地下の外法
昼食のため、休憩に入った俺たちは少ない食事をして水分を補給していた。
こんな時、モニカがいれば豪華な昼食でも用意出来るが、今は硬いパンと水だけだ。モニカに言われ、塩辛い干し肉を少量食べて塩分を補給もした。
近くにあった岩に座っていると、メイが俺の近くで硬い干し肉を食いちぎって豪快に食べていた。
美味しくない保存食なのだが、メイは気にしないようだ。
護衛対象たちは、木陰で休んでいた。エヴァとクラーラが見張りを行なっているのでアリアも休んでいる。
視線を主要人物である聖女候補――アウラさんに向けると、どうやらガストーネさんが説得をしていた。
「アウラ様、いつまでも逃げることは出来ません。どこかの庇護下に入るのは必要です」
アウラは水を一口飲むと。
「それがロルフィスですか? 嫌ですよ。どれだけ憎まれているのか、私だってそれくらいは知っていますから」
セルマさんも困った様子だが、あまり無理強いは出来ないらしい。何しろ、自分たちが担ぎ上げたためにアウラさんが巻き込まれたのだから。
(聖女候補があそこまで嫌がるのか)
そして、俺の視線に気が付いたのか、アウラさんが舌を出して「べー」としてきた。
メイが笑いながら。
「アハハハ、嫌われたね、ライエル。でも、どうしてもう一人の聖女じゃ駄目なの? やる気がないなら、ある方にさせればいいじゃない」
メイの意見は当然だが、セルマさんでは駄目な理由があるのだ。
何しろ、セルマさんは、現聖女に人気で負けてしまっている。その差は大きくないらしいが、負けたのは事実。
対抗馬のアウラさんを用意したが、本人のやる気がないので周りも現聖女側についたわけだ。
「セルマさんはあれだ。聖女として歳を取り過ぎたんだ。ほら、普通は十年とかのところを、二十年も聖女をやったんだぞ。頑張ったんだ。もう休んで貰うんだ」
すると、メイはセルマさんを見て。
「僕から見るとたいした違いはないけどね。子供を産めるならいいじゃない。そう言えば、なんで口説かなかったの?」
メイに振り返った俺は、持っていた干し肉を噛みながら。
「……口説いたんじゃない。あれは誤解だ」
すると、宝玉内から五代目の声がした。メイが側にいると、五代目は良く喋る。
『嫌な出来事だったな。もう、二度とやらないと誓わせたから大丈夫だ』
俺の話し合いが気になったのか、クラーラたちがポーターの物陰から覗いていたようだ。そして、急にセルマさんが慌てだして何やら感じていたらしい。
話の内容は聞こえていなかったが、エヴァとメイには筒抜けだった。
エヴァは何やら歌が出来ると喜び、メイは今のように口説けば良かったのにと言ってくる。
「面倒だよね。で、なんで若い方が良いの?」
俺は視線をアウラさんに戻して言う。
「聖女は一種の崇拝の対象なんだそうだ。最後の女神――七番目の女神を崇めてはいるが、やっぱり国の代表が必要だからな。飾りなら若くて綺麗な女性が良かったんだと」
聖女の役割は、飾りだった。
だが、いつの間にか権力が集まり、他国が干渉してザインも他国を利用して今の形になったんだとか。
五代目の声がする。
『先頭に立たせるには、アウラの方がいいんだがな。ロルフィスとも交渉をする際にも、新しい代表の方が少しはマシだろう。向こうが油断してくれる可能性がある。セルマだとそれはなさそうだし』
現状、俺たちの考えはロルフィス側についてザインを迎え撃つ事だ。そのためには、ザインの正統な後継者を名乗って貰う存在が必要だった。
(戻って情報を集め直す必要があるな。場合によってはロルフィスでなくてもいい)
第三国に介入して貰った方がいいなら、そちらを選ぶ。どこも駄目なら……少々無理をする必要があった。
歴代当主たちも、あまりお勧めしないと言っていたので実行には移さない。
ザインのアウラさん支持派が多い場所で独立である。ザインの国力を削れる上に、ザインと対立するロルフィスとも手を組める。
だが、俺の目的から言えば、あまり嬉しくない方法だった。
俺は立ち上がると、食事を終えたメイに言う。
「出発だ。明日にはベイムに到着するぞ」
そう言いながら、俺は思案していた。
(アウラさんを引き込む方法を考えるか。三代目に頼ろうかな)
――ベイム。
そこは大きな建物だった。
以前は富豪と言われた商人が使用していたようだが、冒険者たちは使い勝手が悪いので買い取りも借りることもしなかったようだ。
