第七章エピローグ
メイの冒険者登録を行なった俺は、初心者用の講習を受けてゲンナリしたメイを待つためロビーの壁にあるソファーに座っていた。
階段近くにあり、硬いソファーに座ってメイを待っていると、見慣れた冒険者の一団が鼻の下を伸ばして受付で話を聞いていた。
聞き耳を立てると、途切れ途切れに聞こえる話し声からペナルティーを与えられたようだ。
依頼の達成はほとんど出来ておらず、評価も低くて報酬ではなく罰金を支払う評価だったようだ。
しかし、エアハルト率いるパーティーメンバーは、嬉しそうにしている。それが不思議で、彼らの背から見える受付の顔を見てその謎が解ける。
金色の長い髪に、ホワホワとした雰囲気を持つ垂れ目の女性が彼らを叱っていた。だが、その叱りと言うのも可愛らしい。
「いいですか! 冒険者も信用が大事なんですから、小さい仕事をコツコツするのが大事なんですよ!」
人差し指を立てて、説教をしているが全員の視線が胸に向かっていた。
「は、はい。分かりました」
鼻の下を伸ばしたパーティーメンバーたちが、受付嬢の説明を反論せずに聞いている。
年齢的にはお姉さんだろうか? 俺よりも何歳か上に見えた。
緑色の瞳は真剣で、エアハルトたちを心配しているのは間違いない。
だが、ギルド職員の制服を少し改造しているように見えた。大きな胸を強調するような制服で、タニヤさんとは違ってホワホワした優しいお姉さん。
それが、エアハルトたちに説教をしながら。
「しばらくは専属の受付として、私がしっかり管理しますからね! まずは、自分たちに出来る仕事を確実にこなしましょう。罰金を支払えないのなら、こちらが指定する依頼を達成すれば、ギルドの宿舎が使用出来ますから」
金もなければ、エアハルト以外――いや、エアハルトもまともな装備がないパーティーメンバーに、雑用系の依頼をいくつか紹介していた。
(ギルドに寝泊まり出来る施設があるとか聞いたけど、そういう事か。何もタダで止めるわけじゃない、と)
受付嬢は、エアハルトたちに罰金はギルドに分割で支払うように、自分が説得していると説明する。
「本来なら一括で支払うのを、私の方で止めて貰っているんですから、しっかり支払っていきましょうね。支払いが終われば、しばらく仕事をして装備が揃うまで魔物退治は禁止ですよ!」
プンプンと怒っている受付嬢の決定に、彼らは感激して感謝している。
(職員にそこまでの権限があるのか? というか、そこまでするのか?)
俺が不思議そうに見ていると、受付嬢が笑顔になる。
「一緒に頑張りましょうね、みなさん」
「はい!」
エアハルトが勢いよく返事をすると、他のメンバーたちも威勢良く返事をした。そして、色々と手続きに入っている。
俯いて書類に記入する受付嬢が、長い髪が耳にかかったのでそれを手でかきあげる。その瞬間、俺の方を見た。
エアハルトたちは、それに気が付かないのか受け取った書類に名前を記入している。
受付嬢の視線は、先程のホワホワしたものではない。雰囲気も、少しだけ鋭い気がした。そして、俺を見ると微笑んですぐに仕事を再開する。
驚いていると、階段を降りてくる多くの足音が聞こえた。
勢いよくジャンプをしたメイが、着地をすると俺に声をかけてくる。
「待った?」
「え? いや、あぁ……うん」
座っていた俺は立ち上がると、メイを連れてギルドのロビーを出て行くのだった。
(なんだったんだ?)
