八階層ボス
地下八階層。
まるで水路のような迷宮内を進む俺たちは、ボート型のミニポーターに乗りながら先を進んでいる。
ボート両脇の水車のような水かきが回転し、それなりの速度で進んでいた。
進んではいたのだが、ここで問題が出てくる。
「宝箱の回収が面倒だな」
胴付きの合羽を脱いで、ほとんど下着だけの姿になった俺がナイフを片手にボートから下りて水の中に入る。
胸元まで水に浸かると、水の中で光っている出っ張りの部分に向かって行った。
ナイフを使って、水の中に沈んでいる宝箱を叩く。岩を砕いて、宝を手に取るとまたしても――。
「これで何個目だ?」
黄緑色の宝石、ペリドットだ。
ここまで連続して宝石が出てくると、何かしら意味があるのではないかと確信してしまいそうになる。
もしくは、この迷宮が、本当に高い確率で魔力のこもった宝石を出し続ける特殊な迷宮であるか、だ。
宝石を回収し、ボートへと戻るとアリアが手を差し伸べてくる。手を借りてボートに戻ると、俺はタオルを受け取って体を拭くのだった。
ミランダに宝石を渡すと、革袋に小分けして放り込む。
「これで七個目よ。ここまで来ると、ありがたみとか薄いわよね。今回の迷宮討伐の黒字は確定だけど」
消耗品、メンバーへの報酬、そして必要な経費……それらの出費と、迷宮で得られる利益を考えれば、赤字にする訳にはいかない。
金が欲しいのに、散財していては意味がないからだ。
モニカは、ボートの後ろ側で悔しそうにしている。
「私が中央にいれば、チキン野郎のお世話は私だけのものだったのに」
そんなモニカを、ノウェムは少し微妙な笑みで見ていた。ただ、ミランダの持つ宝石に視線を何度か向けていたのを、俺は見ている。
アリアは。
「これで二つを回収すれば、九人で綺麗に分けられていいじゃない。それなりの額になるし」
すると、ミランダは呆れた様子で。
「アリア、あんたこのパーティーの目的を忘れていないでしょうね? 稼ぎを綺麗に分配していたら、目的なんか達成出来ないでしょうに」
それを言われて、アリアは反論しようとして……止めていた。アリアがミランダに口で勝つなど、絶対にあり得ない。
水に入るのは、基本的に俺なので上に毛布をかぶって寒さを凌ぐ。そうして迷宮内を進んでいるのだが、やはり移動手段を確保するというのは大事だった。
宝玉内からは、六代目の声がする。
『おしいですな。ここに他の冒険者パーティーが沢山いれば、それなりに三号で稼げたはずです』
アラムサースのように、冒険者や荷物を運ぶ商売で儲けることも確かに出来ただろう。しかし、今回は難しい。
できなくもないが、地下六階からはギルドが正式に依頼を出したパーティーだけが挑戦出来るからだ。
数が少ない。それをするくらいなら、自分たちで魔物を倒した方が楽である。
加えて。
「さて、どうやら目的地が見えてきたな」
俺は通路の奥を見ながら呟くと、そこには今までの横穴などとは違う大きさの入口があった。
ノウェムが。
「ライエル様、すぐに挑みますか?」
そう聞いてきたので、俺は首を横に振る。
「いや、少し休もうか。それと、後ろから接近しているから、先にそっちを片付けないと」
アリアとミランダが槍を手に持つと、モニカはスカートからメイスを取り出す。
魔法使いであるノウェムが前衛という形になるのだが、ボートを旋回させている暇もない。
サハギンにフロッグマン――水中では、厄介な連中である。
ただ――。
「先に仕掛けます。アイスアロー!」
氷の矢を数十と作り出したノウェムが、波を作って近付いてくる魔物たちに向けてはなった。
氷の矢が魔物に襲いかかり、それを耐えて飛びかかってきたのはサハギンが二体。
残りのサハギンと、フロッグマンは水面に浮んでいた。水面には、氷の矢が通った部分に氷が出来ている。
浮んでいる魔物の体も、氷の矢が突き刺さった部分が凍っていた。
飛びかかってきた二体は、モニカがオールで吹き飛ばして壁に叩き付ける。俺はボートを壁側に近づけると、そのままミランダとモニカが二体に止めを刺していた。
俺は、戦闘を見ながらノウェムの杖を見る。
宝玉内からは、五代目の声がした。
『あれ、間違いなく魔具だぞ。魔法の威力が上がっているというか、今まで以上のスピードだ。威力を抑えているようにも見えるが……』
七代目が。
『フォクスズ家が持つ魔具の一つに、杖がありましたな。それかも知れません』
五代目はうなりつつ。
『確かにあったな。だが、形状が違うんだよなぁ』
俺も、最初に見た時はフォクスズ家の家宝である杖に見えた。形状が少し違うのだが、フォクスズ家を訪れた際に壁に掛けられているのを見たのである。
(ノウェムは購入したとか言っていたけど、ただの魔具なんだろうか?)
