石頭のクレート
朝早くから、俺は休日だというのに客人の相手をしている。
休日に指定していたから良かったものの、迷宮へと挑もうと計画していたらどうするつもりだったのか。
目の前には、机を挟んで座っているクレートさんが笑顔で俺に相談を持ち込んできた。
「地下五階層への荷物運びですか? 俺たちが?」
クレートさんは、オールバックを朝からキッチリと決めてモニカの出したお茶を飲みながら言う。
「そうなんだ。実は、予想よりも物資の減りが多いようで、追加で送ることが決まったらしい。それで、アレット殿と親しいと聞いた君にも協力をお願いに来たんだ。あ、ちなみにこれはギルドの正式な依頼でもある。おや、このお茶は美味しいな」
お茶を褒めるクレートさんに、モニカは普段の口調ではなく黙って軽く会釈をするだけだった。
(普段から黙っていればいいのに。いや、それだと逆に怖いな)
モニカは普段通りで良いと思いながら、俺は協力して依頼を達成するという事に少し不安を持っていた。
「クレートさんたちだけで依頼を達成しないんですか? 報酬が減りますよね」
腕組みをしたクレートさんが、難しい表情で言うのだ。
「実は、地下六階から七階で、マリーナ殿が暴れ回っているらしい。アルバーノも引き上げてきたばかりで、数日は迷宮には挑まないんだ。稼いだ金で遊び呆けて、大事なときに仕事をしない奴なんだ!」
テーブルに拳を叩き付けるクレートさんだが、俺から言わせて貰えれば。
「いや、休暇は必要だと思いますよ。それに、荷物の量とかどうなっているんです? 俺のパーティーは……」
テント内には、モニカの他にミランダが今回の依頼を確認するため待機していた。椅子に座って笑顔を向けているが、内心では何を考えているのか分からない。
クレートさんは、俺にギルドの書類を見せてくる。
「明日にはこれだけの消耗品を持って行く必要があるんだ。途中の警備もあるが、何よりもライエル君たちはポーターを持っているから大丈夫!」
笑顔で大丈夫と言うが、ポーターと言っても俺たちからすれば劣化版のミニポーターだ。
改良を加えてはいるのだが、そこまで大量の荷物を運べる訳でもない。
(地下五階層に荷物持ちで往復。それに、この依頼料だと……協力すると赤字なんだが)
報酬は確かに金額的に満足出来る。
地下五階への荷物運びと思えば、これぐらい貰えるとやってもいいかと思えた。しかし、俺たちが受ける依頼ではない。
荷物の量が多く、サポートが少ない俺たちには不向きな依頼なのだ。
「護衛ならともかく、俺たちでは無理ですよ。途中の護衛ならなんとか」
そう言うと、クレートさんは立ち上がる。
「何を言う! この私、クレート率いるパーティーに護衛など必要ない! 安心して荷物運びをしてくれ」
いや、だから俺たちでは不向きなのだが……。
暑苦しく、人の話を聞かないクレートさんの相手をしながら、俺は情報を引き出した。
何故俺たちに依頼するのかと言えば――。
「――つまり、正式に依頼されたパーティー意外は認めない、と。いや、こうした依頼を引き受けてくれるパーティーは結構いますよ。というか、なんで張り出された依頼書を持ってきたんですか」
宝玉内から、六代目の声が聞こえてきた。呆れているのと同時に、腹立たしいようだ。
『おい、こいつはアレだな。駄目なタイプだ』
駄目なタイプというか、何か空回りをしているように見える。
(そう言えば、癖が強いとかアレットさんも言っていたな)
細目の男性もそんな事を言っていた気がするが、アルバーノさんたちとは違って意味で厄介な存在だった。
三代目の声がする。
『働き場所を得ると、真面目に働いてくれそうだけど……依頼書を持ってくるとか、ハッキリ言ってどうなの?』
しかし、ここで七代目が。
『……ライエル、この依頼を数名で受けてみなさい。丁度良いじゃないか。他のパーティーがどのように迷宮で行動するのかを近くで見ることが出来る。しかも、ギルドが認めたパーティーだ。見ておけば勉強になるだろう。駄目なパーティーなら反面教師にすればいい』
俺は溜息を吐きそうになったが、確かに荷物持ちで護衛付きだ。
少数でも問題ないだろう。
(荷物運びならクラーラなんだけど、休ませておきたいから駄目だな。エヴァもメイも、戻ってきて遊ぶことしか考えてないし……連れていくならアリアとミランダか)
