元娼婦
森の入口付近では、村長や俺が村人たちに見守られながら立っていた。
「おい、本当に大丈夫なんだろうな」
「大丈夫です、って。話の通じる奴ですから」
俺は落ち着きのない村長に、何度目になるのか、安心させると森の方を見る。
すると、ゆっくりと麒麟の姿になったメイが現われる。
暗い森から輝くような白い鱗を持つメイの登場に、村人たちがそれぞれ違った反応を見せる。
警戒する者。
拝む者。
更には、黙って見守る者。
麒麟が側まで来ると、俺は前もって打ち合わせしたとおりに村長と共に交渉している風を装った。
「本当に来たよ」
「だから言ったじゃないですか。あ、深刻な表情で話している風にしてくださいね」
「おっと、そうだった」
村長と二人で会話をしながら、メイと会話をしている風にする。しばらくして、メイが振り返って森の中へと消えていった。
周囲では、どうなったのか見守る村人たちがざわつく。
村長は振り返ると、片手を上げて大きく振り回した。
それを見た村人たちが、安心して座り込み、中には歓声を上げる者まで現われた。
村人たちの下へ向かうと、名士たちが村長を囲み。
「いや~、あんたならやってくれると思っていたんだ」
「これで村も安心だな」
「今日はとっておきの酒をおごらせてもらおう」
などと、掌を返したように村長を笑顔で囲んでいた。
それを見ていた俺に、宝玉の中の歴代当主たちは説明してくれる。
村という規模に関しては、今では三代目が一番詳しくなってしまった。
『見事な掌返しだね。だけど、これで村長は村で見られ方が変わるよ。ま、新参にはどこも厳しいからね。何かで貢献しないと認めて貰えないし、かといって頑張りすぎれば利用されるだけ。難しいよね、本当に』
村長も名士に囲まれ、苦笑いをしている。
俺は村人たちに囲まれる村長から離れると、ノウェムと合流した。
「ライエル様、帰りの支度は済ませていますが、本当に宜しいのですか? グレーウルフの討伐は途中でしたけど」
ノウェムが依頼に関して心配しているようなので、俺は頷いた。誰も俺たちなど気にした様子がない。
「いいんだ。メイがほとんど片付けてくれたからな。俺たちは、最後に依頼の達成を確認して貰えば終了だ」
ノウェムは森の方角を見てから、俺に視線を戻す。
「最後はあまり貢献出来ませんでしたね。それと、村長との取引は上手くいったようで良かったです。試験は無事にクリアですね、ライエル様」
無事に、というのは誤解がある。
俺の欲しい評価とは、迷宮に挑むことが出来る評価を得ることだ。利用価値が高いと思われない範囲で、それを得る必要があった。
「都合の良い評価を得たいから、追加依頼の報酬も断ったんだ。ま、戻ってみないと分からないだろうけど」
ギルドが俺たちをどう評価するのか。
俺にとって都合良く事が進むことを祈るばかりだ。
「あまり高望みしても……ただ、こうした依頼は定期的に受けないと駄目でしょうね」
パーティーとして見れば、規模は小さく実績も少ない。少ない割に高い評価を受けているのも事実だが、そこをギルドがどのように評価するのか。
また、振り分けてくる依頼なども難易度が上がる可能性もある。
(まぁ、なんとかなるか。できなくとも、なんとかするのがリーダーの仕事だし)
パーティーにメイを加えれば、これで九人だ。
数で言えば少ないが、これでパーティーを二つに分けて行動も出来る。
控えのメンバーを作れるようになるだけでも、俺としてはありがたかった。
「それにしても、麒麟が仲間になるとは思いませんでした。ライエル様、いったいどんな理由で仲間に引き入れたんです?」
下から覗き込むようなノウェムの視線に、俺は咄嗟に口元をぬぐってしまった。
