ライエルパーティー
ロルフィスを経由してザインに戻った俺たちには、戦勝パーティーが開かれることになった。
セルバにロルフィスと共に勝利した事を祝う。それ以外には、ザイン奪還から続く一連の仕事地獄に区切りの目処がついた事を祝うパーティーでもあった。
神殿内の広間では、多くの参加者たちが立食パーティー形式で音楽が流れる中、食事をしていた。
ただ、俺の方は――。
「聖騎士殿、団長職を返上したとは本当ですかな?」
「次期団長のノイ殿、本当に頼りになるので?」
「聖騎士様、本命はどちらなのですか? アウラ様、それともセルマ様? 私としては、セルマ様を支持したいのですが」
――質問攻めに遭っていた。
笑顔で当たり障りのない事を言いつつ、俺は自分の周りに集まる人たちを見て溜息を吐きたくなった。
だが、我慢する。
宝玉内からは、七代目がアドバイスをくれる。
『ライエル、気を抜かないことだ。相手はこの瞬間もお前を見極めようとしているかも知れないぞ。ま、多くは興味本位で役に立たない者が多いが、中には役に立つ者もいるものだよ』
周囲に目を向ければ、ミランダやアリアに声をかけている若い男たちがいた。
どうやら、商人のようだ。他には、騎士たちがクラーラやシャノン、そしてメイに声をかけていた。
モニカは俺の傍で静かに斜め後ろに立ち、周囲から見えていないような感じだった。そういう事ができるなら、普段からして欲しい。
ただ、周囲を見ると、ノウェムとエヴァには誰も声をかけていない。
エヴァはエルフであり、亜人として差別を受けている。この場に招かれたのは、俺が仲間だからと押し通したからだ。
しかし、俺が気になったのはノウェムの方だった。
(誰か声をかけると思ったんだが)
そう思った俺は、話が一段落して周囲から人が離れていくと、ノウェムたちの方へと歩いた。
手に持ったグラスを口元に持ってくると、少し口に含んで喉の渇きを潤した。話が続き、笑顔を作るのも疲れた。
「ノウェム、エヴァ、楽しんでいるか?」
そう言って声をかけると、広間の柱付近に立っていた二人が俺の方を見た。用意されたドレスを着ており、二人とも普段の雰囲気とは違って見える。
エヴァは手に持った皿を俺に見せて。
「料理は美味しいけど、微妙かな? モニカの作る方がバリエーションも多いのよね」
奪還後、慌ただしい中でのパーティーだ。準備不足は仕方がない。
モニカは、エヴァに。
「本来なら、チキン野郎を私抜きでは生きていけない体にするための料理の腕なんですけどね。ま、褒められたので喜んでやりますよ」
口元を右手で隠し、モニカは笑っていた。
エヴァは呆れつつ、皿を近くに配置されたテーブルの上に置いて。
「相変わらずね。それにしても、これだけの人が良く集まったわね。神官以外には騎士とか、それに商人かしら? 他にも色々と集まっているけど」
ノウェムは飲み物の入ったグラスを持ちながら、エヴァに説明した。
「他国の使者もいますね。それに、ギルドの関係者、そしてその護衛の冒険者の方でしょうか? ライエル様の方を先程から見ていますよ」
チラチラと視線を感じるので、俺はそちらにも向かうことにした。ギルドの関係者なら、会って挨拶くらいはしておきたかったからだ。
それに、俺に話しかけようと狙っている人が多い。
あまり仲間内で話しても駄目だろう。
三代目が。
『こういうパーティーは数回しか経験がないからよく分からないけど、ライエルは人気者なのかな?』
七代目が、三代目に説明する。
『今回の目玉でしょうね。ザインを奪還した聖女、それに元聖女と大神官も、ライエルに及ぶかどうか』
五代目は、退屈そうに。
『ま、行動だけを聞けば英雄だからな。実際、百名でザインを奪還したとか噂が広まっているだろうし……気になる連中は多いだろうさ』
他国の使者、そして騎士やギルドの関係者、そして商人――。
(はぁ、誰か支援しますとか言ってくれないかな)
流石にそれは望みすぎだとも思ったが、金銭の問題は早く片付けておきたかった。今回、名前を大きく売ることはできた。
