着て近くには細長い剣が立てかけられている。
横になりながら資料を読んでいる女性は、赤紫色のウェーブした長い髪をかき上げて上半身を起こした。
興味が出た資料に再び目を通すと、赤い唇を舌で軽く舐めた。
「ほう、面白いな。トライデント・シーサーペントを倒したのか……トレース商会の船が襲われたと聞いていたが」
興味を持った資料を読んでいくと、どうやらギルドに素材を持ち込んだのは冒険者たちのようだ。
そして、女性は舌打ちをする。
「融通が利かない処理をしたものだ。買い取れば研究することもできただろうに。貴重なものを集めるなとは言ったが、貴重すぎるものまで扱うなとは言わなかったんだがな。また細かく説明しなければならないのか」
呆れる女性は、自分の近くにあった剣に手を伸ばした。鞘から剣を抜くと、真っ赤に染まった刃を見る。
「私も久しぶりに外に出たいが……部下が許さないか」
剣を鞘にしまい、女性は立ち上がると資料を机の上に置いて最後の報告書に目を通した。
今度は忌々しそうに表情を歪め。
「またラルクの奴が面会を求めに来たのか? 相手をするなと言っておいたんだが……受付をしたのは女か。なら駄目だろうな」
最後の報告書だけは放り投げ、部屋にある豪華な机へと向かう女性。
彼女の名前は【ルドミラ・カルタフス】――以前は姫騎士と呼ばれ、今は女王と呼ばれるカルタフスの王族だった。
椅子に座って仕事を再開すると、口元が笑っていた。
「しかし、面白いな。トレース商会の者を呼びつけておくか。それに、ベイムから来た冒険者……まさか、ウォルトという苗字とは。面白そうだな。バンセイムのウォルト家ではないだろうが、気になる」
先代の国王から一時的に王位を預かっている彼女は、正式な女王ではない。
だが、誰もがルドミラを支持しているのも事実だった。姫騎士として国内で高い支持を持っており、カルタフスの象徴でもあったのだ。
そんなルドミラは、書類仕事をしながら。
「さて、声をかけるべきか……だが、まずは」
書類の山を前にして、ルドミラは片目を隠した前髪を手で払って確認する。しかし、書類の山は依然としてそこにあった。
「こいつを片付けんことにははじまらないか」
そう言って、書類仕事を再開するのだった。