王女殿下
ロルフィスの王城は、しっかりとした造りをしていた。
城下町は機能的、言い換えれば質素な印象を受ける。
そんな質素な王城の中、謁見の間だけは豪華だった。ただ、無理矢理つけたような装飾品が多いように見える。
赤い絨毯が敷かれ、一段高い場所には大きな椅子に座る王女の姿。その隣には、婚約者であるセルバの王子が座っていた。
王女殿下【アンネリーネ・ロルフィス】は、髪をハーフアップにしていた。だが、その長い髪は自慢のようだ。だが、先端は結んでおり座るときは髪を肩にかけていた。
紫色の髪は、毛先から三分の一ほどが薄くなっている。
白いドレス、そして髪を乗せるためか、肩には赤いマントをかけていた。
肌は白く、そして優しそうな表情。少したれた目は、緑色の瞳をしていた。
ただ、表情は少し困っていた。
隣に座る婚約者――【ダリオ・セルバ】の反応をチラチラとしていた。笑顔で座る婚約者のダリオだが、内心では面白くないのか笑顔が硬い。
白髪に、ゆったりとした白い服を着ており、褐色の肌が際立っているように見えた。赤い瞳は、俺たちを見ている。
王女殿下の隣――一段下で、一番近い位置に座る宰相の【ロンボルト】が、咳払いをして話を続ける。
「それでは、そちらの用件は独立で宜しいですかな?」
元大神官のガストーネさんは、否定した。互いに頭部が寂しいので、何か共感でもしたのかロンボルトさんには口調が優しい。
(ロンボルトさん、苦労してそうだな)
頭部は髪がなく、目は鋭い。体も細くて見ている方が心配になってくる。それが、ロンボルトさんだった。
「いえ。我々は独立ではなく、奪還を目指しております。ロルフィスの皆様方には、こちらから仕掛けることはないと明言するために今回の場を開いて貰ったのです」
周囲には貴族、そして騎士たちがおり、謁見の間が狭く感じた。
宝玉内からは、失礼な声が聞こえてくる。
七代目は。
『……わしの屋敷よりも貧相ですな』
三代目が。
『まぁ、土地が四代目の時と比べても小さいからね。仕方ないよね』
面子を確認した五代目が。
『規模が小さくて兵士が集まらないな。……数が揃わないなら質を高める。なる程、努力はしているみたいだが……なんでこの部屋だけ妙な感じなんだろうな。他は質素なのに』
四代目は。
『なんか、趣味が悪いね。俺が見ても趣味が悪いと思うよ』
六代目は、ダリオを見ていたようだ。
『……あのダリオとかいう王子の趣味では? 腕に首、それにやたらと装飾品をつけていますね。成金というわけでもなさそうなのに』
セルバも歴史がそれなりにある国だ。成金ではないが、趣味が良いとも言えなかった。
(そういう国柄なのか? となると、セルバのために合わせたのか)
ロンボルトさんが、ガストーネさんに。
「なる程、奪還を目指して動くと。そのために我々の助力が欲しいのですね」
ここで口を出したのは、セルマさんだ。
「いえ、我々は単独で動きます。そうですね。奪還した後ならば、協力を求めることもあるでしょう」
アウラさんは黙っている。アウラさんもセルマさんも、モニカが用意したドレスを着ており、周囲の男性陣の視線を集めていた。
ダリオが、アンネリーネ王女殿下に小声で声をかけた。
俺はその様子を見た後に周囲に視線を向けた。近くにいたアレットさんや騎士たちが苦々しい顔をするのを見逃さなかった。
そして、アンネリーネ王女殿下が口を開いた。
「ですが、単独で動くにも大変でしょう。ここはロルフィスに滞在してはいかがです? 我々にも出来る事があると思いますが?」
セルマさんは。
「いえ、その気持ちだけで十分。ザインがロルフィスに迷惑をかけている中、どれだけ自分たちが勝手を言っているか理解しておりますので」
この場で俺たちが望んでいるのは、互いに手を出さない事を約束する事だった。そして、俺自身の目的は、王女殿下を見ることにあった。
俺の隣にいるノウェムが、王女殿下を無表情で見ていた。笑顔でもよくないし、真剣な表情――というよりも、何かを見定めているような感じだ。
反対には、ミランダが立っている。
ミランダの方は、ダリオに視線を向けていた。
アンネリーネ王女殿下は。
「あなた方がこちらに滞在すれば、きっと交渉も可能でしょう。こちらはミスリルを渡す準備があります。戦争の回避に力を貸して頂けませんか?」
説得に対し、セルマさんは。
「申し出はありがたく。ですが、既に戦争は回避する段階にはありません。既に国境には両軍が集まりつつあるとか。小競り合いも起きているようです。それに、ザインは目に見えた成果を求めているのです」
ザインは最初からミスリルなど欲しいのではない。攻め込む口実が欲しかったのだ。ただ、タイミング的にミスリルが出現しただけである。
セルマさんがアンネリーネ王女殿下を説得しようとすると、婚約者のダリオが動いた。立ち上がり、拍手をしたのである。
皆の視線がそちらに向かうと、ダリオが口を開いた。
