ライエルの記憶の部屋
宝玉内。
仕事の休憩時間に、宝玉内へと意識を飛ばしてみれば俺が座っている椅子の後ろに、ドアが誕生していた。
歴代当主たちの椅子の後ろにもあるドアは、記憶の部屋とも呼んでいる場所だ。歴代当主たちの記憶が保管されている部屋なのだが――。
「あの、なんでみんなして疲れた表情をしているんです?」
俺が首を傾げてそうたずねれば、三代目が円卓に腰掛けながら説明してきた。
『実はこのドアが出たのは少し前なんだ。その時に覗いてみたんだけど……』
人の記憶を勝手に覗いたのか? そう言い返してやりたかったが、三代目の表情が真剣だったので少し待つことにした。
すると、三代目は髪をかきながら。
『……四人で見ても、それぞれ違うものが見えたんだ。しかも、ライエルの記憶とは到底思えないものが見えた。何度か入ってみたんだけど、記憶かどうかも怪しいんだよ。僕の場合、兄さん――デューイ兄さんが生きている光景が見えた。いや、そこにあったと言った方がいいかな』
三代目は疲れた表情をしており、普段の態度を思えば珍しいと感じてしまった。四代目に視線を向けると、眼鏡を外して布でレンズを拭きながら。
『俺の場合は嫁が仁王立ちで待ち構えていた。怖いから入らなかったけどね』
それを聞いた五代目は、首を横に振りながら。
『なんで怖がるんだよ。あんただけが入ってないんだが? ちなみに、俺がドアを開けると子供部屋だった。毎回違う子供部屋なんだが、俺の子共がいて俺を睨み付けてくる』
五代目の見た光景を聞くが、俺にそんな記憶はない。
そもそも、俺と五代目では生きていた時代が違う。
七代目は。
『……わしのはもっと酷い。わしすら知らない記憶……いや、光景が見えた。だが、そこにはライエルがいなかったんだ』
俺がいないのに、記憶された景色が見えたというのだ。全員が疑問を抱いているような表情で、俺の記憶の部屋のドアを見ていた。
俺は自分のドアの前に立つと、ゆっくりとドアを開けてみた。
後ろから四代目の声がした。
『覚悟した方が良い。あんまりいいものが見られないようだからね』
言われて警戒しながらゆっくりとドアを開けると、そこには後ろ姿のセレスが見えた。俺が驚いていると、セレスはゆっくりと振り返ってとてもいい笑顔を向けてきた。
胸の前で手を可愛らしく組み、首を傾げて輝くような金髪が風に揺れて――。
『死ねよ、クズ野郎』
――そう言ってきた。
次の瞬間、俺はドアを思いっきり閉めると、背中から倒れ込むように尻餅をついた。急な出来事に呼吸が乱れ、変な汗が出て来た。
五代目が、倒れた俺の近くでかがんで声をかけてきた。
『何が見えた?』
俺は呼吸を無理やり整えると。
「セ、セレスがいました。俺を見て笑顔で死ね、って……でも、あんな思い出はなかった。いや、忘れているだけかも知れませんが」
七代目が伸ばしてくれた手を掴み、俺は立ち上がった。自分の記憶の部屋を前にして、俺はどうしてセレスが見えたのかが気になった。
三代目は。
『……他の部屋は、記憶を再生するだけなんだよね。多少は色々とできるけど、僕たちが操作をしない限りは難しい。でもね、この部屋に入って色々と調べたんだけど』
三代目は円卓に座り、天井を見ながら。
『まるでさ、生きているみたいなんだ。こちらが何か言えば、それに答えてくれる。本物のデューイ兄さんと話しをしているみたいだったよ』
どうしてそんな事になっているのか?