ただの魔具という考えもあるのだが、どうにも五代目以降はノウェムが何か隠していると考えているようだ。
三代目や四代目は、あまり疑いたくない姿勢である。
ミランダとアリアが、魔石の回収を始めると俺は周囲を見ながら。
「休憩後、ボスの部屋に行こう。駄目なら引き返しておしまいだ。逃げられるといいけどね」
冗談を言いながら、俺は魔石の回収が終わるとボートを近くの部屋に移動させるのだった。
休憩を終えた俺たちは、装備の確認を終えるとミニポーターに回収した魔石や宝石を詰め込んでボックスの中に入れる。
ボートだけ。
そして、不要な荷物は下ろしたボートで、ボスの部屋へと向かうのだった。
休憩を挟み、魔力の方はある程度の回復を確認した。
ボスを倒し、早めに地下九階層を確認して地上に戻りたい。ボートの上で生活をするのだが、ハッキリ言うとギスギスしたり微妙な間があったりと勘弁して欲しかったのだ。
(この面子では、二度と迷宮には挑まない)
そう心に決めた。
ボートを動かし、ボスのいる部屋に向かうとメンバーの雰囲気も変化する。ピリピリとした緊張感が、部屋の入口をくぐったと同時にあったのだ。
部屋の奥。
地下九階層への入口部分を見ると、そこは陸地になっている。
「水路はここまでかな? ま、その方が良いんだけど」
その陸地に座っていたのは、大きな魔物だった。
ボートに取り付けているランタンの光では、影しか見えない。
四足歩行に見える。そして、頭部は細長い感じがした。尻尾も長く、先端にはヒレのようなものがついている。
休憩時間に、クラーラから貰った本を読んでいたが、相手の姿にいくつか候補があって特定は出来なかった。
「もっと明るくすれば良かったな」
愚痴を言いつつ、サーベルを引き抜くと全員が武器を構える。俺はボートを動かす事も必要なので、できるだけ魔法の使用は控えたかった。
スキルを使用する。
【フルオーバー】
【セレクト】
【アップダウン】
【ディメンション】
【スペック】
相手の情報を獲得すると、少しゲンナリしてしまう。
水の深さも今まで以上だ。四メートルはあった。
「落ちたら足がつかないから気を付けろ。あと、相手はどうやら電撃は効かないタイプだ。しかも、電撃を使ってくるタイプ」
水場にいるなら、雷系の魔法で容易に倒せるのではないか? そう簡単な判断をしていたが、よりにもよってそれが効かないボスが出現した。
ミランダは軽口を叩く。
「水中で掴まったら終わりよね。作戦は?」
俺は、奥の陸地を指差した。
ボスはその巨体を水面に沈めてこちらに向かってこようとしている。
「まずはあそこに移動しようか。這い上がってくるところを、叩ければ良いんだけど……ほら、もう来た!」
両脇の水車を回してすぐにその場から離れると、水面から姿を現したボスがそのまま飛びかかってきた。
ボートが避けると、近付いたことで相手の姿が見える。
モニカは。
「ナマズが四足歩行ですか。まったく、この世界は本当に飽きませんね。あの大きさですと、大型のハンマーを使いたいので、早く陸地に移動して頂けますか、チキン野郎?」
俺を振り返ってくるモニカに、俺はサーベルをしまって宝玉を弓矢の形にして反撃を行なう。
同時にボートの操作もあり、弓の威力がどうしても落ちてしまっていた。
「無茶を言うな。これでも全力だぞ」
俺一人で倒してしまうのも、不可能ではない気がしていた。だが、それでは連れてきたメンバーが育たない。
ボートの進んでいる方向を変えると、アリアがバランスを崩して尻餅をついた。
「ちょっと! いきなり変な動きをしないでよ!」