「いや、実に素晴らしい。祖国のために立ち上がる聖女……いえ、元聖女でしたね。お美しいと思いますよ。ただ、自分の事ばかりではなく、ロルフィスの現状にも目を向けて頂きたい。言い方は悪いが、そちらが今回の騒動を起こした訳です。こちらに協力するのは筋ではありませんか?」
確かに正しい意見なのだが、俺は知ってしまっている。
セルバが裏で動いており、着々と準備を進めていることを。
情報屋ラウノさんの情報をまとめ、そして彼の出した結論――仮説を聞いて、頷ける部分もあった。
(セルバも焦っているな)
セルバが焦っているのは、隣国が二大戦乙女――女傑二人が対立し合う国と接していたからだ。
対抗するために、国力の増強はもちろん、他国との協力を求めた。それが、ロルフィスではなく、ザインというのがラウノさんの仮説である。
(ま、本当の目的がどこかは分からないが、切り取るにしても奪うにしても、ザインとセルバが美味しい思いをするのは確実なんだよな)
今回、ロルフィスは食い物にされる立場である。
アウラさんが口を開いた。少しこの場の雰囲気に飽きているようでもあった。
「……私たちは自分で問題を片付けると言っています。それに、こちらの提案は聞いて頂いた通り。そちらにとっても利益では?」
俺たちの提案。
それは、かつてロルフィスの領地だったザインの領地での決起だ。今は寂れた砦を奪還し、そこで独立勢力を旗揚げするというものだった。
面倒だったのでやりたくなかったのだが、ロルフィス側につけないので仕方なくそちらを選んだのである。
何しろ、今のロルフィスは、婚約者であるダリオの言いなりに近い。それはつまり、セルバの意向で動いていることを示している。
(下手にこちら側についたら、飼い殺しか暗殺か……面倒だったな)
整列していた貴族の一人が、声を上げた。
「王女殿下。辺境で決起すれば、ザインは兵の一部をそちらに向けなくてはなりません。つまり、前線の敵の数が減ることを意味しております。この話、受けておいて良いのでは?」
他の貴族も。
「今は敵の戦力を削ぐのが大事。ザインにしてみれば、元聖女殿たちの決起は見過ごせないはず。むしろ、こちらからいくらかの支援もしてよいと思います。物資、そして兵士に資金。少しでも多い方が良いはずです」
こちらを支援すると言っているが、ようは俺たちに敵を引き付けようとしているのだ。自国を守るために正しい判断だ。
すると、アンネリーネ王女殿下が。
「戦争が始まる前に、もう戦う事を考えていては……なんとしても回避する手段を探すのが政治でしょうに」
(間違ってはいないんだよな。ただ、この人の間違いは――)
俺の思いを、六代目が口にした。
『――甘いな。戦争は始まる前ではない。もう始まっているのだよ。この娘、平時で口出しをしなければ良い女王になれたかも知れんのに』
三代目も。
『見た目も良いし、お飾りには丁度良いよね。ま、問題なのは恋に盲目なところかな?』
そう、セルバの王子に恋をしているのか、言いなりなのだ。
酷いというのは、ダリオの意見を家臣より採用している事にある。色々と内部で問題が起きており、ロルフィスの国内はガタガタになっていた。
(この人、婚約者の意見ですぐに意見が変わるから信用出来ないんだよな)
歴代当主たちがアンネリーネ王女殿下を酷いと言ったのは、そうした情報があったからだ。アンネリーネ王女殿下の言葉には信用がない。だから、信頼も出来ない。
協力者として不安要素が多かった。だから距離を取ったのだ。
アレットさんが、アンネリーネ王女殿下に意見する。
「王女殿下、既にザインはいつ動いておかしくありません。既に回避は不可能です。なにとぞ、互いのためにこの場で――」
そして、またしても意見は遮られた。
ダリオは、俺を指さし。
「次期副団長候補であるからこの場にいることを許していますが、どうやら貴方はその器にないようだ。民のためにギリギリまで交渉するのが大事でしょうに。それに、あなた方の目は節穴ですか? たかが冒険者風情――しかも無名の冒険者を臨時で騎士団長? 兵も率いた事のない者に、砦が落とせると本気でお考えで? ならば、私たちはあなた方に言おう……無能であると」
その言葉を聞いて、三代目がプルプルと震えながら。
『た、確かに。ライエルは……まだ本物の戦争を経験してはいないね。それは間違いではない』
俺も同意見だ。
そして、謁見の間には貴族や騎士たちが怒りに耐えている姿が見えた。それでもなお、ダリオの言葉は続く。
「聞けば百名程度の冒険者の集まり。砦にたどり着けるのですか?」
アレットさんが、俺の事をフォローした。
「……ライエル殿は、ベイムでも凄腕の冒険者です。それは私が保証しましょう。将来性もあると考えております」
ダリオが鼻で笑う。
「まったく当てになりませんね。これだからロルフィスの騎士団は駄目なのです。騎士が冒険者の真似事し、自ら稼ぐなどと……」
