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貴方と彼方の円舞曲  作者: B.A.R
第一章『僕と彼の円舞曲』
4/4

〈1-3〉


 「G2。そういう事は、安請け合いするべきじゃないわ」

 

 動けなかった――――と、言うよりも、何が起きたのかが分からなくて、僕の身体は今その時に、何か特別な動きをするという選択肢を持つ事が出来なかった。ただ受けたその衝撃が後ろから聞こえた声だと分かった時、僕の身体は無意識的に、流れる自然な動きで、徐に振り返っていた。

 そこにいたのは、赤い女だった。

 服も、靴も、髪も瞳も、爪の先から口の中まで。

 きっと血の色さえも。

 何もかもが赤い女が一人、仁王立ちをして立っていた。

 高いヒールを差し引けば、僕よりも背が低そうであるにも関わらず、その纏うオーラは圧倒的に、僕の呼吸を圧迫する。

 それは、とてもとても、美しい女だった。

 「『アストレイ』とまで呼ばれたダストのあんたが、まさかこんなひょろっちい坊やを使役者にするなんてね。一体なんの風の吹き回し?」

 「…………G1か」

 その言葉に、僕の身体は一層の緊張を帯び、瞬時に汗が吹き出した。


 『G1』。


 彼はそう言った。

 それはつまり、化物の名前。

 それはつまり、彼女の正体。

 それはつまり、生命の危険。



 僕は今、『敵』と対峙しているのだ。



 「ッ!!」

 「そんなに緊張しないでよ。あんた、そこの坊やにどれだけ説明をしているの?」

 彼女の声は人のそれと然程変わらず、ふとすれば鈴を振るようなその声は、この場に至って美しいとさえ思えてしまう程だった。

 しかし、その実態は分からない。

 あの美しい容貌の内側には、血の飛沫を浴びてきた肉の塊が詰まっているのだ。

 きっとその残酷なる美しさこそが、目の前に美女を形作る赤い色なのだろう。

 それは何時いかなる時も変わりなく、僕の素っ首を瞬時に落とす可能性を持っていた。

 しかし彼はというと、その登場に然程驚いた様子もなく、ただじっと、その瞳に彼女の姿を映している。その眼差しは、どこか懐かしむようにも見えた。


 「はぁ~。その調子じゃ、殆どこのゲームのルールぐらいしか説明してないみたいね。全く……、そんな雑な説明で、いきなり、しかもよりにもよってコイツの使役者になっちゃうなんて、ホント、運の無い坊やね」

 馬鹿にされている――――、というよりは、哀れんでいる。そんな感じの語調だ。

 その真意は読み取れないが、少なくとも彼女は現在、積極的に僕を殺しにかかるような雰囲気を持ってはいない。だからと言って、警戒を解くわけでは無いのだが。

 僕は片腕ずつ、ゆっくりと立ち上がり、その赤い女性に向かって話しかけた。

 「貴女も……、その、ゴーストっていう、奴なんですか? 貴女も……」


 ――――僕を、殺しに来たのか。


 最後のその一言だけが、どうにも口にする事は出来なかった。それを口にしてしまう事が僕にはどうにも恐ろしく、気づけば、唇は小刻みに震え、目の端からは涙が溢れていた。

 怖いのだ。

 ただひたすらに。


 そんな姿を見かねてか、女性は少しバツの悪そうな顔を浮かべると、手を上に掲げて首を振った。そうして「やれやれ」と少し声を洩らした後、彼女は優しく微笑んだ。

 「そうね。私はゴースト。アテナの灰羽根が保有する化物の一体よ。坊やは私たちの事を、そこの朴念仁から一体どこまで聞いているの?」

 彼女の口調は、まるで母親のように、僕の口をいとも容易く開かせた。

 「えっと……。科学的で、殺し合いをしていて、使役者を狙うって事だけは聞いてます」

 「あら。結構話してんじゃない。でも、少しばかり不十分ね」

 すると彼女はコチラに向かって歩を進めた。その足取りは軽く、まるで日曜の朝の散歩のように、気軽なものだった。

 僕は彼の顔を覗く。

 未だに、彼は先ほどの姿勢を崩さない。問題は無いという事なのだろうか。

 しかし、僕だってこの状況の全てを理解しているわけでは無い。

 本音を言えば、都合の良い事ばかりを信じている。

 だって死にたくないから。

 だから、助けてくれた彼の言うことを素直に聞いたんだ。

 それが今は、敵が近寄っている様を傍観している。


 大丈夫だと、そう言う自分がいた。

 でも今は、声を上げて泣き叫ぶ自分がいるのだ。


 ――――化物がやってくる!




 「ひッ!?」

 僕自身が、声を上げたのはそれから少し経った後の事だ。

 前後の記憶が無い。

 気づいたその時、僕の頭はその両側から包み込むように抱きかかえられていた。

 「お目覚めかしら?」

 目の前に、彼女の顔があった。

 「うわぁぁぁあぁあぁぁぁあああぁ!!」


 ――――殺される!


 「ちょっと! 耳元で大声出さないでよ!」

 半ば過呼吸に陥る僕を放り投げ、彼女は見下すようにそう言った。

 状況が判断できないが、場所の特定は容易だった。

 先ほどまでと同じ、あの高架下だ。

 その区切られた空間の中で、僕と彼女は、二人きりになっていた。

 彼がいない。

 「殺さないでぇぇ!!」

 手を振り回す僕を見て、彼女は面倒くさそうに呟いた。

 「もう。人をなんだと思ってんのよ……。坊やを殺すつもりなんて無いわ。それに、もしも殺る気なら坊や、あんたはもうとっくに死んでいる筈よね。違う?」

 それもそうだ。彼女の言葉には一理も二理もあった。

 それでも僕はまだ、顔を手で覆ったまま、子犬のように震えていた。どうにもこればかりは、頭で分かっていても仕様が無い事だった。

 「どうして……? 貴女たちは使役者を狙うんじゃ……?」

 「それは自分に自信の無い連中の常套手段なのであって、私たちみたいな『完成品』は、一々そんな面倒な事はしないわ。私たちの目標はあくまで他のゴーストの生命ですもの。それに坊やに関して言えば、私には殺せない事情があるのよ」

 「それは……、どういう?」

 「私の使役者がね……、あんたを殺せば自分も死ぬって言い出してさ。私もそれは困るから、坊やには手を出せないってわけ。それで気になったもんだから坊やの面を拝見しに来たわけなんだけど……。あんた幸せもんだよ? 私とG2の射程から逃れた使役者なんて、今までいたかしら?」


 ――――どういう事だ?

 僕を殺せば、自分も死ぬ?

 彼女の使役者は、僕の知り合いなのだろうか?


 そう思った時、簾を断ち切り、黒いフードが姿を現した。

 彼だ。

 この女性には、アストレイと呼ばれていた、僕を守る、僕のゴースト。

 「おかえり。どうだった?」

 「辺りにはゴーストも組織の人間もいない。もう一回りしてくるから、その間に話は済ませておけ」

 「は~い。ていうかさ、あんたが自分で話せばいいんじゃないの?」

 「…………俺は、話すのが苦手だ」

 そう言い残し、彼はまた、雨の簾を潜っていった。



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