すると、先程までいた場所にボスがまるで頭突きをするような形で飛び出して来た。光の矢を放つと、突き刺さり爆発を起こす。
起こしたのだが――。
「こいつ」
ノウェムが杖を構えた。先端をボスへと向けると、そのまま――。
「マジックシールド」
淡い光を発する半透明な壁が出現すると、俺たちを守るようにボートごと包み込む。
ボスが水面に姿を現した状態で、そのまま体から放電すると激しく周囲が光に包まれる。
ミランダがナイフを取り出して構えると、放電が終了してノウェムがマジックシールドを解いた瞬間にボスへと投擲した。
しかし、その体に突き刺さることはなく、滑るようにナイフは方向を変えていく。表面がヌメヌメとしているのもあるが、何よりも相手の体だ。
皮が分厚く、更には脂肪が多いのか攻撃をあまり通していない。
ボートを急いで陸地へと向けるが、スピードは向こうが上だった。
水面から腕を伸ばしてボートに振り下ろそうとすると、アリアが槍でボスの腕を弾き飛ばす。
ただ、同時に俺たちにボスの体液が降り注いだ。
ベタベタ、そしてヌメヌメ……最悪の気分だ。
ミランダは腰に下げた袋から道具を取り出す。小さな樽であるそれは、酒場で酒を注いでいるような器にも見えた。
「おい、それ……」
「問題ないわ。次はどこから出てくるのかしら?」
俺は、スキルを使用してボスが飛び出てくる場所を指差した。
ボートの向きを変更して避けながら、その方向を指差すとミランダは小さな樽を投げて魔法を使用する。
ボスが水面から飛び出てくると。
「吹き飛びなさい。ファイヤーバレット」
ミランダの右手の先から、火球が撃ち出されるとそのまま樽に直撃する。同時に、爆発が発生し、ボスが大きく体を動かすと水面もボートも激しく揺れた。
モニカは。
「随分とまた、派手な隠し球ですね。爆弾ですか。導火線がなく、魔法で爆発させるとは……」
ミランダは、手をヒラヒラとさせながら。
「道具なんて使いどころでしょう? それに、今の一個で最後だから次は期待しないでね。あれ、結構高いのよ」
火薬を詰め込んでいるようだが、ミランダ個人が揃えるにはそこまで数が揃わないのだろう。
アリアが。
「良く持っていられたわね。爆発とかしないの?」
ミランダはアリアに説明する。
「ここじゃあ、火を使う魔物がいないからね。ま、濡れて使えなくなる可能性もあったけど、結果的に大丈夫だったからいいじゃない」
危険な物を持っているなら、申告して欲しかった。それは、ノウェムも同じだったようだ。
「ミランダさん、そのようなものを持っているなら、ちゃんとライエル様に伝えておかないと」
すると、ミランダは口元を歪める。
「そうね。でも、その杖のこともちゃんと伝えておいた方が良いんじゃないかしら?」
モニカは手を二回叩き、そして大声で。
「お前ら、こんなところで喧嘩してないで、チキン野郎の指示を聞きやがれ! さぁ、チキン野郎もさっさと指示を出してください」
俺は、前を見ながら、陸地が近付いてくるのを見て。
「全員、何かに掴まれ。後、口は閉じろよ。陸に上がる」
俺もそう良いながら、ボートの手すりに掴まり屈む。全員が同じように何かに掴まってかがみ込むと、ボートの先端が部屋の奥にあった陸地に乗り上げた。
衝撃を受けてボートから落ちそうになったが、俺はそのままボートに取り付けてある足を使用して陸地に上がらせる。
地面に降りて、周囲を見渡した。
ボスを倒していないからか、地下九階層への入口は固く閉ざされている。
全員がボートから飛び降りると、そのまま武器を手に持って水の中を動き回る敵を見ていた。