次に迷宮へと足を運ぶ時は、地下七階層で本格的に稼ぐつもりだ。そのための準備もあったので、休暇を長めに取っていた。
(濡れるのを覚悟で挑まないといけないから、装備が揃うまで進めないんだよな)
水を弾くスーツを着用しなければ、ずぶ濡れで風邪を引いてしまいそうだった。
(装備が揃うまで暇だし、ついでに他のパーティーも見ておくか)
俺はクレートさんの依頼を引き受ける事にした。
「分かりました。ただ、こちらも予定があるので全員での参加は無理ですよ。俺を入れて三人で荷物運びをします」
それを聞いて、クレートさんは難しい表情をする。
「さ、三人? せめて六人は出せないかな。荷物も結構な量になるんだが」
俺は仲間を休ませておきたいと言って、クレートさんの提案をはね除ける。
「こちらも事情がありますし、依頼の荷物は引き受けますよ。明日の朝に、迷宮入口で待ち合わせはどうです?」
「分かった。こちらから頼んでいる立場だ。我慢しよう」
それを聞いた四代目が、何やらイライラしている。
『我慢しよう? おい、こいつ何を言っているの。我慢しているのはこっちだよ! ライエル、すぐにこんな依頼は拒否するんだ!』
だが、ここで歴代当主の意見が分かれる。
六代目も。
『拒否だな。こんな奴を手伝っても意味がない』
しかし、五代目の意見は違う。
『いや、参加だ。地下五階層までは解放されているから、魔物の数も少ない。何かあっても、ライエルなら切り抜けられる。アレットとかいう騎士も、少し問題はあると言っていたが、それを確認しておくのも悪くないからな』
三代目も五代目に同意した。
『そうだね。今後も同じギルドに所属しているんだし、何が駄目かを知っておくのは悪くないよね。ただ、なんでギルドは彼らを認めたのか気にもなるし』
七代目が、珍しく意見をまとめた。
『では、賛成多数で可決という事で』
四代目と、六代目が悔しそうな声を出す。
『……もう、関わらなければいいじゃん』
『絶対に問題があります、って……』
俺は宝玉の声を聞きながら、細かい打ち合わせをクレートさんと行なうのだった。
クレートさんが俺のテントから去った後。
俺はミランダとアリアに声をかけた。
急な依頼を引き受けたことを告げ、追加報酬は用意するので参加して欲しいと告げたのだ。
もっとも、拒否されれば俺だけで参加するつもりだった。
露骨に嫌そうにするアリアだが、何故か少し嬉しそうだ。
「え~、本当は嫌なんだけど……でも、頼まれたらしょうがないわよね」
ミランダは、話を聞いていたので両肩を上下させて諦めた様子で。
「別にいいわよ。休みが長くて体が鈍りそうだし」
そんな中。
モニカはスカートから道具を取り出して、ミニポーターをもう一台組み上げていた。
ブツブツと文句を言いながら。
「……私が不参加とか……まだ一回しか参加していないのに……迷宮用に考えたレパートリーが試せない……ちくしょう、あのオールバック野郎……」
怒りにまかせ、二代目のミニポーターを組み上げていくモニカを見て、俺は。
「どうせ一日で戻ってくる。それまでにミニポーターの改造用のパーツは組んでおけよ。期待しているからな、モニカ」
わざとらしく褒めると、モニカは俺を見て馬鹿にした顔で。
「はっ、そんな見え見えの褒め言葉に引っかかるほど、高性能なモニカは安くないんですよ。たまにはベッドに入り込んでこい、くらいのご褒美を言えませんかね?」
そう言いながら、モニカは先程よりも速いペースでミニポーターを組み上げていく。
それを見たアリアが、ボソリと。
「……いや、引っかかっているじゃない。安い奴」
だが、ミランダがアリアを指差して笑顔で。
「鏡見なさいよ、アリア」
などと笑っていた。
ミニポーターの追加に加え、改造を行なう準備をモニカに任せた俺は街を歩いていた。
随分と発展した街は、区画が整理されて大きな道が街の中にできている。
ソレを見た歴代当主たち。
『この技術を間近で見た方が良いよ。クレープの事なんかどうでもいいよ』
四代目の愚痴が先程から酷い。
(クレープじゃなくて、クレートさんなんだけど……まぁ、いいか)
そうして歩いていると、街の入口付近に見たことのない一団が作業をしていた。
(なんだ、アレ?)
