記憶の旅
麒麟対策で五代目の記憶を見ることになった俺は、一つの記憶を見ることになった。
そこは五代目が趣味で育てている動物たちの小屋で、奥の部屋には麒麟がいて食事をしていた。
五代目が他の動物の世話をしていると、管理している使用人が入口付近で誰かを止めようとしている。
『駄目ですよ! フレドリクス様が入れるなと言っているんです!』
『どけ! 親父に話がある!』
乱暴に入ってきたのは、若い六代目だった。
二十代後半だろうか? 普段見ている姿よりも若く、そして荒々しかった。
『親父、どういう事だ!』
麒麟が部屋の奥に逃げると、五代目であるフレドリクスが溜息を吐いた。
『なんの用だ? ここへは入るなと言わなかったか?』
淡々としているフレドリクスが振り返ると、その胸倉を六代目であるファインズが掴み上げた。
身長差もあるが、若く力強いファインズに、フレドリクスは小柄でどうしても負けそうに見える。
『なんで麒麟の事を黙っていた! 贈呈用か? それともウォルト家の馬代わりか? 噂が広がって、余所の領地から確認の問い合わせが――』
一見すると、ファインズが一方的にフレドリクスに麒麟について問い詰めている。
悪いのはファインズに見えるのだが。
『……離せ。誰に向かってそんな態度を取っている』
そう言ったフレドリクスが、その場でファインズを投げ飛ばして積み上げた藁の上に叩き付けた。
手を叩き、それから汚れを落とすとまた麒麟の世話に戻る。
恐る恐る、麒麟がフレドリクスに近づいて餌を食べ始めた。
「……酷くないですか?」
『どっちがだよ?』
五代目がそう言うと、俺は記憶の中の五代目と六代目を見た。両方であると視線で示すと、五代目は笑っていた。
『確かにどっちも酷いな。うん、そうなんだよな』
五代目はそう言って歩き出すと、俺もそれについていく。周囲の景色が灰色に染まり、そして違う景色が広がっていた。
そこは、屋敷の中だった。
三十代後半、もしくは四十代の女性がドアの前で使用人と共に困り果てている。
『出て来なさい。もう、馬車で向かう時間ですよ』
焦っている様子の女性たちの下に、記憶の中の五代目――フレドリクスが近づくとドアを蹴破る。
『いつまでも子供のわがままに付き合うな。ほら、連れていけ』
部下たちが部屋に入ると、そのまま一人の少女を部屋から連れ出した。
『嫌よ! なんであんなところに嫁に行かないといけないのよ! 敵じゃない! それに、成り上がり、って馬鹿にされたのよ!』
俺が状況を分からないでいると、隣に立つ五代目が説明してくれた。
『麒麟を拾う前だな。この時は酷かった。というか、俺の代は最低だったな。ろくな思い出がない』
部屋から連れ出された少女は、俺と同年代。いや、俺よりも年下のようだ。
『妾の子供だから、って。馬鹿にされるような家に嫁げ、って言うの! 最低よ。あんたなんか死んじゃえばいいのよ!』
少女がフレドリクスを睨み付けるが、本人は表情が少しも変化しなかった。少女の母親と思われる女性が、悲しそうにしている。
『お金で母上を買って、子供をものみたいにばらまいて……この成り上がりのクソ野郎! あんたの娘だと思うと死にたくなるわ!』
少女の母が、娘に平手打ちをする。
フレドリクスは表情を変えず、その場を去るときに一言だけ。
『急げ。時間が無いぞ』
少女が廊下で蹲り、そのまま泣き出してもフレドリクスは振り返りもしなかった。
俺はそれを見て。
「これ、流石に酷くないですか? 政略結婚でももう少しやりようがあった気がするんですけど?」
俺の言葉を聞いて、五代目は「そうだな」と呟くだけだった。
『これで分かっただろ。俺は子供を跡取りや、家臣に周囲への婚姻の道具にしてきた。子供一人にそそぐ愛情よりも、動物にそそいだ愛情の方が大きいだろうな』
五代目が歩き始めると、今度の景色は夜だった。
そこには、金色のショートヘアーをした小さな少女が、白いワンピースのような服を着て走り回っている。
見た目は男の子にも女の子にも見えるが、それよりもおかしいのはフレドリクスだ。
記憶の中の五代目は、笑顔で小さな子供と遊んでいる。
「なんだ、小さい子には優しかったんですね」
隣の五代目は、首を横に振るのだった。そして「そろそろだ」などと言うので俺は子供を見た。
走っていた子供が、麒麟の姿になると大きくジャンプしてフレドリクスの手前に着地すると額を甘えるようにこすりつける。
