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【1】


気が付いたら、青く澄んだ空と目が合った。

しかしそれは人間の――すこぶるイケメンの瞳の色だった。


「い……」


やぁ――っ! と、少女は自分の上に覆いかぶさっていたイケメンを、

柔道の巴投げのように自分の頭より向こう側へ投げ飛ばしていた。

ガンッ、ドサッと、壁にぶつかって床に落ちる鈍い音が響く。

と同時に男の低く唸る声。


「っつぅ~~~~……てめぇっ! 何しやがる!?」


姫子は咄嗟に置き上がり、

睨みつけることでいっそう美しさを増す男からすかさず離れた。


「いやぁっ! それ以上こっち見ないで近寄らないで! 私イケメンが超嫌いなの!」 


壁の隅っこでうずくまる姫子は、

目をそらすどころか硬く目をつぶって震えてさえいる。 

男は呆れていた。

そんなにハッキリと嫌われたことは、生まれて初めての経験だったからだ。

しかも、どこの馬の骨ともわからぬ自分よりも年下の女に。


「んだと~?」

「ぷぎゃぁっ! だから近寄らないでってばっ!」


立ち上がった青年が詰め寄ると、姫子はますます悲鳴を上げて身体を縮こまらせた。


「静かにしないか!」


牢屋の鉄格子の向こうから、これまた見知らぬ男の声がしてその方へ視線を向けると、

姫子は言葉どころか息をするのさえ忘れてしまう。

まるでファンタジックなゲームや教科書に出てくるような、

中世ヨーロッパ風の甲冑姿の兵士と思しき男が、

長い槍を持って苛立たしげに叫んでいたからだ。


「へっ!? 牢屋!? てか、ここは一体どこなの!? どこのテーマパーク!?」


姫子はこのイケメンと二人で同じ牢屋の中にいることを、今になって確信する。

頭の中が混乱している……と思いきや、実はそうでもなかったりする。

むしろ冷静だ。


「お前は――この牢屋に不法侵入した罪で捕まった」

「はぁ? それ何の遊び?」

「遊びなんかではないぞ」

「遊びじゃないなら何だというの? 

 私がそんなことをする必要は全くないし、記憶にもない。

 ましてやそれが本当だとしても、

 わざわざ牢屋に忍び込むなんていうおバカさんがどこにいるっていうのよ」


あっけなく目の前の男に、人差し指をさされる。

姫子は溜息を一つこぼした。


ついさっきまでは生まれ育った世界にいた、山多姫子やまたひめこ、十七歳。

平凡な毎日を死んだように生きながらえる女子高校生。

周囲につけられたあだ名は、バカブスデブの略して『BBD』。

バーベキュー(BBQ)のような異名を持つ彼女は、

バーベキューのようには愛されていなかった。

だからいつも帰宅すれば現実逃避をするのが日課となっていた。 

現実世界とは全く正反対の異次元世界は、全てがバラ色で幸せになれる。

趣味で小説を書き、めくるめく幻想の恋愛にうっとりと身も心も焦がすのだ。

ヒロインは誰もがうらやむ美少女で、スタイルも頭もいいお姫様。

自分とそのお姫様を重ね合わせて疑似体験するのが唯一の楽しみなのだ。

やがては異次元の国で、

素敵な王子様と幸せな日々を過ごすことが最大の乙女の夢――


だから牢屋に入っている今、彼女はパニックにならずにすんなりと受け入れられた。

いつだってこの世界へ入ってしまいたい、

現実世界には戻りたくないと思っていたのだから。

きっと夢を見ているのだろう。

永遠に目覚めてくれなくてもいい夢を――


「でも、夢もここまでくると徹底的にリアルなのね」


そう独り言を呟いて、感心したように納得してみせる。


「ま、この際、不法侵入でも拉致でも何でもこいだわ。どうせ夢なんだし」


姫子はいいながら、近くに突っ立って彼女を傍観していたイケメンを仰ぎ見た。


「……だからと言って、何でこんなイイ男と一緒の牢屋なのよ」


姫子は明らかに青年を嫌悪している。

ブツブツと文句を漏らしながらも。

と、その時、一瞬の隙を突いて男が姫子の腕をグイッとつかんで引き寄せた。


「さっきからおかしな女だな。お前、名はなんと言う?」


ヒィッと微かな悲鳴を上げた少女は、顔を引きつらせながらその腕を払いのけた。


「馴れ馴れしく触んないでよ! 言ったでしょ! 私はあんたみたいなイケメン――」

「さっきからそのイケメンって何なんだ? 