夜。
宝玉内で、俺は三代目と向かい合っている。
三代目の記憶の部屋は、周囲に街が広がっていた。
その広場で、片手剣を持つ三代目と戦う。
『確かに怪しい感じだったね。だけど、彼らを騙して消すためにだけに、そこまでするかな? 放置しても消えるかも知れないのに!』
喋りながら剣を振るい、俺のサーベルを弾いて蹴りを放とうとしてくる。だが、下がると三代目は地面を蹴って砂を俺にかけてきた。
視界を奪われるのを防ごうと手が動くと――。
「しまっ!」
最後まで言葉を言うまでもなく、その隙をついて三代目は剣で俺の足を深く斬りつける。
俺の視界には三代目の作り出した幻が見え、咄嗟に構えたサーベルはその攻撃を受け止める事がなく、今度は右腕が斬られる。
『ハハハ、まだ甘いね、ライエル』
広場の噴水に向かう三代目は、剣を放り投げて消すと近くのベンチに座る。
俺は痛みが引き、傷が治ると三代目の前に向かう。
「もう一回お願いします」
再戦を挑むと、三代目は笑顔で。
『断る。根を詰めすぎだし、今のままではいくらやっても無意味だね。道場剣術、っていうのかな? ライエルは素直すぎる』
型通りに振り続けた斬撃や突きが、三代目には甘く見えるようだ。戦場で戦い続け、魔物を倒し続けた歴代当主たちが、全盛期の肉体を持っている状態だ。
俺では未だに届かないのだろう。
俯いて拳を握ると、三代目は俺に言う。
『ライエル、僕と剣で勝負して勝つのも大事だけど、忘れていないかな? 剣術だけを極めても意味がない。最終的な目標は――』
「――セレスに勝つ事です。そのために、最低でもセレスと戦える実力を持つ事です」
俺にはセレスに勝つために、いくつかの条件が歴代当主から出されていた。
ウォルト家、そしてバンセイムに勝てる軍勢を持つ事。
セレスに勝てる少数精鋭の部隊を持つ事。
簡単に言えば、勝てる環境を作るという事だ。
歴代当主との訓練は、その一環でしかない。むしろ、セレスに勝てる存在を味方に付ければ、不要な事でもあった。
『……セレスをただ倒しても、全てはウォルト家の責任だ。勝利しても、その先には未来がない。それに、たった十名にも満たないパーティーで国には勝てない。戦争はね、やるからには勝たなきゃ意味がない』
勝つために、歴代当主は俺に知恵を貸してくれる。勝つために、俺は仲間を集めている。だが、このままではいったいどれだけの時間がかかるのか。
焦っている俺に気が付いた三代目は、諭すように言う。
『ライエルが中途半端に挑めば、きっとこれからもセレスは狂気を大陸中に振りまくね。やるなら一度。それも、共倒れではなく完全な勝利を目指すんだ。そうしなければ、ライエルもセレスを倒した後に同じウォルト家の男子として処刑される可能性もある。それは、助けてくれた仲間を裏切る事になるよ』
それでも、今の俺にはセレスに追いつく方法が分からなかった。俺個人には軍事力など存在しない。
周辺諸国をまとめ上げ、バンセイムに戦いを挑むのも難しい。
『焦ったところで成功率は上がらない。急ぐのと、焦るのは別だよ。それに、まずは情報を集めないとね』
周辺国の情報もベイムなら集まる。
ベイム初の依頼を達成し、俺は本格的にここで動き出す事になる。
「その情報も集まっていませんけどね」
俺は自虐のように言うと、三代目は真剣な表情をしていた。
『どの道、周辺国はバンセイムがおかしいと思っても攻め込まないだろうね。それだけ大きくしてしまった僕たちにも責任はあるかも知れないけどさ』
六、七代目はバンセイムに大きく貢献した。
三代目も同様で、バンセイムの危機を救っている。
『ライエル、僕と約束しないか』
「約束ですか?」
三代目はベンチから立ち上がると、俺の胸に拳を当てて言う。
