リーダーの仕事
冒険者の仲間――パーティーを率いるリーダーは、基本的に悩みが多かった。
大規模であれば、管理する人間を雇えば良いのかも知れないが、信用出来ない奴に金を預けることも出来ない。
自室で、モニカが全員から聞いた消耗品のリストを見ながら、購入するべきリストを作る。
「え~と、これはパーティーで揃えるから良いとして、問題はアリアだな。これ、絶対に個人で揃える奴だろ。というか、アリアしか使わないじゃないか」
装備の買い換えをまとめて行なったために、アリアは金欠状態だ。屋台巡りをしているのは知っていたが、それでも許容範囲だったので放置していた。
仲間が借金をして、首が回らなくなれば他の仲間に影響が出るのである程度の管理はしなくてはいけない。
自分の事だけはなく、パーティーの面倒も見ないといけないのがリーダーだ。つまり、時間がないのである。
「明日はミランダと買い物をして、次がクラーラで、アリアは……」
加えて、仲間との交流と――。
そんな俺の姿を見て、自分のツインテールを両手にそれぞれ握り、つまらなそうにしているモニカは放置することにした。
俺の側で色々と手伝い、暇になるといじけている仕草をするのだ。今も座り込んで悲しそうに歌を歌って気を引こうとしている。
「……モニカ、全部を揃えると予算的には」
そして、俺が声をかけると立ち上がったビシッと両手を上げて。
「オーバーです。具体的に言うと金貨で十枚程度! 迷宮での稼ぎが、どの程度になるのかも不明なので予算をこれ以上組めば赤字覚悟が必要ですね! ま、チキン野郎の財産からすれば、微々たるものですが」
依頼を受けるにしても、パーティーを動かす手間を考えればどんな仕事でも受けて良いわけがなく、パーティーを動かして黒字を出すのがリーダーの仕事でもあった。
「赤字覚悟でもいいんだけど、流石にソレに慣れるのは……」
これから金がいくらあっても足りないというのに、俺がしっかりしないのは不味いと思っていると、宝玉からアドバイスが聞こえてきた。
お金関係に強い四代目だ。
『悩んでいるようだけど、ライエル……別に常に全力で挑む必要はないと思うぞ』
俺は宝玉に触れると、四代目が説明を続けてくれた。
『パーティーを常に全員で運用する必要はない、って事だよ。適度に戦力を迷宮に送り、二名から三名は休ませておけばいいんだ。ライエルの休暇は、迷宮に挑まなくてもいい。場合によっては、二名か三名だけを連れて迷宮に挑んでもいいんだよ。今ならそれができるだけの人員が揃っているし』
人数は少ないが、個々の実力は高いのが俺のパーティーの特徴でもあった。
『全員で挑むのは、今のままだと過剰戦力だよ。適度に交代させておけば、戦力を温存出来る。それに、消耗品の減りも抑えられるよ』
全員が均等に経験を積めないのではないか? そういった不安もあったが、金がなければ動けないのも事実だった。
だが――。
(ノウェムとミランダの事もあるし、交代して色んな編成を試し見るのも良いかも。というか、ノウェムとミランダ以外にも、仲の悪い連中はいないよな?)
この機会に調べておくのも悪くないと思い、ベイムでは初の迷宮討伐とあって色々と試行錯誤が必要だと感じた。
俺はモニカに視線を向け。
「クラーラ用のミニポーターはどうだ? 完成しそうか?」
モニカは両の手の平を上に向け、肩を上下させて言う。
「作業場が借りられないので、本当に簡易的なものになります。箱に車輪と足がついたようなリアカーですけど、一台は完成していますよ」
迷宮の詳細な情報は得たのだが、どうにもポーターが入れるほどに広くなかった。入れても、階段を降りられない。
そして、道を曲がれないとモニカが計算している。
(狭い空間での戦闘となると、少数が無難だな)
本来なら、パーティーを二つに分けて挑もうとしたのだが、ベースでシャノンだけというのも危険だろう。
「……モニカ、全員に迷宮討伐は交代で挑むと伝えてくれ。予定は俺の方で組むから――」
そう言うと、宝玉内から五代目がアドバイスをしてきた。
『……意見はまとめろ。それから、自分一人で決定するな。物資は次回も利用出来るから、必要な物を揃えて、今日にでも全員に伝えておけ。会議をしろ。後で面倒になる』
七代目のスキル【ボックス】があるので、俺は食糧などの保存も可能だった。俺のパーティーの荷物が少ないのは、この便利な七代目のスキルがあるからでもあった。
俺は首を横に振ると、モニカが俺の言葉を待っていた。
「――止めた。必要な物を今日は買う。だけど、交代で挑むのはみんなで話し合おう。今日の夜には集まるように伝えてくれ」
モニカは頷くと。
「チキン野郎にしては最善ですね。ま、出かけている方もいるので、全員には無理でしょうけど」
