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【2】



「――くん、あの……その……ずっと、す、す、好……」

「はぁ? 何言ってんの?」

「ずっと好きでし……」

「バーカ。聞こえてんだよ。何度も言うんじゃねーよ」


二年越しの恋だった。 

学校に入学して、初めて同じクラスで見かけた時から、

ずっとずっと想い続けた淡い恋。

勇気を振り絞ってようやく告げられた、自分の素直な気持ち――

ダメ元だった。

実るはずなんかない。

けれど、それでも良かった。

言わないよりは、言って砕けた方が……。


「寝ぼけてんの? BBDのお前が、この俺に告っていいと思ってんの? 

 姫っていうツラかってーの」

「……」


愛の告白は、受け取る側にも選ぶ権利はあるのだろう。

充分わかっているはずだった。

覚悟だってしていた。

それでもこれは酷すぎる――


「例え寝言でもキモいんだよ。ああ、キモッ!」


立ち去っていく男の背中を見送ることもなく、

下を向いたままの姫子は、スカートのプリーツをきつく握り締めていた。

泣きたくはないのに泣かずにはいられず、

ポタポタと水滴が足元の地面を濡らしていく。

いわゆる顔だけが取り得の、性格最低男だった。

この瞬間、イイ男に対してのトラウマが生じた。

現実世界での姫子は、信じられないほど内気で物静かな少女。

言いたいことさえハッキリと大きな声で言えない、

いつも周りにビクビク怯えているような性格も暗い女の子。


それでもこの気持ちだけは伝えたくて、

全身全霊で捧げた言霊ことだまとも言えた。

けれど現実は惨酷だ。

姫子の二年越しの恋は、ズドンと強制的に幕を落とされてしまう。




それからというもの、姫子は部屋に閉じこもり、学校を休みがちになった。

大事な大学受験が控えているというのに、大失恋に立ち直れず、

ようやくベッドから這い出た時には、

机に突っ伏すように猛烈なスピードでペンを走らせ続けた。

小説を書くために。


妄想ならクラスメイトの誰にも負けはしないと自負できる。

そこに出てくる登場人物たちは、皆比較的醜い容貌をしていた。

性格も捻じ曲がっている。

まるで今の自分のように……。

現実逃避――確かにそうだろう。

でも自分の居場所は空想の世界にしかなかった。

生きている意味もわからない。

誰かに振り向いてほしかった。


それに、自分の存在意義を知りたかった。

悔しくて、悲しくて、惨めで、視界を涙で歪ませながら書き殴った。

鬱憤を晴らすためにも……。

次第に憎しみは払拭されていく。

この空想の世界が楽しくて仕方がなくて、朝になっても無我夢中で書き続けた。

両親や担任に心配をかけたりもしたが、

食事やトイレ以外は部屋に鍵を閉めて引きこもった。

時にヘッドフォンをあて、好きな曲をガンガンにかけながら書いた。

ドアが叩かれたり、

ケータイ電話に親からかかってきたりもしたけれど、無視を決め込んだ。

他のことなんて一切関係ない。

これを書き上げるまでは、断絶するんだと決意していた。


そして、物語を完成させた翌日――

行きたくない学校に行く羽目となり、

朝、しぶしぶ山多家――三百年続く由緒ある社家を出て、

庭の境内の鳥居をくぐった、その時だった。

穴にでも落ちたかのように姫子の身体は落下。

気付けば、穴……ではなく、牢の中にいた。

タイムスリップならぬワールドスリップ。

姫子は夢だと思い込んでいるが、

容姿までもが入れ替わってしまう小説の、パラレルワールドへと彼女は誘われた。




***




「アクージャよ。そなたまでもが牢に入ってどうなるというのだ。

 わしにはそなたの考えていることが理解できぬ」


玉座に座る王が、目前に控える息子に訊ねた。


「だって、入りたかったんだもん」


(だもんって……)


落胆と共に呆れた王の溜息が、続いて周囲からも漏れ出す。

やはり、話は多少変化しているようだ。


(――自ら牢に入りたがるなんて……この人ドM?)


「それほどわしの決めた結婚が気に食わぬか」

「勿論。だって俺、こいつと結婚するから」


場がどよめいた。

しかし一番驚いたのは、


「何勝手なこと言ってんのよ! 

 あんたは隣国のシャルロット姫と一緒になるって決まってんのよ!」


(――だって、私がそう書いたんだから) 


誰が身代わりみたいな真似をするもんですかと息巻く姫子。

しかし王は、含みを持たせた重々しい声で告げた。


「その娘は……魔女だぞ」


(――魔女? 何でこの私が? 話が更に変わっちゃうじゃない!)


