コネクション
一番の基本として、スキルというのは段階的に強力なものが発生する場合がある。
肉体強化のスキルを持っている人がいれば、その応用は肉体強化の強化版であるのがほとんどだ。
だが、何事にも例外というものは存在する。
俺の一段階目のスキル【エクスペリエンス】は、経験値を通常よりも多く手に入れることが出来るという怪しげなものだ。
これによって、俺は自身の必要経験値が多く、滅多に成長を迎えない欠点を補っている。
だが、二段階目のスキルである【コネクション】。
これは、繋がりを持つスキルだ。
より多くの経験を手に入れるのではなく、まったく別のスキルである。
更に多くの経験を得られる、なら良かったのだ。常時発動している俺の【エクスペリエンス】は、結構な魔力を消費している。
今更少しくらい消費量が増えたとしても、問題ない程度に俺の魔力は豊富だった。
問題なのは、まったく別のスキルが発現してしまった事だ。
麒麟に遭遇し、何やら俺が怪しいと言い始めたシャノンのせいで問い詰められる形になった俺は、今こそこのスキルを説明して話を逸らす事にした。
俺の持っている宝玉に、五人の歴代当主の意思がスキルと共に記録されているなどと説明するにはタイミングが悪い。
(こうなる前に、説明しておけば良かった)
隠していた理由は、説明するのが面倒だったからだ。
実は、俺……保護者同伴なんだ!
などと、説明したくない気持ちもあったし、そう思われたくなかったという小さなプライドもある。
夜。
ポーターの近くで火をおこした俺たちは、温かい飲み物を金属製のコップに注いでいた。
俺が話し始めるのを、全員が待っている。
宝玉内では、シャノンが見張っている事もあって歴代当主は黙っていた。
(……タイミングが悪すぎる)
シャノンとエヴァは、宝玉の話を知っている。
そして、セレスが同じように宝玉を持っている事も、同じように知っているのだ。そのため、宝玉に拒否感が出れば、また話が面倒な事になる。
全員の疑うような、そして一部はワクワクしている視線を受けた俺は咳払いをする。
「……実は、隠していた事がある」
コップから白い湯気が出ており、時折拭いてくる冷たい風に流されているそれを見ながら俺はポツポツと話をする。
「スキルに関してなんだが」
シャノンは首をかしげた。
「ねぇ、なんでスキルなの? 今は、その首に下げた青い玉に関して話してくれれば――」
「関係しているからだ!」
シャノンが驚くと、手に持ったコップの中身が少しだけ跳ねて地面に落ちた。
俺は「悪い」と言いながら、スキルの説明をする。
「俺のスキル――【エクスペリエンス】は、経験をより多く獲得するスキルだ。常時発動している」
それを聞いたエヴァが。
「うわぁ、凄く便利よね。支援系だっけ? それって、普通にスキルだけで生きていけない?」
俺は頷きつつ、二段階目のスキルを説明した。
「ただ、二段階目の【コネクション】は、繋がりを持つためのスキルなんだ」
クラーラは、コップを口に近づけていたが、止めると俺の方を見る。
「応用とは思えませんね」
俺は飲み物を一口だけ飲むと、口の中を湿らせて話を続ける。
「俺を中心に特殊なラインを作るスキルだよ。意思疎通が出来るんだが……うん、それが発動して、麒麟を怒らせたみたいだ」
そう言った瞬間、全員の視線が鋭くなっていた。
ただ、ノウェムは疑った視線を向けてくる。
(よし! このまま乗り切れる!)
俺は、こちらの方がはるかに歴代当主の話よりも、説得力があるので話すことにした。
事実を話すには、宝玉の話から歴代当主のスキルの話。
そして、五代目についても説明する必要が出てくる。
そこまで話しても良いのだが、勘違いされるのも面倒だった。話すにしても俺が操られているのでは?
などと思われれば、誤解を解くのも大変だ。
全員の見解として、セレスが変り始めたのはノウェムの説明によって宝玉が関係していると思われている。
俺までセレスの同類とは思われたくないし、宝玉を封印されては困るのだ。
アリアが呆れながら。
「つまり、スキルを使用しようとして怒らせたの? ……やっぱり、ライエルの責任じゃない」
俺への視線が冷たいものになるが、俺は心の中で。
(よし! これで、話題はスキルの方向に進んだな!)
