聖女候補
セルマ・ザイン。
先代の聖女であるその女性は、俺たちが周囲を警戒しながら燃やされた馬車に近付いていた。
周囲には戦闘をした跡があり、そして馬車は燃やされ武器を持っていたと思われる護衛は殺されていた。
殺され、処理をしたのか丁寧に燃やしている。
エヴァは口元を押さえ、アリアが青い表情をしていた。
俺も気分が良くない。
(……思えば、人を直接殺めたのはあれがはじめてか)
アラムサースで襲撃をしてきた冒険者たちを帰還不能にしたが、直接手を下したわけではなかった。
妙に気持ち悪さを感じていると、クラーラが俺の側に歩み寄ってくる。
「ライエルさん、一人だけ生きています。気を失って怪我も酷いですが、なんとか無事です」
俺は頷くと、そちらへと向かう。
ザインの元大神官である【ガストーネ・ボニーニ】は、死者たちを手厚く葬るつもりのようだ。
だが、時間がないので魔法で穴を掘り、そして死体を埋めていくようである。
「……もっと手厚く葬ってやりたいが」
セルマさんがそう言うが、ガストーネさんは首を横に振っていた。ここにいるのが危険だと理解しているのだろう。
クラーラは、俺の袖を引っ張り。
「ライエルさん、言いたくはありませんがあえて言わせて貰います。この依頼を引き受け、更には彼女たちのワガママを聞いたのは何故ですか? 一刻も早く出発するべきです」
クラーラの言うことは正しい。正しいのだが、俺にも事情がある。
主に、宝玉内の歴代当主たちだ。
三代目が。
『ここで恩を売って置いて、ベイムで頼りにされようか。幸い、ノウェムちゃんたちにはベイムでの拠点も探して貰っているからね。割と大きな拠点を購入する予定だし、匿うことも可能だよね!』
ノウェム、ミランダ、モニカ、シャノン――四人を残したのは、情報収集に加えてベイムでの拠点を得るためだった。
本来ならモニカを連れてきたかったが、購入した拠点の清掃もあるので残して来たのだ。
俺たちを見送るモニカが、凄く寂しそうだった。
六代目も。
『印象を良くしておかないとな。ついでに、深く食い込むために色々と情報を引き出そうか、ライエル』
普段よりも活き活きとしている歴代当主たち。
俺は溜息を吐きたくなるが、我慢して視線を生き残りに向けた。意識は回復しておらず、俺たちが持っていた薬を渡して治療を開始している。
五代目が。
『……怪しいな。これだけ丁寧に証拠の隠滅を行なったのに、生き残りがいるのはどうにも違和感がある。何か仕込んだか?』
俺は生き残った男性に視線を向けるが、特に変なところはない。スキルで確認しても、何も分からなかった。
(シャノンでも連れてくるんだった。掃除の人手に残しておくよりも、こっちならもっと活躍出来たかもな)
今更だが、編成をもっと考えておくべきだと後悔した。俺はクラーラに。
「ま、恩を売っておくのも悪くないからね。それと、生き残った人は警戒しておこう。気になる事がある」
それを聞いたクラーラは頷くと、残りの仲間に俺の言葉を伝えに行くのだった。
俺は、元聖女であるセルマさんに視線を向けた。
その隣には、フードをかぶった少女が立っている。周りの対応から、セルマさんと同じように大事にされているので、重要人物のようだ。
周辺を警戒していると、追手の集団がどうやら距離を詰めてきていた。
(諦めてはいないな。数を揃えて襲撃を企んでいるとしか思えない)
相手が戦いなれており、自ら自爆するほどの集団。
手数を意識した装備に加え、身のこなしから賊ではないと判断した。
毒物でも武器に仕込んでいる可能性があり、加えて隠し武器でもありそうだ。