 俺にはアクージャっていう名前がちゃんとあるぜ?」


姫子はポカンとして彼を見上げている。

そして足のつま先から全身へと震えが伝わり出す。


「悪夢だわ……。アクージャですって? 


自分が考えた、いかにも悪そ~うな感じのキャラクターと同じ名前だなんて……。

まさかここもオンボーロ国だなんて言わないわよね。

あは、まさかね。自分の書いた小説の中へ入るなんてことは――」


「ここがそのオンボーロ国だが、それがどうかしたのか?」

「あははははははは! ……終わったわ。

 青春のせの字もない、短かった私の人生が」


深い溜息と共に、ガックリと肩を落として落胆する様子に、

アクージャは怪訝そうに眉をひそめる。


「お前……頭でも打ったのか?」

「頭を壁にぶつけていたのはあんたでしょ」

「それを投げたのはお前だろ」


はぁ~……と重く嘆息してみせる姫子は、両膝の上に顔を突っ伏した。

しかし元いた世界に比べれば、ここは天国なのかもしれない。

そう考え直すと、もう少しまともな国とキャラにしとけばよかったと悔い悩むのだったが、

合点がいかない点があった。


(――でもおかしいわね。アクージャは「ブ男」設定のはずなのに……どういうこと?)


「ねぇ、整形でもした? あんた、本物のアクージャ王子?」

「は? この俺が整形だと? 断じてその必要性はないだろうが」


自分としては、その美顔の方こそを醜く整形してもらいたいのだが……と、

それほど姫子は美しい男が苦手だった。


「ところでまだ聞いていないぞ、お前の名前」

「姫子よ。山多姫子」

「ヤマタヒメコ……? 変わった名前だな」

「邪馬台国の卑弥呼みたいでイヤよ」

「何だそれは?」

「何でもない。そういうあんたの名前も変だけどもね」

「何を言う? この俺にふさわしい美しい名ではないか、ヤマタヒメコ」

「いちいちフルネームで呼ばなくていいから」


それにしても気になるこのナルシストぶり。

自分が書いた小説の中では、

イイ男のナルシストだとは一言も書いていなかったはずなのに……。


(まさか魔法使いとかにでも、顔を変えられたとかじゃないでしょうね!?)


確か脇キャラにそんなのがいたような、いなかったような――

そんなことを思い出しながら、斜め四十五度上を睨み上げるが、それだと合点がいく。

このアクージャ王子はノロマでドジなために、

罰として牢屋に閉じ込められる話を自分は書いていたのだから。

それで何故牢に入らなければならなかったのかまでは、あまり深く考えていないのだが、

それなのにどうしてイケメン王子になって、

性格までもが正反対になるのかが最大の謎だった。


(神のイタズラか、単なる夢のなせる業か……)