角は出しておらず、まるで親に甘えているみたいだ。
「……え?」
見たら理解は出来た。麒麟が子供の姿をしていたのだ。
『俺も色々と調べたが、どうやら麒麟が繁栄の象徴になっているのはこれが原因みたいだ。どうにも、麒麟のメスは多種族のオスも相手に選べるらしくてな。つまり、繁栄した家には、麒麟が嫁いでいたという訳だ』
俺は五代目を見から、フレドリクスに甘える麒麟を見た。
人の姿をした麒麟は、まだ五歳程度の子供だったのである。
「五十代の男が、五歳程度の女の子に手を出したんですか?」
そう言うと、五代目が思いっきり俺の頭に拳を飛び上がりながら振り下ろした。無茶苦茶痛い。
『アホか! そんな事が出来るか、馬鹿!』
「でも、嫁ぐとかなんとか言っていたじゃないですか!」
頭を押さえて涙目になりながら、五代目に反論するとまたしても場面が変わる。時折、家族が、五代目が動物を可愛がる姿を見て文句を言う場面を何度も見た。
『そんなに俺たち子供より畜生が大事ですか!』
『私には笑顔を見せたこともない父が……』
『俺は犬や猫にも劣るのかよ! 何とか言えよ、親父!』
それでも、五代目は実の子供に笑顔を向けず、そして自身も動物を可愛がる以外は仕事ばかりをしている記憶を見る。
そうして、麒麟が怪我をして五年が過ぎた頃だ。
そこから五代目と麒麟が会話をする。
「順番通りに見せてくれれば、もっと楽だったのに」
『……印象が強くて、どうしてもガキ共の顔が浮かぶんだよ。我慢しろ』
小屋の中、五代目が出会ったときのまま――五歳児程度の子供を、小屋の中で膝枕をして、背中を撫でていた。
気持ちよさそうに横になる麒麟の子供は、フレドリクスに言う。
『フレドリクス、一緒になる? 僕、フレドリクスの妻になるよ』
それを聞いて、フレドリクスは面白そうに笑うのだった。
『そうか。俺に嫁ぐか。だが、お前は子供だからな。大きくなったら、考えてやらんこともない。怪我も治ってきたな、メイ』
『うん!』
白髪が多くなり、前よりもやつれたように見える。
「……おじいちゃんと孫、って感じですね」
『だから適当にはぐらかしたんだろうが。というか、覚えているのはこれくらいだな。それでも、実際の俺は死んでいるし、麒麟がウォルト家に戻ってきていないなら忘れているか……俺が約束を破ったと思ったか?』
それだと五代目の責任になるのだが、俺ではどうしようもない。このままでは、麒麟にキスをしようと怒らせた男のままだ。
フレドリクスは言う。
『……なら、もうここを離れるべきだな。俺ではこれ以上の時間を稼げない』
言われて、メイは首をかしげた。
そして、場面は草原になる。
俺と五代目の腰辺りまで伸びた草。風が強く、空は青かった。
そんな場所が映し出されると、フレドリクスが麒麟の姿になっているメイを連れ出して空を指さしていた。
『ほら、お前の仲間じゃないか?』
『うん! お母さんがいるよ!』
空を飛ぶ麒麟の集団は、まるで警戒するようにフレドリクスとメイの周りで空を駆けていた。
『そうか。最近、ここで麒麟を見たという噂が多かったからな。メイ、今まで楽しかったぞ』
そう言ってフレドリクスがメイの首辺りを軽く叩く。
『フレドリクス?』
『メイ、王家がお前を見たいと言いだした。そのまま連れていく可能性もある。捕まれば、お前は一生を牢屋の中で過ごす事になる』
『一緒だよ。僕はフレドリクスとずっと一緒がいいよ』
『俺もそうだ。だが、俺には時間も無いからな。ほら、家族が待っているぞ』
フレドリクスは、家族という言葉を声にする時だけ微妙な表情をしていた。メイが嫌がると、一頭の麒麟が空から降りてくる。
メイの母親なのか、フレドリクスをしばらく見ると角をしまってメイに近づいた。その様子を、フレドリクスは黙って見守っている。
麒麟の母親が空へと戻ると、メイは何度も母親とフレドリクスを見る。
『ほら、もう行くんだ』
『でも……』
『俺なら大丈夫だ。それに、またいつか会えるからな』
『約束だよ。また会おうね。今度会う時までには、大きくなるからフレドリクスのお嫁さんになるんだからね』
フレドリクスは笑顔で頷いた。そして、メイはなんども振り返りながら、何度も立ち止まって戻ってこようとする。
『行くんだ! お前は家族と一緒にいるんだ。その方が……幸せなんだ!』
