スキル戦
試合が終わり、ギルドの職員に呼び出された俺は受付で簡単な説明を受けていた。
もっとも、東支部をホームに登録した初日に他の冒険者と騒ぎを起こしたので、厳重注意という事らしい。
納得出来ないのだが、ギルド側からすれば俺に何も言わないという選択肢はなかったそうだ。
パーティーの代表である俺が、受付のギルド職員である【タニヤ】と向き合って座っている。
他の仲間は、ギルド内にある休憩所と呼ばれる喫茶店で待機していた。八人揃って話をする必要もなかったのだろう。
スレンダーなタニヤさんが、俺を見て少し呆れながら報告書を仕上げていく。
エアハルトの方は、ギルドの医務室へと担ぎ込まれてそのまましばらく安静にした後に厳重注意を受けると聞いていた。
「はぁ、確かにあちらの方が非はあります。それに、ライエル君が巻き込まれたのも、事情を確認したので理解はしています」
なのに、厳重注意を受けるのかと、不満を持っている俺は抗議をする。
「なら、俺が厳重注意を受ける必要は――」
「あります」
ハッキリと言い切ったタニヤさんは、そのまま報告書を書き終えると書類を保管し、机の上を綺麗にする。
キッチリとした人のようだ。眼鏡の右端を指先で持ち上げて位置を直すと、そのまま俺に注意をするのだった。
「パーティーメンバーの一人に目立つ恰好をさせています。オートマトンでしたか? 彼女の恰好が目を引いたのは事実です。エアハルト君のように、ギルド内で喧嘩を売るという行動をする冒険者は少ないですが、悪質な手段に出る冒険者は一定数が存在するんですよ。しかも、経験不足の冒険者ではなく、実力を持った冒険者が、です」
聞けば、悪質な冒険者たちは一定数が存在する。
ただ、朝方はどうしてもそういった冒険者たちが少ないのだ。
彼らが活発に行動するのは、夜が多いためにどうしても朝は眠っていることが多いらしい。
それでも、絶対ではない。
「相手が悪い、では通らないときもありますからね。実際、ライエル君のようなパーティーは問題を引き付けやすいんです。リーダーとして注意してください」
反論しようにも、やはり俺の責任もあったのだと頷いておくことにする。
すると、タニヤさんはそのままギルドカードの情報を確認し、俺たちのこれまでの評価を確認するのだった。
「……アラムサースからしばらくは期間が空いていますね。でも、評価として高いものが並んでいます。これなら、近い内に迷宮討伐にも参加出来ますよ」
タニヤさんの言葉を聞いて、俺は説明会では聞いていなかったと首をかしげた。
聞いてみると、タニヤさんが少し呆れた。
「知らなかったんですか? 東支部は移動時間を取られるので有名ですが、当然ですがメリットが存在します。でなければ、冒険者は集まりませんからね。その大きなメリットが、迷宮討伐です」
自由都市ベイムで管理している迷宮は、当然だが討伐するのは禁止されている。
最奥の間に挑もうとする馬鹿はいるらしいが、そんな冒険者たちは掃除屋と呼ばれる【スイーパー】に消されるらしい。
つまり、地域密着型では、最奥の間に挑む機会が極端に少ない。それは、希少金属や財宝を得られないことを意味していた。
宝玉からは、三代目の声が聞こえる。
『メリットは迷宮討伐、か。確かに管理されている迷宮を討伐はできないし、希少金属や財宝を得られるのは大きなメリットだね』
四代目は、それでも疑った声を出す。
『でも、説明会では聞いていませんね。何か理由があるのかも知れませんよ』
確かに。
そう思って、俺は聞いた。
「……それは、誰でも挑めるという事ですか?」
タニヤさんは首を小さく横に振った。
「いいえ。こちらもある程度の実力を持つパーティーを、複数送り込みます。そうしたときは、どうしても評価の高いパーティーを送り込むことになります。ただ、迷宮が発見された場合、東支部には依頼が最優先で回ってくる仕組みができています。他の支部ではそういった依頼は年に数件あるかないかですからね」
(年に数件? そんなに少ないのか? いや、多いと考えた方がいいのか? その辺の事情があんまり分からないな)
それを聞いた、七代目が嫌そうに言った。
『つまり、評価が高くなければ挑めない、と。ギルドの評価次第ということか』
タニヤさんが作ったような笑顔で俺を見ると、そのまま告げる。
「評価の高い冒険者は歓迎します。是非、こちらでも優秀な冒険者であってください」
つまり、回ってくる仕事をこなして、ギルドの評価を上げろということだろう。