メイとキスをしたことを思いだしたのだ。それも、麒麟の状態で舌を入れるという……後から思えば、あの瞬間は人に化けて貰えば良かったのだ。
(いや、それはそれでためらうな)
ノウェムから視線を逸らした俺は、曖昧な返事をする。
「まぁ、あれだ……ご先祖様が知り合いとかなんとか? いや~、運命みたいなもの、ってあるのかも知れないね」
笑ってごまかす俺だったが、ノウェムの瞳は一瞬だが大きく開かれそしてすぐに元に戻った。
「ノウェム?」
「……いえ、きっとこれも日頃から努力されるライエル様を、歴代当主の方々が見守られている証拠。ライエル様、これからも頑張りましょうね」
俺たちの目標は、セレスを倒す事だ。
村人たちが喜び、村長が苦笑いをしている光景を見て俺はノウェムに。
「そうだな。でも、道のりは遠いよ」
ノウェムも頷いた。
「そうですね」
夜。
村長の家に向かうと、宴会から戻ってきた村長が顔を赤くしてソファーに横になっていた。
朝は麒麟と出会い、昼は名士や狩人たちと森に入って依頼の確認をして貰った。その後、戻ってきた村長は村人たちが宴会の準備をしており、明るい内から酒を飲み、村人のほとんどが騒いでいたと言うわけだ。
エヴァは宴会で歌を披露し、モニカやシャノンは準備や片付けを手伝っていた。
村長の奥さんが、俺に近づくと封筒を手渡してくる。
「これをどうぞ」
「ありがとうございます。これ、今回の依頼に関するものですか?」
奥さんは頷くと、村長を見る。
弱くもないのだろうが、酒を大量に飲まされダウンしている姿を晒していた。
「戻ってきてから急いで書き上げていました。宴会の準備や規模を見て、夜や明日の朝では間に合わないから、と。結構、マメな人なんですよ」
笑顔でそう言う奥さんは、村長が蹴飛ばした毛布をまたかけてやる。嬉しそうにしており、本当に幸せそうだった。
封筒を受け取った俺は、村長と話が出来ないのは少しだけ不満だった。取引の内容通りなのか気になったのだが、開けて読めばギルド側に知られるような封筒になっている。
心配している俺を見て、奥さんが言う。
「心配しなくても、主人はこの手の事で嘘は言いません」
クスクスと笑っており、俺は頭をかきながら。
「他に関しては嘘も吐く、と?」
「えぇ、冒険者である時や、村長になった時しか知りませんけどね。嘘だって吐きますよ。今回のように」
俺たちが何をしているのか知っていたようだ。そして、俺は他にも知られているのではないか? そう思うと。
「大丈夫ですよ。他に知っているのは私くらいですから」
見た目も良く、頭の回りそうな人である。
だらしなく寝ている村長を見ながら、俺は――。
「村長はよく貴方のような綺麗で頭の良い人を嫁に出来ましたね」
すると、奥さんは苦笑いをする。
「若い冒険者だとは思っていましたけど、その辺りの事情は詳しくないようですね」
その辺りの事情と言われ、俺は首をかしげる。
奥さんは周囲を見て、子供が起きていないのを確認すると俺に座るように言ってきた。
お茶を用意し、俺と向かい合って座る。
「ライエルさん、でしたね」
「はい」
お茶を飲みながら返事をすると、奥さんは俺に話をしてくれた。
「私は元娼婦です」
噴き出しそうになったお茶を意地で飲み込み、咳き込みながら俺は奥さんを見た。まだ若く、そして綺麗で気立ても良い。
「それはその……あの……」
俺が戸惑っていると、奥さんは笑顔で頷いた。
「えぇ、夫は私の客の一人でした。そうですね……今から十年前でしょうかね。冒険者になり、稼げるようになった夫が私を買うようになったのは」
どんな表情をしたら良いのか分からなかったが、宝玉からアドバイスが聞こえてきた。
六代目だ。
『ライエル、何もしないでいい。変な同情などしないで、真剣に話を聞け』
俺は奥さんの話を聞く。