(厄介だな。大剣だと少し厳しいか。弓も防がれたし)
すぐに対処されると思っていなかったが、どうやら相手は戦いなれているらしい。宝玉を大剣にして戦うのは危険と判断した。
弓も、既に情報が伝わっており、対策が立てられているかも知れない。
新案していると、ガストーネさんが俺たちに近づいて来た。
「時間を割いて頂き申し訳ない。すぐに出発しましょう」
頷くと、俺は仲間に指示を出す。ポーターに乗り込んで貰う事にして、後方は俺たちが警戒する事に。
怪我人も預かろうと思い。
「怪我人はこちらで預かります」
そう言うと、セルマさんが歩み寄ってきて首を横に振った。
「そこまでは迷惑をかけられません。それに、貴方たちには護衛に集中して頂きたい。怪我をした者は、長年仕えてくれた者です。私たちの手で看病させて下さい」
宝玉内からは、七代目の声がした。
『……無理に預かるのも無理か。何かあると言っても、身内の情で判断が鈍るだろうな。ライエル、しばらくは起きないだろうが、お前が注意しておきなさい』
四代目も同意見だった。
『出来るだけ不安要素は取り除いておきたいけど、無理に引き離しても信用されないか』
何かあるから、縛り付けておくという事も出来ない。
不安要素はあるが、俺たちはセルマさんの意見に従う事にした。ただ、三代目が提案をしてくる。
『ライエル、重要人物は逃げられるように荷物を軽くした馬車に乗せるように言うんだ。せめて、被害は最小限にしよう』
怪しいと言うだけでは話も進まない。俺は宝玉を握ると、セルマさんとガストーネさんに三代目の提案をするのだった。
ベイムへの帰路。
集団の後方に配置している俺たちは、前を進む三台の馬車を見た。
色々とはぎ取ってはいるが、作りがしっかりしている。元聖女に加えて大神官も乗るとあって、わざわざ用意した訳ではなさそうだ。
天井に上ってきたメイが、後方を見ながら俺に話しかけてきた。
「ねぇ、少し気になるんだけど」
「なんだ?」
振り返ると、天井であぐらをかいて座っているメイは、俺に視線を向けずに言う。
「前に襲ってきた連中が来たらどうするの? 逃げる? 戦う?」
俺は、メイの質問に答えた。
「逃げられるなら逃げる。ベイムまで追ってこないと思いたいけどな。だけど、戦えるなら潰しておく」
相手がベイムに入り込み、俺たちを襲撃する可能性もあった。幸い、襲撃を行なった連中は、こちらについてきており仲間をどこかに送った気配がない。
数は十二。
戦える面子は少ないが、今回はメイがいた。今の面子の中では、一番頼りになるだろう。
アリアとエヴァも頼りにはしているが、問題はためらいがあるという事だ。
俺もなかったとは言い切れない。
(はぁ、いざとなると鈍るか。だけど、ためらえば殺される。ここで死ぬわけにはいかないんだ)
再度、覚悟を確認すると、メイは俺に顔を向けてきた。
「なら、この先で勝負しようか。狭い道になっているし、相手も急いでいるからそこを目指しているんじゃないかな? ライエルがスキルで集団の速度を上げているから、向こうはちょっと焦っているし」
スキル【スピード】で、集団の速度を上げている。無理をすれば、このまま逃げ切ることも可能だろう。
「何か策があるのか?」
俺が聞くと、メイは笑って。
「策じゃないよ。僕は麒麟だからね。捕まえようとする人間の相手もしてきたんだ。これがまた厄介な連中が多くてさ。逃げても、逃げても追いかけてくるから、どうしても倒さないといけない。ただ、チマチマ潰しても生き残りが知恵をつけて罠も人も増やすから、一網打尽が望ましかったんだよ」
(あえて罠にかかっておびき寄せるのか?)
