ライエルの実力
街の外に出る準備をした俺たちは、ギルドへと向かう。
基本的に、ギルドへは街の外に出る際に連絡を入れる決まりがあった。
当然、理由はある。
冒険者がどこで何をしていたかを、ギルドが確認するためである。同時に、予定していた期間を過ぎても戻ってこない場合、何かあったと判断するわけだ。
ゼルフィーさんと合流してみれば、普段の動きやすい恰好に革製の鎧を着込んでいた。
使い慣れた盾と剣を持っており、見ようによっては騎士にも見える。
「時間通り、というか少し早いか……それでいい」
ゼルフィーさんに褒められ、そのままギルドの二階へと向かう。そこで用紙に記入をし、受付に持って行った。
担当は、ホーキンスさんだ。
「……受け取りました。しっかりと時間通りに戻って来てください。予定が変更になった場合……まぁ、あり得ないでしょうが、あまり遅れるとギルドが捜索隊を派遣する事もありますからね」
ホーキンスさんが心配するが、俺たちにはゼルフィーさんがついている。安心して油断をするのは論外だが、指導員がついているのだ。
大事には至らないだろう。
「今日は流れを掴む程度にするさ。あんたたち二人を生きて返すのも、私の契約の内だからね」
「冒険者は契約を遵守する、でしたか?」
俺がゼルフィーさんに言うと、頷いていた。
冒険者もそうだが、傭兵もその傾向が強い。何しろ、契約を破るというのは、大きな信用問題だ。
そのため、契約書をよく確認しろ、とゼルフィーさんに教えられた。
「人として大事な事だよ。約束を破らない、ってね」
そう言うと、ホーキンスさんが溜息を吐く。
「それが出来ない人が多いから困るんですけどね。さて、頑張ってきてください。冒険者として、やはり稼いで生きていくには、魔物討伐は欠かせませんからね」
「行って来ます」
そう言ってギルドを後にする。
ダリオンの街の外。
四メートル程度の壁を出て、俺たちは街道を歩いていた。
行き交う馬車や行商人たちの邪魔にならないように歩き、時々すれ違う旅人に声をかける。
「二人とも、多めに薬は持ってきたね?」
「はい」
俺が頷くと、ゼルフィーさんは少し汚れた旅人に声をかけた。
「どうしたんだい? 随分と泥だらけじゃないか」
そう言うと、旅人が事情を説明する。
「参ったよ。少し用を足そうと道を外れたら、スライムが襲って来やがった。ローブで防いだんだが、少し焼けちまった」
スライムは、透明な膜の中に液体と核を持つ魔物だ。生き物に飛びつき、液体で溶かすように獲物を捕食している。
ただ、あまり知能は高くないので、近づけば襲ってくるし、近づかなければ襲ってこない。
大量に出現し、旅人や荷馬車を引く馬などに被害を出す厄介な魔物でもある。
「そうかい。ほら、使いなよ」
ローブと赤くなった腕を見せた旅人に、ゼルフィーさんは薬を投げる。安い薬だが、そんな風にあげてもいいのだろうか?
「悪いね。距離としては、このまま二キロ先で、歩く方向を右に曲がった茂みにいるよ。あの辺は少し多かったかな」
情報を貰うと、ゼルフィーさんは手を振って旅人と別れた。
「今のは?」
「旅に慣れた連中は、こっちの事情も知っているのさ。だから、対価に情報もくれるんだ。嘘をつく奴もいるだろうが、基本的に自分たちが使う道だから、魔物を退治する冒険者には色々と情報をくれるよ」
それなら無償で教えてくれるのでは? そう思ったが、ゼルフィーさんはニヤリと笑う。
「ライエルも覚えておきな。人っていうのは報酬がある方が働いてくれるものさ。情報量も同じだよ」
「そう、なんですか? 自分たちの利益のためですよね?」
俺からしたら、自分の利益になるのに情報を出し渋るのが理解できない。
「もちろん、そう思う連中もいるよ。けど、そう思わない連中もいるのさ。もっと社会勉強をするんだね」
そう言って言われた場所へ歩いて向かう。
購入した予備のサーベルも持っているので、装備に不安はない。もっとも、今回の相手はスライムだ。