「ライエルさんはパーティーメンバーが全員女性でしたね。あまり深くは聞きませんけど、そういったパーティーは珍しいんです。多くは同業以外に相手を求めますからね。そして、ベイムでは多くの冒険者が相手に娼婦を選びます」
同業者を異性として見られなくなる冒険者が多いのは知っていたが、相手を選ぶ先が娼婦とは予想しなかった。
(ギルドの職員とか、住人とかだと思ったのに)
「まぁ、ベイムは歓楽街も賑わっていますから、遠くから親に安く売られてくる娘には事欠きません。私も同じでした。収穫が少ない年に、魔物に襲撃されてどうしてもお金がいる状況でしたから」
俺は奥さんに、申し訳なく思いながらも聞いてしまう。
「あの、冒険者になって稼ごうとか」
奥さんは首を横に振ると、俺を真剣な表情で見つめてきた。
「多くの冒険者が命を落とします。私の知り合いでも死んだ人は多かった。弱かった訳じゃなく、本当に運が悪かったと聞いています。安全に稼ぐには、やはりそういった道しかありませんでした。でも、悪い事ばかりじゃありませんよ。教養も必要だと、礼儀作法に読み書きや計算、二年間教え込まれましたし」
宝玉内から、六代目の声がする。
『ふむ、随分としっかりした店に買われたんだな』
何故か、六代目がその辺に詳しすぎる気がした。今は問い詰められないので、奥さんの話に耳を傾ける。
「黙っていても人が集まるのがベイムですから。年齢が一定に来ると娼婦としては働くのも厳しくなります。そうなると、馴染みのお客様に買われる娼婦もいますからね。でも、本当に嫌なら拒否も出来るんですよ」
拒否しなかったと言うことは、村長は好かれていたのだろう。
「優しい人です。私は運が良かったと思っています」
奥さんは村長を見てから、俺に視線を戻して微笑む。
「前置きが長くなりましたね。私が本当に言いたいのは、ライエルさんのパーティーに関して、ですよ」
「俺の?」
首をかしげると、奥さんは苦笑いをしながら。
「なんというか、男も女も綺麗事ばかりじゃすまないでしょ。ライエルさん、顔も良いし稼ぐようだし、絶対に苦労すると思いますからアドバイスをしようと。主人を助けて貰いましたから、その報酬とでも思ってください」
確かに、今の俺は苦労していると思う。
いや、苦労というか……どうしていいのか分からないときがある。成長後のハイテンションで、守るだのついてこいなど口走った俺も悪い。
だが、素の状態での俺は、別に女遊びが得意なわけでもない。
俺が姿勢を正すと、奥さんが俺に教えてくれた。
「良いですか、どんな小さな事でも見られていると思ってください。誰かにプレゼントを渡せば、確実に知れ渡っていると思った方が良いです。ライエルさんのメンバーは、どう見てもライエルさんを意識していますからね。結構、見られていますよ」
俺はゴクリと喉を鳴らし、見られていたのかと恐怖する。
「正直に聞きますけど、全員と関係を持ちました?」
俺は即答する。
「持ってないです。キスは……三人だけ」
(最初はモニカで、次はノウェム……その次はモニカで、最後に麒麟だったけどメイとキスをしたから、三人? だよな?)
すると、奥さんが俺を見て首を横に振るのだった。
「刺されたいんですか?」
「刺される!? いや、でも流石にそこまでは……」
そう思ったところで、俺はアリアやミランダの顔が思い浮かんだ。
「一度手を出せば、残りのメンバーも相手をしないと大変ですよ。パーティーを離れるならまだ良いですけど、根に持って仲間同士で殺し合いになる場合もあるんですから」
聞いたことがある、などと思いながら俺は自分の身に降りかかろうとしている災難にどう対処したらいいのか悩んだ。
(あれ、でも、一応はセレス打倒を掲げてついてきてくれたメンバーだし、大丈夫じゃないかな?)