近付いてみると、そこでは数名の魔法使いとギルドの職員、そして職人風の男性が何やら相談をしている。
ギルドの職員が。
「では、ここにはこの施設を。ついでに見張り台も用意するので、そのつもりで作業を進めてください」
魔法使いは。
「ある程度はこちらでやります。細かい作業から最後の細かな作業は奴隷に任せましょう」
奴隷という言葉を聞いて、俺は働いている人たちを見る。
職人風の男性の声がした。
「任せてくれ。活きの良いのを沢山連れてきたからよ」
俺が想像する奴隷は、ボロボロの衣服を着てやせ細って無理矢理働かされている姿だ。
ベイムでは奴隷が売られていると聞き、コレが現実なのかと思っていると……。
宝玉から三代目の声がした。
『まぁ、現実はこんなものだよね』
期待外れといった感じで呟いているのを聞きながら、俺は話し終えてこちらに来たギルドの職員に声をかける。
「す、すみません」
「はい?」
「あの、この人たちは奴隷なんですよね?」
すると、職員はアゴに手を当てて俺を見てから……笑った。
「あ~、そういう事ですか。いや、失礼。そういう事を聞く人は、ベイムではあまりいませんので。はい、確かに彼らは奴隷ですよ」
職員が奴隷たちを見る。
俺も、奴隷たちに視線を向けた。
そこでは――。
「なぁ、ここのお昼は何が出るかな?」
「しかし、冬場だけだが、今回は実入りが良いから助かるぜ」
「俺は遊びに行きたいんだが、金がなぁ……」
ブツブツと文句を言いながら作業をする奴隷に、職人風の男性が怒鳴りつける。
「お前ら! 早く仕事をしろ! 俺だって遊びたいんだぞ! 一番働いた奴には、酒場で酒を奢ってやる。しっかり働け!」
だが、奴隷たちは。
「酒か……」
「俺は女が良いな」
「今度の現場監督、少しせこいな」
俺は奴隷たちを見て。
(何コレ?)
それが率直な感想だった。物語では、酷い扱いを受けている奴隷がいて、そんな奴隷を物語の主人公が助けるのである。
だが、目の前の光景は違う。
普通の男性たちが、普通に服を着て、普通に作業をしているだけだった。
ギルドの職員が、笑いながら説明してくれる。
「まぁ、ある意味では冒険者と同じですよ。彼らが提供するのは、労働や時間ですけどね。この時期の農家は稼ぎが少ないので働くために奴隷になる人もいますよ。春前になると戻っていきますけどね」
三代目が言う。
『それ、期間限定の出稼ぎじゃないか』
「なんで奴隷なんです?」
そう言うと、ギルドの職員が頬を指先でかきながらいう。
「まぁ、奴隷を買うには厳しい審査がありまして。下手に人手を求める人たちよりも、奴隷を扱っている人たちの方がしっかりと衣食住の確保もして、払いも確実というのが一番の理由ですかね。破産した人が奴隷になる場合も多いですけど、手に職があるとかだと高額で買われますね。読み書きや計算が出来ると、仕事も沢山貰えるみたいですよ」
つまり、普通に人を募集している仕事よりも、厳しい審査をパスした奴隷商人や奴隷を扱い仕事をする人たちの方が安心出来るというわけだ。
(……まぁ、よく考えれば、衣食住の提供なんか当然だよな。働いて貰う必要があるんだし……でも、なんか違う……)
俺が困惑していると、ギルドの職員が笑いながら言う。
「あ、もしかして可愛い奴隷とか想像しました? ハッキリ言って、可愛い奴隷とか安いですよ。やっぱり、どこも労働力として男性を求めますから。それに、美人が奴隷になっていると逆に気を付けるべきですからね。奴隷に身を落とした女性を雇って、全てを奪われた男性もいるみたいですし」