出かけている人物を思い浮かべると、真っ先にミランダの顔が浮んだ。次点でノウェムやエヴァ、そしてメイだ。
メイがベイムを見て回るので、ノウェムが保護者として付き添っている。
(クラーラは本を買えばしばらく読書だし、アリアは朝早くから出かけないし、シャノンは……ミランダ次第だからな)
「戻ってきたら伝えるか。夜には戻るだろうし、その時にでも……なら、お前が戻ってきたら、そのまま買い物に向かうか」
そう言うと、モニカは顔を赤くしながら。
「べ、別にアンタと買い物に行けるのが嬉しいとかないんだからね! 急いで伝えてくるけど、早く一緒に買い物に行きたいわけじゃないから、勘違いしないでよね!」
などと言ってくる。
(毎回、どうしてこいつはこんな事をするんだろう)
「なら、俺一人で――」
そう言うと、モニカは真顔で。
「嘘です。無茶苦茶嬉しいので、連れていかないと後でネチネチ文句を言います。ウザくなるので、連れていった方が絶対に良かったと思いますよ。連れて行きなさい、お願いします。楽しみにしていたんですから」
「いや……今のままでも十分ウザいです」
そうして、ここで六代目がアドバイスをしてきた。
『ライエル、迷宮討伐の主要メンバーに挨拶を忘れるなよ』
(あ、それもあったんだ)
数日後。
俺は、他の仲間が準備をするなり、休暇を楽しんでいる時に酒を片手に普段はあまり来ない場所を歩いていた。
細目の男性に、今回の迷宮討伐で指揮を執る【アレット・バイエ】を紹介して貰う事にしたのだ。
もちろん、細目の男性が直接の知り合いではないが、伝を使って貰い接触出来ないか相談した。
相手が会うと言わなければ、紹介して貰えないのは当然だ。しかし、俺が短期間でギルドに認められたこともあり、相手は興味があるようだった。
面会を許可して貰い、こうして足を運ぶことになった。
(断ってくれれば良かったのに)
そう思ったのは、相手が依頼をこなして戻ってきたばかりだからだ。リーダー自ら依頼を達成しに向かい、そして戻ってきたばかりのところで俺が挨拶をしないといけない。
ゆっくりしたい時に、客が来るのもどうかと思った。
同時に、俺の予定もギリギリなのだ。
パーティーメンバーに交代で迷宮に挑むことは伝え、許可も取ったがそうなった場合に報酬はどうするのか? 編成は? 休みは? などと色々と問題が出て来て、意見の調整も大変だった。
(五代目の意見を聞いておいて良かったよ)
そう思っていると、目的の建物がある場所に到着する。
この辺りは、屋敷があったり宿屋のような建物が並んでいたりとしていた。そして、この辺りには多くの冒険者が住んでいる。
宿屋で寝泊まりするよりも、アパートを借りるよりも、こうしたところで暮らせる冒険者たちは成功した部類だろう。
極一部がとんでもない生活をしているが、パーティーで建物を使用している冒険者たちも珍しくはなかった。
「ここだな」
ドアに近付き、ノックをしようとすると急にドアについていたのぞき窓が横にスライドした。
そこから、こちらを見る二つの目は、まるで獲物を見つけた獣の目をしている。紫色の瞳は、少し怖く見えた。
「なっ!」
近付いたのを察知し、先に対応してきたのだろう。だが、あまり嬉しい対応ではなかった。
(もっと心の準備をさせて欲しかった)
などと思っていると、口を開く前にドアが開けられる。
「あ、あれ?」
先程から困惑していると、ドアを開けて出て来たのは肩にギリギリ届かない金髪を、ボブカットにした女性だ。年齢は二十代になるかならないかくらいに見えた。
そして、外に出てくると両手を広げ――。
「ウェルカムだよ、美少年! さぁ、私の胸に飛び込んでくるといい! あ、ついでにこの書類にサインをしないか? 今なら私と私の財産がついてくる! 何、貴族の出身といっても四女。しかし、生活に苦労はさせないぞ! しかも未使よ――」
させないぞ! などと言って、相手はウインクをしてきた。美人であるが、どこか残念な印象のある人で、そして手には結婚という文字が書かれた書類が握られていた。
奥からは、仲間が彼女を取り押さえる。
「アレット隊長! お願いだから外に出ないで! 私たちで対応しますから、これ以上は人前に出ないで! こっちまで恥ずかしくなりますから!」
「止めてくれ。私の婚活の邪魔をするんじゃない! これでも、白馬に乗った王子様に憧れているんだ。中身は少女だ! ちなみにしょ――」
「もういいよ! 中身は少女でも、外見が婚期ギリギリでもいいんだよ! 早く中に入って……というか、誰だよ! 隊長を部屋から出したのは!」
数人の男たちに取り押さえられた女性は、清々しい笑顔で。
「誰も私を縛れないのさ。だけど、結婚という鎖で雁字搦めにして欲しいの」
彼女の仲間たちが、俺に言う。
「……普段は立派な隊長なんだよ。本当だよ」