そう思ったが、ピリピリとしているノウェムとミランダの関係を思い出した。
「ハッキリとさせるのが無理なら、どこかで爆発しないように処理をするとか考えた方が良いですよ」
「しょ、処理!? いや、そういうのは、あの……」
顔を赤くすると、奥さんがクスクスと笑う。
「真面目なんですね。でも、何か対策を取らないと危険ですよ。愛情が憎しみ変わるのを、私は沢山見てきました。ライエルさんは、そうならないように気を付けてくださいね」
俺は真剣な表情で、何度も頷くのだった。
次の日の朝。
俺たちは依頼を達成したので、村を出た。
村の方はグレーウルフに麒麟の事が片付き、残りは三人組みの問題を残すだけである。
出発する前に、二日酔いで辛そうな村長からその辺の事情は聞いている。
(二年間の強制奴隷、そしてその後は村から追い出す、か……奴隷とか、そう言えば聞いているだけで詳しく知らなかったな)
奴隷制度自体はあるのは知っていたが、俺は詳しく知らなかった。バンセイム王国では奴隷制度はなかったので、制度はあるという事しか知らないのだ。
俺たちの後を付けないように、三人組みは村で監視下にあるらしい。
ポーターの荷台のドアを開け、俺は入口近くに座ってボンヤリと景色を見ていた。
何故なら、ポーターの中が騒がしいからだ。
天井に逃げようとしたが、今の見張りはゲームに負けたノウェムとミランダである。
近づきたくなかった。
新しく加わったメイが、モニカと喧嘩をしている。
「ケチ! もっと食べさせてよ!」
「黙りなさい、この獣! これはチキン野郎のお昼です!」
メイは、モニカに対して一歩も退かない。
「一人だけ特別とかずるくない?」
モニカは鼻で笑う。だが、バスケットを持って、メイの頭を片手で押さえている姿では、あまりポーズが決まっていなかった。
「はっ! チキン野郎の残り物で我慢するんですね。他の方は文句を言いませんよ」
それはそうだ。
違うと言っても、内容はほとんど同じである。
だが、黙っていないのはシャノンだった。
「ちょっと! あんたが食べると、私にライエルのデザートが回ってこないじゃない!」
それを聞いたモニカは。
「おのれ小娘! 貴様もチキン野郎のお昼を狙う禿鷹か! ゆるしません! これはチキン野郎に最適化した絶妙なバランスの食事だというのに!」
メイは。
「いいから寄越しなさいよ。食べれば一緒じゃない!」
モニカは怒鳴る。
「まだお昼じゃねーんだよ! お前ら、朝からどれだけ食べるんだよ!」
エヴァは騒がしいポーターの荷台で、メモに色々と書き込んでいる。歌詞が思い浮かんだのか、真剣な表情で書き込んでいた。
クラーラはポーターの操作があるので、天井でギスギスした空気の中にいる。
そんな中、アリアが俺の隣に座った。
「騒がしいんだけど? 何とかしてよ、リーダー」
俺はアリアに言われ、ポーターの中で暴れる三人を見て。
(ポーター、随分頑丈なんだな)
そんな感想を出していた。
というか、関わりたくない。
口を挟めば、絶対に俺にも飛び火する。
五代目も言っていた……放置しろ、と。だが、村長の奥さんは気を配れとも言う。どうして良いのか分からなくなる。
「適度なガス抜きは必要だと思うんだ」
右手に俺の食事を持ったモニカが、左手にドリルを装備してメイやシャノンを威嚇している。
二人が協力して、なんとか俺の昼食を得ようとモニカを囲んでいた。
「適度? アレが? はぁ……」
新しいメンバーも増えたのだが、メイはもう馴染んでいる。
全員には、メイが麒麟である事を教えた。そして、メイが俺に協力する理由は、俺のご先祖様への恩返し、という事だけにしている。
種が欲しいなどとは絶対に言うな、と言っておいた。
「何?」
アリアが俺に何か言いたそうに見ているので、俺は聞いてみた。
「よくもまぁ、色々と複雑な連中を仲間にするわね。ある意味、凄い面子よ」
確かに、麒麟のメイとオートマターであるモニカは異色だ。
他の面子も、普通の冒険者と比べると一癖も二癖もある。
「どうしてこうなったのか、俺も聞きたいよ」
それが、俺の本音だった。