普通に女性を求めるなら、娼館にでも通えば良いとギルドの職員は言って歩き去ってしまった。
なんだか、聞きたくなかった奴隷事情を聞いてしまった気がする。
(可哀相な奴隷を助ける物語の主人公なんかいないのか。そんなの、知りたくなかったなぁ……)
次の日。
現実を知ってショックを受けた俺は、ミニポーター二台を引き連れて荷物を運んでいた。
無理矢理ミニポーターに積み込んだ荷物だが、それだけでは乗り切らなかった分を俺が担いでいる。
担いでいるのは、貴重な薬関係だ。
そうして、前後をクレートさんのパーティーに守られながら移動しているのだが……。
「遅くない? というか、遅いよね?」
アリアもミランダも、想像以上の進みの遅さに呆れていた。
ミランダは、髪をかき上げながら。
「確かに強いし、安心なんだけど……金属製の武具に、揃った人員。でも、移動速度が極端に遅いわね。ライエル、スキルを使ってみる?」
言われて、俺は首を横に振るのだった。
「どう考えても、クレートさんたちの弱点を補う俺のスキルを教える意味がない。ないというか、教えたら面倒だ」
ただ、クレートさんのパーティーはとても動きが遅いのだが、装備は揃っておりパーティーメンバーのバランスだけを見れば優秀だった。
前衛は重武装で大盾に槍や斧、そしてメイスを所持している。後ろに控えるメンバーは交代要員で一人が重武装。
そして、残りは弓矢を持ち、もう一人は杖を持っていた。心なしか、弓使いも金属製の武具が目立ち、魔法使いも重そうな装備をしている。
メンバーでサポート囲むように前三人、後ろ三人で守りながら進んでいる。
五代目は、コレを見て。
『ある意味、正解じゃないか。確かに金属製の鎧はデメリットも大きいが、怪我なんかほとんどしないからな』
事実、クレートさんたちが魔物たちに接触すると、ほとんど相手の攻撃などを無視して力押しで勝負がついてしまう。
極端に装備に金をかけ、攻撃力と防御力にのみ特化しているパーティーだった。
アリアが、クレートさんパーティーの装備を見て呟く。
「ほとんど魔具じゃない? しかも、どれも攻撃や防御系のスキルが付けられている感じよね」
アリアは腰に手を当てて短槍を担いで呆れている様子だった。
ミランダの方は、サポートの面子を見る。
「基本に忠実よね。だけど……」
そこで、クレートさんの声が聞こえた。
地下二階層。
もう少しで、地下三階層の入口がある部屋が目の前というところで……。
「よし、時間だ! 近くの部屋で休憩に入ろう!」
兜のマスク部分を持ち上げ、笑顔で仲間にそういった指示を出していた。
六代目が、呆れている。
『いや、もう少しで広い部屋があるんだぞ? もう少しだけ我慢して、そこまで行けば良いじゃないか』
七代目が、つまらなそうに。
『融通が利かないにも程がありますな』
四代目は。
『……ライエル、こういうのは見習わない方が良いよ』
俺は、同じように呆れるアリアとミランダを見ながら言うのだ。
「リーダーの指示に従おう。というか、俺たちは荷物持ちで参加だから……うん、なんかごめんね」
アリアは、溜息を吐いて。
「いいわよ。今日はアレね。ライエルがリーダーで良かったとはじめて思ったわ」
こいつ何気に酷くない? などと思っていると、ミランダも笑顔で。
「あ、それは私も同意するわ」
俺は笑い合う二人を見て。
(え、俺ってそんなに酷いの?)
クレートさんよりはまともだと思っていたが、何やら凄く不安になって来たのだった。