第八章エピローグ
迷宮を打倒した俺たちは、お祭り騒ぎの街で飲み食いをしていた。
最奥の間から帰還したアレットさんたちが、微妙な表情をしていたのが気になると言えば気になるが、今回の迷宮討伐は成功と言っていいだろう。
準備にかけた費用、そしてここでの日数と出費を考えても迷宮討伐は普段よりも実入りが良かった。
何かしら意味があったらしい宝石――ペリドットも入手できた。
それ以外で言えば、地下八階層のボスが十一体も討伐出来たのは大きかった。
魔石だけとはいえ、十分な金額を受け取った。
迷宮討伐が完了したのを告げられたのは昼間だったが、そこから騒ぎが始まって今は夜だ。
周りの喧騒を聞きながら、俺は自分たちが野営をする場所で明日の撤収の準備を進めていた。
エヴァは同族であるエルフたちと、歌を歌っている。
メイは、振る舞われた食べ物を食べ、飲み食いに忙しそうだ。
クラーラは、あまりの熱気に疲れたのか、ポーターの中で横になっていた。
アリアは、外で知り合ったらしい冒険者と話をしている。
ミランダは、気になる事があるのかシャノンを連れてアレットさんたちの方へと歩いて行くのを見た。
モニカは、道具などを整理して周囲の清掃に入っている。
俺は木箱を机代わりに、振る舞われた料理を皿に乗せておいていた。ただ、一緒に飲み物と、紙などを置いている。
今回の収支を計算し、ペリドットをどうするかも考えなくてはいけない。
迷宮内、最終的に発見出来たのは八個のペリドットだった。
騒がしい周囲の喧騒だが、俺はそれを聞いても五月蝿いとは思えなかった。
「お祭り、ってこんな感じなんだな」
今まで、お祭りと言えば遠くから見ているだけだった俺にとって、参加したのは初めての経験だ。
宝玉内から、不思議そうな三代目の声が聞こえる。
『あれ? 収穫祭とか他に祭りとかなかった? 僕の代ではやっていたけど?』
四代目が、それについて説明する。
『まぁ、伯爵家まで上り詰めると、参加しないでしょうね。大きな祭りにも、挨拶をすれば屋敷に戻りますし』
祭りでみなと一緒に飲み食いするなど、俺には縁がなかったのだ。小さい時、父に連れられて挨拶に向かい、様子を見てすぐに戻ったのを思い出す。
五代目は。
『……俺たちがいたら、騒ぎたい連中が気を使うからな』
六代目だけは、楽しそうに。
『ライエルがもう少しだけ大人なら、酒に博打と色々と教えてやれるんだが……なんなら、今後のために女の事も教えてやろうか?』
ガハハハ、などと笑い出した六代目に、七代目が釘を刺した。
『女性関係で失敗した六代目が言っても、説得力の欠片もありませんな。ライエル、遊びで身を崩す者は多い。お前も気を付ける事だ』
少し笑いつつ、俺は机の上の食べ物に手を伸ばす。
芋を細くして油で揚げたものと、ソーセージも同じように揚げたものだ。油で手がベタベタするが、美味しかった。
タオルで手を拭こうとすると、ノウェムが濡れたタオルを差し出してくる。
「一緒に騒がれないのですか?」
俺はタオルを受け取ると、手を拭いて机の上に置いた。
メモをする時に使用している紙を見たノウェムに、俺は説明する。
「先に終わらせておきたい。そうしたら、最後にでも楽しむよ。遊ぶ程度の報酬は全員に渡したから、ノウェムも楽しんでくれば良いのに」
お祭り騒ぎとなったが、金を持っていないと意味がない。
俺は、遊ぶ程度のお金を全員に渡していた。もちろん、後で報酬から差し引くことも伝えている。
「報酬の計算ですか? 宝石はどのように?」
ノウェムに聞かれ、俺は宝石に関しては。
「戻ってから調べて貰うさ。財産として持っておくのも良いかも知れない。ま、今回は大儲けできたから、いざという時のために残しておくかな」
価格を調べ、売った方が良いなら売る。
そして、手元に置いていざという時のために残しておくのもいいだろう。
メモには、誰が何回迷宮に挑んだか、そしてどう評価して報酬を決めるのか、などを書き込んでいた。
均等に分配するのも考えたが、そうなるとほとんど何もしていないシャノンが得をする形になる。
シャノンの分もミランダに渡すが、納得して貰えないかも知れない。
基本報酬を均等に渡し、そこから頑張り次第で、というのが俺の考えだった。