もっと早くに打ち明けておけば、こんな苦労はしなくてすんだのに……。そう後悔したのは、一度や二度ではない。
ミランダが。
「それ、本当なら、ライエルはとんでもないわよね。意思疎通ができる、っていうだけでも凄いわよ。まるで別のスキルとしか思えないけど」
一段階目が経験値増加。
二段階目は仲間との意思疎通。
確かに、まったく違うスキルだ。だから、俺は説明するのをためらっていたのかと言われると、そうではない。
(あ~、これは言うべきなのかな? でも、言わないとなぁ……でも、あんまり言いたくないんだよな)
スキルを発現した瞬間に、スキル名と使用方法はまるで思い出したかのように、頭の中に浮かんでスッキリする。
誰もが自分のスキルを理解しているのは、このためだ。当然だが、俺もコネクションの使い方は理解している。
理解しているから、今まで言いたくなかったのだ。
(これを言うと、また変な勘違いが出るんだよなぁ……)
絶対に説明したくなかったし、出来れば使いたくないスキルだ。性能は素晴らしいのだが、ラインを互いに作る方法が駄目だ。
俺自身も、ハッキリ言ってどうかと思っている。
ミランダが急かす。
「それで、そのスキルはどうして私たちには使わないの? 覗かれたくない気持ちでもあるのかしら?」
ニヤニヤとしたミランダから、俺は目をそらすと。
「……ラインを作れば、俺の方で管理するから覗くというのは不可能だ。互いの声が、距離も遮蔽物も関係なく聞こえると思えば良いかな? あ、距離は関係あるか?」
クラーラは眼鏡を指先で押し上げ、正しい位置に戻すと少し興奮したように。
「それ、凄いですよ。支援系に同じようなスキルがあったはずですが、持っているだけで引き抜きをかけられます。集団をより効率的に動かせるスキルですからね」
場が少しだけ興奮したものになるが、そこでノウェムが。
「……ライエル様は、どうしてそのスキルを今まで使用しなかったのですか? 何か問題でも?」
俺は、説明するときが来たと思ってコップの中身を飲み干す。ぬるくなっていたが、それがかえって飲みやすかった。
モニカは、俺に近づくとコップに飲み物を注いでくる。
「……キスなんだ」
エヴァが俺を見ながら。
「何?」
「ラインを作るために、必要なのがキスなんだよ! しかも、使用する際は毎回だぞ! お前ら、こんな事を俺が言ったら、本当に信じたか!」
全員が複雑そうな表情をして俺を見ている中で、アリアが口を開く。
「キ、キスくらいちょっとすれば、それで終わりでしょ? なによ、それくらいで子供じゃあるまいし」
顔を真っ赤にして、そんな事を言われてもまったく説得力が無い。この中で、そういった事に初心なのはアリアではないだろうか?
「軽い奴じゃないぞ。ラインを繋ぐには、もっとディープな方だからな! 両親が子供にするキスじゃないぞ!」
アリアが、顔を真っ赤にして「ディ、ディープ……」などと言いながら俯いてしまった。
そして、複雑そうな表情をしていたミランダが溜息を吐きながら。
「はぁ……ライエル、つまりこういう事かしら? 麒麟にそのラインを繋ごうと、キスをしようとした訳ね」
俺はここで嫌々ながらに頷くしかなかった。
「……はい。そうです」
クラーラが「それは怒りますね」などと言い、エヴァは「う、うん、動物が好きならそれくらいする人もいるし」などと引きつった顔で笑っている。
シャノンはドン引きしており。
「麒麟にキスしようとして怒らせたの? 馬鹿じゃないの」
俺は言われると思ったが、実際に口にされると思っていた以上にダメージを受ける。
ミランダの方は、呆れたような視線を向けてきて。
ノウェムは口元に手を当てて何か考え込んでいた。
モニカは。
「まったく……言っていただければ、すぐにでも軽かろうが重かろうが、キスをして差し上げましたのに! さぁ、チキン野郎……大人のキスをしてラインを繋ぎましょう」
両手を広げて迫ってくるモニカの頭部を左手で押さえた俺は、モニカに事実を告げる。
「いや、お前とはなんか魔力でラインが出来ているから、キスとか必要ないんだ。良かったな、お前とキスする必要なんかないぞ」
それを聞いて、モニカがその場に座り込んで。
「動物と舌を絡め合うのに、この理想のメイドであるモニカとはキスをしないとか……それでも、私は最後までチキン野郎のお側でお仕えします。可哀想なモニカ。でも麒麟なんかに負けない!」
(こいつ面倒臭いんだよなぁ……)
周囲が微妙な空気になったところで、俺は今回の一件をなんとか乗り切ったと安心するのだった。
だが、代償は大きかったように感じる。
夜。
見張り以外の全員が寝静まったのを確認し、俺は宝玉へと意識を持っていく。
円卓のある会議室には、五代目が待ち構えていた。
椅子に座っていたが、どうにも落ち着きがない。
肘を円卓の上に置き、片手でアゴを乗せて、片手の指でトントンと机の上を叩いていた。
『遅かったな』
「勘違いされましたけど、なんとか説明してきましたよ。おかげで、俺は変態扱いです」
冗談を言うと、五代目は首をかしげる。
『なんで動物にキスするくらいで変態なんだよ。あんなの、動物からしたら挨拶みたいなものだろうに。おっと、すぐに俺の部屋に来い』
そう言われて、俺は五代目と共に記憶の部屋のドアを開けた。
五代目の記憶の部屋は、馬小屋のような場所に続いていた。
だが、いるのは馬だけではない。
大小様々な動物が、そこで生活をしているようだった。
「あの、ここは?」
『俺が用意させた飼育小屋。最初は犬とか猫とかだったんだが、次に鳥を飼い始めてそこから気を許せるのが、こいつらだけになると増えたんだよ』
いや、自分で増やしたのではないだろうか?