俺は、持ってきたお土産用のお酒三本を地面に置いて、両手で顔を隠すように押さえた。
「初対面の女性が、俺の心を抉ってくる」
宝玉内からは、三代目のつまらなそうな声がした。
『ふん、らいえるサンをその程度で超えられると思わないことだ。僕たちのらいえるサンは、もっと斜め上を行くぞ』
七代目が。
『ウォルト家の麒麟児は、並大抵の事では超えられませんな』
こいつら、楽しんでいる。……最低だ。
直感で理解した。
この人も“成長後”の被害者である、と。
彼女の仲間が、必死に彼女を囲んで建物の中に引きずり込んでいった。どこかの騎士とは聞いていたが、確かに全員の恰好に統一されている部分が多かった。
彼女の代わりに出て来た男性は、疲れた表情をしながら汗をぬぐって髪を整え服装の乱れを正して俺に。
「は、はじめまして。ライエル殿ですね」
俺は先程の光景を、なかった事にして男性に対応した。
「はい。次回の迷宮討伐で初参加になるので、挨拶をしておこうと思いまして。あ、これはお土産です」
「……ありがとうございます」
男性のありがとうが、お土産にたいしてなのか、それとも先程の光景をなかった事にしたお礼なのか判断がつかなかった。
ただ、今日は日が悪いというのは理解出来ている。
「あの、今日はご挨拶程度なので、俺はこの辺で失礼しますね」
「あ、はい。その、出来れば……」
相手が何を言おうとしているのかを、俺は理解していた。だから、黙って頷き。
「俺は何も見ていません。何も聞いていません」
男性は、俺に。
「ありがとう。本当にありがとう」
そう言うのだった。
四代目が、ボソリと。
『本当に顔合わせだけになったね。お土産に上等な酒を用意したのに』
六代目は。
『まぁ、相手の恥ずかしいところを見ましたし、目的である顔合わせも済みました。悪い事ばかりではありませんし、むしろこちらの方が美味しいですから』
三代目も。
『最高のタイミングだったね。なんなら、今度あった時はあの書類はいつも持ち歩いているのか聞いてみない!』
五代目は。
『今の婚期、って伸びたんだな。というか、貴族の娘であの年齢はちょっと不良物件を疑うレベルだ』
七代目も。
『巡り合わせが悪い、というのもありますからね。しかし、次期副団長という実力の持ち主ですか。そうですか……良いんじゃないでしょうか?』
六代目が同意する。
『いいな。実に素晴らしい。さて、問題はどうやって利用するか、だが……』
何やら悪巧みをしている歴代当主たち。
(こいつら怖い)
無事? に挨拶を済ませた俺は、アレット・バイエ率いる冒険者パーティーの住まいから帰る時に、周辺を見ながら歩いた。
成功した冒険者たちが、ベイムに拠点を持つ事は珍しくない。屋敷のような建物を持つ者もいれば、宿屋のような機能的な建物を好むパーティーもいる。
(出費が増えるから、俺としてもどこかに拠点を持てると楽なんだよな。モニカに色々と作らせるにしても、倉庫や騒音の対策が出来るところがいいし)
今のメンバーは、俺についてくると決めた仲間である。アパートを借りて、そこに住まわせてもいいのだろうが、流石にどうかと思った。
(出来るだけ見栄を張った方が良いかも知れないな。というか、見栄を張るためにも金がいるわけで……実入りが良い迷宮討伐が、どういうものか今回で知ることができる。家を持つことも考えないと駄目だな)
リーダーとして、色々と考えることが多くなった。
こういう時は、メンバーの一人として行動している方が楽だと思える。そして同時に――。
(ノウェムの奴、最近は口出しが減ってきたな。頼りにされているのか、それとも……)
以前は俺のために色々と動いてくれたが、どうにもセレスの一件以来距離が出来たように感じた。
認められ、任されているとも考えられるが、少し寂しくも思うのだ。
(……ノウェムとも、話をした方が良いんだろうな。俺のために行動してくれている訳だし)
どうにも、問い詰められないのは、どこかで嫌われたくないと思っているからかも知れない。
先延ばしにしているのは、別に俺だけでもない。それは、歴代当主――三代目、四代目が特にそうだ。
他の歴代当主も、どこかでフォクスズ家の出身であるノウェムを疑いつつも問い詰めろと言わなかった。
それだけ、ウォルト家と密接に関わってきたのだろう。一家臣のように扱ってきたが、どこかで裏切るとは考えていないのかも知れない。
(そう言えば、フォクスズ家も不思議な家だよな。初代が言うには、元はお隣とか言っていたし)
二代目も、そして三代目も、更には四代目もフォクスズ家を頼りにしていた。王家では無く、ウォルト家に忠誠を捧げているように見える、などと言われる程に。
(いつか、ちゃんと話をしないと……)
帰り道、俺はどうにも気分が悪く、聞いてはいけないのではないか? と、胸騒ぎがするのだった。