知識だけなら一般人でも勝てない相手ではない、と知っている。
「おや、丁度良いところに。二人とも、あそこに冒険者が三人いるだろ。歩きながら見てみな」
言われて視線を向けると、そこにはナイフを持った軽装――私服姿の三人組がいた。
スライムを相手にしているが、チグハグな動きで連携が取れていない。
「彼らは素人なのでしょうか?」
ノウェムの疑問に、ゼルフィーは少し違うという。
「素人だね。装備で分かる。でも、スライムに手こずるのは珍しくないよ。普通は一般人でも武器さえあれば倒せる、って認識なんだろうが……」
そんな中、初代が会話に口を出してくる。
『俺はその辺の木の棒で相手にしていたけどな。皮と核に、魔石を持っていくと、ギルドのおやじが飴玉くれんだよ。小さい頃は、そうやっておやつを食べてたな。ま、貧弱なお前には無理だろうが』
どこか挑発してくるような感じだが、俺が思ったのは……。
(それ、騙されていますよ、初代)
少し、哀れに思えた。きっと、小さいから気付かないと、いいように利用されたのだろう。
(というか、小さいときから魔物退治とか、初代は本当に野生児みたいだな)
だが、我慢できなかったのか、二代目が大笑いしながらその事実を告げる。
せっかく黙っていたのに、俺の優しさは意味がなかったらしい。
『ギャハハハ! 飴玉で魔物の素材を交換? どれだけぼったくられてんだよ! 腹痛ぇ~』
『な、何ぃ!』
『俺の時でも銅貨数枚はしたっての。飴玉くらい、袋でいくつも買えるぜ』
二代目は、本当に嬉しそうに初代を馬鹿にしている。
(この二人、何があったんだ?)
ウォルト家の先祖中で、あまりにも地味な二代目。だが、二人の間には根深い何かがあるようだ。
もっとも、ある程度の予想できるのだが。
『あのくそ爺! ぜったいにぶん殴ってやる!』
『もう死んでると思うよ』
三代目がしめて、その場の会話が終わる。だが、俺の方はそういう訳にはいかない。
「……ちょっとライエル、聞いてるの?」
「ライエル様?」
「え、いや……すいません」
先祖たちの会話に耳を傾けすぎて、ゼルフィーさんの話を聞いていなかった。呆れた感じで溜息をはかれる。
「はぁ、もう一回言うよ。いくら弱いからって、攻撃を受ければ痛みを受けるんだ。それに、リーチの短いナイフならなおのこと、ね。だから、恐怖で腰が引けているんだよ。囲んで叩けば効率が良いのに、それすら気付かないほどに慌てているのも問題だけどね」
ノウェムは、三人組を見ながらゼルフィーさんにたずねる。
「教えなくて宜しいのですか?」
「なんで? 私はあんたたちの指導員だ。金も貰っているし、責任も義務もある。けど、あいつらに対して責任も義務もないよ。ノウェムは教えてくるかい? それなら私は止めないけどね。ただ……」
「ただ?」
俺は、ゼルフィーさんが何を言おうとしているのか、気になった。
「あの三人組は今の内に知るべきだ。痛みを、ね。あんたたちみたいに、誰かの指導が必要だと気付く事も、財力もなく装備を揃える事も出来ないならなおのことさ」
「……そうですね」
ノウェムは、それに納得したようだ。
だが、何度か振り返って三人組を見ていた。怪我をしていたようだが、無事にスライムを倒せていた。
痛いと言いながら、スライムの素材を回収している。
俺も、三人組を見る。
「冷たいと思うかい?」
「いや、その……少しだけ」
俺が素直に答えると、ゼルフィーさんは笑った。「正直だね」と言って、俺に説明をしてくれる。
「冒険者は魔物に挑んで死のうとも自己責任だよ。ましてや、馬鹿は自分の力量も分からずに格上の魔物に挑んでいく。そういった馬鹿は、助けても同じ事を繰り返す。魔物に挑むのは止めても、馬鹿な行動を繰り返すのさ」
そういう馬鹿は怖いよ、などとゼルフィーさんは言う。
「それに、甘い顔をするとつけ上がる連中は多い。特に底辺の冒険者みたいな仕事だと珍しくもない」
(下手に関わるな、って事かな?)