だが、同時に金がなくなってしまった。なんとかして、金を稼がないといけない。
(地道に稼ぐのも……あぁ、そう言えば戻れば当分は派遣型の依頼を受けるから、実入りはそんなに良くないか)
成功報酬。
今回は受け取らないことにしていた。何故なら、ザインもロルフィスもカツカツだからだ。
いや、ロルフィスは潤っているかも知れないが、ザインは内輪もめをしていただけだ。その後、ロルフィスのために兵を出しており、大きな利益を得ていない。
そこから報酬を強請るのも、流石に気が引けた。
そして、ザインが財政難になっても困る。
(なんとかしないと)
俺は、そう考えながら、ギルドの関係者に笑顔で挨拶をするのだった。
――ベイムに来たダミアンは、噂の幽霊屋敷を前にしていた。
ライエルが購入したという屋敷を探し、目立つ一行を引き連れて玄関前に来ていたのだ。
後ろには、三体の同じ容姿、同じ恰好をしたメイドが立っていた。
逆に、アレットの部下である騎士二人の方が浮いて見える。
周囲では、珍しいものを見たために、野次馬も集まってきている。
ダミアンやメイドも目立つが、それよりも目立っていたのは後ろの大きなゴーレムだった。
いや、ゴーレムと言うよりも、ポーターの改良型。
多くの荷物を積載出来る、大型のポーターが後ろからついてきていたのだ。ライエルが完成させたポーターよりも大型だった。だが、本体部分はポーターよりも小さい。
後ろで引いている箱が、とても大きかった。
車輪がいくつもついており、珍しがったベイムの住人たちが指を差して話をしていた。
「おや、丁度良い建物があるね。倉庫みたいだ。あそこを貰おうか」
背の低いダミアンは、大きな金属製の杖を右手に持ち、左手で眼鏡のズレを直すと屋敷の庭にある大きな倉庫を見てそう呟いた。
メイドたちが。
「流石はご主人様。相手の都合など考えない発言。しかし、それでこそ我々のご主人様!」
「まぁ、あの特別機とか言うポンコツに交渉して奪えば良いのです。駄目なら我々の連係プレーでボコボコにしてしまえば……」
「腕が鳴りますね!」
そんなメイド三人に、ダミアンは振り返って。
「なんで喧嘩? 倉庫を借りて、依頼のあったゴーレムを作るとか言えば貸すでしょ? 余計な事はしないでよね」
すると、落ち込むメイドたち。
アレットの部下である騎士たちが、慰めようと声をかけたが――。
「お叱りを受ける。つまり、今の我々はご主人様にとってどうでもいい相手ではないということ!」
「また一歩前進しました」
「この調子で、どんどん我々抜きでは生きていけない体にしていきましょう」
ダミアンが玄関前で待っていると、そこに二人組が現われた。
ローブを羽織っており、一人は見るからに戦士と分かる体格をしていた。小柄な少女を守るように前に出ると、メイドたちがダミアンの前に出て整列する。
フードを外し、ウェーブした長い水色の髪を見せた少女は、ダミアンたちに挨拶をしてからたずねた。
「こんにちは。それと、失礼ですがここはライエル・ウォルト殿のお屋敷で間違いないでしょうか?」
相手がライエルの名前を出すと、ダミアンはメイドたちを下がらせて。
「おや、ライエルの客人かな? 僕も客人……いや、住み込むから仲間かな? まぁ、そんな感じなんだ。それで、君の用件は? 急ぎじゃないなら譲ってくれる。こっちは忙しいから」
ダミアンの態度に腹を立てたのか、少女――アデーレの横に立っていた男が、ダミアンに言う。
「その言い方は失礼では? 誰かは知りませんが、こちらも重要な用件があって来たのです。簡単に譲るなどできません」
すると、ダミアンは男性――マクシムの爪先から頭の天辺を見てから。
「随分と用意がいいね。まさか、腕自慢とか? 来る途中で聞いたけど、ライエルも有名になったよね。たしか……なんだっけ?」
メイドに振り返ったダミアンは、ライエルの二つ名を忘れていた。興味のないことはすぐに忘れるダミアンに、メイドの二号が。
