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セブンス  作者: 三嶋 与夢
初代様は蛮族
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冒険者は冒険してはいけない

 冒険者は冒険しない。


 この言葉は、間違っているようだが正しいとも言える。


 実際、命の危険のある仕事では、危険を少なくする事が重要だ。


 一か八かの賭など、命を賭ける職業の人間には御法度である。


 そんな俺の冒険者としてのスタートは、実に堅実だ。


 堅実すぎて、俺も嫌になってきた。


「お、終わりました」


 一週間だ。冒険者になり、ゼルフィーさんに指導をして貰うようになって一週間。


 俺は、未だにダリオンの街で雑用をしていた。


 ノウェムは、見ていると心配して作業を手伝おうとするので、ゼルフィーさんに頼んで他の仕事を任せて貰っている。


 女性でもできる、代筆などの仕事だ。


 ノウェムは男爵家の出身だ。教育だって厳しかったためか、読み書きに関しても問題ない。


 計算だって出来るし、書類にも慣れたものだ。


 俺が外で仕事をしている時は、ギルドで代筆の依頼を受けて貰っている。


 対して、今日の俺は街を囲む壁の修繕である。


 石で出来たブロックを、魔法を使わずに運ぶのである。


 魔法でやれば楽はできるが、宝玉を持っている時点で、魔力の消費に制限がかかっている。


(しかも、魔法で作業を進めるのは、駄目だと言ってくるし……まぁ、理由は分かるんだけど)


 ご先祖様一同が、魔法による作業の効率化を禁止したのだ。俺の体力作り以上に、これには理由がある。


 もっとも、今の俺には関係ない理由でもある。


「うん、まずまずかな? これなら評価はB以上は確実だね」


「はぁ、はぁ、そうですか」


 肉体労働をしている俺は、この一週間で仕事をしながらトレーニング、を実践させられていた。


 未だにゼルフィーさんの評価は、最初の溝掃除でへばっていた事もあり低い。


 だが、この一週間で、街の中で仕事を受けるという意味を学んだ気はした。


「少し早いけど、明日は休みにしよう。外に出て魔物退治をして貰うからね」


「や、やっとですか」


 疲れている俺だったが、それを聞いて安心した。いつまでも、このような仕事をしていては、初代に何を言われるのか分からない。


 それに、六代目や七代目の不満も溜まってきている。


「教えたとおりの準備はしてきているね? まだなら明日は準備を整えて、体を休めておくんだよ。あと、軽く体は動かしておくように」


「分かりました」


「素直な子は楽でいいね。得物はライエルがサーベルで、ノウェムが杖だったわね?」


 ゼルフィーさんの確認に、俺は頷く。


 すると、ゼルフィーさんはあごに手を当てて考え込み、それから何度か頷いた。


「ライエル、あんたは予備の武器を持ちな。同じサーベルでも良いけど、短剣とかでもいいよ。できれば得物を変えて欲しいけど、そこまで強要はできないからね」


 俺の使用しているサーベルという武器は、突く事も斬る事もできる。


 反面、刃が薄いので曲がりやすく折れやすいという短所もあった。


 普通の剣ならば、刃が潰れても鈍器に出来る。むしろ、鈍器として使う事も多い。


 リーチも短く、武器としてみれば槍などの方が優秀である。


「槍とかですか? 一応は使えますけど」


「それよりも盾を持って欲しいけどね。私も危ないと判断したら手を貸すけど、基本的には二人で周辺の雑魚を倒して貰うよ」


 街の周辺などは、冒険者もいるので比較的安全だ。兵士もおり、危険な魔物が出れば討伐に向かう。


 騎士団が出る場合もある。


 そのため、街などの周辺では雑魚が多く、強力な魔物が少ないという特徴があった。まったくいない、とは言わないが。


「盾ですか……使えますけど、持っていませんね。安い奴を買います?」


「こだわりとかない訳? それに、予備の装備を買うのは良いけど、得物が違う場合はよく考えなよ。無理して高い物を買う必要はないし、状況によってはまったく使えない時だってあるんだからね」