「全員がそうではないとしても、こちらが全てに手を差し伸べる訳にはいかないという事でしょうか?」
ノウェムがそう理解したというと、ゼルフィーさんは半分正解という。
「助けるのは簡単だよ。でも、助けた相手をいつまでも面倒見きれるかい? ここであいつらを助けても、また同じ事を繰り返すかも知れない。もっと悪ければ、危険な時は近くの誰かが助けてくれると思うかも知れない……だから、まだ命を落とさない程度の時に、痛みを覚えておく方がいいんだよ」
そう言うと、二代目も同意していた。
『パンを与えるより、麦の育て方を教える、って奴かな? 確かに、いつでもパンを貰えると分かると、駄目になる奴は多いからな』
「まぁ、単純な話をするなら、あんたたちも素人だ。助ける側じゃなくて、助けられる側……いや、助けられている途中なんだよ。助けたかったら、早く一人前になるんだね」
そう言って、ゼルフィーさんは黙って目的まで歩くのだった。
旅人に教えられた場所に行くと、そこには確かにスライムがいた。
数も目視だけで五匹を確認できる。
濁った黄緑色のブヨブヨとした液体が、地面を這いずり時にはジャンプしていた。体の中には、核らしき赤い丸い物がかろうじて見える。
「ふむ、茂みとは言っていたけど、森が近いね。あまり深追いしたくないから……あった」
そう言うと、ゼルフィーさんがその辺に落ちていた石を拾い上げた。
手で数回ポンポンと宙に浮かせると、そのままスライムに向かって放り投げる。
直撃したスライムの動きが急に慌ただしくなった。
こちらに向かってくる。
「目も耳も無いのによく場所が分かりますね」
サーベルを引き抜くと、ゼルフィーさんも盾を構えて剣を抜く。ノウェムは、杖を持って構えた。
「二人とも緊張しているね。体がガチガチじゃないか。手本を見せるから、よく見ておくと良いよ」
すると、ゼルフィーさんは向かってきた、いや……こちらの方向へと向かってきたスライムに近づく。
石を投げた場所から、少しだけ移動したのだ。それだけで、スライムは先程までいた位置に向かう。
たったそれだけの行動だが、ゼルフィーさんは余裕を持ってスライムに斬りかかれた。
「近づけば足音か振動か分からないけど、それでこいつらはすぐに相手に気付くから、できるだけ一撃で仕留めな」
剣を突き出し、スライムの皮を破るとそこから液体が溢れてくる。
しばらくしてスライムの動きが止ると、ゼルフィーさんがノウェムを呼ぶ。
「ノウェム、おいで」
「は、はい!」
「落ち着いて。樽を出してごらん」
ギルドの一階で売られていた小さな樽を、ノウェムがゼルフィーさんに差し出した。
ナイフを取り出したゼルフィーさんは、濁った液体を捨てて皮をナイフで持ち上げる。
皮から核と魔石が落ちると、それを別の革袋に入れた。
樽には皮と、その表面についたベタベタしたものを入れる。
「これで終了だ。基本的に素材の回収は周囲を警戒してから。もしくは残りのメンバーが周囲の警戒をするって教えたんだけどね?」
ゼルフィーさんが俺を見てくるので、慌てて謝罪する。だが、ニヤリと笑うと、気にしていないという。
「次は気をつけな。回収方法は見たね? 二人には後でやって貰うけど、回収で使用する手袋は他に使うんじゃないよ」
注意事項を聞き、そして俺たちはゼルフィーさんの真似をして石を拾う事にした。
「ノウェムはナイフで突き刺すか、ライエルにサーベルを借りるだね。打撃は倒せても飛び散るから面倒だし」
「はい。ライエル様、サーベルをお借りしても宜しいですか?」
ノウェムにそう言われたところで、ゼルフィーさんが声を張り上げる。
「二人とも下がりな!」
急に慌てだしたゼルフィーさんだが、宝玉の方からも声が聞こえた。
初代の声だった。
『すぐに女冒険者の後ろに隠れろ! いや、ノウェムちゃんを守りつつ隠れろ! ゴブリンだ!』
ゴブリン。
緑色の皮膚を持つ、顔の大きな魔物だ。身長は成人男性の三分の二もないが、細い胴体や手足に似合わず力もある。
魔物の中では弱いとされているが、厄介な魔物に分類されている。
理由は、ゴブリンは単体では弱いので、集団、そして武器を持つためだ。
ある学者が、ゴブリンにもう少しだけ知恵があれば、地上はゴブリンに支配されていた、と語っている。
茂みの中――。
ゴブリンが弓を構え、別の個体は木の棒に石をくくりつけた鈍器を持って飛び出してきた。