「聖騎士です、ご主人様」
「そう、それだ! そんな二つ名を持ったから、腕試しで来たのかな? それとも……妹さん関係?」
ダミアンがそう言うと、マクシムは手に持っていた布が巻かれた槍を構えた。業物の槍から布をはぎ取り、マクシムはアデーレを下がらせる。
メイドたちが、再びダミアンの前に立つと手にはそれぞれ違う武器を持っていた。
「マクシム、駄目です! その人は関係ありません!」
「し、しかし!」
警戒するマクシムを下がらせた少女は、ダミアンに謝罪をした。
「申し訳ありません。私の……か、家臣がこのような無礼を」
マクシムはまだ納得がいかないようだったが、ダミアンはアデーレを見るとアゴに手を当てて頷いていた。
「おや、僕が妹さんの関係者じゃないと?」
「……関係者の方は、雰囲気が違いますので。というか、わざと挑発しませんでした?」
アデーレの言葉に、ダミアンはマクシムを見て。
「いや、引っかかるか気になったんだよね。かなり緊張している様子だったし。それにしても、また妹さんね……セレスだったかな?」
ダミアンは、二人が緊張した様子だったのを見抜いていた。そして、セレスの名前を出すと、二人は露骨に警戒していた。
ダミアンは笑顔を二人に向けた。
「おや、奇遇だね。僕もセレス関係でライエルをたずねるんだ。もっとも、僕の場合はそのセレスから逃げてきたんだけどね」
アデーレは、警戒するマクシムを落ち着かせて。
「でしょうね。彼女の前に出て、虜にならない者はいないと聞いています。狂信的になる者も多い。貴方のような態度は取らないでしょう」
すると、屋敷の玄関が開いてそこからメイド服を着た金髪の少女が出て来た。
外にいる面子を見ると、露骨に嫌そうな顔をして。
「人様の家の前で、喧嘩とはいい度胸です。これだから量産機は駄目なんですよ」
その後ろからは、ラフな恰好をしたライエルが出て来た。
ダミアンたちを見て、驚いた様子だった。
ダミアンは手を上げて。
「やぁ、ライエル。実は逃げてきてね。そこのオートマトンの依頼もあるし、庭の倉庫を僕に貸さないか? 住むところがないんだ」
笑顔をライエルに向けるダミアン。
そして、アデーレとマクシムは、ライエルを見て緊張していた。
皆の視線を集めるライエルは、一言。
「帰って来たばかりで、なんでまた……とにかく、入ってくれ。話を聞くから。というか、後ろの大きな物体はなに?」
ライエルが、ダミアンたちの後ろに視線を向けると、ダミアンは。
「大型ポーターだよ。荷運びに便利なんだ。もっとも、作るのにお金もかかれば、動かすのも並の人間では無理だけどね。さて、では早速荷解きを始めようか」
マイペースなダミアンに、ライエルは。
「いいから、先に話をしてくれ。倉庫は貸すから!」
そう言うのだった――。
屋敷に戻った翌日のことだ。
ダミアンたちが、俺の屋敷にたずねてきた。
応接間で話を聞けば、どうやらアラムサースを訪れる予定のセレスから、逃げるためにベイムまで来たという。
そして、俺はダミアンの隣に座る少女を見た。体格の大きな男性は、そんな少女を守るように後ろに立っている。
モニカは、三体のメイドと目を赤く光らせて向かい合っていた。
(こいつらは放置でいいな)
そう思って、俺はアデーレと名乗った少女に話を聞くことにした。
「バンセイムのベルキ家の人間が、俺に何の用ですか?」
最初、話を聞いたときはセレスの関係者かと思ったが、どうやら違うらしい。
詳しい話を聞こうとすると、アデーレは俺を見ながら。
「ダリオン、アラムサース、セントラル、そしてベイム……色々と噂は聞いています。ライエル・ウォルト殿、一つ聞かせてください。貴方にとって、セレス・ウォルトとは何者ですか?」
俺は咄嗟に宝玉を握りしめてしまった。
すると、七代目の声がした。
『ふむ、ダリオンで蒔いた小さな種が、ここに来て芽吹きましたかな?』
五代目も。
『良い形で芽吹いたわけだ。こちらを騙しているようには見えないが……』
