みんなの らいえるサン
「やっぱり、華よりも蝶や蜂が良いな。美しい花々を飛び回る蝶や蜂でありたい」
テントの中、俺は細長いテーブルを挟んで睨み合っている両陣営の中間で、隣にモニカを置いて外での発言を訂正する。
流石に裸では駄目だと言われ、渋々ガウンを着て胸元を大きく開けて我慢する事にした。
真正面にはアレットさんが、肩身が狭そうに小さくなって座っていた。
隣では、副官が少し距離を開けて立っている。凜々しい立ち姿だが、緊張しているのか表情が青かった。
俺の世話をするモニカは、お茶を出しながら。
「チキン野郎、話の途中ですよ」
「そうだった。つまり、俺たちを勧誘に来た、という事でしたね。話はちゃんと聞いていますよ。まさか、自分を差し出してまで俺を勧誘するとは……見る目がありますね」
宝玉内から、歴代当主の声がする。三代目から順番に。
『らいえるサン、今日も本当にらいえるサンだね!』
『最初のマーベラスから、今回は連続して候補が……』
『……アレだな。今回は体調の悪い期間が長かったし、これはその反動だろうな』
『俺は『墓場を俺色に染める』という発言に一票で。あの地獄を自分色に染めるという強気な発言……これしかないでしょう!』
『六代目、まだ早いですぞ。ここはゆっくりと、次々出てくる迷言を聞きながら待ちましょう。何しろ、らいえるサンですから』
微笑みながら、俺はアレットさんに話を振ると、アレットさんは両方の陣営に視線を向けながら、訂正してくる。
「い、いや……そういう意味じゃなくて、本当に実力を評価して勧誘をしようと声をかけただけで。それに、冒険者としても今後の付き合いもあるし」
視線を左右に動かしているのは、嫉妬している美しい花たちのせいだろう。
ヤレヤレ……なんて罪作りな男なんだ。
アレットさんは、慌てながら俺に言う。
「か、勧誘自体は本命ではなくて! あ、アレだよ! アレ!」
副官に視線を向けるアレットさん。副官は、凄く嫌そうな感じで視線を逸らしていた。
俺は、アレという内容を考え――。
「なる程、ポーターですか。お目が高い。あれは俺とモニカの最高傑作! アラムサースで教えているポーターの原型は、俺のミニポーターなのですよ!」
教えると、アレットさんが救われた表情で言うのだ。
「それだ! そのミニポーターだか、ポーターの事を教えて欲しい! あれは輸送に革命を起こすぞ。うん!」
一人で頷くアレットさんに、俺は顔を手で押さえて申し訳なさそうに言う。
「残念です。こちらも事情があって、教えるとなると時間が必要です。それに、一人教えれば次々に教えを請う人が来る。それだけの時間を確保出来ないので、俺は教えないことにしているんですよ」
四代目が、悔しそうに。
『……時間さえあれば、ベイムで教えて金稼ぎをするんだけどね。はぁ、時間があれば』
教えるだけで食っていけそうな内容だ。
だが、俺たちには金を稼ぐと同時に、自分たちを鍛えるという目的もあった。
「アラムサースで教えているはずなので、そこで習うことをお勧めします。まぁ、魔法が使えるなら比較的簡単に動かせると思いますよ」
すると、アレットさんは嬉しそうに。
「そうか! なら仕方がない! では、我々はこれで失礼しよう。次の準備もあるからな、うん!」
何故嬉しそうなのか? 少し疑問を持ちながら、俺はアレットさんがテントを出ようとしているので。
「そう言えば、以前の書類のことですが……今も持っていますか?」
すると、振り返ったアレットさんは、顔を赤くして怒鳴ってくる。
「いつも持っている訳がない! あの時は……あの時はぁぁぁ!!」
俺は、泣き出しそうなアレットさんを見つつ、髪をかき上げて言うのだ。
「なら、今すぐ持ってこい。この場でサインしてやる。さぁ、走って取ってくるんだ!」
泣きそうなアレットさんの顔が、唖然としていた。隣でアレットさんを慰めていた副官は、俺を見て目を見開いている。
宝玉からは、五代目が。
『流石らいえるサン。あとでライエルがなんて言うか楽しみだ』
俺の両隣にいるのは、ノウェムとミランダだ。俺を見て、笑顔で言ってくる。
「ライエル様、いくらなんでも急すぎます。もう少し、お相手を確認してから……」
「あんたは黙ってなさい! ライエル、今の状態で余計な事を言わないの! いい、今がどんな時期か分かっているわよね? それに、私たちの問題も解決していないのよ」
俺は、二人の意見を聞きながら、両手をいったん広げた。そして、また自分を抱くように手を交差させると。
「そう妬くな。何しろ、俺はみんなのライエルだ。心配しなくても、みんな幸せにしてみせる!」
ノウェムもミランダも、頭が痛いのか額を手で押さえていた。
そして、俺ではなくアレットさんに視線を向ける。
アレットさんが、よりギスギスし始めたテントの中で、耐えきれなくなったのか――。