ダリオの隣に座るアンネリーネ王女殿下は。
「申し訳ありません、ダリオ様。ただ、アレットも国のためを思っての発言。お許しください」
四代目が。
『まぁ、若いからね。ライエルと同じくらい? 恋で判断を誤るよね。でも、このタイミングというのが致命的だけど』
謁見の間では、そのまま周囲の貴族や騎士、そしてダリオの言い争いが始まった。俺たちは完全に置いて行かれている。
苦笑いを我慢して、俺は発言の許可を求めた。
「失礼。発言をしても宜しいでしょうか?」
その場が静かになると、ロンボルトさんが俺を見て許可してくれた。
「……こちらこそ失礼でしたな。どうぞ」
俺はダリオではなく、アンネリーネ王女殿下を見て言う。
「それでは、我々が砦を手に入れれば、何も問題がなくなるのでしょうか?」
無視したことに腹を立てたのか、ダリオが横から口を出してくる。
「落とせると? 戦場を知らない者がえらく大きな口を叩く」
ダリオは二十代半ばだ。だが、調べた限りでは戦場に出た記録はない。俺はアンネリーネ王女殿下を見てもう一度。
「それで、砦を……ノイニール砦を手に入れれば、全ての問題は解決するでしょうか?」
まぁ、解決などしない。
だが、腹を立てて、俺たちには出来ないと思ったのか、ダリオが。
「やってみるがいい。負けて帰ってくるならまだいいが、大事な聖女様を奪われてしまわないようにな!」
五代目の声がした。
『こいつは俺たちがいない方が都合が良いからな。むしろ、負けて消えてくれた方が良いのかも知れん』
そうして、アンネリーネ王女殿下も。
「えぇ。それが出来るのなら、我々も聖女殿たちの事を貴方に任せられます」
内心。
(もう聖女様扱い。しかも、立場が上と思っているのか? 別に頼っているわけでもないんだけど……でも、好都合だな)
俺はその場で一礼をすると、スキルに反応があった。
謁見の間に、急いで近付く反応があった。
三代目が、俺に声をかけてきた。悪戯を考えていたようだ。
『ライエル、ここでさ――』
それを聞いて、失敗したら恥をかくと思いながらも俺は大げさに。
「それではこの俺、ライエル・ウォルトが砦を手に入れて見せましょう。なに、簡単ですよ。そうですね……はい、これで全て終わりです。」
指を鳴らすと、周囲が俺を馬鹿にした視線を向けてきた。呆気にとられたアンネリーネ王女殿下。俺を見てダリオが。
「気でも狂ったか」
そう言っていやらしい笑みを浮かべていると、俺の隣でノウェムが口を開いた。
「ライエル様、冗談が過ぎます」
そして、ミランダも。
「いつもそれぐらいなら良いんだけどね」
俺を呆れてみていた。だが、二人とも、俺を馬鹿にした視線は向けてこない。
そして、謁見の間が勢いよく開かれた。
入ってきたのは、伝令らしき騎士だった。慌てていたのか、息を切らしていた。一度深く呼吸をしてから。
「で、伝令! ノイニール砦が――」
周囲の反応が面白かった。目を見開き、俺の顔と伝令の顔を交互に見る者たちが多い。
でも、内心で俺は。
(当たっていて良かった……恥をかかなくてすんだ)
安心するのだった。
「――ノイニール砦が、聖騎士団を名乗る一団に落とされました!」
周囲が騒然となる中で、俺はアンネリーネ王女殿下に。
「では、これで宜しいですね。我々は砦に向かいます。なに、敵を引きつけておきましょう。少しでもロルフィスが有利になるように。あ、それと支援は必要ありません。そちらも苦しいでしょうから。それと、俺たちの作ったこの機会……有効活用してください」
そう言って全員を引き連れて謁見の間を去ろうとすると、後ろから声がかかった。ダリオだ。
「ま、待て! お前、何をやったのか理解しているのか! これで、ロルフィスとザインの戦争回避はなくなったんだぞ! 全てお前の責任だ!」
宝玉からは、三代目の楽しそうな声が聞こえてきた。
『ライエルの責任? アハハハ!! いや、いや……これはザイン同士の問題で、たまたま決起しやすくなったからしただけだよね。それに、前もって知らせたんだからまだ良心的じゃないかな? 酷いよね。せっかく知らせたのに』
(前もって、ね。まぁ、情報が伝わる前には教えたけど、意地の悪い)
三代目は、こうなると分かっていて楽しんでいた。本当に腹黒い。
落とせるだけの戦力を用意しておいた。だが、このタイミングで伝令が駆け込むとは思っていなかった。
俺は振り返って一言。
「おや、俺に責任を取れと? ですが困りましたね……俺にはロルフィスに対してなんの権利も義務もない。責任を取る必要があるのか疑問です。それでは、これから忙しくなるので失礼します」
謁見の間を出る時、俺に向かってアレットさんが親指をダリオの見えない位置から突き立てていた。
相当嬉しかったようだ。
だが、俺たちはここからが忙しい。
「さて、次の行動に移りますか」
俺は急いで次の行動に移る事にした。