『セレスを倒した先を見るんだ。これはね、セレスを倒すだけの話で終わらない。僕たちが助けるのは、その先の未来が欲しいからだ。繋げてきたウォルト家の血筋……それを未来に続けるためだ』
「……未来、ですか?」
三代目は頷いた。
『そう。だから、相打ち覚悟でセレスに勝つなんて思わない事だ』
「……その間に、多くの命が失われても、ですか」
『そうだよ。自惚れない事だ。女神ですら全ての人間を救うなど不可能だ。それなのに、人間が全ての人間を救えると思うのは傲慢だよ。それに、今のライエルではどう足掻いてもセレスには勝てない。勝つか負けるかの賭けにもならない』
国に挑む事を決めた時から、どうしようもない差が俺とセレスの間にあるのは分かっていた。だが、挑むと決めた時、更にその差が大きくなった気がした。
「……絶対に勝ちます。未来も手に入れます」
三代目は拳を俺から離すと、微笑んで歩き出す。
『それでいい』
――バンセイム王国。
一つの街が燃えていた。
街を囲んでいるのは、バンセイムの正規軍。
騎士たちが馬に乗り鎧を着て整列していた。その中央には、武具を着込んだマイゼル・ウォルトが立っている。
特別に作らせたセレスの輿は、屋根がついており輿を担ぐ騎士たちが側で控えていた。地面に置かれた輿の上では、椅子に座ったセレスが燃え上がる街を見ていた。
「呆気ないわね」
不満そうなセレスは、特別にあつらえたドレスのような鎧を身に纏っていた。
マイゼルは。
「三万で囲めば、このような小さな街一つなど簡単なものだ。まったく、セレスに逆らうとは、どこまでも愚かな連中だ」
バンセイム王国の王太子が、急に婚約者を変更して大騒ぎになっていた。そして、セレスの事が広まると、反論する貴族たちが出始めたのだ。
「勇敢な領主貴族と思っていたが、見込み違いだったようだな」
子爵家が治めていた街は、逃げ惑う民衆が兵士たちに殺されている。周辺にある村などにも、参加を申し出た領主貴族によって襲撃が起きている。
略奪が行なわれているのだが、誰もそれを責めない。
セレスは燃え上がる街を遠目に見ながら、せっかく王国から連れてきた正規軍の相手に相応しくないと思っていたのだが……。
「まぁ、いいわ。それにしても、悲鳴が聞こえないわね。もっと近づきなさい」
輿を管理する騎士に言う。
騎士は。
「し、しかし、セレス様に何かあれば――」
鎧を着た騎士が反論すると、マイゼルは腰に差しているサーベルを引き抜き、騎士の鎧の隙間――首辺りに刃を差し込んで突き殺す。
「ウォルト家の娘が、その程度の事を恐れると思ったか! これだから宮廷貴族は……」
目の血走ったマイゼルを見て、輿を担ぐ騎士たち――宮廷官位の低い騎士たちは、恐ろしくなったようだ。
セレスは、騎士の鎧から噴き出した血が、頬にかかった。それを指先でぬぐうと、そのまま唇に塗り、舌で舐める。
その様子を見た騎士たちが、妖艶さに心を奪われる。
「お父様、戦場を知りたいですわ。それと……戦っている騎士がいるようです。ここまで通して頂けません。勇者には私が直々に会わないといけませんし」
微笑むセレスに、マイゼルは渋る。
「だが、相手は名のある騎士だ。正規軍が何十騎と討ち取られているぞ。流石に娘をそのような奴の前に曝すのは」
支離滅裂なマイゼルに、セレスは微笑みながら周りにいる騎士に言う。
「心配性ですね、お父様は。さぁ、勇者を見に行きましょう。大丈夫……私がいるのだから、勝ちますよ」
輿を持つために集められた騎士たちは、高い位置にいるセレスを見上げて唾を飲む。輿が持ち上がり、セレスはそのまま何十人という男たちに担がれ、戦場を進むのだった。
そして、伝令が走ると、街を守るために戦っていた騎士から騎士や兵士たちが退き始めた。
近くに馬がいた騎士は怪しむが、輿に乗ったセレス率いる本隊が近づいているのを見て、馬に乗って突撃をかけてくる。