(本当に面倒だな)
そう思っていると、俺の考えを察した四代目が。
『ライエル、お金に関する事をしっかりしないと、いざという時に困るからね。報酬も払いすぎも駄目だけど、払わなさすぎも駄目だよ。これからの目的もあるけど、働きにお金で報いるのは仲間と言えど大事だからさ』
四代目が手を抜いてはいけないというと、他の歴代当主たちも同じ意見なのか反論をしてこなかった。
報酬を渡す前に、パーティーで使用する資金の説明もする必要があるだろう。
そして、今回の稼ぎを全体に教え、更にはそこからどうやって報酬を決めたのかも。
終わった後も忙しい。
(いや、細かいところを俺が考えていなかっただけだな。今回は色々と勉強することが多かった)
パーティーとして見れば、少ない人数だ。
それだけの人数を動かすのにも、今の俺は苦労している。
ノウェムは、そんな俺を見て少し言いたげな表情をしていた。
「何かあるのか?」
「……聞かないのですか? 私とオクトーの事。そして、セプテム……セレス様の事を」
俺は飲み物に手を伸ばし、一口だけ口をつけると風で机の上に置いたランタンの光が揺れたように感じた。
そんな事はないのだが、そう思ってしまった。
(……本音を言うと、滅茶苦茶聞きたい。聞きたいんだが)
聞きたいが、パーティーの不満がある程度は解消された後だ。蒸し返したくないという気持ちもあった。
「……話したいのか?」
そう言うと、ノウェムは困ったような表情をして俯いていた。
「なら、話せるようになったらでいい。そうだ、一つだけ確認しておく」
「何でしょう?」
俺はノウェムを見て。
「ノウェムは、誰のために動いている」
そう言うと、ノウェムはスカートを指先でつまみ、軽く持ち上げると綺麗なお辞儀をしてくる。
「……ライエル様のためです。この言葉に、嘘、偽りなどありません」
「そうか。ならいいや。今回は色々とあったし、俺も隠し事がある。そうだな……ちゃんと話そうか。ただ、今はもう少しだけ祭りの雰囲気を味わっておきたいな」
飲んで騒いで……俺も、騒いで今回の一件――成長後に起こした問題を、忘れたかった。
絶対に忘れないとは思うが。
(というか、今回は色々とあって疲れた。なんかもう余裕がない)
目先のこともあり、俺は視線を紙に向けるのだった。
――ベイム東側ギルド。
早馬で知らせが来ると、ギルドでは緊急会議が開かれた。
集められる職員だけが声をかけられ、通常業務の間に開かれたとあって職員たちも心配している様子だ。
順調と聞いていたが、何か問題でもあったのか?
誰もがそんな顔で会議に挑むと、責任者の職員が入ってくる。
慌てているのか、いつもの七三ヘアーが乱れている主任が会議室へと入ってくると、全員に今回の迷宮討伐の成功を告げる。
「まずは、業務中に集めてすまなかった。それと、全員が不安に思っているだろうが、先に言っておく。今回の迷宮討伐は、大成功だ。死傷者の少なさ、それと魔石や財宝なども規模の割に多かったと聞いている。ギルドとしても嬉しい限りだよ」
安心した職員たち。
それは、ライエルたちを推薦したタニヤも同じである。
ただ、主任の表情はあまり嬉しそうではない。
「同時に、最奥の間で見つかった財宝に関しても報告があった。獲得したのはアレット・バイエ率いるパーティーだ。これ自体は問題ない。だが、発見された財宝は、それなりの量があるミスリルだ」
ミスリル。
希少金属の中でも、希少と言われる金属だ。通常なら、地下二十階から三十階クラスの迷宮で発見される。
それが、地下十階層程度の迷宮から出て来た。
タニヤは、眼鏡の位置を指で正すと主任の説明を待つ。周囲の職員たちが、隣の職員たちと話をしていたが、やがて静かになり始めた。
ミスリルは、確かに地下二十階以上の迷宮なら出る可能性がある。ただ、可能性があるから、沢山見つかるのかと言えばそうではなかった。
「アレット・バイエの事情は知っている者も多いだろう。彼女は国へ戻れば騎士団の人間だ。当然だが、本国の意向には逆らえない。こちらも売る気はないと言われれば、それで済むんだが……」
今回、アレットたちがよりにもよって、ミスリルを発見したというのが大問題だった。