モニカは、持っていたオールをボートの中におくと、スカートから特大のハンマーを取り出して両手に持って構える。
「アラムサース以来ですね! こいつでボコボコにしてやりますよ!」
嬉しそうなモニカを見ながら、俺は弓を宝玉に戻して首にかけた。魔力の消費が思った以上に多く、あまりここで使いたくなかった。
そして、仲間に任せてみたかった。
宝玉からも声がする。
三代目はのんきに。
『この手の魔物とは戦ったことがないね。湖にいた魔物も、ここまで大きい奴じゃないし』
四代目は。
『はぁ、面倒そうですけど、あれから何がはぎ取れるのか……高く売れることを祈るばかりですよ』
五代目も流石に。
『ここまで大きいと、可愛いとは言えないよな。飼うには大きな湖が必要そうだ』
六代目が呆れながら。
『え~、これを飼うつもりですか? 前から思っていましたが、趣味が悪いですよね』
七代目は。
『ゲテモノの方が高いというのは結構ありますからね。というか、地上にいる魔物ならある程度はやり合ったのですか……ふむ、確かにこの手の魔物はあまり戦ったことがありませんね』
普段通り、余裕がある様子だった。戦うのは俺なので、その辺の事もあって余裕があるのだろう。
俺にはあまりない。
サーベルを再び抜くと、先程のミランダの攻撃に腹を立てたボスがこちらに向かってくる。
ノウェムは、魔法を準備していた。アリアは。
「ミランダの攻撃に怒ったんじゃない? なんか、さっきよりも変な声を出しているわよ」
ボスが水面から顔を出して、ビリビリと電気を出している。咆吼というのは少しおかしいが、何やら声を出していた。
まるで牛の鳴き声のような、そんな鳴き声。
ただ、室内に響いてとても五月蝿い。
ミランダは、冗談を言うように。
「ならいいじゃない。怒らせて隙を作らせるのは大事よね。ただ、私としてはもう決定打になりそうな攻撃手段がないんだけど」
魔法の準備を始めるのは、ミランダも同じだった。アリアは前に出ると、槍を地面に突き刺して魔法を使用する。
「なら、私がここは耐えておくわ」
アリアもマジックシールドを用意する。ノウェムほどではないが、それでもボスの雷撃をパーティーの前に立って防いでくれていた。
俺も魔法を用意する。
「アリア、防いだらそのまま下がれ」
雷撃が収まると、俺、ノウェム、ミランダが魔法を使用する。
「ストーンニードル!」
「アイスニードル!」
「ファイヤーウェーブ!」
岩のトゲがいくつも水中から出現し、その後すぐに氷の柱が岩の隙間を狙うようにボスへと襲いかかる。
氷の柱に貫かれ、ボスが身動きを取れないところに炎の波が押し寄せた。
その光景を見ていたモニカが、つまらなそうにハンマーをしまい込む。
「なんですか、魔法、って! 私だって、オプションがあれば、あれくらい簡単に……そう、オプションさえあれば」
悔しそうにしているモニカを見て、俺は苦笑いをする。
(しかし、今回は魔力が厳しかったな。できればもう少しだけ余裕があれば……あ、あれ?)
岩が崩れ、氷の柱も溶けて、そして炎が水面で未だにボスの体を燃やしている中で、俺は膝をついてしまう。
急激な体の疲労、そして痛み……来てしまった。
「ライエル様!」
ノウェムが駆け寄ってくるが、次の瞬間。
「チキン野郎!」
部屋の壁から俺を守るように前に出たのは、モニカだった。何が起きたと振り返ると、壁から無数の手が伸びてきていたのだ。しかも、手の平に俺が収まりそうな程に大きな手が。
しかも、どこかその手は女性のような印象があった。