優秀な騎士なのは、その突撃する姿を見てセレスにも理解出来た。マイゼルも。
「ふん、なかなかではないか」
セレスは、その騎士が若く二十代半ばだと思うと欲しくなった。
「私の馬を」
そう言うと、輿が下ろされセレスの愛馬が姿を現す。黒い鱗を持ち、灰色のたてがみと角を持つその聖獣は、まさしく麒麟であった。
「待ちなさい、セレス! あれは強い。お前に傷がつけば――」
父であるマイゼルが悲しんでいると、セレスはウインクをした。
「大丈夫ですよ、心配性なお父様」
そして、麒麟に跨がると部下が差し出したレイピアを受け取った。腹を蹴って走らせると、わざと麒麟に地面を走らせる。
セレスのために騎士や兵士たちが道を空け、そして目の前に返り血を浴びた騎士が槍を持って突撃してくる。
鎧は機能的でありながら、装飾されており優雅さもある。馬も名馬なのか、逞しくそして主の足として働いていた。
人馬一体。
それだけのものを積み上げるのに、目の前の騎士はいったいどれだけの鍛練を積んできたのか。
「あぁ、欲しいわ。ルーファスより全然良い!」
鋭い相手の視線は、セレスに殺気を向けている。セレスはそれを心地良いと思いながら、王太子よりも彼の方が欲しいと口走る。
すれ違い様に、セレスのレイピアと騎士の槍が交差する。
火花が散り、互いに振り返って近づくと騎士が槍を両手に持って足だけで馬を操りセレスに突きを繰り出していた。
「この化け物がぁぁぁ!!」
その槍の鋭さに、セレスはワクワクしていた。細いレイピアで槍の突きを弾く。普通なら、ここで相手は体勢を崩す。しかし、相手は崩れる事なくセレスに攻撃を繰り出していた。
「良いわね。貴方、凄く良いわ。私の親衛隊に加えてあげる。さぁ、名前を教えてくれるかしら。それと、そんな無粋なものは取りなさい」
兜など最初からしていないセレスは、相手の顔が見えないので兜を弾き飛ばした。
相手の顔が見えると、端整な顔立ちに鋭い眼光を持つ青年が手綱を持って距離を取る。
宙に浮んだ兜が、セレスの手の上に落ちるとそれを掴んでセレスは左手でクルクルと遊ばせた。
「さぁ、名前を言いなさい」
だが、相手の騎士は。
「断る! このような卑劣な行為をする連中に、名乗る名は持たぬ! 宣戦布告も無しに侵略し、街を焼き払った貴様は絶対に許さぬ!」
微笑んでいたセレスが、急に面倒そうな表情をした。
(はぁ、時々いるのよね、こういう奴が……)
すると、レイピアの柄に埋め込まれた黄色い宝玉から声がした。妖艶な声は、笑っているように聞こえる。
『フラれたな、セレス。しかし、実に惜しい。きっと、バンセイムでも指折りの騎士であるだろうに……どうする?』
セレスは声に耳を傾けながら。
「そうねぇ。何か面白い方法はないかしら」
目の前の騎士は、眉を動かしセレスを見ながら槍を構えた。
『忠義心のある騎士か。そうだな、此奴は生かして守るべき民が死んでいく様を見せると面白いかも知れん。やった事はないのだろう? 自分が斬り刻まれるよりも、さぞ面白い顔をしてくれるぞ』
セレスの口元が三日月のように歪み、そして麒麟の腹を蹴ると騎士に向かって走らせた。相手も愛馬を駆けさせ、槍を構え突撃してくる。
交差し、互いの馬が速度を落として立ち止まる。
すると、セレスのスカート部分に切れ目が入る。
「あら?」
『気を抜いたな。セレス、お前は前からそうだ。もっと優雅に振る舞いなさい。これでライエルに続いて二度目よ』
ライエルの名を聞くと、セレスの眉間に皺が入る。
「……ノウェムがいなければ、斬り刻んでいたのに。アレが生きているだけで、私は……」
宝玉からは笑い声がする。
『ライエルを飼えば良いと教えたのに、お前はそこにこだわりすぎる。私はあの者を愛でていたいがな。美しく騎士としても優秀……アレも、お前と同じだぞ』
セレスは髪をかき上げると、振り返って騎士を見る。