通常なら、ギルドや商人たちが買いたがるミスリルだが、相手に売る気がないならギルドも手を引く。
権利は、迷宮でボスを倒した冒険者たちにある。無理をして手に入れようとすれば、実力のある冒険者と問題を起こすことになる。
「……彼女が所属している騎士団。つまり、国の事情もある。少々問題になりそうだ。そのつもりでいるように」
アレットの所属している騎士団が仕えている国は、周辺では小国に分類される。
ただ、小国ながらも騎士団は冒険者として経験を積むなど、実戦を重視している優秀な騎士団を持っていた。
周囲の国が、自国よりも大きいとあって、数ではなく質で補おうとしているのだ。
そんなアレットの国だが――。
「まったく、これがアレット・バイエ以外の冒険者が発見すれば良かったのに」
主任はそう言って、職員たちを解散させる。
タニヤは、アレットの国の事情を思い出すのだ。
(よりにもよって、聖女の代替わりでミスリルを求めている国があるというのに)
アレットが所属する国【ロルフィス】は、微妙な外交関係にある宗教国【ザイン】の隣国に位置していた。
そして、ザインの国のシンボルである聖女の代替わりが起きており、ミスリルをかき集めているのだ。
聖なる金属とされ、ミスリルはザインで聖女が持つに相応しいとされている。
外交関係は微妙となっているが、ロルフィスはザインと戦争を繰り返してきた国でもあった。
現状は落ち着いているが、何か問題があれば爆発しかねない火薬庫のような場所でもあったのだ。
そして、アレットが見つけたミスリル。しかも、それなりの量となると……。
(普通に外交問題でなんとか終わって欲しいわね)
タニヤは、解散して職員が立ち上がり自分の部署に戻っていく中で、そんな事を考えるのだった。
――宝玉内。
闘技場から会議室に戻った部屋で、円卓を囲んで座っている歴代当主たち。
今回の迷宮討伐、歴代当主たちには実入りの多い結果に終わった。
四代目が立ち上がり、黒板を用意するとそこに今回のまとめを書き込み始める。
『さて、皆さんも今回は思うところがあったと思いますが、この辺で考えをまとめておきましょうか。ライエルがまだ落ち込んでいますから、これ以上はしばらく動かないでしょうし』
残念なことに、らいえるサンではないライエルは、積極性に大きく欠けている。
今回の一件、どう考えてもノウェムに何かあるのは明白だった。
三代目は。
『……ノウェムちゃんは良い子だ。これは間違いない』
頑なにノウェムを責めようとしない。
四代目も、内心では責めたくはない。世話になったフォクスズ家の娘で、ライエルの元婚約者だ。
そして、今までライエルに尽くしてくれている。
『多少の問題は目をつむる、という訳にもいきませんからね。それぞれの意見をハッキリさせておきましょうか』
微妙な雰囲気の中、テーブルに肘をついた五代目が口を開く。
『オクトーだったか? 八番目を示し、それでいて迷宮の奥深くにいる奴だ。どう考えても会いに行けないが、俺の中で一つだけ重なる存在があるな』
その意見に賛同したのは、七代目だった。
『まったくですな。八番目と言うよりも、迷宮の奥深く。つまり、迷宮を造り出す者と思えば、重なる存在はただ一つ。つまり、迷宮を生み出し、人の敵となった邪神という訳です』
六代目が、天井を見上げながら。
『七の女神に、二の邪神。数の上では九つ。オートマトンが言った言葉通りなら、ゼロから始まりナインまで。十の神ですか』
この世界は、元は何もなかった。
そこに女神たちが舞い降り、空、大地、海、森、生物、人を造り出し、そして最後に知恵を授けた神話が残っている。
神と言えば女性となるのは、この世界が女神によって創られたからだ。
三代目が、額に手を置いて。
『また随分とスケールの大きな話だね。ま、もっとも……そんなのは僕たちに関係ない』
四代目も頷きながら。
『そうですね。問題を大きくしても解決しませんし、何よりも別に世界をどうこうする話しでもありませんし』
五代目も賛成する。
『そうだよな。俺たちの目的は、バンセイムを乗っ取ったセレスを打倒する事にある。しかも、ライエルにとって良い結果になるように、だ』
六代目が。