そう思っていると、割と広いその小屋の奥に向かうとドアが勝手に開いた。
その中には、白く、黄色のたてがみを持った小さい先が丸い角を持った麒麟が横になっていた。
「首の付け根に怪我を?」
包帯が巻かれており、警戒しているのか部屋の奥で丸まっている。首に巻かれた包帯が赤くなっており、食事には手を出していないようだ。
『メイ、って名前を付けた。麒麟とか種族だし、愛着わかないからな』
五代目が怯えているメイを撫でるが、記憶の中なので反応を示さない。
そして、小屋の入口近くから足音が聞こえる。数人が小屋に入ってきており、そこには壮年の五代目が鞄に荷物を満載していた。
記憶の中の五代目が、メイを見ながら。
『お前、食べないと元気にならないぞ』
すると、一緒についてきた獣医だろうか? その人が怯えながら。
『子爵様、麒麟は捕まえると仲間を呼び、復讐すると聞いています。すぐに野生に戻すべきです。それに、周囲の領主たちがなんと言ってくるか……』
獣医に振り返った記憶の中の五代目は、鼻で笑い出した。
『それがどうした? 怪我をしていたから、連れて帰って治療をしている。やましい気持ちなど少しも無い。それに、怪我をしてまともに歩けないこの子を放り出せと? そこまで酷いことができるか!』
動物に対して、ここまで愛情を注いできた五代目――。
(いや、あんたはもう少しだけ家族に愛情を注げよ)
などと思ったが、口には出さなかった。
鞄からは、高価な薬などを取り出して獣医に手渡す。
『足りなければすぐに揃えよう。お前は、この子を治療すればいい』
獣医が、薬を受け取って治療を開始する。
麒麟が警戒して角を突き出す恰好になると、傷口が開いたのか包帯が赤くなっていた。青白い線が周囲でバチバチと発生すると、五代目が押さえ込んだ。
『早くしろ!』
『し、子爵様、危険です!』
獣医が慌てて治療をするのだが、終わったときには五代目の方がボロボロだった。
すぐに獣医が五代目を連れ出し、小屋の外で叫んでいた。
『誰かぁぁぁ!! 子爵様がぁぁぁ!!』
必死の叫び声が聞こえる中で、五代目は笑っていた。
「あぁ、そう言えばこんな事もあったな。すっかり忘れていた」
獣医が可哀相になってくるのだが、治療を終えたメイは横になって目を閉じている。
それを見た五代目が。
『可愛いだろ』
「いや、この子が七十から八十年であそこまで大きくなったと思えば、少し驚きというかなんというか」
俺が出会ったメイは、立派な大人の姿をしていた。
五代目の声がして、どういう訳か敵意を向けられたのは今でも覚えている。
「あの、それで……俺は、なんで敵意を向けられたんです? 最初はなんともなかったのに」
それを言うと、五代目も考えるようにアゴに手を当てて。
『……いや、俺にも理解出来ない。そもそも、追ってきたのも意外だからな。麒麟は空を駆けて魔を滅ぼす。だから神獣と言われているんだ。人間に近づこうとはしないからな』
麒麟は縁起が良いとされ、そして捕まえれば家が栄えるという迷信まである。
だが、実際に麒麟を捕まえようと失敗した例は、いくらでもあった。
成功した例もいくつか存在するのだが、それは極一部であろう。
国ではなく、大陸を飛び回り魔物を滅ぼす神獣たちは、人間との接触を嫌う。いや、一定の距離を取っている。
人間には、こちらから攻撃でも仕掛けない限り攻撃はしてこない。
「でも、五代目の声に反応していましたよね? まさか、恨まれるような事はしていませんよね?」
『……お前な。俺は結婚や子育てで失敗しているが、動物関係は失敗なんかしてねーよ!』
それはそれで駄目な気がする。
「じゃあ、なんでメイは怒ったんです?」
『それを調べるために、記憶を見て回ろうとしているんだろうが。ほら、次に行くぞ』
歩き出した五代目の後を追うと、周囲の光景が変化していく。
そこは、屋敷の中庭であった。