第八章プロローグ
――ギルド会議室。
ギルドの幹部により集められた職員たちは、見つかった迷宮に関する資料を受け取りどのパーティーに斡旋するかを会議していた。
黒髪オカッパ頭のタニヤは、眼鏡の位置を正しながら内容を確認する。
(最低でも地下十階規模。階層毎にボスがいるのは確認済み。三階層までは足を踏み入れ、探査したパーティーは帰還)
討伐難易度は決して高くなく、優しいとすら思われていた。
だからこそ、送り込むパーティー選びも慎重になっていた。ここで大量に冒険者を送り込み討伐しても、犠牲が出ればギルドが抱えている冒険者を減らしてしまうためだ。
いくらベイムに日々冒険者が集まると言っても、下手な冒険者たちを送って全滅でもされれば迷宮が活性化してしまう。
会議を仕切るのは、スイーパーでもなんでもない職員の主任だった。
七三分けのチョビ髭で、細身の男性職員は自分だけが持つ資料を見ながら全員に確認を取る。
「誰か、推薦するパーティーはいるかね? 推薦しても、相手が断るだろうから少し多めがいい。全員参加と言っても困らない数は確保しておきたい。それと、対応出来るパーティーだけを推薦するように。依頼でいつ戻ってくるか分からないパーティーは駄目だよ」
タニヤの隣に座っている女性職員【マリアーヌ】は、タニヤと正反対な受付の職員だった。
スイーパーでもなく、金髪のストレートロングの髪を持ち垂れ目の瞳は緑色。お姉さんと言った雰囲気を出しており、どこかホワホワしたノンビリした印象をよく持たれる女性だった。
溜息を吐き、会議に参加する意味がないのをぼやく。
「私、基本的に新人専属なんだけど」
タニヤは、それを聞いてクスクスと笑った。
「会議の参加は義務ですから。それに、いつかは受け持っているパーティーが迷宮に挑むかも知れませんよ」
それを聞いて、マリアーヌは首を横に振った。
「何年後の話よ。その頃には、私より若くて綺麗な子が引き継いでいるわ。いくつか掛け持っているけど、どこも何も知らない若い子ばかりよ。おだてて仕事をさせて、それで成功する連中が半分もいないのを知っているでしょう」
マリアーヌが受け持っているパーティーは、ベイムになんの知識もなく冒険者になった新人、もしくは実力が乏しいパーティーだ。
そういったパーティーを、ギルドにとって優秀な冒険者に導くために彼女のような職員は沢山いた。
タニヤは会議室の黒板を見ながら、頷く。そこには、推薦されたパーティーの名前が書き込まれていた。
「そうでしたね」
周囲では、職員たちが懇意にしている冒険者やパーティーを推薦する。受付の職員は多いが、仲良くなる者たちは多い。
それは、ギルドに舞い込んだ依頼を達成して貰うための、一種のコネ作りだ。
タニヤは少し考え、手を上げる。
「タニヤが推薦とは珍しいね。それで、誰を推薦するんだい?」
主任が珍しがっているのも無理はなかった。何しろ、タニヤが迷宮討伐に冒険者を推薦するのは、これが初めてであるからだ。
ベイム東側ギルドにとって、迷宮討伐は冒険者にとって大きなメリットである。最奥の間の財宝を得られる機会を得られるためだ。
そのため、受付の職員に媚びを売る冒険者も多い。しかし、タニヤは、表向きは受付嬢だが、裏ではスイーパーをしている。
冒険者である犯罪者を処分するのだが、普段は受付で仕事をしていた。それは、普段から冒険者たちの顔を見ておくためだった。
そのため、推薦などあまり興味がなかったのだ。
だが、今回は――。
「ライエル率いるパーティーを推薦します。管理番号は――」
それを聞いた主任が、手元にある資料の中からライエルたちの記録が載っている書類を探す。
「あ、このパーティーか。確かに面白いパーティーだね。対応力もあるし、基本的にどんな依頼もこなす万能型か……でも、少し早くないかな?」
ベイムに来てまだ一ヶ月のパーティーでありながら、依頼の達成では高い評価を得ていた。ただ、問題なのは来て日が経っていない事だ。
他から見れば、優遇されているように見えるだろう。
「それだけの能力があると思っています。それに」
「それに?」
主任が興味を示すと、タニヤは少し笑うのだった。
「随分と面白いパーティーですが、優秀で引き留めておきたいと考えます」
主任が手元の資料を見てアゴを撫でると、何度か頷くのだった――。
依頼の達成を終えた俺は、東側ギルド支部――東支部に顔を出していた。
風呂に入ってきたので青い髪が濡れており、それに伸びてきたので近い内に切らなければと考えている。
ギルドのロビーに入ると、いつものように広いロビーは大勢の人で埋め尽くされていた。
薄い緑色の髪をしたミランダは、寒さもあって上にコートを羽織っている。
俺も同じだが、羽織っているのはローブだった。
下は普段着で、腰にはサーベルとナイフを下げている。
周囲を見回して、時間が余りかからない列を探すのだが。
「いつも通り混んでいるわね。明日でも良かったんじゃないの」
ミランダは戻ってきたばかりで、風呂に入って軽く食事をした事もあって少し眠そうにしていた。
今回の依頼は、ベイム近くの村で複数の依頼を行なうというものだった。魔物退治、同時に村の修繕の手伝いや雑用系の依頼をまとめてこなしたのである。
普通はいくつかのパーティーを送るのだが、なんでもできるパーティーである俺たちが行けば少ない人数で終わるので交渉をして引き受けた。
代わりに、しばらくは依頼を引き受けないでもいいようにして貰っている。
一ヶ月は自由に出来るとあって、ベイムの迷宮に挑もうかと考えていた。
「早く終わらせておきたいんだよ。それに、明日からは休みにするんだし、朝から休みの方が良いだろ」
書類の入った封筒を持ち、列に並ぶとミランダがついてくる。
「なら、明日は私の買い物に付き合ってよ。いいでしょう? シャノンにはペンダントを買ってあげたのに、私には何もなし?」
ハハハ、と笑いながら俺は頭の中では焦っていた。
(しまった! ミランダにはまだ何も……でも、前に依頼先で一緒に買い物をしたような? いや、あれはアリアだった!)
