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セブンス  作者: 三嶋 与夢
元麒麟児の九代目
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手紙

 宿屋へと戻った俺を待っていたのは、アレットさんだった。


 ロルフィスという小国の騎士団に所属しているが、冒険者としてベイムで仕事をしている変わった伝統を持つ人たちの隊長でもある。


 国に戻れば、副団長という地位が約束されていると噂を聞いていた。


 そんなアレットさんが、俺を訪ねてきた。


「……こんなに早く会うとは思っていませんでした」


 俺が微妙な表情でそう言うと、アレットさんもどこか影のある笑みを浮かべて肩を落としていた。


「私もだよ。お互い、もう少しだけ時間を置いた方がいいのは理解しているんだ。けどね、どうしても話をしないといけないから」


 アレットさんは、副官を伴って宿屋を訪れていた。


 内容の確認をしようとすると、アレットさんは俺たちを食事に誘う。


「――で、だ。少し時間を作ってくれないか。悪いとは思うが、どうしてもこちらも急ぎなのでね。夕食はご馳走しよう」


 アレットさんの対応をしていたのは、ミランダだ。


 椅子に座り、足を組み直すと俺を見て頷く。


(俺の判断で決めて良い、と。メイがよく食べるのを伝えておこうかな)


 俺は話を聞くだけなら、と前置きをしつつ。


「食事は嬉しいですね。でも、うちのメンバーにはよく食べる奴がいますよ。倍は覚悟して欲しいです」


 すると、アレットさんは俺が話を聞くというので、安心した様子だった。


「助かるね。ま、よく食べるのは騎士でも冒険者でも同じだ。行きつけの店があるから、そこでご馳走しよう。用件の方は、前に話した勧誘だ。だが、こっちは急ぎでもない。本命は紹介状なんだけどね。では、夕方に迎えを出すよ」


 紹介状と聞いて、誰に? などと考えると、該当する人物は一人だ。


 アレットさんたちが宿屋を出て行くと、ミランダが椅子から立ち上がって俺の側に来る。


 ギルドにはアリアと共に向かったのだが、帰りは一人だったので少し呆れているようだ。


「夕食の件は私から他のメンバーに言っておくわ。それより、アリアと一緒じゃないの?」


 アリアの教育のためにギルドに連れていったのだが、帰り際にアリアは武具の受け取りに向かって少し遅れていた。


「武具の受け取りが今日だから、そのまま受け取りに行って貰ったんだ。宿屋に来てからだと、また外に出ないといけないからね」


 ミランダはそれを聞くと、アレットさんたちが出て行ったドアを見る。


「たぶん、ダミアン教授の事よ。確かにライエルの紹介状なら興味を示すかもね。書いてあげるの?」


 俺の知り合いで、アレットさんが興味を示しそうなのはアラムサースの学園で教授をしているダミアン・バレだ。


 学園の七傑と言われる変人だが、優秀な学者でもある。


 迷宮から発見したモニカを、修復して動かせる状況にしたのはダミアンだった。


 そして、今はゴーレムという魔法を使用し、荷運びゴーレム【ポーター】を開発した事になっている。


 正確には俺なのだが、ダミアンから魔法を習い、そして意見も聞いているので共同開発のようなものだ。


「ポーターは便利だからな。騎士団に所属していれば、嫌でも欲しくなるんだろうさ。俺は教えるのを拒否したから……」


 雰囲気が暗くなる俺を見て、ミランダは苦笑いをしていた。腕を組んで、テーブルに少しだけ体重を預けている。


「ま、正しい判断よね。教えて金儲けも良いけど、最終目的のためには少しどうかと思うし。それで、紹介状を書くの?」


 首に下げた宝玉からは、飄々とした三代目の声が聞こえてくる。


『恩を売るために書いておこうか。それと、モニカの事やこれまでの出来事も伝えておこうか……セレスがダミアンに興味を持つ事も考えられるし、警戒させておくのも大事だよ』


 後半は真面目な声だった。


 俺は宝玉を握り、同意を示すとミランダに言う。


「書くよ。色々と状況も伝えておきたいから。元教え子であるミランダは、何か伝えることは?」


 すると、ミランダは笑っていた。


「もう名前も覚えていないでしょうね。教授はそういう人だから。さて、私は他の連中に伝えてくるわ。夜は空けておくように、って」


 宿屋の階段へと向かうミランダを見送り、俺はダミアンに何を伝えるか考えた。


(紹介状を書いて、それから……やっぱり、セレスの事は外せない。それに、この前の迷宮での出来事も。ダミアンなら何か分かるか?)