ギルド側も、俺たちの依頼達成の傾向を見て、仕事を割り振るはずだ。
苦手とする依頼は回ってこないだろうが、それでも迷宮の討伐というメリットを俺は考える。
(当然だが、迷宮の討伐で最奥の間の財宝なり希少金属が手に入る。討伐を依頼される冒険者パーティーは、ギルドから一定の評価を受けている連中。頼りになるが、同時に手強いライバルという事か)
スキルを複数所持する俺にとっては、迷宮討伐は実力以上の成果を出せる場所でもある。
東支部から他の支部に移るのは、デメリットの方が大きいかも知れない。
(ここでも、ベイムが管理する迷宮には挑める。なら、俺はここで仕事をするのが今のところは正しいな)
いくつかのデメリットに目をつむれば、ここは俺にとって確かに都合の良いギルドであった。
椅子から立ち上がった俺は、そのままタニヤさんに謝罪をした。
「期待に応えられるように頑張りますよ。それと、今日の騒ぎは謝罪します。すみませんでした」
クスクスと笑うタニヤさんは、眼鏡を外して言うのだ。
「職員からしても、本で読むような出来事でしたからね。面白かったですよ。ライエル君は、初日から結構な有名人になりましたね」
笑顔で「ご愁傷様です」などと言われた俺は、苦笑いをして立ち去るのだった。
その日。
宿屋に戻った俺は、夕食まで一人で過ごしていた。
宝玉内へと意識を飛ばし、歴代当主の一人である六代目と訓練を行なうためだ。
六代目の記憶の部屋で、俺は武器を構えて向き合っていた。
見たことのある部屋だと思っていたら、そこは俺が剣術を習った屋敷の部屋だった。
訓練場は、武を重視するウォルト家にとって欠かすことができない部屋でもある。
「昔から変わっていないんですね」
周囲を見ながらそう言うと。
『奇抜に変える理由もないからな。戦場が大きく変わらない限りはこのままだ』
武器、戦術、そして魔法――。
それらに画期的なものが登場し、戦場の光景が変わらない限り訓練場もそのままというのが六代目の意見だった。
戦斧。ハルバードを構える六代目は、俺を見て笑っていた。
『奇しくもエアハルトの小僧と俺は同じタイプだ。さぁ、どうする!』
パワータイプとでも言いたいのだろうが、六代目は肉体強化のスキルを所持していない。使えたとしても、初代の初期段階である【フルオーバー】しか使用出来ないはずだ。
ただ、槍に大きな斧が取り付けられたようなハルバードは、突き、斬る、といった動作ができる。
間合いも大剣より広く、それでいて相手はエアハルトではなく実戦経験が豊富な六代目だ。
しかも、人間相手にどれだけ戦ってきた事か。
構えて互いに円を描くように動いた。攻めるか、それとも相手の攻撃を受け流すか待っていると、六代目が俺に突撃してくる。
「速っ!」
六代目は初代と同じように、巨体で恵まれた体を持っている。
そんな六代目が、ハルバードを突き出しながら突撃してくるのだ。
エアハルト以上の威圧感と迫力に、下がって受け流そう――いや、避けようとするが。
『甘い。甘いぞ!』
突き出されたハルバードの穂先は避けたが、斧の部分が引くときに俺の左肩に傷をつけた。
軽く触れたと思ったが、思っていた以上に深く抉られていた。
血が噴き出し、距離を取ろうとすると六代目が柄を長めに持ってハルバードを片腕で振り回す。
「そんな力業!」
『言っただろう? 同じパワータイプだと!』
地面にハルバードが叩き付けられると、砂塵が舞い上がって地震でも起きたような感覚が俺を襲う。
戸惑っていると、今度は柄を短めに持った六代目が接近してくる。
サーベルの間合いでやり合おうとしているのを、挑発と感じた俺は即座にサーベルを突き出した。
頭部を左に傾け避けた六代目だが、そのまま刃の向きを斜めにして引きながら六代目の首筋を斬ろうとした。
だが――。
「……そんなのありですか?」
『掴んでしまえば逃げられないよな? それから、この程度は日常茶飯事だ!』
サーベルの刃を左手で握った六代目は、右手に持ったハルバードを振るう。
サーベルを手放して距離を取るのだが、突進してきた六代目はサーベルを遠くに投げ捨てるとそのまま左腕を突き出して俺の胸倉を掴み持ち上げた。
体格もあって、それに相応しい――いや、それ以上の力で持ち上げられた俺はそのまま地面に叩き付けられる。
『流石に頭から地面に叩き付けはしなかったが、十分に痛かっただろう?』
解放された俺は、ノロノロと立ち上がる。
背中を地面に叩き付けられ、息ができなかった。そして、体術でも六代目には及ばなかった。
