セルバの刺客
――ロルフィスの王城内。
そこには、婚約者であるセルバの第二王子【ダリオ・セルバ】の部屋だった。
広い室内を、親指の爪を噛んで忙しなく歩き回っていた。
部屋の中、セルバから連れてきた護衛の騎士がダリオに注意をする。
「殿下、そのような態度はどうかと思います。国に現状は書類で送ったのですから、後は指示を待つだけです」
すると、ダリオは騎士に向かって怒鳴り散らした。
「ふざけるな! お前に俺の気持ちが分かってたまるか! ガレリア、ルソワースに送られて惨めに追い返された俺の気持ちが! 兄上の予備、ようやく自分の領地を持てる可能性が出て来たんだぞ! それをあのガキが、あのガキがぁぁぁ!!」
花瓶を手にとって壁に叩き付けたダリオは、肩で息をしてその場に座り込んだ。
次男。兄の予備として部屋住みの生活。兄が問題なく成長し、子供が生まれると他国に婿として送りつけられようとした。
だが、戦乙女と呼ばれたガレリアとルソワースの姫には興味を持たれず、そして小国のロルフィスに婿として送られたのだ。
「……俺が王になれば、すぐにでも属国になるつもりだったのに! セルバがザインと組めば、ガレリアとルソワースに対抗出来るだけの戦力が……」
二国で激しく戦うガレリアとルソワースと国を接しており、セルバも国力の増強が必要だったのだ。
ザインと手を組んだのは、ロルフィスで略奪をしたいザインが暴れ回った後にセルバが統治する予定だった。
疲弊したロルフィスなら、セルバを頼るしかない。ザインとは裏で取引が成立しており、セルバが仲介して戦争を収める――そんなシナリオだった。
「あのガキが! あいつのせいで俺はまた白い目で見られるんだぞ!」
騎士は、溜息を吐くとダリオに言う。
「所在を掴まれないように動いておりますが、逃げ切るなど不可能です。ノイニール砦には辿り着くことはありません」
その言葉に、ダリオは。
「ならすぐにあいつの首を持って来い! あいつ一人のせいで、セルバは窮地に立たされているんだぞ! なんでお前はそんなにノンビリしているんだ!」
自分を護衛する騎士に八つ当たりをするダリオだが、現状をなんとか打開する事で頭が一杯だった。
国に報告はしたが、なんとしても自分で処理したかったのは、焦っていたからだろう。
「女子共、それに老人一人……すぐに処理して見せます」
ライエルたちが外に出ていないと思っている騎士は、余裕を見せていた。何しろ、ロルフィスを出たと報告は来ていなかったのだから――。
ロルフィスの城下町。
ミランダと二人で歩く俺は、近づいて来た反応を確認した。
敵意をむき出しにし、まだ明るいというのに俺たちと一定の距離を取っていた。
スキル【リアルスペック】で、相手の情報を得ようとするが、情報量が多すぎて絞り込めない。
頭を押さえると、ミランダが俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。
「大丈夫? 顔色が悪いわよ」
言われた俺は、首を横に振った。
「近づいて来ている。反応は六つ。三人が二組だ。俺たちを見張っている」
「そんな事まで分かるの?」
俺はミランダと歩きながら。
「分かるようになった。ただ、使うのに慣れていないんだ」
ミランダは何度か頷いて、周囲へと視線を送っていた。六人はすぐに距離を取ろうとしており、ミランダはそのまま屋台を見つけると。
「ライエル、私あれが食べたいわ」
「あれ? まぁ、いいか。観光も出来てないし、どれにしようか」
戦争になるという雰囲気からか、歩いている人たちの顔にはどこか不安があった。聞こえてくるのは、戦争の噂ばかり。
屋台で食べ物を買うと、周囲の反応は警戒を解いたのかまた距離を詰めた。
ミランダも周囲の敵意を察したのか、食べながら俺に。
「ここで仕掛けてくると思う?」
俺たちを追い、そしてアウラさんたちの居所を探そうとしているのだろう。未だに滞在しており、外に出ていないと思っている。
「宿に戻ればあり得そうだな。ま、こうなると思ったんだけど……どうやら、セルバ単独みたいだ」
追いかけてくるのはセルバだけ、表だってロルフィスの動きはなかった。
宝玉内からは、三代目が。