焦っているのを悟られないように、俺は言う。
「安物なんだけどね。ペンダントが欲しいの?」
ミランダは笑顔で。
「ライエルからなら、なんでもいいわよ。一番安く済ませたいなら、キスで勘弁してあげる」
小さく投げキッスをするミランダに、俺は「何が良いか考えておくよ」などと言いつつ、首に下げた青い宝玉を握りしめる。
(助けてくださいよ!)
助けを求めて握りしめた宝玉からは、歴代当主が順番に最善策を提示してくる。
最初は三代目が、いつものように飄々としながら。
『なんでミランダちゃんを忘れるかな。一番注意しないといけないのに……キスの方が喜んで貰えると思うよ』
四代目は、俺にイライラしながら。
『だから、ちゃんと日記を付けろと言っただろうが! いいか、八人もいるんだぞ! 覚えきれるわけがないんだ! マメに書き込んで計画的に行動しろよ!』
五代目は四代目をからかいつつ。
『アンタはたった一人のママにすら苦労したからな。というか、ライエル……お前、言われてから行動するのはどうかと思うぞ。最低限の付き合いをすれば、下手に関わらなくて良いんだから気を付けろ』
六代目は、お気に入りのミランダの事とあって。
『……前に俺も言ったんだが? お前、その辺はどうしていつも駄目なんだ』
孫馬鹿である祖父――七代目は。
『お前ら、少しは的確なアドバイスをしろ! ライエル、ここは冷たく突き放すのも一つの手だぞ。いいか、わしなどゼノアの尻に敷かれた事など一度としてないからな。こういう時は――』
俺は七代目の意見を聞きながら。
(いや、お婆さまはアンタの事を上手く掌の上で転がしていたよ。今にしても思えば、お婆さまは結構凄かったよなぁ……)
冷や汗をかきそうな俺の周囲には、他の冒険者もいる。
そんな状況で、甘い雰囲気を出していれば……。
「けっ! 良いご身分だな」
露骨に不機嫌な態度を取ってくるのは、違う列に並んでいた【エアハルト・バウマン】だった。
上着はタンクトップだが、今回は上にコートのようなものを羽織っている。大剣を背負い、周囲には彼の仲間がいた。
こちらを睨み付けてくる。
(羨ましく見えるのかよ、お前には!)