 モニカの姉を名乗ったオートマトンの言葉を思い出し、ダミアンに伝える事にした。






 アレットさんに誘われた夕食は、量も質も良かった。


 部屋を貸し切り、迷宮討伐の成功を労う意味もあったのか、アレットさんの部下たちも参加していた。


 店を貸し切り、俺たちも参加して色々と話をする事が出来た。


 その中で、アラムサースへと出向く騎士たちと顔合わせもしている。


 宿屋へと戻る俺たちだが、モニカは疲れて眠っているシャノンを背負っていた。俺の隣に来て、珍しくお願いをしてくる。


「チキン野郎、帰ったら上目遣いで可愛くお願いをしてやるから、私のお願いを聞いて下さい」


 そんな事を言うモニカを、嫌そうに見る俺は周囲を見た。


 メイは、満足したのかアリアと食事について話をしていた。どれが美味しかった? それは食べてなかった! など、会話の内容が聞こえてくる。


 エヴァの方は、アラムサースでの出来事をミランダから聞いており、メモを取っていた。


 クラーラは、ノウェムと話をしている。


 夜になるとまだ寒い帰り道で、俺はその様子を見て思う。


(少しはマシになったのかな?)


 モニカに視線を戻し、俺はお願いを聞くことにした。


「可能な範囲で言えよ。それで、お願いの内容は?」


 モニカは、シャノンを片手で支えながら、もう一方の腕でエプロンに手を入れると黒い小さな細長い板を出してきた。


「……なんだ、これ?」


「メモリーです。この中に、オートマトンに読める内容がビッシリと書き込まれています。紹介状の中に、分かるように入れて置いて下さい」


 俺は受け取ると、モニカは両手でシャノンを支える。


 手にした俺は、小さな板のようなものを見て。


「別口で渡した方が良いな。ダミアンのことだ。紹介状の中身をあまり確認しないかも知れない。俺も手紙を書くよ。それに入れておく」


 アラムサースに向かう騎士たちに渡して、届けて貰う方が良いだろう。


 ただ、気になる事があった。


「オートマトンに読める内容……お前、ダミアンのところの三体とは仲が悪くなかったか?」


 今更何かを伝えることがあるのか? そう思っていると、モニカは普段とは違い真剣な表情で。


「……姉妹に会ったこと、そしてこのモニカが完全体に近付いたことを、自慢するためです。おっと、ただの自慢だけではありませんよ。あの時の状況を詳しく書き込んでいますから、チキン野郎の思惑と重なりますね」


「お前、最近は質が悪いな。まぁ、手紙にでも入れておくか」


 ただの自慢話だけでも、モニカも手紙を出すくらいはいいだろう。というか、俺は思うのだ。


(モニカの奴、この世界には起動したダミアンのところの三体のオートマトンしか、同類はいないんだよな? 寂しくないのかな)


 ポケットに大事に黒い小さな板をしまい込むと、俺は帰り道を歩くのだった。






 次の日。


 全員を集め、受ける依頼の確認をすると俺は部屋にクラーラを残した。


 クラーラ・ブルマーは、アラムサースで図書館の職員を臨時でしていた。しかも、有益なスキルを持っている。


 部屋にはノウェム、そしてミランダが同席し、モニカはお茶の用意をしていた。


 紺色の髪をしたクラーラが、杖を抱きしめるように持って普段眠そうに半開きの瞳を鋭くし、更に細くしている。


 赤い瞳が光っているように見え、部屋の中でクラーラが淡く光っているように感じた。


 クラーラの最終段階のスキル【ウォーキング・ライブラリー】歩く図書館となるクラーラに、俺は質問をする。


「三百年前のセントラス王国を滅亡させた傾国の美女について質問だ」


「はい。いくつかの説がありますが、セントラス王国の末期に登場する女性で、多くの男性を魅了したという記録があります。現在では、崩壊前の内部腐敗の一例と考えられています」