屋敷の隣には大きな倉庫があり、ポーターも余裕ではいる大きさだった。ポーターが何台も入る大きさに、モニカも満足していた。
「ここなら騒いでも問題ありませんね。周囲は少し距離がありますし」
立派な屋敷、そして広い庭に大きな倉庫。
こんな物件を手に入れられたのには、訳があった。かなり不便なのだ。
ベイムの中心部から離れており、更にはその富豪の商人が今も彷徨っているという噂があった。
実際、何かしらあったようで、ミランダとシャノンが対処のために屋敷の地下へと入っていた。
ノウェムは屋敷の掃除を開始しており、ほとんど不良物件だったこの屋敷を安く買い上げたモニカたち。
「取り壊そうとすると不幸になる……なるほど、事故が多いから誰も購入しなかったという訳ですね」
モニカは幽霊などオカルト的なものを信じない。だが、今は違う。
「ふっ、魔法なんてファンタジーなものがある世界で、今更幽霊ごときで驚きませんよ。ですが、チキン野郎が帰ってくるまでに何もかも終わらせておくのがこのモニカの役目……幽霊を排除したいところですね」
それなりに効果がありそうなグッズを取り出してみたモニカだが、聖水と言われて売られていたただの水を見て。
「普通に汚い水ですね。他にもただの装飾品ばかり。安い物を買い集めてみましたが、効果があるようには見えませんね」
それらをそのままにして倉庫内を歩くと、モニカは周辺をスキャンした。
「……何かしらの隠し通路ですかね? 倉庫の方は地下もあるようですが、屋敷の地下に何かありますね。これは暴いておかなくては」
ツインテールを揺らして楽しそうに歩き出したモニカは、地下への入口を発見すると力でこじ開けて階段を降りていく。
「チキン野郎のお供は出来ませんでしたが、土産と話題を提供出来そうです。幽霊が出たら、夜中にその時の話をしてあげなくては!」
暗い地下へと入っていくモニカは、楽しそうに鼻歌を歌っていた――。
――シャノンは、姉のミランダにしがみついていた。
片手にはランタンを持ち、周囲を照らしている。
「フ、フハハハ! 私には見えない魔力の流れが見える! 昔の商人が仕掛けた罠なんかお、お見通しなんだから!」
ミランダは歩きにくそうにしながら、手に持ったナイフを地下の通路の壁に投げた。
仕掛けが半端に動き、錆びた槍が壁や床から飛び出して来た。動きも鈍く、槍は折れているものもあった。
「ずっと放置していたからこんなものか。さて、この奥には何があるのかしらね」
震えているシャノンは、強気な口調で。
「き、きっと富豪のお宝よ! 金持ちだから、凄い宝を持っているのよ!」
ミランダはそれを聞いても、興味なさげだった。
何しろ、屋敷を使えるようにすれば良かった。それに、変に期待してもたいした物が出てくるとは思えない。
(富豪とか成金とか、変な物に大金を出して買わされるとか良く聞くし。偽物でも掴まされて、こんな罠を仕掛けて大事に保管しているとしたら笑い話よね)
遠くで音がすると、シャノンがミランダにしがみつく。
「シャノン、歩きにくいわよ。それに、さっきから全然役に立たないじゃない」
「だって怖いもの! なんか人の気配じゃない何かが動いているし! それに、見られているというか、絶対にここは不味いわよ! だから言ったのよ! 安くてもここは止めよう、って!」
シャノンが泣き出してしまいそうなので、ミランダは溜息を吐くとそのまましっかりとシャノンの手を握ってやった。
歩き出すと、また罠を発見する。
ナイフを投げて罠を動かし、そして変な音がすると壊れているのを確認した。
「何十年も放置されれば動かなくなるわよね」
どんな罠が設置されているのか気になったミランダだが、長年放置された事を考えるとまともに動くものはないと判断した。
シャノンが抱きついていても問題ないと、そのまま歩き出す。
「地下に何があるのか確認しないとね。ライエルたちが戻ってくるまでの暇つぶしになるわ」
ミランダが歩き出すと、シャノンは周囲をキョロキョロと見ながら離れないように抱きついて歩くのだった――。
――屋敷の中。
ノウェムは屋敷の主人の書斎を掃除していた。
ライエルの部屋になるのは決まっているので、丁寧に掃除をしている。
窓を開けて道具を持つと、急に窓が風もないのに閉まった。
バタンッ!