 多くの武器を使い、状況に合わせて戦う冒険者も多い。


 むしろ、主流とはいかないまでも、そちらが好まれる傾向だ。


 だが、使用する武器を絞り、技を磨く方が一流への近道だとも言われている。


 本人次第という事だ。


「……しばらくはサーベルで、予備で短剣とバックラーを持ちましょうか?」


 そう言うと、宝玉から声が聞こえる。


 二代目だ。


『ライエル、状況に合わせた装備を選びなよ』


 しかし、三代目が反論する。


『予備はサーベルにするべきだね。そうすれば、潰したときでも換えがあるのは楽でいいよ』


 最後に初代が――。


『別にその辺の雑魚なら素手でいいだろ?』


(せめて意見は統一してくれよ……)


 そう思った俺は、きっと悪くないはずだ。


「装備に関しては任せる。街の周辺だから、そこまでこだわる必要がないからね。初めてなら、慣れた装備で挑む方が良いかもね」


 その後、作業を確認に来た現場監督に確認を貰い、評価を記入した書類を貰って俺とゼルフィーさんはギルドに戻るのだった。


 作業後で汗だくだが、血まみれではないので風呂には行かなくてもいいとゼルフィーさんに言われる。


「早く彼女を迎えに行ってやりな」


「うっ……はい」






 ギルドの二階に向かった俺とゼルフィーさんは、ホーキンスさんに書類を渡した。


 ホーキンスさんのカウンターは、相変わらず空いていてスムーズに受付が出来る。


 対して、美人の受付には長蛇の列が出来ていた。


「相変わらず人気だね? というか、あれはあれで問題じゃないの、旦那?」


 ゼルフィーさんの問いに、ホーキンスさんは書類を確認しながら答える。


 本人も思うところはあるようだが、どうにもならないらしい。


「以前、一度だけ受付から外れて貰ったのですが、その時は彼女を希望する冒険者が多かったので、戻って貰いました」


 やはり、ダリオンの冒険者ギルドでは人気があるようだ。


「仕事が出来ないから、表に出したんじゃないの? あの子の親がギルド職員の幹部だって聞いたんだけど?」


「答えられませんね」


 ゼルフィーさんの質問を交わしつつ、ホーキンスさんに俺は報酬を貰った。


 差し出した書類には、今回の仕事に対する評価などが記載されている。


 現場監督は、俺の仕事ぶりに『良かった』という評価の『B』をつけてくれた。ゼルフィーさんの言うとおりだ。


 もっとも、評価『A』を付ける場合には、依頼者から追加報酬を出さないといけない。そのため、評価Aは滅多に出ない。


 こうした雑用的な依頼では、最高は『B』である。


「今回で依頼を達成した回数は十二回ですね。どれも『C』か『B』評価ですから、このままの調子で頑張ってください」


 ホーキンスさんに笑顔で言われ、俺は報酬を受け取った。


 大銅貨八枚。


 一日の稼ぎとしては、少ない方だろう。朝から夕方まで頑張って、一般人なら大銅貨十枚以上はあるはずだ。


「ありがとうございます」


 お金を受け取り、俺は財布にしまった。


 ゼルフィーさんは指導員である。そのため、報酬は支払われない。もっとも、前金で金貨四枚を受け取っていた。


 成功して金貨四枚を貰い、俺たちの仕上がり次第で金貨一枚が追加で支払われる。金貨一枚は、ギルドへの紹介料という形だろう。


「そろそろ街の外に出て貰うよ。雑用的な依頼は教えたし、何かあっても食っていけるよ。実際、ライエルもだけど、読み書きに計算は問題ないみたいだし」


 ゼルフィーさんがホーキンスさんに言う。


 ホーキンスさんは、それを聞いて少し残念そうにした。


「意外と早いですね」


「金を貰っているんだ。そろそろ外に出て貰わないと、金額分の仕上がりにならないからね。何かあったのかい?」


「いえ、ノウェムさんは真面目で仕事も早くて丁寧です。裏方で回ってきた代筆を担当しても貰っていますが、評判も良かったので」


 ノウェムの評価は高いようだ。