俺たちには理解出来なかった。それは、青い玉が宝玉となり、歴代当主たちの記憶が復活した。
だが、そんな歴代当主たちも、宝玉の全てを理解していなかったのだ。
四代目が眼鏡をかけながら。
『前から気になっていたんですけどね。宝玉とは、本当にスキルを記憶して全てを継承させる道具なのか、って……セレスの一件もあります。そして、セレスは青い宝玉を見て出来損ない扱いをしました』
七代目は、アゴに手を当てて俯きつつ。
『記憶だけではなく、人格も写すとなると……スキルが本命ではなく、もしかしたら人格そのものを、というのは何度か考えましたがね』
五代目は自分の椅子に座ると、頭の後ろで手を組んでいた。
『なんのためにそんな事をする? 永遠の命でも試すつもりだったのか? 常に記憶や人格をコピーし、手にした人間を乗っ取る……ある意味では永遠だろうが、そんな事に意味があるとは思えないけどな』
そんな危険な道具が、何百年も前に売られていたと思うと怖い。初代が人気のない玉を買い、そこから代々受け継いできたウォルト家の青い玉。
セレスの持っていた黄色い宝玉とは違い、出来損ないであるらしい。
俺は――。
「今のセレスは、三百年前の傾国の美女に乗っ取られているんでしょうか? ノウェムは違う様な事を言っていましたけど」
まだ、乗っ取られていない、という感じだった。そう、まだ、だ。
三代目が円卓から降りて立つと、俺に向きなおった。
『いずれにしろ、これだけの人格がいて乗っ取りも何もないけどね。そんな事をしても面白いとも思えない。実際、僕たちは記録された存在で本人ではないんだから……永遠の命なんてまやかしだろうさ』
俺は頷くと、三代目が大きく一回手を叩いた。
『さて、何かしら宝玉の謎が増えてしまったが、そんなのはどうでもいい。問題はライエルがどうやってセレスを倒すか、だ。この問題はボチボチ進めるとして、次はセルバ侵略だね』
俺は腕を組んで、微妙な表情をした。こちらは準備が整っており、いつでも出撃出来る。それはロルフィスも同じだ。
「それなんですけど、すぐにでも出発します。ただ……」
四代目が聞き返してくる。
『ただ?』
「本当に何もしなくていいんですよね?」
次の日。
朝から聖騎士団が整列し、兵士たちも整列する中でアウラさんが神殿前の広場に出て来た。
セルバ侵攻の前に、出兵式を行なうためだ。
白く、体のラインが出るドレスを着ており、実は気に入っているのでは? などと思って俺はアウラさんを見ていた。
セルマさんも、ガストーネさんも、アウラさんから少し離れた後ろに控えていた。
「ザインの勇敢なる兵士たちよ! 非道なるセルバの行いに対し、鉄槌を下すときが来ました!」
出兵式を見に来た民衆が、アウラさんの声に反応して歓声を上げていた。
宝玉内からは、三代目の声がする。
『大義名分は大事だけど、裏側を知っているとどうにも熱くなれないよね。ま、勝たないと次に進めないわけだけど』
俺たちは、自分たちの目的のためにセルバを潰そうとしていた。不意に、俺は神聖騎士団の団長――アルマンの言葉を思い出した。
(地獄に落ちろ、か。確かに地獄行きだろうな)
ただ、それでも立ち止まろうとは思わなかった。
広場で皆の視線を集めるアウラさんは、両手を大きく広げて。
「聖騎士団団長、ライエル・ウォルトをこの軍の将軍に任命します。女神の加護は貴方と、兵士たちに勝利を約束するでしょう」
俺は目立つ場所で片膝をつき、そして将軍になる事を受け入れた。というか、今のザインに適任者がいないからだ。
「はっ! 必ずや期待に応えて見せます」
民衆の拍手と、兵士たちの叫び声が首都に轟いた。
アウラさんは、笑顔になると右手を胸の位置に持っていき。
「期待していますよ、聖騎士ライエル」
そう言うのだった。周りが歓声を上げる中で、俺は理解していた。
(こいつ、俺の二つ名を聖騎士にする気だな。なんて意地の悪い!)
本当のアウラさんの性格を知らない者たちには、俺が本当に期待されて聖騎士と呼ばれていると思っているだろう。
しかし、俺には理解出来た。以前、聖騎士と呼ばれるのに抵抗があると、俺は彼女の前で口にしたことがある。
俺は立ち上がり、右手をアウラさんに向け。
「新生ザインの真の聖女様――アウラ様の期待に、必ずや応えて見せましょう」
そう言うのだった。彼女の頬が、ピクピクと動くのを見て、俺はニヤリとするのだった。真の聖女様、という言葉に腹が立っている様子だった。
首都を出発したザインの軍勢は、セルバとの国境へと向かう。
ロルフィスは、ロルフィスでセルバと国境を接する場所に軍勢を移動させていた。
二正面作戦を展開したのは、一箇所に集まるよりも移動期間が少なくすむからだ。最初はまとまって行動しようとしたのだが、ロルフィスが動かなかったので時間がかかりすぎていた。
俺の隣には、急造の赤い鎧を着て槍を持ったアリアが馬に乗って並んでいた。ノウェムやミランダ、それにクラーラにモニカはポーターの中で休んでいる。
俺の後ろにはポーターが続き、ポーターの横をエヴァが馬に乗って移動していた。
だが、その動きはガチガチだった。