「ふん、あんたのそういうところが嫌いなのよ」
同じように振り返った騎士は、口から血を吐き――槍を持っていた右腕ごと地面に落としてしまう。
そして、馬の首も落ち、地面に倒れると乾いた地面に赤い血が広がってすぐに吸い込んでいった。
「お、おのれ……」
セレスは騎士の近くまで麒麟で近づくと。
「あ~あ、やり過ぎちゃった」
『これでは長く持たないな。さて……』
だが、騎士は最後の意地を見せる。隠していた短剣を左手で取り出すと、セレスに飛びかかろうとしたのだ。
セレスの視線が細まると、そんな騎士に槍が突き立てられた。
「あら」
キョトンとするセレスは、槍を突き立てた騎士を見た。自分の輿を持つために、軽装姿の騎士は、槍を深くまた突き刺した。
脇腹に槍を受けた騎士は、口から大量の血を吐き出し。
「こんな事がいつまでも続くと思うなよ……いつか……お前らは」
溜息を吐いたセレスは、騎士の首をはね飛ばす。そして、片膝をついた自分を助けた騎士に視線を送りつつ、自分は斬り飛ばした騎士の首を手に持っていた。
髪を掴み、その表情に視線を向けながら。
「貴方、名前は?」
「ブレッド・バンパーです。セレス様!」
マイゼルが馬に乗って近づくと、サーベルを引き抜いた。
「この……余計な事をしおって!」
ブレッドを殺そうとするマイゼルを、セレスは止める。左手に持っていた騎士の頭部、そして兜をブレッドに投げて寄越した。
「駄目ですよ、お父様。私を助けたご褒美を上げるわ。その騎士の武具をあげる。今日からは、私の親衛隊に所属しなさい」
そう言われたブレッドは――。
「は、はい!」
感動して涙を流していた。
ブレッド・バンパー……彼は、サークライ家の娘であるドリスと恋仲にあった騎士であった。だが、今はセレスにのみ忠誠を捧げている。
セレスは麒麟に跨がり、輿へと戻る。
宝玉からは声が聞こえてきた。
『この程度の血で満足しているのか、セレス?』
すると、セレスは微笑みながら言うのだ。
「まさか。これからどんどん続けるわ。大地が血で染まった光景が見たいもの。それより、次の面白い事を教えてよ」
セレスにせがまれ、宝玉内の妖艶な声は告げる。
『フフフ、その無邪気なところは好ましい。そうだな、村を囲んで村人同士に殺し合いをさせるのはどうだ? 良い見世物だぞ』
セレスはそれを聞いて。
「良いわね! それよ! すぐに手付かずの村に行かないと! お父様!」
すぐに父を呼びつけるセレス。
それに応えるマイゼル。
「どうした、セレス。怪我でもしたか? それより、返り血のついた服を着替えないといかんぞ。お前のために用意したドレスも鎧も、沢山持ってきているからな」
国庫の金を使い、セレスのために税を使う。
だが、それを誰も咎めない。咎めればどうなるかを、今このように示しているのだ。
「私、近くの村で遊びたいの。すぐにここを終わらせて、次に行きたいな」
甘えるようなセレスに、マイゼルは笑顔で。
「そうか。略奪も大事な領主の勤めだからな。すぐに準備をさせる。おっと、その前に」
マイゼルが魔法使いたちに指示を出す。
「もういい。遊びは終わりだ。消し飛ばせ」
すると、杖を掲げた魔法使いたちが光でやり取りをする。街を囲むように配置された部隊から鐘の音が聞こえ、街から騎士や兵士たちが引き上げる。
そして、マイゼルがセレスに頷くと。
「バーン!」
親指を突き立て、人差し指で街を狙うようにしていたセレスが言うと。
周囲の部隊から魔法が撃ち込まれた。
火、水、土、風、雷……全てが襲いかかり、一つの街が消えてしまった。同時に、数千人の命も消えた。
だが、セレスはそんな事など関係なく。
「アハハハ、流石にバーンはなかったかな」
セレスが笑うと、マイゼルは笑顔で。
「何、セレスは何をしても可愛いぞ。おっと、もう婚約をしたセレスには、美しいと言うべきだったかな」
