メイ
俺は、ベイムという都市をまだ完全に理解していなかったようだ。
出発前に数日は必要かと思われた準備が、わずか一日で完了したためである。
荷物をポーターに積み込んでいる俺たちは、改めて冒険者の都と呼ばれるベイムの実力を知るのだった。
ミランダが、荷物を確認しながら。
「食糧は二週間分、水もだいたいそれくらい? ほとんど一ヶ月近い契約期間を得たのは分かるけど、時間をかけすぎじゃないの?」
余裕を持って物資の購入をしたのではない。
ベイムに入る前に持っていた食糧もあったのだが、それらだけでは足りなかった。
俺は荷物を確認しながら、購入した武具を見る。
「グレーウルフがどれだけいるか分からないし、何よりも全力を出さないことにしたんだよ」
ミランダが少し面白いと思ったのか、俺を見てニヤニヤとしている。
「へぇ、その理由は?」
俺は笑いながら。
「全力を教えてやる必要がないから」
それだけだ。
「試験なんでしょ?」
ミランダは気が付いたようだが、俺との会話を楽しんでいるようだ。こちらも嫌がらずに話を続ける。
「試験だから、だよ。全力を出して、俺たちの移動速度やら実力をギルドが正確に把握するのは面倒だ。使い潰されるつもりはないからさ」
満足いく答えだったのか、ミランダはポーターの中に詰み込んだ木箱に上半身を乗せ、こちらを見てニコニコしている。
「何?」
俺がそう聞くと。
「別に。ライエルも悪い奴、って思ったのよ。おっと、私はそっちの方が好きだから、悪い意味じゃないわよ」
ミランダは、自分に利益のない行動を嫌う。嫌うと言うよりも、絶対に裏があると思っているようだ。
アラムサースで出会ったときは、本当に面倒見の良いお姉さんだっただけにどうしてこうなった? と、思いながら俺は近くでポーターに荷物を載せているシャノンをチラリと見た。
(シャノンが余計な事をしたせいなのは確実だけど、本人にとってはどっちが良かったのか……)
「シャノンがどうかした?」
視線を一瞬だけシャノンに向けただけで、ミランダはすぐに反応を示す。
宝玉内からは、三代目の声がする。
『怖いね。ライエルの視線一つ、見逃さない程の重い愛!』
こいつ絶対に楽しんでいる、などと思いながら。
「頑張っている、ってね。まぁ、今までが酷かった訳だが」
プルプルと震えながら荷物を持ち、ポーターまで運んでくるシャノンは運び終わるとそれまで我慢していたのか、呼吸を豪快にする。
額に汗が滲んでいた。
「これで終わりか?」
俺の声に、こちらをにらみ返しながら。
「重い物を持つのは男の仕事でしょ!」
俺は額に手をやってから、呆れたような仕草をわざと見せつけた。
「それ、中身は軽いんだけど?」
シャノンがプルプルと震えながら、何かを言い返そうと思ったようだ。だが、結局最後には諦めていた。
次の日の朝には、出発を告げるために俺とノウェムで書類を提出しに向かった。
予定している期間は二週間前後と記入して提出したが、受付がタニヤさんでなかったのであまり深く聞かれることもなかった。
書類を提出し、そのままポーターを七代目のスキル【ボックス】でしまい込んで外に出てから数時間後に出して乗り込むことに。
セントラルで生まれ変わったポーターは、高さは二メートルを超え、幅もそれくらいだろうか。
全長が六メートルという大きさになっても、ポーターの頭部は前方の右部分にしっかりと備えられている。
ランタンを吊すタイプから、前方の装甲版に埋め込めるようになっていた。両脇の装甲版は展開が可能で、今回はアームもついており自由に展開出来る。
そして何よりも、車輪が今回の目玉だった。
ゴム製のタイヤに空気を詰め込み、幅もあるが大きさもある車輪がしっかりとポーターを支えているのだ。
「これが私の力ですよ! 見ましたか、チキン野郎ぉ!」
ポーターの上に乗って、両手を広げたモニカは高笑いしていた。
風にスカートが揺れているが、見えそうで見えないという状態で俺を見下ろしていた。
(こいつはいったい何がしたいんだ?)