矢を放つゴブリンの前に、素早くゼルフィーさんが出て矢を防ぐ。そして、俺たちに下がれと言い放った。
初代も同じ意見だ。
「二人はこのまま下がって後ろで待機! 私がこいつらを仕留める」
『お前じゃ勝てねーよ。黙ってこの女冒険者に従え。こいつら、腕力はそうないが、数で押してくるからな』
初代の言うとおりだ。
ゴブリンが茂みから七匹出てきた。
だが――。
『何を言っているんです? ライエル、見せてやりなさい』
七代目に言われ、俺はサーベルの剣先をゴブリンの集団に向ける。ゼルフィーさんがいるので、声をかける事にした。
「ゼルフィーさん、動かないでください」
「何を――」
ゼルフィーさんが言い終わらないうちに、俺は魔法を使う準備に入る。
今の俺は、宝玉に魔力を奪われている。
魔力、そして敵の数を考えると、魔法の使用は一回が限度だろう。確かに、これでは実戦では使えないと言われても仕方がない。
『おい馬鹿! お前には無理――』
初代の声がしたが、俺は魔法を唱えた。
(一回でこの数を処理するとなると……)
「ライトニング」
すると、ゼルフィーさんに向かっていたゴブリンたちに、雷属性の魔法が降り注ぐ。
発動までの時間、そして規模と威力。
それらを見るに、やはり実戦ではまだ使えるレベルではなかった。
ゴブリンたちに紫電が発生し、まるでスパークしているように見える。距離の目算は出来ているので、ゼルフィーさんに当たる事はない。
ただ――。
「一匹は仕留め損なったな」
こちらから見て、ゼルフィーさんの前にいたゴブリンを逃してしまう。
魔法は当たったようだが、かする程度だったようだ。腕が黒くなっていた。
こちらを脅威と思ったのか、自棄になったゴブリンが走ってきた。
呆気にとられたゼルフィーさんだったが、その動きを見て即座に反応した。
一刀のもとに、ゴブリンを斬り捨てる。
やはり、指導員として選ばれるだけあり、その実力はたいしたものだった。
「……おいおい、これって雷属性? あんた、魔法使いだったのかい?」
「申告はしましたよ?」
「いや、されたけどさ。今みたいな魔法は、流石に予想外だよ。私だっていくつか使えるけど、今のレベルを撃てと言われたら無理だって即答する」
ゼルフィーさんが、周囲を見回した後で安全を確認してから俺に聞いてきた。俺の魔法を見て、驚いた様子だった。
「お疲れ様でした、ライエル様」
ノウェムも警戒を解いて俺に近づいてくる。
プスプスと音を立て、ゴブリンたちが横たわる光景は、見ていて気持ちの良いものではない。
(そう言えば、魔物と戦ったのもこれが初めてだな)
臭いもそうだ。
俺は顔をしかめる。
光景にもそうだが、残り少ない魔力を消費する連中がいるからだ。
『お前には無理だ! だと? ……プッ。フハ、フハハハ! 見たか! これがライエルの実力だ! ウォルト家の麒麟児を舐めるなぁぁぁ!』
(お爺さま、恥ずかしいから止めて)
『あんたらライエルを舐めすぎだ。基本的に王家の血も引いた魔法使いだぞ』
七代目が初代の真似をし、六代目は呆れた感じで他の面々に言う。
『い、いや……でも、魔法使いってあれだろ。もっと不便な感じが普通だし』
二代目も驚いている様子だが、三代目は素直に感心していた。
『これは凄いね。確かに実戦レベルではないけど、もっと条件さえ整えば簡単な魔法を使える訳だ。少し見直したよ、ライエル』
四代目も驚き、そして自分の一族が魔法使いになったのを喜んでいた。
『無理して子爵家から嫁を貰った成果がついに! 本当にウォルト家も真の意味で貴族になったんだね!』
ただ、五代目はそれらの面々に呆れている。
『この程度で喜ぶってどういう事? まぁ、この年齢でこれだけ扱えれば優秀ではあるね。確かに、評価を訂正する必要はある』
『……』
初代は無言だ。
無言だが――俺は、魔法を使用した後、である。
「ラ、ライエル様!」
「ちょっと! どうしたのよ!」
ノウェムとゼルフィーさんの声を聞きながら、俺はその場に膝をついた。息を切らし、心の中で叫ぶ。
(お前らもっと自重しろよぉぉぉ! こっちは魔法を使用した後で、かなり疲れているんだよ! 頼むから黙ってよ!)
もっと簡単な魔法で三回。
少し難易度が上がるだけで、一回が限度。
それが、俺の魔法に関する今の実力である。難易度がもう少しだけ上がると、使用できなくなるのも今回の一件で理解できた。
(なんか、宝玉が非常に足を引っ張っている気がするのは、俺だけだろうか?)