「その美貌で、世の男どもを骨抜きにするほどの悪女だ」


(えー! 私ってすごーい! 夢の逆ハーレムね!)


「……って、違――う! 勝手に魔女だ悪女だと決めつけないでよね! 

 私は姫子! 山多姫子という名前があるんです! 

 どっちかっつったら巫女でしょうが!」


この国に巫女がいるのかそれが通じるのかは定かではないが、姫子は叫ぶ。


「だが現にアクージャで実証されているではないか。

 このヒメコとやらが、どうたぶらかしたのかは知らぬが」

「た、たぶらかしたって、ちょっとちょっと――! そんなに魅力あるの私――?」

「黙れ!」


ガツッと後ろに控えていた兵士に槍が向けられ、

驚いた姫子は悲鳴を上げて押し黙る。


「貴様! 俺の女に何をする!?」


そう叫んで、アクージャ王子はどさくさに紛れて姫子を抱き寄せた。


(ひぃいい!)


美形嫌いの姫子の肌に、ブワァッと鳥肌が立つ。


「はっはっは。よいよい。そうカッカせんでも」


大らかな王は、槍を向けた兵士を手で合図して下がらせた。


「となると父上も? だから母に惚れ込んだのか。血は争えねーな」

「思い出は美しく……ウェッホン! 話をわしに振るでない」


ふと姫子は、スカートのポケットに入れていたケータイ電話の存在を思い出す。


「王様~、こっち向いて笑って!」

「ん……?」


カシャ。


おもむろに写真を写してみせた。


「王様、危険です!」


当然ながら、武器と勘違いしたデュラスが前に進み出て、

王をかばう体制に入る。


「女! それ以上近づくと容赦せんぞ!」


しかし姫子は意に介していなかった。


「ホラホラ見てみて~! 王様ったら、写真写りサイコー!」

「王様、呪いが降りかかります! 魂も抜かれてしまいます!」

「娘、それを見せよ」

「はい」


突然王が写真に興味を示したので、

姫子は笑顔でケータイ電話を差し出した。


「な、何と! 素晴らしい……! これがわしか。

 今も昔と変わらぬ男前……いやいや、

 画家に描かせる絵より随分と本物に近いではないか! 

 娘よ、おぬしは天才画家か?」

「やー、天才だなんて~! さすがに王様は見る目があるぅ~。

 勿論呪いが降りかかることも、魂を抜くこともありませんからご安心ください。

 それに予言もできるんですよ~私」

「何と! 魔女とはかくも優れたものであったとは……」

「王様、信じてはなりません。この娘は、おそらく嘘をついているのでしょう」

「あら、そんなことないわよ。

 この国は、数年後に隣国のリッチ国に攻め滅ぼされるんだもの」

「なっ……!」

「そしてデュラスというその者こそが間者で、

 後に王様とこの国を裏切るんですよ~」

「――んなっ! よ、よくもそんな根も葉もない嘘を!」


だが王は、姫子の味方をしたようだ。


「デュラス、娘が言ったことは本当か?」

「う、嘘に決まってます! そんなことはあり得ない! 

 この不届きな魔女を今すぐ処刑すべきです!」

「しかし、この娘は奇妙なこの小さな道具で、瞬時にわしを描きよった。

 わしはこの娘の力は本物だと思うておる。

 そなたには、尋問が必要だ。即刻、牢に閉じ込めておけ」

「王様――! 濡れ衣です――っ!」


デュラスは、他の衛兵に両脇を固められるようにして退場させられた。

でも、何だか可哀想なことをしてしまったかもしれない。

作者である自分が、話の中でバラしてしまっていいのだろうか。

この世界での彼は、本当にスパイではないのかもしれない。

でもこれでいい。 

自分は顔がイイだけの男が大嫌いなのだ。

自分をけなしたあのクラスメイトのように――


(だから、後で書き直してでも何とか助け出して、私の下僕として扱ってやるわ!)