体格が違いすぎる。俺の技量が六代目よりも高かったとしても、相手もそれなりの技量であれば負けてしまう。
それ以前に迷いがなかった。
『ライエル、人間相手にまだ迷いがあるな』
言われた俺は、右手を開く。そして、そこにサーベルが出現したので、柄を握って構えるのだった。
既に痛みは引いており、怪我の方も何もなかったかのように元通りだ。
「流石に顔見知り程度、という間柄でもありませんからね。武器を向けるのも抵抗があるんですよ」
六代目が笑う。
『それは気にしすぎだ。殺しても死なないから、安心して全力を出せ。それにな……お前の全力では、俺には勝てないぞ』
言われて腹が立ったので、俺は奥の手であるスキルを使用する。
能力を何倍にも跳ね上げる初代のスキル【フルバースト】を使用し、六代目にサーベルを突き出した。
だが、今度は六代目が左手を捨てた。サーベルの刃を左手で受け止めると、当然だが突き抜ける。
それでも、六代目は笑っていた。そのまま放さないようにサーベルを掴むと、左手の血が俺の顔にかかった。
わざと、そうなるように六代目が動き、傷口を広げていた。
「目つぶし!」
視界が防がれると、俺はスキルで相手の行動を探ろうとする。
しかし、二代目、五代目、六代目――。
相手の動きを探る事に関して、六代目に俺が敵うわけもなかった。
動揺した一瞬の隙を突かれ……。
『二代目も言っていただろうが! スキルは使いこなしてこそ意味があると! 挑発程度で相手にスキルを使わされるのは、アホのする事だ!』
斧の腹の部分を頭部に振り下ろされ、俺は地面に倒れた。
六代目がハルバードを肩に担ぎ、説教を始める。
『いいか、距離を取って魔法で攻撃しても良かったんだぞ。むろん、こちらも対応するが、お前は二代目のスキルを最終段階まで使用出来るんだ。距離を取って戦えば、まだ可能性は――』
フラフラと立ち上がる俺は、六代目を見る。
『――どうした?』
「いや、あんまり目立たない六代目でしたけど、意外と強かったのだと思いまして」
本人も気にしているのか、俺にハルバードの柄を頭部に振り下ろしてきた。
『目立たないんじゃない! 他の面子が濃いんだ! 普通な俺が目立たないのは、そのせいだ』
六代目は普通に強い。
(普通じゃないとは思うけど、でも他と比べると……)
三代目のように相手を翻弄して戦う訳でもなく。
他の歴代当主たちのように、癖のある戦いをしないが普通に強いのだ。
初代や二代目とは直接戦ったことはないが、二人も戦いには癖がある。
二代目など持っていた武器が弓である。接近戦は厳しいが、距離を開けられるなり場所が森などであれば恐怖だ。
初代は大剣を力の限り振り回してくるだろうが、それがもう既に嵐とか暴風というレベルであるはずだ。
結果、俺の六代目に対する評価は『普通に強い』である。
『はぁ、今日はここまでだ』
なんだか落ち込んでいる六代目に言われると、俺はいつの間にか手に持っていたサーベルが消えて六代目の記憶の部屋の外にいた。
円卓のある会議室では、四代目が俺を待っていたようだ。
『ライエル、夕食の時間だぞ。ノウェムちゃんが起こしに来ている』
俺はそれを聞いてすぐに戻ろうとするのだが、四代目が俺を引き留めた。「少し待て」そう言って天井を見上げていた。
「なんですか?」
俺も天井を見上げると、そこにはノウェムの顔があった。
何かを覗き込んでおり、手で触れている。
「……俺に触っていますね。というか、こんな風に外が見えていたんですか?」
四代目は首を横に振る。
『ライエルの視覚である場合もあり、こんな風に宝玉から見える場合もある。もっとも、どちらもライエルの魔力を消費する』
今では耐えられているが、宝玉を持ったばかりの頃は本当に酷かった。歴代当主が騒ぎ出すと、俺がすぐに魔力がなくなり倒れていたほどだ。
「それで、何を待っているんですか?」
四代目は天井を見上げながら。
『……ノウェムちゃんがね、お前の顔を見て笑っているからさ。しばらくこのままでもいいかも、って』
天井を見上げれば、確かにノウェムは微笑んでいる。
俺の顔に触っているようだ。
「なら、別に意識を戻して寝たふりでも……」
すると、四代目が。
『そうなんだけどね。なんか、部屋に入ってきた時に宝玉を見たんだよ。少しだけど……ノウェムちゃん、何か隠していることがまだあるかも知れないね。それを伝えておきたかったんだよ』
四代目の意見を聞いて、俺は円卓のある会議室で天井を見上げた。
そこに映し出されるノウェムの笑顔を見ながら、少しだけ不安を覚えるのだった。