『ロルフィス内では協力者がそこまでいないのかもね。ま、直系の王女が一人だけ、相手を選ぶならセルバの王子で妥協もするか』
周辺の状況を考えれば、ザインは王族がいない。少し離れてガレリアとルソワースが存在しているが、どうやら女性が統治をしている。子供がいるとも資料にはなかった。
四代目は。
『どうにも気が短そうでしたね。それにしても、ロルフィスと協力してこちらを襲撃してくれば、奪還後に色々と良い感じに動けたんですが』
襲撃するなら、ロルフィスにも動いて欲しそうな事を言っていた。
五代目も。
『セルバに協力した奴もあぶり出せるからな。ま、尻尾を出さないならそれでいいんじゃないか』
俺は、手に持った屋台のお菓子を食べると、ミランダに。
「このまま街を歩こうか」
すると、ミランダは少しつまらなそうに。
「無粋な連中に見張られながら? デートなら良いわよ」
俺は苦笑いをして。
「見張られながらデート? 俺はどうかと思うけどね」
そのままロルフィス内を歩く俺たち。昼になれば食事をし、そしてまたあるく。休憩を挟んで日が傾き始めると人通りが少なくなった。
追手が動き出したのは、そんな時だった。
わざと狭い路地に入り込むと、六人組みは俺たちを挟み込むために三人が先回りしていた。
頭の中で見ている地図では、こちらを追い詰めようと急いで先回りしている姿が割と面白かった。
(地元じゃないから少し迷っているな)
ミランダと足早に先に進むと、わざと行き止まりの場所へと辿り着いた。
「ここだな」
俺は手を上げると、魔法を使用した。
「ファイヤーバレット」
火球が空に向かって飛んでいくと、紫とオレンジが入り混ざったような空に吸い込まれていく。
周囲は少し広いが、ゴミためのような場所だった。
入口を見ていると、俺たちを追い回していた騎士たちが三人――。
服装は冒険者風だった。
少し疲れている様子だが、それを見せないようにしているのが分かる。何時間も見張らせ、最後に誘い込んだのだ。疲れていて当然だろう。
「……ライエルとミランダで間違いない。ザインの聖女様のところに案内して貰おうか」
剣を抜く三人が、俺たちに歩み寄ってきた。
俺は。
「屋根に上っている三人組みは追いついていませんよ? もう少し待ってから襲撃した方が良かったですね」
すると、リーダー格の男は、慌てる様子を見せなかった。少し寂しい。
「スキル持ちか。支援系なら戦闘では怖くない。男は二人で、女は一人で当たれ。すぐに味方も来る」
リーダー格の男の魔力が膨らむのを感じた。すると、急激に肉体が大きくなり、上着が弾け飛んだ。
筋肉がこれでもかと盛り上がり、まるで筋肉の塊になった。
ミランダは。
「うわぁ、こんなスキルもあるのね」
相手はニヤリと笑っており、先程よりも口調が荒々しい。
「支援系のスキルで、前衛系のスキル持ちの俺に勝てるわけがない。男の方は殺せ。女には聖女の居場所を吐かせたら、好きにして良いぞ」
目が血走っており、どうにも興奮しているようだった。
部下らしき二人は、リーダー格の男から距離を取っていた。だが、それが気に入らないのか、リーダー格の男は一人を殴り飛ばす。
壁に激突し、一人がそのまま地面に倒れて動かなくなった。生きていなかった。
七代目が。
『力を増強し、自制が効かないのか? ふむ、【バーサク】というスキルかな? しかし、またこんなスキル持ちを追手に選ぶとは』
呆れつつも、落ち着いた声で説明してくれた。
リーダー格の男は。
「返事をしろ!」
「は、はい!」
部下が慌ててそう言うと、振り返ってリーダー格の男が俺に向かってきた。ミランダが俺の前に出ようとするのを手で制して、俺はサーベルを引き抜いた。
相手は握っている剣が細く見えるほど巨体だが、俺は構わず前に出た。
スキルは使用しない。
振り下ろした相手の斬撃を避けると、そのままサーベルで相手の腕を斬った。だが、斬り落とすつもりだった一撃は、浅く少し血が出るだけだ。
「硬いな」
「懐に潜り込んだな、この馬鹿が!」
左手で俺を掴もうとするリーダー格の男に、俺はサーベルを捨てて腕を掴む。メキメキと音がすると、リーダー格の男の好戦的な笑みが、歪んでいく。
スキル――【リミットバースト】――初代の二段階目のスキルだ。
「……誰もスキルが一つだなんて言っていない」