大きな音が聞こえると、ノウェムは驚くことなくまた窓を開ける事にした。しかし、今度は鍵もかかっていないのに窓が開けられない。
押さえ込まれているよう感覚だった。
「今日中に主要な部屋は掃除を済ませておきたいんですが……邪魔をしないで貰えますか?」
窓から振り返り、部屋の中央を見るとそこには紫色の皮膚を持った太った男がいた。
指には大きな宝石のついた指輪をいくつもつけ、そして首には金の首飾り。
すでにこの世の者ではないかつての屋敷の主人を前に、ノウェムは道具を置いて挨拶をした。
「初めまして。私はノウェム……ノウェム・フォクスズと言います。屋敷を購入したライエル様の恋人……は、違いますね。婚約も前に破棄されましたし。家臣も違います。なんと言えばいいでしょうね? まぁ、ライエル様の忠実な僕でしょうか?」
笑顔を向けると、黒いローブを着た男はゆっくりと浮かび上がった。その手には大きな鎌を持っている。
相手を見て、どういった存在か理解が出来た。
ノウェムは目を細めた。
「外法は全て消去したと思っていましたが、残っていたのをかき集めたようですね。不老不死など良いものではないのに……」
ノウェムが右手を振ると、その手にはフォクスズ家の家宝の杖が握られていた。
不老不死を求め、魔石や素材、そして魔物自身と融合する研究がかつて行なわれていた。
それらは全て表に出ないようにしたはずだった。全ての記録を処分したはずだが、どうやらかつて屋敷に住んでいた富豪は、その手がかりを掴んで自らで実験をしたようだ。
もはや喋ることもできないかつての屋敷の主人は、大きな鎌をノウェムに振り下ろした。
ノウェムは左手で鎌を受け止めた。刃を握り、相手がいくら力を込めてもビクともしない。
「外法に手を染めた者はそのままには出来ません。せめて安らかに――」
ノウェムの右手に持たれた杖に、鎌が出現した。銀色に輝く大鎌が、相手の腹部を一閃した。
紫色の皮膚をした男が、黒く染まった口を開いて悲鳴を上げた。そのまま青白い炎が男を燃やし尽くし、床には灰が残った。
ノウェムはサラサラと消えていく灰を見て、鎌を杖に戻すのだった。
「まだ残っていたのですね」
そう言って、杖をしまうと掃除道具を片付けて屋敷の探査を行なう事にした――。
――ミランダは、地下通路の先でモニカを発見した。
「何をしているのよ」
暗い部屋で本を手に取っていたモニカを見て、シャノンは悲鳴を上げないで口を開いて倒れていた。
ランタンをシャノンの手から奪い、そして部屋を照らす。
モニカは本や書類に目を通していた。
「実に面白い研究です。どうやらここでは実験を繰り返していたようですね。奥には牢屋があり、そこには魔物がいたようですよ。ま、これは公表出来ないので処分する必要がありますね」
ミランダはそれを聞くと、どうやらかつて住んでいた富豪は変な研究をしていたのだと察した。目を細め、壁や本棚を照らした。
随分と見慣れないタイトルの本が並び、そして読めない言葉の本もあった。それらを読むための辞書もある。
部屋にはいくつかの机があり、数人で作業なり研究をしていたようだ。
ランタンを机に置くと、ミランダは部屋の入口を見た。そこから足音が聞こえてきたが、モニカもミランダも慌てた様子がない。
誰が来たか分かっているからだ。
部屋に入ってきたのは、ノウェムだった。
「先に発見されたんですね。どうやらここの主人はあまり宜しくない趣味を持っていたようです。ここにある書物や書類は全て処分します」
普段よりも強い口調、そして反論は許さないという視線にミランダは肩を上下させてシャノンの側へと行くのだった。
モニカは、本を置くと周囲を見て。
「この部屋は利用出来ますね。掃除は私の方でしても?」
すると、ノウェムは頷いた。
「好きにしてください。ただし、この部屋に置いてあるものは全て処分します。家具も同様です」
ミランダは呆れたように。
「高価そうな机があるのに?」
ノウェムは、普段と違って黙ってミランダを見ていた。ミランダは、髪をかき上げ溜息を吐いて頷いた。
「お好きにどうぞ。まぁ、こんな部屋で使用した家具を使うのもね。いっそ、何から何まで処分してみる」
ノウェムは。
「屋敷の方は問題ないと思います。ただし、この件はクラーラさんには秘密にしていてください。彼女は本に対して執着が強いので」
モニカは頷いた。ミランダも同様だ。
シャノンは……気絶していたので誰も視線を向けなかった――。