でもまぁ、どうでもいっかと、実際のところ姫子は投げやりでもあった。

現実世界に比べれば、遥かに楽しく暮らせそうだし、

夢だと信じることにして、この世界を思う存分楽しむことに決めたのだ。 

ふと、スカートのポケットの中にゴツイ何かが入っているのに気付く。

ケータイ電話だった。

電源を入れてみると作動する。

しかも三本アンテナ(バリ三)だ。

試しに自宅へ電話をかけてみるが、プープープーしかいわず、

次第にピーガガガー……ハ~ハ~……と、

不気味な音がしたと思ったら遮断されてしまった。


「ちょ、何さ今の変質者みたいな変な音。……やっぱ繋がんないか」


ワンセグ然り。


だが写真であれば、ボタンを押すとカシャッと軽快な音を立てて保存もできた。


「やった。これは何とか大丈夫みたいね」

「おい、何だその不気味な物体は? 見せろ」


ケータイ電話など見たこともないであろうアクージャは、

眉間にしわを寄せながら訝しげな顔で手を伸ばす。


「ホラ、あんたよ」


アクージャを撮影していた姫子は、ケータイ画面を見せてやった。


「うっ……!」


彼はすかさず彼女の手から奪い取り、しげしげと見つめながら手を振るわせる。


「ふふん。びっくりしたでしょ~? 私はこれでこの世界を牛耳ってやるわ!」

「――美しい……。やはり俺は、いついかなる時であっても美しい男なんだな」


目を眇めた姫子は、軽く舌打ちしていった。


「言うと思ったわ。だからイケメンはナルシーでイヤなのよ。さ、返して」

「いや、今度はお前の番だ。さぞ美しいに違いない」


ゾッと寒気がした。

いくら王子で夢とはいえ、言っていいことと悪いことがある。

そんな見え透いた寒気の走るおぞましいウソを、今更真に受ける彼女ではない。


「何言ってんの! 別にいいわよ。

 私みたいなバカブスデブの『BBD』に苦しいウソをつかなくても」


どうせからかっているのだろう。

そう思ってはみるが、しかしアクージャは何故か渋面を浮かべた。


「お前こそ何を言っている? 

 バカはともかくとして、お前のどこがブスでデブなんだ? 

 その物言いは、まるで世の女どもを敵に回すみたいな言い方だな」

「……へ?」


何言ってんだこいつ? と言わんばかりに胡散臭げに自分の下半身を見下ろすと、

なるほど、お腹に贅肉が見当たらない。

胸もしっかり出ていて全体的にスレンダーだが、グラマラスなメリハリボディ。

なおかつ髪は白金の長い巻き毛で、

たっぷりレースのついた絵や写真でしか見たことのない、

きらびやかなお姫様ドレスを着ていた。

これではまるで、隣国リッチ国の美女で名高いシャルロット姫のようではないか。

姫子は王子からケータイを奪取すると、自身に向けて撮影ボタンを押した。


カシャ。


「……」


言葉が出なかった。

呼吸さえ不可能だった。

あまりのイイ女っぷりに。


「ぎぃぇええええ――っ! 誰よこの美少女はぁああああ――ッッ!?」

「お前だよお前。普通、そんなに自分を絶賛するか? ま、俺も人のこと言えんがな」


フッと微笑を漏らし、サラサラの黒髪を爽やかにかき上げるアクージャ。


「おい! 静かにしろと何度言ったらわかるんだ!」


見張りの兵士が、持っていた槍で鉄格子をガンガンと叩きつけて叫んだ。

姫子はその兵士に今度はカメラを向ける。


「あんたも記念に撮ってあげるわ」

「うわぁああっ、やめろっ! 呪われる――っ!」


カシャ。


「――プッ。やだ、よりブサイク」 


兵士の写った画面を見せると、兵士は顔を真っ赤にして鼻息を荒げた。


「何だと――!」

「きゃあ!」


槍が廊の中へ差し込まれそうになったその時、誰かがやってくる足音が聞こえた。

姫子をかばって前に進み出ていたアクージャの双眸が、一瞬冷たく細められる。


「何を騒いでいる?」


突然現われたそのハンサムな男も、もちろん姫子は知っている。


(――デュラス……)


小説の中で、唯一の美形として描写していたが、彼は逆転することのない美形のままだ。 

しかし彼は、後にこの国の王を裏切る役目を担っている。

戦争の発端となる人物――


「出ろ。王命だ」


さきほどからアクージャ王子に対しての、

あまりにも無礼極まりない衛兵たちの態度に姫子は眉をひそめたが、

このボンクラ王子が家来たちからも蔑みの目で見られているという結論に至ると、

納得できるようなできないような気にもなる。


「――女、お前もだ」

「わ、私も!?」


自分が一体何をしでかしたのかもわからないままでいたが、

とりあえずいいことであるはずがないことだけは、

場の不穏な空気が教えてくれていた。


 



数年前に書いたものなので、文明の利器も古めとなってしまっていますが……何卒ご了承下さいませw



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