『神とか出て来て貰っても困りますな。というか、手を出さないで見ているだけにして欲しいものです』
七代目は。
『ただ、神頼みは大事ですぞ。兵の士気に関わります。ま、今はノウェムの問題でしたな』
四代目は眼鏡を外し、布で拭きながら。
『正直、邪神がノウェムを信じろというと、どう考えてもノウェムちゃんは邪神側になる訳だ。うん、可愛い邪神じゃないか。セレスの方が邪神向きだよね』
五代目は呆れつつも、話を進める。
『神とか言われても困るよな。ま、余裕ができたら、ライエルにでも調べさせればいい訳だ。その時は、ここに誰もいないだろうけどな』
全員の顔が、妙に寂しそうになる。
六代目が。
『……少し、関わりすぎましたな』
普段飄々としている三代目が、アゴに手を当てて。
『そうだね。本来、スキルの使い方を教えれば終わりなんだし。でも、僕としてはこの出会いには意味があったと思いたいね』
七代目は。
『弱気ですな。なければ意味など作ればいいだけですよ。わしらは、ライエルを勝たせるためにここにいる、とね』
自信満々な七代目を見て、三代目は「そうだね」と言って微笑んだ。
そして、背筋を伸ばす。
『さて、資金はそれなりに集まった。情報を集めるとして、今後はライエルに国と戦えるだけの軍団を持って貰わないといけない。というか、そうしないと勝負にならないね』
六代目は。
『ウォルト家の騎士に兵士は向こう側。なんとも難儀ですな。鍛え上げた精鋭が敵に回るわけですから』
それを聞いた四代目は。
『そこはほら……弱点を知り尽くしている、とも言えるよね』
五代目が。
『質だけが高くても戦争には勝てない。勝つための準備をして、勝つ準備を終えた方が勝つわけだ。そこまではやってやらないとな』
七代目は。
『せめて、一国の兵を使えれば話は変わってきますがね。一から全てをやらせるとなれば、ライエルには時間が足りない』
三代目も。
『ついでに言うと、金だけで解決もしないからね。金を積んで兵を貸せ、なんて言う馬鹿に本気で兵を貸すことは出来ないし。そんな事をする奴の兵を借りたいとも思わない。いや~、困ったね。あれだけ堂々と勝たせてやる的な事を言ったのに、まったく案がないんだもん』
両手を上げて降参を示す三代目を見て、六代目が呆れる。
『いきなり諦めないでください。時間は多少かかりますが、傭兵団を立ち上げて国を乗っ取る方法も残っています』
五代目が。
『いや、それは引くわー』
七代目も。
『傭兵とか、信用出来ませんね』
そんな時、眼鏡をかけ直した四代目が冗談で。
『もうさ、どこかのお姫様でもライエルにたらし込ませる? 血筋的には証明出来ればそれなりだし、顔も良いから二人か三人を引っかけて、ついでに国も貰ってさ。な~んてね――』
そこまで言って、冗談だと言おうとした四代目も、ハッとした。
円卓を囲む全員が、真剣な表情で考え込んでいる。
六代目が。
『……あれ、それって良くないですか? というか、その気になればスキルでもなんでも使って可能なような』
五代目は。
『いやいや、人としてどうかと思う。なんか出来そうだけど、やったらセレスが男になっただけで、変りがない。やっている事は同じだぞ』
七代目は。
『緊急事態ですし、いざとなれば全員嫁で……いや、不可能だとは思いますが』
三代目が。
『……ちくしょう、らいえるサンなら、あのファンバイユの姫様もたらし込めたかも知れないのに。大きなチャンスを一つ逃したね』
そこまで言って、全員が互いの顔を見合わせる。
考えはしたが、そんな事が可能とは思えなかった。
七代目が。
『ま、無理ですな。出来そうな気はしますが』
六代目も。
『ですな。そんな事をすれば、取り入ろうとした国で首をはねられますよ』
五代目は冷や汗をぬぐいつつ。
『だ、だよな。無理だよな?』
四代目は眼鏡の位置を正し、汗を拭きながら笑顔で。
『そうですよ。基本的にライエルはそんな事ができませんし。それに、普段は奥手ですからね。ま、情報を集め、そこからこの話は考えましょうか』
全員が変な雰囲気を無理矢理笑い飛ばす中で、三代目だけは真剣な表情で。
『……常時らいえるサンなら、絶対に出来るな』
そう確信するのだった――。