それ以前に、こいつを作った奴は何を考えていたのか問い詰めたくなった。
メイド服は脱がない。それに、明らかにメイドとして不必要な工作機能が備わっているのもおかしい。
戦闘までこなすモニカは、壊れているからこの状態なのか? それとも、壊れる前からこれが基本なのか……。
考えれば、頭が痛くなるばかりだった。
「いや、前にも見たし。というか、ベイムに来る前は乗り込んでいたじゃないか」
大きさ的に言えば、ポーターは大幅に改修しなければ迷宮内での使用が難しくなっている。
しかし、今の俺たちは、ポーターを迷宮内に運び込んで移動する必要性がなかった。
俺が七代目のスキルであるボックスを使用出来、その収納容量が大幅に膨れあがった上に使用制限が魔力の上昇でほとんどなくなったからだ。
「ポーター、今度は腕を付けてあげますからね」
大事そうにポーターの頭部を撫でるモニカは、ポーターに腕を付ける計画を立てていた。
それを聞いたクラーラが。
「これ以上の重量増加は厳しいです。というか、私が操作出来なくなるので我慢して貰えませんか」
申し訳なさそうにしているが、こんな状態のポーターをゴーレムの魔法で操作出来るクラーラは優秀だ。
俺も。
「ポーターはこれでよくないか? もしも何かしたいなら、別で作れよ。あ、ミニポーターの準備もしないと」
ミニポーター。
それは、アラムサースで売り渡した、ポーターの小型化ゴーレムである。
基本的に迷宮内で荷物を載せて移動出来る事を優先しており、小型になっている。
アリアが呆れながら、俺に聞いてきた。
「それは後でも良いけど、どうするの? このまま全員が乗り込む? それとも警戒しながら進むわけ?」
俺は全員に乗り込むように指示を出す。
「いや、乗り込んで貰う。五日程度かけて移動して、依頼のあった村では三日から四日で依頼を片付ける。帰るときも五日程度の日数をかけて、それで依頼を達成するから」
納得がいかないのか、アリアは不機嫌だった。
「冒険者が村にいて、なんでグレーウルフを倒さないのかしら。わざわざお金を払わなくても片付くのに」
アリアの意見ももっともなのだが、俺は村とギルドで互いに利益があるのではないかと考えていた。
そうでなければ、依頼をわざわざ出す事もないだろう。
「ま、その辺は移動中にでも考えれば良いだろ。ほら、早く乗ってくれ」
アリアを急かし、ポーターに仲間が乗り込むと俺は周囲を見渡した。
五代目が一言。
『ベイム周辺はともかく、少し離れると魔物が多いな』
頭の中に浮かんだ地図と、手に持った簡易な地図を見比べて目的地を確認していた。
理論上は、馬で三日。
だが、それはあくまでも理論上では、だ。山があれば迂回する必要もあるし、森があればポーターでは通れない場合もある。
休むタイミングもあれば、休んでおくべき場所もあるだろう。
目的地までのルートを確認する俺は、溜息を吐きながら。
(依頼自体は簡単なのに、どうしてこんなに色々と不便なのか)
俺はポーターの天井部分に昇ると、そのまま操作を行なってスキルを使用する。
四代目のスキル【スピード】は、移動速度を上昇させてくれるスキルだ。
ポーターが動き出すと、そのまま天井部分に座り込んで俺は目的地までポーターを移動させるのだった。
(今の俺なら、ポーターで移動させて無理すれば丸一日かければ到着するな)
ポーターは馬のように休憩を必要としない。
モニカ曰く、整備は必要だがタフなのは間違いなかった。
つまり、今の俺の魔力が尽きず、操作可能ならずっと動かしていられるのだ。
(ま、無理する必要もないからしないけど)
そう思って、周囲を確認しながら俺はポーターを走らせる。
それは二日目の出来事だった。
クラーラがポーターを操作し、俺はそれを見ているだけに徹していた。
昼食を食べ終え、仲間内でくだらない会話をした後だ。
屋根の一部が開くようになっており、そこから外に出た俺はクラーラに大声で指示を出す。
「クラーラ、急げるか」
「え? 何かありましたか?」
頭に浮かんでいるマップには、赤い光点がいくつも浮かんでいた。数が多いのだが、相手はグレーウルフ。
倒せない相手ではなく、むしろ邪魔なのでここで倒しておきたかった。