 普段よりも淡々と、そこに感情が込められていない声でクラーラは答える。そして、クラーラの意志はそこにはない。


 自分のスキルなのに、自分で有効活用出来ないのだ。


 それを、クラーラは欠陥だと思っている。


「倒したのは初代バンセイム王なんだよな?」


 俺の質問に、クラーラは淡々と――。


「記録されている資料、そして物語にはそのように書き記されています。ただ、一部に他者の存在が関係している資料も存在します」


 ――ここまではいい。問題なのは、ここからだ。


「初代バンセイム王は、どうやって傾国の美女を倒した? どうやってセントラス王国と戦った?」


 二つの質問をすると、クラーラは目を閉じる。そして、再び開くと。


「内部腐敗が深刻化しており、周辺領主の一人であった初代バンセイム王が、周辺に協力を求めたと記録が残っています。今も、多くの重鎮はその時に初代バンセイム王に力を貸した者の子孫たちです。ただし、傾国の美女を打倒した結果は存在していますが、その課程に関しては記録がありません」


 本なら何でも読むクラーラは、アラムサースの巨大な図書館で読める本はほとんど読み尽くしている。


 新しい本が出る度に、それらを読んでいた。


 読めない本もあるが、それは閲覧が出来ない一部の本だけだった。


 ソファーに座っていたノウェムは、少し俯いてアゴに手を当てている。何か考えているようだ。


 反対に、ミランダは俺のベッドに腰掛けてクラーラに質問をした。


「どうやって倒したかという記録はないのよね? それとも、クラーラが読んでいないだけ?」


 その問いに、クラーラは淡々と。


「可能性としてはあります。ですが、クラーラ・ブルマーは、そのスキルで図書館の本の八割から九割を読破していました。一般人が読める範囲では、これ以上の記録はないと判断します」


 そこまで言うと、クラーラの様子がおかしくなる。


 俺は、椅子から立ち上がって、クラーラの側に行くと肩を抱くように支えた。


「ここまでだな。クラーラを横に寝かせよう」


 モニカが部屋の中にあるソファーに枕を置くと、俺はそこにクラーラを寝かせる。小柄なので、抱き上げても苦ではない。


 何度か確認はしているが、やはり回答は同じだ。


 俺は眠っているクラーラから、視線を部屋にいるノウェムやミランダに向けて。


「さて、傾国の美女を倒した記録はないのか、それとも記録する必要もなかったのか……どっちだと思う?」


 俺の質問に、ミランダは足を組み替え。


「さぁ、どうでしょうね。ま、男をたらし込むのはセレスと一緒だとしても、あの実力も当時の傾国の美女と同じとは言えないし。私としては判断が出来ないわね」


 ノウェムは、俺を見て。


「悪逆非道をし続けた当時の王妃も実力はあったと思います。どれだけ悲惨なことをしてきたかは、以前クラーラさんがスキルを使用した時に確認しました。それをするには、確実にそれなりの力を持っていたと思います」


 残虐、そして過激な傾国の美女は、まるで血で出来た道を歩いているような人物だ。


 ウォーキング・ライブラリーを使用したクラーラに確認をしたが、行動はセレスそのもの、いや……それ以上だった。


 気分が悪くなるような話が続き、途中で止めたくらいだ。


 ただ、実力については未知数な部分が多い。


 首をはねた、という記述が存在していても、それを自分でやったのか、部下にやらせたのか……本によっては内容が違い、クラーラのスキルでは断言出来ないのだ。


 ここで言えるのは。


「倒し方は伝えなかった、と。伝える必要がなかったなら良いけど、何か作為的な感じもするな」


 俺は、当時の記録を残さなかったバンセイム王に文句を言いたい気分だ。


 ただ、宝玉内では既に、歴代当主たちが罵声を浴びせている。


『役に立たないよね。これだから王家の人間は信用できないよ』


『怪しいですよね。せめて多くの人々を苦しめた傾国の美女の末路……残っていてもおかしくないと思いますけどね。どう倒したのか、もしかすれば拷問にだってかけたかも知れない。それとも、相手が自ら命を……』


『書けなかった、もしくは書かなかったのか。どっちにしろ、後ろめたい事情があるのかもな。貴族だって多かれ少なかれそうだし、王家ともなればいくらでもありそうだな』


『当時のバンセイム王が倒し、参加した領主たちの代表になったのは習いましたが……まぁ、当事者など生きていませんし、真実は闇の中ですか』


『使えないですね』


 七代目の使えない発言に、三代目が訂正を入れる。


『クラーラちゃんの事じゃないよね? 使えないのは王家の連中だよね? ね?』


 七代目は、少し困った様子で。


『も、もちろんです』


 そう返事をしていた。


(昔の記録に頼って、セレス退治の手本にしようとしたけど、そこまで甘くないか)


 スキルの使用で疲れて眠ってしまったクラーラを見て、俺は頭に手を乗せて別の方法を考えるのだった。


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