「こ、この野郎!」
剣を持つ右腕を振り上げたリーダー格の男に、俺は足払いをした。倒れるリーダー格の男から、視線をもう一人の敵に向けるとミランダの糸で手足を拘束され転がっていた。
リーダー格の男は俺が視線を逸らしたと思ったのか剣を突き刺そうとする。俺は半歩横に移動して、剣を避けた。
予備のサーベルを引き抜き、そのまま頭部に突き刺すと空を見た。光が何度か起きると、麒麟の姿をしたメイが降りてくる。
サーベルをしまい、落ちたサーベルを拾うとミランダの方を見た。
「さて、どうするの?」
転がっている男は、俺たちを見て青い表情をしていた。だが、口を閉じて俺たちを睨み付けていた。
メイが地面に着地すると。
「上にいた三人……倒しちゃったけど問題ないよね?」
俺はそれを聞いて。
「ならこの人には伝言を頼もう『殿下、そちらの対応には残念で仕方なかった』そう伝えて貰えますか?」
相手は悔しそうに地面を見ていた。
「知らないな。殿下とは誰だ?」
最後の抵抗なのか、男はしらを切ろうとしていた。
伝えようが、伝えまいが俺にはどうでもいい。
ここで争ったという事実が大事なのだ。もっとも、相手がセルバの刺客と分かるようなものは持っていない。だが、セルバの対応は分かった。
俺はミランダを見て。
「糸は解けるのかな?」
「しばらくすれば消えるわよ。ま、数時間はこのままかもね」
転がる男を一度見てから、俺はミランダをメイの背中に乗せた。次に俺が乗ると、メイは空へと駆け上がっていく。
ロルフィスの空は暗くなっており、誰もメイの姿を確認出来ないだろう。出来たとしても、意味などないが。
ロルフィスを急速に離れていくと、メイは俺に説明する。
「砦に周囲から人が集まってきていたよ。二百人くらいかな? それから、まだザインに動きはないよ」
それを聞いて、四代目が疑問に思ったようだ。
『まだ? 予定では間に合うか微妙だったんだけどね。どうしてそこまで時間がかかっているんだ?』
三代目は、その意見に。
『……ちゃんと逃がしたんだよね? そう言えば、逃げたのは騎士が一人だけだったかな?』
五代目は。
『途中で魔物にでも襲撃されたかもな。しかし、そうなると時間に余裕ができる。あんまり時間をかけたくないんだがな』
心配事は多い。上手く行っているが、食糧に武具、それらを俺たちのパーティーだけで維持するなど限界がある。
七代目は。
『もしくは予定よりも部隊を多く送りつけようとしているか、ですな。百名前後……重要性もあるので千は動かすと思っていましたが』
三代目がある予想をした。
『無事に辿り着いたとして、騎士はこちらの数を正確に報告するとも限らないね。もしかすれば、結構な部隊を動かしているかも』
五代目が俺に指示を出す。
『ライエル、帰りがけに敵の動きを探るぞ。メイには無理をさせるが、地形の確認もついでにしておく』
俺はメイに。
「メイ、もう少し飛べるか。帰りがけに敵の動きを見ておきたい」
すると、メイは。
「また? いいけどさぁ」
呆れている様子だった。ミランダは俺の背中から腹に手を回しており、後ろから声をかけてくる。
「ライエル、何を考えているの?」
俺は、ミランダに。
「いや、思っていたよりも――」
――ザインの都市にある神殿というよりも、城の中では騎士団長が報告を受けていた。
飾り立てられた鎧を着ており、今から出陣というところでその知らせが舞い込んだのだ。
「貴様……どこかの砦にでも駆け込めばいいものを!」
ボロボロの騎士に書類を投げつけた男は【アルマン・ベナール】。四十代半ばの騎士団長で、今回の戦争に賛成派の一人だった。
騎士は震えているが、事情を話す。
「どこに敵の手の者がいるか分からなかったのです! いきなり砦に現われた五百もの兵が、見つからずに移動など出来ません! この知らせを持ち帰るために、私は必死で馬を走らせてきたのです!」
悔しそうにするアルマンは、目の前の騎士を見て武具を着けていないのを不信に思った。
「武器も持たずにか? 貴様、逃げ出したのではないだろうな!」
「魔物と戦い失ったのです! それでも必死にここまで――」
騎士団長の執務室で怒声が続いていたせいか、外まで聞こえていたのだろう。巫女を連れた一人の少女が、部屋に入ってきた。