アリアが、エヴァに声をかける。
「ちょっと、今にも落ちそうじゃない。しっかりしなさいよ」
エヴァは馬上で震えながらアリアを睨むと。
「馬なんか乗ったことがないのよ! 仕方ないじゃない!」
アリアは呆れつつ。
「休んでいるときに歌とか歌わないで、馬術でも練習すれば良かったのよ」
エヴァは。
「アリアだって、買い食いとかしていたじゃない! シャノンと遊び回ったの、私が知らないと思っているの!」
言い争う二人を見ながら、俺は低い声で。
「お前ら、絶対にノウェムやミランダ、それにクラーラにその事を言うなよ。いいか、絶対だぞ! 本当にこっちは大変だったんだからな!」
すると、ポーターの天井の蓋が開けられ、そこからミランダがヒョコリと顔を出した。笑顔で、上半身を出してくると、俺たちを見て手を振っていた。
アリアとエヴァが顔をひくつかせていると、ミランダは笑顔なのにとても目が怖かった。
「ライエルは優しいわね。私ならしばらくきつい仕事を押しつけるわよ。シャノンは、半年くらい移動は徒歩限定にしようかしら? 自分の荷物も自分で持たせてね。アリアとエヴァは……うん、今度一緒に勉強しましょう。ノウェムやクラーラも、きっと協力してくれるわ。……できるまで絶対に寝かさないから」
最後だけ無表情になって発言すると、ミランダはそのままポーターの中に消えていった。
すると、シャノンの暴れるような声が聞こえ、そのまま後部のドアが開くとシャノンが飛び出して来た。
荷物を背負って、俺の方へと来た。
「あんたたち、いったい何を言ったのよ! ライエル、私も馬に乗せてよ!」
俺はミランダの怒り具合を思い出し、首を横に振ると。
「荷物だけは持ってやる。自分で歩け。それに、お前はもう少し体力をつけろ」
シャノンは、俺に文句を言ってくる。
「メイだって遊んでたじゃない! 卑怯よ!」
俺は空を指差し。
「アホか。メイは偵察中で仕事をしているぞ。諦めろ」
アリアが、俺に。
「ね、ねぇ、ミランダは本気じゃないわよね?」
エヴァも。
「わ、私も歌とか踊りとか以外はちょっと……音楽だったら頑張るんだけど」
二人して苦笑いをしていたので、俺は笑顔で。
「安心しろ。休憩は挟んでいいぞ」
すると、アリアもエヴァも馬上で項垂れるのだった。
――ロルフィスの軍勢は、セルバとの国境へと到着していた。
ザインとロルフィスから、正式に宣戦布告を受けたセルバは、第二王子であるダリオを呼び戻して徹底抗戦の構えを見せていた。
国境の砦を囲むロルフィスの軍勢は、二正面作戦を強いられるセルバに対して有利な状況だった。
元から傭兵団もかき集めたようだが、二国から宣戦布告されてしまったのだ。兵力を分散させるしかなく、砦の兵力も少なかった。
一部隊を指揮するアレットは、馬上で大剣を掲げ。
「防御態勢!」
そう言うと、魔法使いが部隊を覆うようにマジックシールドを展開した。大きなシールドが、砦から飛んできた魔法を防ぐ。
マジックシールドが消えると、今度は味方から魔法が放たれ砦側がマジックシールドで防いでいた。だが、数が違うのでシールドの数が足りない。
砦に魔法が直撃し、徐々にボロボロになっていく。
アレットは。
「思ったよりも守りが堅いな」
アレットの隣で馬に乗っている副官が。
「最前線です。魔法対策の砦を用意するのは普通かと。ですが、あまり金をかけていないようですね。始まって数日で砦が崩れてきています」
魔法の撃ち合い、そんな中で攻城兵器まで使用して砦を攻めていた。相手は砦で耐えることしかできないのは、数の差があるからだ。
アレットは、周囲を見て。
「傭兵団もこちら側で参加して数の差は四倍に近い。ザイン側でも侵攻が始まった頃だろう。なんとしても先にここを突破したいな」
ロルフィスがセルバ侵攻を決めたのは、ライエルの謁見の間での行動が影響していた。自分たちなど眼中にはない態度。そして、麒麟すら従えている事実。
幸運の象徴を持つライエルと敵対したくない、という迷信を信じている大臣たちの意見もあった。
だが、アレットは違う。
もっと単純だ。ライエルと戦いたくないと思ったのだ。
底の知れないライエルたちよりも、セルバを相手にする方が何倍もマシに感じられた。
(戦って負けるとは思えないが、なんだこの不安は……)
麒麟を従え、切迫した状況でもライエルは笑っていた。それも、本当に愉快に笑っていた。虚勢で笑っていたのではない。
本当に楽しそうにしていた。
(あの手合いは怖いんだよな。本当に戦争を楽しんでいる)
ロンボルトも、ライエルのそんな狂気に気が付いたのか、必死に王女殿下であるアンネリーネを説得してセルバ侵攻を決めたのだ。
(まぁ、あの程度で冷める恋に振り回されたとは思いたくないが……)
アンネリーネは、今までの苦労がなんだったのかと思うほどに、呆気なく侵攻の許可を出した。ついでに、ザインよりも早くセルバの王族を押さえるようにと指示も出していた。
(やる気を出せばできるのに……)
砦を囲んだ部隊が、次々に魔法を撃ち込んで砦をボロボロにしていく。
アレットには、まるで砦がロルフィス側の不満をぶつけられているように見えるのだった――。