 元々、字も綺麗でホーキンスさんもそれを覚えていた。だから、代筆の仕事を紹介して貰えたのだ。


 顔を合わせないように仕切られた部屋で、相手の依頼に合わせて手紙などを書く。


 相手に顔を見られないのに、声や対応で評判を得たらしい。


「旦那のお墨付きなら、冒険者じゃなくても職員としてやっていけるね。怪我でもしたら、ギルドに就職でもしたらいいよ」


「ハハハ、こちらとしては嬉しいですが、怪我だけはして欲しくありませんね。ライエル君も、十分に気をつけて」


「あ、はい」


 手続きを終えると、ホーキンスさんがそのまま裏に回ってノウェムを呼んでくれた。しばらくすると、職員の出入り口からノウェムが出てくる。


「ライエル様」


 笑顔で小さく手を振ってくるノウェムに、俺も軽く手を上げて応えた。


『いやぁ~、今日のノウェムちゃんも可愛いね……お世辞くらい言えるようになろうか、ライエル』


(四代目、黙っていてください)


 歩み寄ってきたノウェムに、ゼルフィーさんが明日の予定を伝える。


「ノウェム、明日は体を休めておきな。明後日は街の外に出て魔物退治を経験して貰うよ。準備は出来ているね? ま、出来てなかったらお説教と雑用の仕事をさせるけど」


「はい、ゼルフィーさん」


 明後日の予定を確認し、俺とノウェムはゼルフィーさんと別れる。


 指導員であるゼルフィーさんは、どうやら日誌をギルド側に提出するようだ。指導員の仕事も、色々と面倒そうである。


「帰ろうか」


「そうですね。買い物をして帰りましょうか」


「あ、それなら今日の稼ぎがあるし、俺が出すよ」


「そうですか? 今日はいくら稼がれたんです?」


「大銅貨八枚! ノウェムは?」


「……大銅貨六枚です」


 部屋から出て、階段を降りるまでの少ない会話。


 だが、俺は何も思わなかった。しかし、ご先祖様たちは分かるようで……。


『えぇ子やなぁ……わざと少なく言って、男を立てて。なのに、ライエルはお世辞一つ言えないとか』


 四代目のチラチラが嫌になったので、俺はノウェムを褒める。


「ホーキンスさんが褒めてたぞ。仕事が早くて丁寧だって……その、良かったな」


 精一杯褒めたつもりだが、ご先祖様たちの評価は厳しい。


 初代から順番に――。


『零点』

『十点』

『う~ん、初々しいから三十点で』

『零点』

『え、俺も? ……十五点で』

『皆さん辛口ですね。あ、三十点』

『すまん、ライエル……二十点だ』

(採点なんかしてんじゃねーよ! 俺だって、なんか言っていて微妙だな、って思ったよ!)


 しかし、ノウェムは俺の微妙な褒め方に嬉しそうにしてくれる。


 笑顔で口元を押さえつつ、俺にお礼を言ってくる。


「ありがとうございます。でも、外で頑張っておられるライエル様の方が大変でしょうに」


「え、あの……そ、そうでもないし」


 オロオロとしていると、またも宝玉から「しっかりしろ」と声がかかる。


 二人でそのままギルド横にある銭湯に向かうと、風呂で汗を流してから買い物に向かった。


 ……後日、この日にノウェムが稼いだ金額をホーキンスさんにそれとなく聞いたら、大銅貨九枚であった。






 久しぶりの休日。


 ダリオンに来てからは、雑用ばかりで肉体労働が多くあまり休めなかった。


 ただ、この休日を利用して、俺たち二人にはやるべき事がある。


 それは、不動産屋に行く事だった。


「いかがです? こちらは冒険者の方にも人気のアパートになっております。部屋も三部屋ありますし、何よりも風呂もトイレも完備しております」


 不動産屋の若い店員が、所有している物件を紹介してくれている。


 俺としては、すぐにでも選んでしまいたかった。だが、ノウェムは慎重である。


「お値段はいかほどでしょう?」


「そうですね……入るために銀貨六枚を頂き、その後は大銅貨で月五十枚です。お手頃だと思いますよ?」


「……次の物件を見せて貰えますか?」


(え、まだ見るの?)