こちらを付け狙うような動きを見せており、待ち構えても良かったのだが……。
(青い反応? なのに、こちらを追いかけて……しかもスピードが)
追いかけてきた赤い光点の後ろから、物凄く速い。こちらよりも速い速度で追いかけてきている。
そして、赤い光点を次々に消していく。
五代目が俺に宝玉から指示を出してきた。
『青い反応というのが気になるな。だが、ライエルでも追いつかれるかもしれない。待ち受ける形を取れ』
相手がなんなのか理解出来ない状態で、待ち構えたくはなかったが俺はポーターを止めさせて全員に指示を出す。
「……クラーラ、ポーターを止めて待機。装甲版を展開してくれ。後ろから何か来る。全員、武器を持って外に出ろ。何か追いかけてくる」
ポーターの内部から、アリアの声がした。
「何か、って何よ?」
「いいから、早く!」
クラーラがポーターを止めて百八十度回転させ、装甲版を展開させた。
俺はポーターの天井から飛び降りてポーターの前に出るとサーベルを引き抜いた。
マップを見るに、グレーウルフの群れは追いかけられているのに気が付いて逃げ回り始めた。
だが、青い光点から離れた場所にいた赤い光点が、次々に消えていく。
五代目が。
『なんだ? 何が起こっている?』
三代目が嫌そうに。
『セレスみたいな怪物かな? ライエル、引き寄せたんじゃないの』
俺のせいではない、と思いたかった。
だが、遠くで強い光が発生すると軽い地響きがする。
「魔法? 敵の反応は……全部消えた?」
俺は警戒を強める。相手の反応は青いままだが、周囲を確認しているようだ。赤い光点は全て消え去り、青い光点がこちらに近づいてくる。
俺が構えを取ると、ポーターに乗り込んでいるシャノン以外は武器を持って構えていた。
【ディメンション】。
五代目のスキルであり、マップを立体的に把握出来るスキルを使用すると、俺は空の方を見た。
「空?」
少し顔を上げると、小さな点のようなものがこちらに近づいてきていた。
羽など生えていないその生き物は、頭部に角を持っている。
徐々に姿が確認出来るようになった生き物は、白い鱗を持ち、黄色いたてがみを持っていた。
馬、ユニコーン。
角を見た時にそう思ったのだが、相手はそんなものではない。
クラーラが呟き、エヴァが興奮する。
「初めて見ました。武器は下ろした方が良いですね」
「麒麟? 本当に!? 凄い、凄いじゃない!」
空を駆ける馬のような神獣は、足元がキラキラと光っていた。何もない空を麒麟が踏みしめる度に、光が砕けてまるで空にある見えない道を駆けているようだった。
俺たちの近くに来るようなので、武器をしまって通り過ぎるのを待つ。
空を見上げて麒麟を見る俺に、近づいたのはノウェムだった。
「ライエル様、こちらに向かってきます」
言われてみると、麒麟は速度を落として地面に近づいてきている。いや、向こうからすれば、降りてきているのだろうか?
速度が落ち、そして俺たちの目の前に来る神獣を見ていた。
(五代目も麒麟に縁があったな。というか、本当に大丈夫なんだろうな?)
相手の反応は青いままであり、俺は抵抗する意思を持っていないことを示そうとする。
しかし、麒麟はその巨体を近づけると俺を見下ろした。
六代目が言う。
『まさかこれほど立派な麒麟とは……昔、うちで飼っていた麒麟とは大違いですね、五代目。……五代目?』
話題を振られた五代目は、黙っていた。
そして、馬よりも一回りも二回りも大きい麒麟は、白く光る鱗を持っている。
俺に顔を近づけると、額から伸びる角をしまい込んで青い瞳で俺を見ていた。青い瞳に映った自分を見ながら、俺は息を呑む。
そして、麒麟は俺の隣に立っていたノウェムを見た。
少し首をひねったかと思うと、何やら近づこうとノウェムの下へと向かう。
その時、麒麟の首の付け根左側辺りに傷があるのを見つけた。完治はしているのだが、古い物のようだ。
それを俺が見ていると、宝玉の中の五代目が――。
『間違いない。お前……どうしてこんなところに』
五代目の声がすると、麒麟が首をこちらに向けた。
俺の顔を、目を見開いて見ていた。
「え、まさか……でも、流石に八十年近く前なのに」