「わ、私だって……私だってこの成長後は本気じゃない、って理解しているからな!」
――泣きながらテントを出て行ってしまった。
副官が慌てて「失礼します」と言ってアレットさんを追いかけていく。
テントの中は、俺たちだけになった。
俺はモニカが煎れてくれたお茶を一口飲むと、全員に視線を向けて。
「さて、では、楽しい話し合いを始めようか」
余裕の笑みで、睨み合う女性陣に話し合いを勧めるのだった。
事の発端は些細な事だった。
俺よりも先に成長前の疲労感などから立ち直ったノウェム、アリア、ミランダの三人に連れられ、俺は迷宮から帰還した。
しばらく野営をしている場所で横になっていた俺だが、朝になると今まで色々と考えたことが馬鹿らしくなるほどの名案を思いついてしまったのだ。
そうして、その事を告げるために外に出ると、ノウェムを筆頭とするエヴァ、メイの三人が、ミランダを筆頭とするアリア、シャノンと向かい合っていた。
クラーラは、少し離れて様子をうかがっていたが、どちらかと言えばミランダよりだったのだろう。
モニカは俺の側におり、両者のにらみ合いの中に俺が飛び出す形になったのだ。
そして、問題というのは――。
「ノウェムが杖に関して詳細を伝えなかった。それに、ベイムでフォクスズ家の人と会って話をしていた……それだけじゃないけど、ノウェムには不審な点が多いのよ」
ミランダは、これまでのノウェムの行動、そして俺たちに杖のことを黙っていたのも許せないようだ。
もしかしたら、セレスと繋がりがあるのではないか? というところだろう。
対して、ノウェムは冷静に返答する。
「確かに偽ってはいました。でも、それはライエル様のため。何より、その偽りで不利益を与えるつもりはありませんでした。それよりも……ミランダさん、あなたは私に見張りを付けていましたね? それに、今回は火薬を持ち込んでいました。もし、誘爆でもしていれば大変でしたよ?」
ノウェムに同調するのはエヴァだ。メイも、ノウェム側に立っており、擁護している。
「大体、ノウェムが怪しいから、って理由で見張りとか頭おかしいのよ!」
「同意だね。それに、嫌なら離れれば良いんじゃない?」
ミランダ側にいるのは、アリアやシャノン、そして少し距離を置いているが、クラーラもミランダ側だ。
アリアは。
「疑われても仕方のない事をしているからでしょうが! それに、ノウェムには前も同じ事があるのよ」
シャノンは、オロオロとしており、俺を見て溜息を吐いて俯いてしまった。
「はぁ……今のライエルは駄目ね」
駄目と言われると心外だ。よし、このどうしようもない状況から、最善の結果を出してみよう。
そう思ったが、クラーラが発言する。
「確かにミランダさんも隠し事をしていました。見張りは私もやりすぎだと思いますが……でも、結果的にノウェムさんが実家の人と会っていましたね。それに、受け取ったものが家宝の杖というじゃないですか。とんでもない杖だとか」
双方の言い分もあるのだろう。
ノウェムは。
「私は、今も昔もライエル様のために行動しています。それを疑われるのは心外です」
静かに抗議するのだった。
俺の側で言い合いを見ているモニカは。
「ふっ、なんという修羅場。こんな見えている地雷を、あえて踏み抜くようなチキン野郎は流石ですね」
地雷をあまり理解していない俺だが、それでも褒められているのは理解出来る。
「あんまり褒めるな。空を飛んでしまいそうだ」
俺がお茶を飲みながら、言い合いを眺めていると宝玉内でも言い争いが続いていた。
三代目と四代目が。
『ノウェムちゃんになんてことを……この子がいなかったら、今のライエルはいなかったんだよ! あと、やっぱりマーベラスが今回のベストライエル賞だと思うね!』
『まったくですね。後から来たミランダたちに、あんなに尽くしてくれたノウェムちゃんをどうこういう筋合いはない! ついでに、俺は『結婚の書類を持ってこい、この場でサインしてやる』かな』
五代目は、少し距離を置いた感じで。
『会うつもりもないが、オクトーだったか? ノウェムの事を信じろと言っていた。何かしら関わりがあるのも事実。全てを信じるのもどうかと思うぞ。俺もマーベラスで。インパクトが他と違う』
六代目は。
『ミランダが悪いと? ノウェムの秘密主義を無視して、その言い方はどうでしょうか? 実際、色々と隠していた事実を暴いたのはミランダです。ちなみに、俺は墓場を俺色に、で』
七代目も。
『フォクスズ家に恩があるのは理解できております。わしも同じように助けられた事は一度や二度ではありませんからな。ただ、盲目的に信じるのは危険です。わしはまだ何か出そうなので保留で』
こちらもノウェムについて意見が分かれているようだ。
(まったく……どいつもこいつも。簡単な事じゃないか。というか、俺のために行動する仲間……これが素晴らしいといわず、なんと言う!)