 もう四件目だったのだが、ノウェムに付き合い違うアパートにも向かった。立地としては、ギルドに近く便利である。


 ただ、ギルド近くには一般人が住みたがらないという事で、冒険者向けの物件が多いらしい。


 次のアパートは、先程よりも狭かった。だが、格安である。


「こちらは本当にお値打ちです。銀貨一枚、月々大銅貨三十五枚ですよ!」


 店員が薦めてくるので、確かに格安で丁度良さそうな気がした。俺とノウェム二人だけなのだから、狭くても良いかと思う。


 しかし、ノウェムは気に入らないのか部屋を真剣に見ていた。


 宝玉からも声が聞こえる。


『ここは止めておいた方が良いね』


 三代目の声だ。最近、なんだかルールが破られつつある。こちらの事を考えて、できる限り口出ししないで欲しいが、そう言っても五代目以外のほとんどが口を出してくる。


 俺は小声で確認をする。


「どうしてです?」


『なんとなく、だけど嫌な感じだよ。これならまださっきのところがいいかな。というか、壁紙がなんか貼り替えてあるよね……あの部分だけなんか怪しいし』


 三代目の意見は、なんとなく、だった。


「え、あの……ここはちょっと嫌、かな?」


 三代目の意見を信じて、俺は反対する。すると、ノウェムも同意見のようだ。


「そうですね。他の物件を確認させて貰えますか?」


「……分かりました。(はぁ、やっぱり分かるのかな……)」


 店員が小声で何かを言ったのを聞き、俺は何を隠しているのか知りたくなるが、同時に知らなくて良いとも思えた。






 結果的に、アパートには入居しない事にした。


 ノウェムが選び、そしてご先祖様たちの意見を調整した結果、選ばれたのはアパートではなく一軒家である。


 貸家ではあるが、それなりに広い家であった。


 手入れは必要だが、銀貨八枚を頭金として、月々大銅貨六十五枚である。広く、そして手を加えればまだまだ良さそうな家である。


 近隣には家があまりなく、これから増えていきそうな雰囲気も……ない。逆に減っているそうだ。


「期間限定でしたけど、二年もあればそれまでに移動するかも知れませんし、丁度良かったですね、ライエル様」


「う、うん……でも、アパートの方がギルドとの距離も近いし、良かったような気がするけど?」


 持っている荷物など少ないので、引っ越しはすぐにでも終わりそうだ。

業者に掃除を依頼しても良かったが、俺とノウェムは自分の家だから、と掃除を自分たちで始める。


 再開発地域に指定され、二年後には取り壊しが決まっている家だった。


 そのため、周囲にはあまり家がない。


 まったくないとは言わないが、ダリオンの規模からすると少し寂しい住宅街である。再開発後は、ここに何が出来るのだろう?


「ご近所も同じように冒険者の方々のようですよ。やはり、考える事は同じなんですね」


 そう、しかも近所には冒険者が多い。


 期間限定という理由で、物件の割に値段が安かったのだ。


 風呂もトイレもついて、広い家を手に入れたのだ。文句はない。だが、ご先祖様たちがここを選んだ理由は、少し酷かった。


『これならどれだけ騒いでも近所迷惑にならねーからな!』


 これである。


 彼らの中で、ノウェムとの結婚は決定事項だ。つまり、さっさと夫婦の営みをしろ、という意味でここを選んだのだ。


(お前らに監視されている状態でそんな事が出来るかよ!)


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