そう意気込むとゾクゾクしてきて、武者震いをしてみせた。

嬉しいことに、ブックマークしておいた自分の小説サイトに辿り着けた。

小説の内容を確認する。


タイトルはズバリ『貧乏国物語』――


貧乏な国オンボーロは、

お金持ちのリッチ国の罠にまんまとはまり、占領され滅ぼされる運命を辿る。

戦争が起き、沢山の人が死ぬ。

最後に裏切った……といっても、

最初からスパイだったデュラスが王をだまし討ちするのだが、

それだけではなかった。

今度はデュラスまでもがアクージャ王子に殺されてしまうのだ。

実際この世界へきて、例え夢だとしてもそれが現実となるのは怖かった。

だから、敢えて彼を救うためにも、

間者であることを王に知らせてしまったのだったが……。


「どっちみちデュラスは殺されてしまうんだろうか……」


そう思うと、何だかやるせない。

何でそんな話を書いてしまったんだろうと後悔の念が押し寄せてくる。

何とかいい方向へ話が展開できないものだろうか。

そんなことを考えあぐねていると、あることを思い至った。


「――いたじゃない。魔法使いが!」


魔女ではないが、

確かに自分は森の奥に住む魔法使いを書き上げていたことを思い出す。

それほど存在感の薄い彼なのだが、名前は確か――


「ええと……何てったっけな~? そんな時にはサイトで確認……っと」


小説の中に、ようやく見つけ出した魔法使いの名は――


「ド・エーム! そう、ド・エームよ……って、あれ? やだ、充電切れ?

 夢なんだから、律儀にバッテリー切れまで起こしてくれなくたっていいじゃないのに~もぉ~」


膨れっ面の牛と化した姫子は、

安らかな眠りにつかんと一方的に消灯したケータイ画面を睨みつけていた。


「――おい。さっきから、一体何を呟いている?」


アクージャに覗き込まれると、

青い瞳に吸い込まれかけて一瞬クラリと……否、ゾッとした。

姫子は慌てて目をそらし、王にあることを懇願する。


「王様、私を森の奥に住むという魔法使いの元へ向かわせて下さい」

「なにぃ? わしの花嫁にと目論んでいたそなたをか?」

「なにぃ――!?」


アクージャが吠えた。


「はっはっは。冗談だ。……まぁよかろう。娘を自由にしてやれ」

「し、しかし王! この女は――」

「森に娘を一人で行かせるわけにはいくまい。例え魔女であってもな」

「俺が行く」


すっくと立ち上がった王子が真っ直ぐ玉座を見据えながら、

隣りにひざまずく姫子を見下ろしニタリと笑みを浮かべた。


(ゲッ……)


姫子は嫌そうな顔つきを隠そうともしない。


「くれぐれも早まるでないぞ」

「何がだよ?」


王は意味深に微笑む。


「但し、デュラスも連れて行くのが条件だ」

「なっ、何であいつを!?」


叫んだのは姫子も同じだった。

ついさっき閉じ込めておくよう命を下したばかりではなかったのか。

もしかすると一番食えないのは、この王様かもしれない。


「念には念をだ」

「だから何のだよ?」

「――つまり、お前はわしにそっくりだということだ」

「……」


何か思い当たる節があるのだろうか、

アクージャは鼻で軽く笑うと、それ以上何も言ってこなかった。

一方、姫子はうつむいたままこぶしを握り、

怒りを鎮め努めて冷静になろうとしている。

だが無理だった。


「美形二人に取り囲まれるなんて絶対イヤ――ッ! 

 私はイケメン恐怖症なのよ――ッッ!」


森の魔法使いに会いに行く目的だけが、今の唯一の救いだった。

夢もいつまで経っても目覚めることはない。


(脱出よ。こんな世界から抜け出さなければ!)


魔法使いなら何とかしてくれる――単純にそう思っての行動だった。


(ついでにこの二人を魔法でブ男にしてもらうよう頼んでみようっと)


遅すぎる気もするけれど、それで気分も清々するというものだ。




***




「でも王様、『何をしに?』とまでは訊かなかったなぁ。

 普通は訊くよね。何でだろう?」

「興味なかったんだろ」


あっさりと言い返し、

気にも留めないアクージャの様子に姫子はいっそう訝しがる。


「そうかしら? でもこのケータイには興味示してたのに」

「そこに見えた自分の顔に興味を示したまでだ」

「……あっそ」


何だってこの国の男どもにはナルシストが多いのだろう。

姫子はうんざりと幻滅する。

が――


「デュラス! もっとキビキビ歩かんかい! 王子の歩調に遅れをとってるわよ!」

「うう……、何でこの私がこんな悪女を背負っていかにゃならんのだ。くそっ、覚えてろ」

「誰が覚えておくもんですか。馬は黙って歩きなさいよ」


疑いをかけられた王の親衛隊でもあった副隊長のデュラスは、

現在、姫子の足として大活躍中だ。

馬車か馬を使えばよかったものの、何せこのオンボーロ国は貧乏の国。

ただでさえ少ない馬は、

あいにく厩であっても一頭として目にすることは叶わなかった。


(――変なところでこの世界、私の作った設定に忠実なのよね。一体全体どうなってんの?)


そこでデュラスを馬の代わりにして、

姫子はおんぶされている(正しくは命じていた)のだったが、


「……何かいやらしいわ」


設定に対し、思考が言葉となり出てしまっていた。

それに反応したデュラスがいなないた。


「私はいやらしくなどない!」






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