スキルで確認をしたが、アデーレとマクシムは赤に近い黄色を表示していた。つまり、迷っているのだろう。
俺はアデーレを見ると。
「倒すべき敵だと思っています」
すると、アデーレとマクシムの反応が黄色に固定された。六代目のスキル、サーチは本当に便利だ。
すると、安心した様子のアデーレは、用件を口にした。
「ライエル殿、このアデーレ・ベルキを仲間に入れて貰えないでしょうか?」
俺は、アデーレとマクシムを見る。
すると、二人とも頷いていた。
マクシムは。
「アデーレお嬢様を守るのが騎士としての自分の役目。そのお嬢様が仕えるなら、貴殿の命令にも従いましょう」
俺はアデーレに視線を戻すと。
「……私の実家であるベルキ家は、セレス・ウォルトに接触してからおかしくなりました。内乱に参加し、無闇に戦争を繰り返しています。まるで夢でも見ている気分でした。セレスに出会った両親は、元は内乱に反対だったはずなのに」
俺は、初代が言った言葉を思い出す。
(怪物……セレス、お前は……)
アデーレは、俯いて首を横に振ると顔を再び上げて。
「家を飛び出した私は、セレスに出会うのは危険と判断したのです。そして、旅をする中で貴方の噂を聞きました。家を追い出されたライエル殿が、各地で行なってきた事を、です」
俺は、急に恥ずかしくなってくる。
(……色々と聞いちゃったのか)
すると、四代目が。
『ライエル、恥ずかしがらなくていいよ。最初にやらせたのは、こういう時が来るかと思ってのことだから』
俺は心の中で。
(……四代目に言われてもな)
納得出来ないでいた。
アデーレは続ける。
「セントラルではグリフォン退治、それにセレスと戦闘をしていましたね。その後、ここ……ベイムまで流れた。逃げるためではないのですよね?」
俺を真剣な瞳で見つめるアデーレに、頷いておいた。俺を探してここまで来たのだ。真剣に対応するべきだろう。
「今のままでは勝てないと判断してね。だから、ここで力を蓄えることにした。良いか悪いかで判断すれば、きっと悪いだろうけどね。俺は勝つつもりでいるよ」
すると、アデーレは立ち上がると、綺麗にお辞儀をして見せた。
「無謀ではない。それだけでも安心出来ます。このアデーレ・ベルキをご自由にお使いください。もっとも、できるのは書類仕事などですが」
そして、マクシムも俺の前に膝をついた。
「アデーレ様が仕えるなら、俺の主でもある。この命、お預けいたします」
宝玉内から、七代目の声がした。大声だ。
『書類? 内政……ベルキ! ベルキ家か! 思い出したぞ。内政が得意なベルキ家だ! ライエル、相手もバンセイムでは名門の領主貴族だ! 宰相も輩出した家だぞ! ……わしの時代はパッとしなかったが』
最後が少し不安になるが、俺は二人を迎え入れる事にした。
「分かりました。協力して貰いましょう」
すると、お茶を飲んでいたダミアンも顔を上げて。
「……面白そうだね。なら、僕も参加しよう」
「え?」
俺が驚くと、ダミアンは首を傾げた。
「なんで驚くんだい?」
「いや、だって……」
「ライエルならなんとかするだろうし、駄目なら逃げればいいじゃない? それに、単独でセレスと戦うつもりじゃないんでしょ? 話を聞いていたら、どうにもライエルが大きなことをしそうに感じてね」
興味がないことには口を出さないと思っていたが、ダミアンも色々と考えていたようだ。だが、次の言葉を聞いて納得した。
「勝ち馬に乗れば、研究室とか資金とか用意してくれそうだし」
俺は苦笑いをする。
咳払いをしたマクシムが、俺にたずねてきた。
「それで、だ。俺たちは何をすればいいんだ?」
俺はこの場にいる全員から、若干視線を逸らしつつ……。
「……金策」
そう呟くのだった。
アデーレが、苦笑いをしながら。
「ま、まぁ……現実的に、お金は必要ですものね」
俺をフォローするのだった。だが、マクシムは呆れており、ダミアンは残念そうにしていた。俺から研究資金を出して貰うつもりだったようだ。