言い争いをする両陣営を見ながら、俺は立ち上がって宣言する。
「お前ら愛しているぞぉぉぉ!」
急に叫んだことで、その場の言い争いがピタリと止んだ。俺は、天を仰ぎ、両手で顔を隠して言うのだ。
「こんなに想われて、俺は幸せだ」
モニカが。
「あら? これは流石にギスギスしすぎておかしくなったパターンですかね? お前らのせいだぞ。少しは繊細なチキン野郎を大事にしなさい!」
ノウェムが心配そうに。
「ラ、ライエル様、申し訳ありません。ですが、こう疑われてはいずれ話をしないと……」
ミランダも、俺を心配そうに見つめ。
「少しやりすぎたわ。けど、こっちも命を預けるなら、知っておきたいことだって……」
俺は真正面を向いて、両手を広げる。
「話は分かった! ようは互いに信じられない、そういう事だな!」
全員が、互いを見て頷いた。
「なら簡単だ。この程度、すぐに解決して見せようじゃないか」
みんなに笑顔を向けるが、どうにも疑ったような視線を全員が向けてくる。悲しいかな、普段の行動のせいで信じて貰えないらしい。
(確かに、少し俺は奥手だったからな。だが、今日からの俺は違う!)
「さて、早速解決するために、みんなには俺とキスをして貰おう。ディープな奴だ!」
すると、アリアが顔を赤くして椅子を倒して立ち上がると、テントの隅まで移動してしまった。
シャノンは口をパクパクさせ、クラーラは耳まで真っ赤になっている。
メイは。
「そう言えば、前は麒麟の姿だったわね。今回はどっち? やっぱり麒麟?」
そう言うので、俺は笑顔で。
「麒麟の舌触りもいいが、人の姿で頼む。両方とも俺がファーストキスを頂こう」
ただ、メイは呆れたように肩を上下させ。
「残念でした。ファーストキスはフレドリクスとだよ」
宝玉内で、五代目を責めるような声が聞こえる。
『変態』
『ないわ~、流石に一桁とかないわ~』
『父親がそういう趣味とか……恥ずかしいですな』
『いつも澄ましておいて、そういうご趣味ですか』
五代目が荒ぶる。
『麒麟の姿で挨拶程度だよ! たまたま舌が口に入ったんだ! お前ら、分かっていて言っているだろうが!』
少し残念だが、五代目ならしょうがないと割り切る事にした。
「ま、それならそれでいい。ではすぐにでも……」
すると、シャノンが激しく抗議する。
「ふざけないでよ! 舌を入れるとか……ありえない!」
顔を赤くして抗議してくるシャノンを見て、俺はアゴに手を当てて。
「ディープが駄目なら『ベロチュー』でどうだ? ほら、なんか可愛く聞こえる」
「全然可愛くない! しかも、やることは一緒じゃない! 絶対に、嫌!」
腕を組んでそっぽを向くシャノン。確かに、急ぎすぎたと思った。
「分かった。お前はパスで良いぞ。次を楽しみにしている。さて、では残りの面子で――」
そう言うと、シャノンが俺に手を伸ばして少し困ったような顔で。
「え、いや……そんなに簡単に引き下がるの?」
そう言っていたが、時間がおしいので他の面子を見て準備が出来たら開始する事にした。しかし、抵抗する人物がまだ一人。
エヴァだ。
「ちょっと待って……私、別にライエルとは行動を共にしているけど、惚れているわけでもないし。キスとか嫌よ」
普通にそんな事を言われてしまった。
だが、俺はこの程度で諦めない。
「そうか」
「そうよ。だから、今回は残りの面子でキスしなさいよ。というか、なんでキス? スキルを使えばこの状況が解消するとでも?」
疑うようなエヴァに近付く俺は、そのままエヴァの腰に手を回して押し倒し、手で腰を支えて抱きしめた。
抵抗する手を右手で握り、顔を近づけ。
「なら、今惚れろ。すぐ惚れろ」
「は、はぁ!? あんた、頭おかしいわよ!!」
抵抗するエヴァだが、顔を逸らして視線を合わせないようにしていた。だが、少しだけ頬が赤かった。
(脈有りだ!)