銀色の長髪の毛先は縦ロールになっていた。聖女の装束を身に纏い、緑色の瞳で騎士団長を見た。
「アルマン、これはどういう事ですか? 逃げ出したアウラやセルマは処分したのでは?」
アルマンが膝を床につくと、ボロボロの騎士も膝をついた。
「い、いえ、これはまだ不確かな情報でして」
【レミス・ザイン】――現聖女である彼女は、ザインで広まる噂を口にした。
「私の暗殺から逃れたアウラが、決起するためにベイムで兵を集めていたという噂がありましたね」
「そ、それは証拠もなく、ただの噂かと」
レミスは呆れた口調で。
「実際に決起しましたよ。聞けば百名程度という噂でしたが、五百名の兵士ですって? どこか後ろ盾になったのではなくって? このまま放置しないわよね?」
騎士団長であるアルマンは、すぐにでも前線に向かって指揮を執りたかった。この日をどれだけ待望んでいたことか。
(小娘が。飾りは飾りらしくすればいいものを。だが、確かに捨て置けんか……動かせるのは千から二千。だが、それで失敗でもすれば……)
約、二万近い兵が動いていた。
傭兵団もおり、正確な数は把握出来ていない。だが、全てが前線で戦う兵士でもなかった。後方で支援する部隊もある。実際に戦えるのは一万五千から一万四千程度というのが現状だったのだ。
(少なすぎれば、前線でロルフィスを押し込むことは難しいか。それに、誰を回す? 傭兵団には略奪の自由で契約金を少なくしたから動くとは思えん)
自領で略奪行為を許すなど、アルマンも流石にためらった。
だが、そうなるとどれだけの兵士を向けるのか?
(放置するか? やつらも動けるとは思えないが……)
アルマンが必死に考えていると、レミスが言う。
「もういい。私が命令します。三千を差し向けなさい」
「三千!? 過剰戦力です。ここは千で様子を見て、釘付けにしておきましょう。砦を奪われはしましたが、やつらは動けないはず。戻ってきてからゆっくりと対処すればいいのです!」
だが、レミスはイライラしながら。
「私が決起したアウラを恐れているという噂があるのにですか? しかも、相手は百名と知れ渡り、その程度の数を恐れていると思われて我慢せよと?」
アルマンは焦った。
(どういう事だ。どうしてそんな噂が……こやつが情報を持ち帰ってから噂が広まるまで早すぎる。まさか、本当に内通者がいる? いや、セルマに味方した者たちは残らず辺境に飛ばした。そうか、奴らがわざと通したのか!)
いてもおかしくないのが、ザインの現状だった。
(神殿内にはいないとなると、都市に入り込んではいる可能性は高い。だが、傭兵などがこうも出入りしていると探し出すのは……誰を送る? こんな状況でもし味方に内通者がいれば……こうなれば、わしが行くか)
騎士を裁くのは後回しにし、アルマンは立ち上がって。
「分かりました。すぐに精鋭三千でノイニール砦へ向かいます」
三千、それだけあれば騎士の言った通り五百でも叩きつぶせるとアルマンは思っていた。
レミスは、アルマンの態度が急に変わったので驚いている。
(本当に五百もいるか怪しいがな。少ないのを多く報告した可能性もある。だが、実際それだけの数がいたとしても三千もあれば踏みつぶせる)
騎士の報告全てを信用しないアルマンだった。そして、敵が砦から出てこなくとも数で押しつぶせると考えたのだ。
すると、レミスが。
「駄目に決まっているでしょう? だいたい、貴方の仕事は私の護衛ですよ」
神聖騎士団。その本来の役割は聖女の護衛。聖女の盾である。だが、宗教国とは言いながらも、略奪や周囲に戦争を仕掛け続けた国だ。
そんな役割は建前となっていた。
実際、アルマンの家も代々騎士をしており、貴族と名乗らないだけで他の国と変わらなかった。
「重要だと言ったのは聖女様では? わし自ら指揮し、必ずや謀反人共を血祭りに上げてご覧に入れましょう」
アルマンはそう押し切ると、騎士に声をかけた。
「来い。詳しい話を聞く。それでは聖女様、これで失礼いたします」
(ふん、貴様の代りなどいくらでもいるのだよ)
レミスがもしも殺されれば、暗殺したアウラたちは民衆の支持を得られない。アルマンはそう考え、レミスが死んでも構わないと思っていた。
歩き去ったアルマンを、レミスは忌々しそうに見ていた――。