子供のことで泣きもしないフレドリクスが、麒麟のために泣きながら早く行けと叫んでいた。
俺はそれを見て。
「色々とあったのは理解出来ましたけど、これって……」
『俺を探していたのかも知れないな。群れではなく、単体で動いていたようだし。そうなると、俺に気が付いたのか。まったく、何十年前の約束を律儀に覚えていたんだな』
少し照れている五代目を見て、俺は――。
「いや、これってどうすればいいんです? 間違いなく、俺に敵意を向けていたんですけど」
『……話せば分かるんじゃないか? 安心しろ、あの子は賢いから。シャノンとかアリアとかより、賢いから!』
俺は頭を抱えた。
円卓のある会議室に戻ってきたとき、俺はその場に六代目がいたので愚痴をこぼしてしまう。
五代目の姿はなく、部屋にこもっているようだった。
「六代目が不良になって家を飛び出した理由がよく理解出来ました」
苦笑いをする六代目が、俺を見て頬を指先でかきながら。
『ま、確かにあの時は俺も荒れていたし、なんども殴られて投げ飛ばされたな。麒麟の事でも色々とあった。だが、今にして思えば、五代目の判断は正しかったのかも知れないな』
溜息を吐き、腕を組んだ六代目は考え事をする。
そして、俺に色々と話をしてくれた。
『ライエル、お前は五代目をどう見る?』
「……冷たいというか、動物好きというか。まぁ、親としてどうかと思います」
『だよな。俺もそう思う。そう思うんだけどなぁ』
何か腑に落ちないのか、六代目は何かを決意すると俺に手招きをした。
『ついでだ。俺の記憶も見ていけ』
そう言われた俺は、そのまま六代目の記憶の部屋に向かうことになる。
二人で六代目の記憶のドアをくぐると、そこはウォルト家の屋敷であった。
若い六代目が、母親らしき人たちに文句を言っている。
『あんな親父に従えるか! 俺は家を出る! 他の奴に家を継がせればいいだろうが!』
十代の六代目――ファインズが、文句を言って家を飛び出すところのようだ。
だが、一人の女性が立ち上がると、そのまま淡々と。
『この馬鹿息子! 何も知らないで、父上に向かってそんな口を……』
泣き出した母親に困ったファインズは、逃げるようにその部屋から去って行く。そして、ドアのまで困っていると、中から声が聞こえた。
五人の女性が、何かについて話をしている。
『いつか分かってくれるわ』
『あの人が、一番辛いのだから』
『でも、ファインズにだけは……』
何やら泣き出した母親を四人の女性。妾の人たちが、慰めている。
(なんか、想像していたのと違うな)
もっとギスギスし、跡取りの問題で揉めているのではないかと思っていた。だが、実際は仲良くやっている。
ファインズは、母親たちが五代目を責めないのが許せないのか、歯を食いしばっている。
表情は本当に五代目を憎んでいるようだ。
『どうしたのですか、お兄様?』
そこに現われたのは、ミランダにそっくり――いや、ミランダが似ている幼いミレイアという少女がいた。
サークライ家に嫁ぎ、ミランダとシャノンの祖先となる彼女は、怖い顔をしている兄であるファインズを金色の瞳で見ていた。
『な、なんでもないんだ。ただ、親父が許せないから、抗議をした。そしたら、俺が責められただけだ。……たく、お前に何を言っているんだろうな、俺は』
妹に正直な話をする六代目を見ていると、俺はミレイアという少女を見て思った。
(なんか、歳の割に落ち着きすぎているような)
ミランダとはまた違い、どちらかと言えばノウェムに近いような印象がある。だが、クスクスと笑う仕草はミランダやシャノンを見ているようだ。
『お兄様は、いつも怒っていますね。でも、お父様はいつも悲しそうにしていますから』
妹にそう言われると、ファインズは壁を拳で殴った。
『あいつが悲しい? そんな訳があるか! あいつは俺たちをものみたいに扱いやがる。お前も道具のように扱われるかも知れないんだぞ!』
ミレイアは目を伏せ、そして一言。
『私は目が見えませんから、道具にもなれません』
すると、ファインズも俯いてしまう。
『す、すまん。だが、もう俺は決めた。こんな家は出て行ってやる』
『お兄様?』
『そうだな。冒険者にでもなるか! 将来は一流の冒険者になって、あの親父を殴り飛ばしてやる!』
背の高いファインズを見上げるミレイアは、一言。
『……今のお兄様は嫌いです』
そう言って背を向けて歩き去って行くのだった。