セレスは頬を膨らませ。
「もう、お父様はそうやってからかう。さぁ、お父様」
セレスがマイゼルを急かす。
「うむ、すぐに手付かずの村に行こう。おい、次は略奪に向かう。他の領主が襲っていない村を探せ」
近くにいたウォルト家の騎士たちに命令を出すマイゼルを見て、セレスは満足そうにしている。
宝玉からは、そんなセレスを見て。
『セレス、お前は可愛いね』
そんな声が聞こえるのだった――。
ベイムにある喫茶店で、ノウェムはある人物を待っていた。
ライエルたちは休日とあって別行動をしており、誰にも知らせずにノウェムはある人物と接触をするためにそこにいた。
小さな喫茶店のドアが開けられ、ドアに取り付けられた鐘の音が店内に聞こえた。ノウェムは足音を聞き、振り返る事なく自分が呼び出した相手が来た事を知る。
店員が客を席に案内しようとすると、その客はノウェムを見つけると飲み物を注文してノウェムのいるテーブルに持ってくるように頼む。
荷物を持ったその客は、ノウェムの目の前に座ると用件を切り出してきた。
「久しぶりだな。挨拶は不要だろうから、用件だけを伝える。お前の言うとおりなったよ、ノウェム」
ノウェムはお茶を飲みながら。
「そうですか」
それだけだった。
相手は続ける。
「……バンセイムの子爵家が本当に消された。街も村も、だ。何もかも吹き飛ばした」
「そうなると思っていました」
相手はそんな態度であるノウェムに呆れもせず、荷物をノウェムに差し出す。
「父上からだ。そして、今日はお前に別れを告げに来た」
ノウェムは相手の顔を見ながら、荷物を受け取る。
「……セレス様に従うのですね、お兄様」
兄と呼ばれた青年は、荷物を渡すと飲み物を持ってきた店員にお礼を言ってそれを一口飲む。
そして、窓の外を見た。
窓が近くにある席で、店内にはそれなりに人がいた。カップルもいれば、親子連れもいる。
「父上はマイゼル様を裏切る事は出来ない、と。その決定に私も従う。ライエル様がいないウォルト家では、セレス様しか残っていないからな」
謎の多いのは、何もノウェムだけではない。
フォクスズ家自体に謎が多かった。王家よりもウォルト家の家臣として忠誠を誓う彼らは、他から見ても異端である。
「一族の中で、お前は一番血が濃いのだろうな。お前はいつも冷静だ。そして、判断を間違えないだろう。何事も淡々と処理出来る」
兄の言葉に、ノウェムはいつものように淡々と答えようとして――止めた。
「……お兄様、血の濃さは関係ないかと。ただ、私たちには記憶があるだけです」
「そうだな。だが、その記憶を色濃く継いだのがお前だよ、ノウェム」
互いに飲み物を飲み、会話をポツポツと繰り返す二人は飲み物がなくなった。
「次ぎに会う時は敵同士だ」
「はい」
「お前なら、私たちを前にしても慌てぬだろうが……ライエル様はどうか?」
ノウェムはライエルの事を思うと。
「優しい方ですので、ためらうかも知れません」
「そうか。私も、ライエル様に仕えたかったよ」
そう言って悲しそうに笑う兄を見たノウェムは、荷物を持って立ち上がるのだった。兄の分の伝票も受け取った。
「妹に奢られると、立場がないんだが?」
冗談を言う兄に、ノウェムは笑顔で。
「ここまで来て貰ったお礼です。では、いずれ戦場で」
そう言ってカウンターに料金を払いに行くノウェムの背に、兄は声をかけた。
「ノウェム、ライエル様はお前を受け止めてくれそうか」
料金を払ったノウェムは、店を出るときに兄の顔を見て微笑むのだった。ソレを見たノウェムの兄は、目を伏せて俯くのだった。
「そうか……」
兄妹に分かる返答をして、店を出たノウェムは荷物を大事に持ってベイムの通りを歩くのだった。
ただ、その表情は無表情と言うよりも少し悲しそうだった――。