頷きながら聞いていると、宝玉から五代目の声がした。無視した。
『メイも苦労してきたんだな。涙が出て来た』
メイはニヤリと笑って。
「僕たちだって追い詰められれば人を殺すよ。でも、そういう時は厄介な連中はまとめて倒すんだ。罠にかかったと思って、全員が飛び出して来た時を狙ってね」
やはり、わざと罠にかかれと言っているようだ。
「危険だな。囲まれれば被害も出るぞ。お前一人じゃないんだ」
すると、メイは俺を見て鼻で笑った。
「冗談。ライエルはもう少しだけ自分の力を信じた方が良いよ」
そう言って後方に視線を向けるメイは、黙ってしまうのだった。
――馬車の中。
セルマは、隣に座った少女に声をかけた。
「アウラ、先程からどうしたのですか?」
隣に座っている少女は【アウラ】。ウェーブした長い茶髪の少女は、体つきは華奢だった。
今代の聖女【レミス・ザイン】と聖女候補として争った経緯もあり、セルマがザインから連れ出したのだ。
「別になんでもありませんよ。でも、良かったですね。途中で冒険者に出会うことが出来て。甘ちゃんみたいですから扱いやすそうです」
セルマが目を細めると、アウラを注意する。
「助けて頂いたのに、その態度はなんですか。貴方はそういったところがなければ、完璧だというのに」
教養という部分もそうだが、アウラは見た目が美少女だ。セルマとガストーネが後押しをして、次代の聖女に推薦した。
もちろん、容姿が整っており、教養があるから選ばれたわけではない。
アウラはセルマと同じで、穏健派に属していた。二十年以上も前、ザインは宗教国でありながら戦争を繰り返していた。
周囲に戦争を仕掛け、略奪を繰り返していたのだ。
だが、やられたまま黙っている周辺国でもない。同じようにザインの領地にも侵攻を受け、民が苦しんでいた。
アウラは足を目の前の席に乗せ、だらしない恰好をしていた。とても聖女候補だったようには見えない。
「逃げるから追われるんですよ。ザインの神殿で大人しくしていれば良かったんです。神聖騎士団のアホ共は、巫女が政治に口出しをするのが嫌なだけですからね」
アホ共と呼ばれる神聖騎士団は、ザインの騎士団である。女神の名の下に、聖女に従う騎士団。だが、内容は他の国の騎士団とあまり変りがない。
いや、酷いという点では、神聖騎士団の方が周辺国の騎士団よりも酷かった。
長年の略奪行為や考えがセルマの統治時代でも根深く残っており、改めさせることが出来なかったのである。
そのため、反セルマ派として過激派がまとまってしまった。そうした過激派が推薦したのが【レミス】である。
セルマは、溜息を吐くとアウラに謝罪する。
「貴方を巻き込んだのは悪かったと思っています。ですが、私たちだけが逃げ出せば、必ず貴方にも被害が及んだ事でしょう」
アウラは天井を見ながら。
「だから聖女候補なんか嫌だったんですよ。他にもいたじゃないですか。ちょっと頭の足りない巫女を椅子に座らせておけばいいのに、無理して統治をしようとするから」
セルマが手で額を押さえた。頭痛がするのだろう。
「そうして長年のように周辺国に戦を仕掛け、恨まれ続けていてはどうにもなりません。私の時には、周辺国が連合を組んでザインを潰そうとしていたんですよ」
アウラは笑いながら。
「そっちの方が良かったんじゃないですか?」
「良い訳がないでしょう!」
馬車の中、二人が沈黙する。
しばらくして、アウラが口を開いた。
「……私、このままベイムに逃げ込めば、そのまま静かに暮らしたいんですけど」
セルマは首を横に振る。
「それもいいでしょう。ただ、ベイムまで逃げ切る事が出来れば、の話です。雇った冒険者の方たちは優秀そうですが、どうなる事か」
追いかけてくる部隊に、セルマは心当たりがあった。
神聖騎士団が抱えている暗殺部隊という名の、極端な連中だ。
極秘と称して数々の悪事を働き、暗躍するための部隊である。神聖騎士団の精鋭たちも在籍しており、厄介な存在だった。
しかし、数はそこまで多くない。
ベイムまで逃げ切れば、国に帰るとセルマは考えていた。
アウラは、足を組み替えながらセルマを見て。
「アホ共と仲良くやれば良かったんじゃないですか? セルマ様ならできましたよね? 本当なら、十年以上前に代替わりをして田舎に神殿でも建てて暮らすとか言っていませんでした?」
セルマが無表情になると、ブツブツと文句を言い始める。
「私だって引退して家庭を持ちたかったのに……ガストーネが泣きつくから。それに次の候補も見つからず、オマケに神聖騎士団は反発して使いものにならなかったし。冒険者を頼れば更に怒るし……私にどうしろと? 引退でもして、田舎にでも引っ込んで結婚したかったのに」
流石に変なスイッチが入ったセルマを前に、アウラも不味いと思ったのかフォローする。アウラもセルマには恩があるのだ。
巫女として聖女の側で仕えることができ、そして可愛がって貰った。
「セルマ様もベイムで静かに暮らしましょうよ。ほら、結婚でもして……」
そこまで言うと、セルマが笑顔で。
「アウラ、今年で三十六の私に相手がいるとでも? 十年早くても難しいのに?」
悟ったような笑顔を見て、アウラは痛々しい気持ちになるのだった――。