宝玉内から七代目が。
『……この今惚れろ、こそがベストライエルに相応しいのでは?』
三代目は。
『え~、やっぱりマーベラスでしょ』
五代目は悔しそうに。
『お前ら、さっき俺を変態呼ばわりしたのは忘れないからな。あ、俺は『みんなのライエルだから』に変更で』
周りが混乱して上手く動けていない状況で、俺はエヴァの瞳を見て言うのだ。
「安心しろ。今惚れるか、後で惚れるかの違いでしかない!」
エヴァは抵抗する。
「だから、嫌よ! 私にだって夢があるの! 舞台終わりに花束を持って相手が告白してくれるという夢が……それなのに、こんな人の多い場所で惚れろとか言う男に惚れるわけがないじゃない!」
エヴァの説明を聞いて、モニカが呆れたように。
「いえ、貴方の夢の方が周りにいる人が多いと思いますし、あまり変わらないと……」
俺はエヴァの夢を聞いて、頷きつつ。
「分かった。だったら、告白は後回しだ。先にお前の唇を貰おう。準備が出来たら、お前の夢を叶えてやる。想像しろ……大きな劇場を貸し切り、お前の公演が終わったら皆の前で告白する俺の姿を。満員の観客が、俺たちを見て拍手する光景を! それに……見られるのは嫌いじゃないんだろ?」
すると、エヴァが頬を染めて頷いた。
「……はい」
どうやら、告白のシーンを想像してしまったらしく、嬉しそうにしている。
シャノンがエヴァを指差し。
「ねぇ、あいつ今、頷いて返事もしたわよ! さっきは色々と言っていたのに、頷いて頬を染めるとかどういう事!」
(貰った!)
冷静さを取り戻す前に、俺はエヴァにキスをする。驚いたエヴァが、一瞬だけ目を大きく見開くが、すぐに普通に戻った。
スキル【コネクション】のラインが、俺とエヴァとの間に出来る感覚がある。
(よし、次は――)
四代目が、ボソリと。
『普段からこれくらいの行動力があれば……ま、たまにだから良いのかもね』
テントの中にいる全員が、顔を赤くして俺たちを見ていた。
――そこは、円状の部屋だった。
天井は高く、丸く青い宝石が埋め込まれている。
ライエルの宝玉に似ていると思ったのは、間違いではないようだ。
部屋の中央に立っているのは、ガウンではなく普段着姿のライエルだ。
広いその部屋には、ドアが五つ。
そして、宙にはライエルが使用する銀色の大剣や弓が浮んでいた。床は、一団高くなっている円状のリングらしきものがある。
周囲を見渡すと、まだ顔を赤くしているクラーラが、フラフラとしているのが見えた。
周りをキョロキョロと見渡し、ドアを見ているメイは落ち着いている。
(二度目だから? 前にもキスをしたとか言っていたし……というか、麒麟の姿でキスをするとか、ライエルは何を考えて……)
頭の痛くなるミランダだが、まさかファーストキスがこんな状況で失われるとは思ってもいなかった。
強引なライエルも良かったが、できればムードを作って欲しかった気持ちもある。
(まぁ、エヴァだけに告白を用意する訳でもないでしょうし、後で要望でも伝えるとして……ここがスキル【コネクション】で連れてこられた、ライエルの心の中?)
ライエルのスキル【コネクション】。
それは、繋がりを意味するスキルだ。互いに魔力のラインで繋がり、意思の疎通を可能とするスキル。
ただ、意識を心に引き込むことが出来るとは、流石のミランダでも想像出来なかった。
リングの上。
ライエルは、急に天井から差し込むいくつもの光を浴びて手を広げた。
「言葉で駄目なら拳で語れ! それが初代から続く、ウォルト家の流儀! それでは、リングに上がって貰おうか!」
周囲にいる全員が、理解出来ないとリング上のライエルを見ていた――。