笑顔で曖昧に笑ってごまかすが、エアハルトとはベイムに来てすぐに決闘騒ぎを起こした仲だった。向こうはライバル意識ではないが、対抗心を燃やしているようで、喧嘩腰だった。
しかし――。
「次、エアハルト君~。あ、また睨み付けて! 駄目ですよ!」
エアハルトたちの前にいた冒険者たちが、受付を済ませてどこかへと行くとエアハルトたちは笑顔で金髪の胸の大きな受付嬢のところに行く。
「い、いやだな、マリアーヌさん。こいつが五月蝿かったんですよ。すぐに行きますね」
鼻の下を伸ばし、マリアーヌという職員に今日の成果を報告していた。
「手分けして溝掃除をしてきました。これが書類です!」
「はい、ご苦労様です。……凄いじゃないですか! 前まで『D』だったのに今は、『C』評価ですよ。頑張ったんですね、エアハルト君たち。私も嬉しいです」
「エヘ、エヘヘヘ」
嬉しそうにするエアハルトたちを、周囲の冒険者たちが見ながらボソボソと。
「なぁ、アレってさ」
「だろうな。あの美人さん、新人専用だよ」
「あいつら何も知らないで……可哀相に」
俺は、エアハルトたちが可哀相なのかと首をかしげた。ただ、本人たちは凄く幸せそうで、真っ当な冒険者の道を進んでいた。
(……あいつらにとっては、こっちの方が良いのかも知れないな)
様子を見ていたら、エアハルトたちが俺に振り返って勝ち誇った顔をしていた。自分たちの専属受付嬢が美人なのを、自慢しているようだ。
すると、頬を軽く掴まれた。
ミランダがニコニコしながら。
「あんまり見ない方が良いわよ。嫉妬しちゃうから」
ミランダの手をどけ、俺は溜息を吐く。
「嘘を言うな。楽しそうに見えるぞ」
俺はミランダの性格を知っている。本当に嫉妬でもすれば、あらゆる手段で対象を排除しかねないのがミランダだ。
もっとも、そうなる前に色々と手段を講じて阻止に入るくらいミランダならやってのける。
「ま、見ている分には面白いけど、そんなにジロジロ見ないの。こっそり見ているくらいがいいのよ」
ミランダも、エアハルトたちが上手く利用されているのに気が付いていたようだ。俺は露骨に見るのを止めた。
列が動き出し、俺たちの順番が回ってくる。
今日の受付は、名前も知らない初めての職員だった。
二人して椅子に座ると、職員が俺の差し出した封筒とギルドカードを受け取る。
封筒を丁寧に開け、そして中身を確認すると表情は変わらないが頷きながら労をねぎらってきた。
「全て評価『B』ですか。お疲れ様です。いくつか系統の違う依頼でしたが、問題ないようでしたね。これからも期待していますよ」
テキパキと処理を行ない、そして俺に書類とギルドカードを返してきた。職員は立ち上がって報酬を取りに向かった。
相手が離れると、ミランダが少し拍子抜けしたような感じで。
「アラムサースとは大違いよね。教育を受けている、って聞いたけどここまでとは思わなかったわ。もっと荒々しいイメージがあったのに」
何を期待しているのだろうか?
すぐに報酬を持ってきた職員が、俺に金額の確認をして欲しいと言ってきた。だが、同時に。
「ライエルさんでしたね。依頼をいくつも達成されているので、月一程度でお仲間の冒険者をギルドに連れてくるなり足を運んで貰ってください。ギルドカードの更新手続きもありますので、定期的に顔出しをお願いしたいのですが?」
丁寧な相手の対応は、冒険者になった時に対応してくれたダリオンのホーキンスさんを思い出してしまう。
「そうでしたね。近い内にでも」
「お願いします。そちらの方は更新されますか?」
ミランダがギルドカードを差し出すと、職員は受け取ってすぐに更新を行なっていた。
「あ……」
職員が急に何かを思い出した様子だったので、俺は何事かと真剣な表情で職員の顔を見る。
相手は「すみません」と謝罪しながら、ミランダのギルドカードを返してきた。
「ライエルさんたちに迷宮討伐の依頼が出ていますね。ギルドカードの更新は、討伐に行かれるのであれば、その前に済ませて頂くと助かります」
俺はミランダと顔を向き合わせ、同じようにその後職員の顔を見た。
「迷宮討伐ですか?」
職員は少し困ったような表情をしていたが、俺に説明してくれた。
「はい。迷宮が発見されまして、討伐依頼が出されましたから……あれ? 確認していませんでしたか?」
迷宮討伐の情報が、ロビーの掲示板に張り出されるのは知っていた。だが、俺たちがベイムに来てまだ日が浅かったのだ。
その事を職員に説明すると。
「それで。でも、依頼は出されたばかりなので、拒否する事も出来ますよ。出発は一週間後を予定していますから」
俺は職員に。
「仲間と話をしたいので、明日にでも受けるか受けないかを決めます。報告は明日でもいいですか?」
職員は頷きながら。
「えぇ、構いませんよ。早い方が良いですが、二日後くらいまでなら助かりますね」
手続きを終え、報酬を受け取った俺はミランダと共に席を立ってギルドから出るためにロビーを歩き出した。
ミランダが。
「思っていたよりも早いわね」
「あぁ、少し早すぎるような気がする」
予定では三ヶ月はないだろうと考えていた。
だが、意外にも迷宮討伐の依頼が俺たちに出された。
宝玉内からは、六代目の怪しむ声が聞こえてくる。
『上手くいきすぎだな。何事もなければいいんだが……』
俺たちを罠にはめるつもりかと考えるが、ギルドがソレをする理由が分からない。手は抜いていても、俺たちはギルドにとって有力な冒険者であるのは事実だ。
(何かあるのか?)
考え込むと、ミランダがギルドの壁に掛かっている掲示板を見る。
「あ、本当に迷宮討伐の依頼が出ているわ。番号も載っているわね」
そこには、迷宮討伐の依頼が出された冒険者やパーティーに与えられたベイムでの管理番号が書かれていた。
ギルドカードに刻まれており、俺は掲示板の番号を確認する。
「本当に載っているな」
少し違和感がある俺だったが、ここまで早く迷宮に挑めるのは嬉しい誤算でもあった。