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プロローグ

 九月一日 晴れ。


 終業式の帰り道、鈴木、田中、佐藤と一緒になった。


「で、咲子とどーなったんだよ!?」


 佐藤が鈴木の首に腕を回して引き寄せ、声を潜めた。別に周りには俺たちしかいないというのに。


「あっちーな。話すからどけっつーの」


 鈴木の言うことはもっともだ。ギラギラと照り付ける太陽は、一片の情けもなく俺たちの身体を焼き、汗が滲む身体を火照らせる。べたつく腕で絡まれたとあっては、さぞ不快だったろう。


「おうおう! 朝、言ってた話か! 俺にも聞かせろよ!」


 佐藤はすぐに離れたが、すぐさま田中が二人ににじり寄った。朝、二か月ぶりに教室に集合した鈍色高校三年B組の面々は、夏休みのムフフな体験談を披露しあい、相当な盛り上がりを見せていた。


 鈴木はこの春から川内咲子と付き合っている。二人の関係は、どうやらこの夏に新展開を迎えたらしい。


「わかった、わかったって。あっちーし、ここじゃなんだから……なあ?」


 鈴木が二人に手を向けて制し、俺を振り返った。


「如月ぃ……お前んち、いいか?」


 いいわけねーだろ。お前らのムフフな体験談なぞに興味はない。


「おう。いいぜ! コンビニで買い出ししてくれよ! その間に片付けるからさ」

 

 内心とはかなり異なる発言が自然とこぼれた。 


「別に片付けなんかいいって」

「どうせAVだろ?」

「むしろ貸せっつーの」


 鈴木、田中、佐藤が順番に言った。狙っているのか長く一緒に居るおかげでリズムが出来上がっているのか、三人が発言するときはきれいにこの順番で並ぶことが多い。


 小学生の頃から一緒だという三バカのおかしな習性はさて置き、残念ながら俺の趣味や嗜好をお前らに知られたくはない。というか、一人暮らしをしている俺の部屋は今、大変なことになっている。何かの事件に巻き込まれて家宅捜索を受けた場合、片端から押収されてしまいそうな映倫の方々を怒らせるような品々を晒すわけにはいかないのだ。


「はは。この夏のイチオシを選んでおくからさ。頼むよ」


 だからといって、こういう輩の襲撃を頑なに拒否すればするほど追及が深まるものだ。卒業を間近に控えているというのに、今更「つまらない奴」というレッテルを張られても困る。俺は連中の返事を待たず、駆け出した。


「気にすんなって! 同じ男だろ~?」


 バスケ部佐藤が一跳びで俺に追いついた。さすがの瞬発力だ。


「親の監視がない環境で、好きなだけ美に浸れる……羨ましいぞ如月」


 田中がしみじみと言って首を横に振る。それはどういう意味だ。


「まったくだ。『結局のところ、右手さんにゃぁ敵わん』て、うちの婆さんが言ってたからな」


 鈴木。お前の婆さんは品が無さ過ぎだ。


「三人とも、勘弁してくれよぅ」

「そこまで拒否るって……どんだけ?」


 できるだけ穏やかに言ったのだが、大人の階段を登っている少年達のリビドーを抑え込むのはなかなかに難しい。俺の発言は、むしろ佐藤の興味を引いてしまったようだった。


「いや、マジで見せられない状況なんだ……同じ男なら……察してくれ」

「お前、どんだけヤバいの観てんだよ……早く現実の女見つけた方がいいぜ」


 この中では一足早く大人になったらしい鈴木が、憐れみのこめられた目を向けてきた。悪いが、川内ごときと付き合うくらいなら、俺は月額動画で十分に欲求を満たすことができる。


 その後も押し問答を続けながら、結局最寄りコンビニ前まで来てしまった。


「じゃ、ひとっ走り片付けてるから!」

「あ、おい! 待てって!」


 佐藤が止めようとしたがどうにかそれを振り切り、俺は自宅の片付けに没頭した。まあ、おもにカピカピになったティッシュペーパーを片端から袋に詰めてベランダに出しただけなのだが。







「それで、どうだった?」

 

 いやな匂いのする紙屑が一掃されたリビングで丸く座り、エアコンが効いてくるのも待たずに田中が切り出した。佐藤は俺のコレクションを物色しつつ、話しは聞き逃すまいと耳だけは鈴木の口の方に向けていた。


「ああ、それがよぅ…………」


 鈴木が意を決して口を開く――







「なーんだよ。五か月も経って、やっとディープキスしただけか!」


 田中が両足を投げ出し、天井を仰いで言った。


「るせー。話せって言うから話したんじゃねーか」

「いやもーほんと、期待外れだわー。色々想像しすぎて、逆に明日から川内の顔見れないわ」

「てめー! どんな妄想しやがった!? 吐け! そして忘れろ!」


 顔を真っ赤にした鈴木が、相当にムフフな妄想をしたらしい田中に圧し掛かった。階下が空き家なので気にしなくていいが、ドタバタと暴れて埃っぽくするのはやめてほしい。去年の冬から敷きっぱなしの絨毯は、ハウスダストの温床となっているに違いないのだから。


「…………マジか! この女優引退したと思ったのに、いつの間に!!」


 佐藤に至っては、鈴木と田中の喧騒などまったく意に介しておらず、品定めに没頭していた。


「ま、ディープキスくらいでえばるなってことだよ。うん」

「つーか、如月が言うなって話だろ」


 早く帰って欲しい俺としては、うまくまとめたつもりだったのだが、LSDだかSTDだかのプロレス技をかけられて悲鳴を上げていた田中がニヤリと笑った。


「そりゃ、そーだ。この中で彼女いないのお前だけだもんな」

「なんだと!?」


 鈴木によってもたらされた事実に、俺はつい素の反応を示してしまった。


 実は田中には彼女がいる。それも女子大生の姉のツテで知り合った年上が相手だ。この中ではもっとも進んだ性体験をしているのは田中である。ただ如何せん相手が大人すぎる故か、同級生同士のフレッシュな恋愛に強い憧れを抱いているのだ。


 しかし佐藤は違うはずだ。


 俺と同じくこれまで彼女など居たためしがない。


 俺の場合は意図的に他人との繋がりを避けてきた結果だからいいとして、佐藤は純粋にモテない――はずだった。


「おい、佐藤……マジなのか」


 意志に反して声が震えた。


「まあ、な……」

 

 二年生のバレンタインで、クラス中にばら撒かれる義理チョコすら貰えない佐藤に密かに優越感を持っていた俺は、はにかんだ佐藤の笑顔によって打ちのめされていった。


「なんか、わりい。言いだしづらくてよ……」


 さらに、鼻の下をこすりながら謝られたことによって、俺の冷静な判断力は崩壊した。


「な、なんだそうかー! じゃあ、俺も言っちゃおうかなー!?」

「へ?」

「急に、なんだ?」

「……?」


 鈴木、田中、佐藤の順に、頭上に疑問符を浮かべた。


「実は俺さあ~」


 やめろ。何を言いだすつもりだ悠人!?


 俺の中で激しく警鐘が鳴り響いていた。背中を大量の汗が伝い、まだまだ部屋は暑いというのに手足が冷たくなっていく。


 三人は、俺の告白に耳を傾けているのか何も言わなかった。


 止めろ! 今なら引き返せる!


「実は、彼女できたんだよね!」


 全てはここから始まった。


 俺は、あの夏から秋にかけて起きた出来事を一生忘れられないだろう。それは、甘くて切なくて、最高にデンジャラスな冒険の幕開けだった。




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