俺が声を漏らすと、麒麟は首をかしげた。
五代目が、宝玉から声を出す。
『メイ……お前……約束を覚えていたのか』
すると、麒麟の瞳が俺の首に下げた宝玉へと向く。そして、俺を睨み付けてきた。
角が額から伸び、そして敵意を示すように黄色から赤になる。
すぐに後ろに跳ぶと、その場に青い光が落ちた。
「何をしたのよ!」
アリアが叫ぶが、俺は否定する。
「知るか! 俺は何もしてない!」
ノウェムが俺の前に飛び出し、杖を構えると魔法で障壁を作り出す。麒麟の鳴き声は、馬と違う。まるでドラゴンかと思えるその声に威圧されていると、宝玉内から叫び声が聞こえた。
『もういい! メイ、ライエルは敵じゃない!』
麒麟が声を聞き、その場で地面を蹴るとこちらを睨んでいる。反応は赤、黄色を行ったり来たりし、俺は冷や汗を流した。
ノウェムを睨み付ける麒麟は、悔しそうにそのまま駆けだして空へと昇っていく。
全員が深い溜息を吐くと、俺もドッと疲れが出て来た。
全員の視線が、俺に集まる。
ノウェムは。
「ライエル様、いったい何をしたんですか? 麒麟は攻撃を加えない限り、あのような反応はしませんよ」
エヴァは。
「ねぇ、本当に何もしてないの? 嫌よ、麒麟に付け狙われるとか」
クラーラは。
「見るに成人して間もないか、成人前かも知れませんね。成人していれば、最初の攻撃で全員が吹き飛ばされていたかもしれません」
実際、グレーウルフが一瞬で大量に吹き飛ばされていた。
俺は宝玉を握る。
(これがあるから手加減した? まさか、声が聞こえたのか)
不思議に思っていると、アリアが俺を見て。
「それで、思い当たる節は?」
全員が疑った視線を向けてくるので、俺は反論する。
「武器はしまった。攻撃をするように見えたか? あのね、俺もそこまで馬鹿じゃないし、戦いたいとか思う戦闘狂でもないの! どうして攻撃したのか、俺が聞きたいくらいだ」
思い当たる節はあるが、説明するには時間もかかる。
そろそろ事実を伝える時期なのかも知れないが、タイミングがどうしても……。
シャノンが俺を見て。
「麒麟に嫌われたわね。いい気味よ。ところで、なんであの麒麟はあんたの玉が光ると反応したの? それも、特定の光が反応したときだけ」
ミランダが、シャノンを見た後に俺を見てきた。
四代目が宝玉から声を出す。
『あ、やっぱりこの子には見えていたんだね』
六代目も。
『そろそろ話しても良いかも知れないが、どうにもこの状況では……』
シャノンが「また反応した」などと言うので、俺が反応を示すとミランダは嘘ではないと確信したようだ。
「話してくれるのよね、ライエル?」
俺は全員に囲まれ、ジリジリと後ずさりすると背中に回ったモニカが。
「知っていますか、チキン野郎……メイドは秘密が大好きなんです。さぁ、喋って楽になりましょうよ」
俺の両肩を掴み、逃げられないようにしたモニカは笑っていた。
「お、お前ら……俺が隠し事なんかしているとでも思ったか? もう少し、信用してくれてもいいんじゃないか?」
曖昧な笑みで逃げようとしたのだが、仲間に囲まれて俺は逃げ場がない。
すると、ノウェムが。
「まぁ、時間もありますし、ポーターの中でお話をしましょうか、ライエル様」
ノウェムの笑顔は、今日もとても美しかった。少し怖いと思ったのは、俺にやましい部分があるためだ。
(くそっ、話して楽になるべきなんだろうが、何故か嫌だ)
常に保護者同伴というのを知られるのが、少し恥ずかしく感じてしまう。
話せないのは、そういった小さなプライドもあるためだ。もっとも、一番重要なのは――。
『流石に今はまずいな。セレスの件もあるから、宝玉に警戒するかも知れないし。ライエルが乗っ取られている、なんて勘違いされても困るからね。そうだね……ここは、ライエルの新しいスキルの説明で乗り切ろうか。アレはインパクトがあるからね』
三代目が俺に言ってくるのだが、俺は自身のスキル【コネクション】の説明をするのにためらいがあった。
(……やっぱり、説明しないと駄目なんだよな。でも、タイミングが悪いし、ここはスキルの話題で乗り切るしか……でもなぁ)
俺は、どうやってこの場を乗り切るか、思案するのだった。