聖女クラリスの「聖水」の作り方 ~朝一番によく出ます!?~
「――勇者ロイ殿! 四天王の一角を撃破したその御身、傷だらけではありませんか!」
大聖堂の謁見の間。
魔王軍との死闘を制し、帰還を果たした勇者ロイを迎えたのは、王国の至宝と称えられる聖女クラリスであった。
透き通るような銀糸の髪、吸い込まれそうな純白の瞳。そして聖衣の上からでもはっきりと主張する豊満な胸元と、ぎゅっと引き締まった腰回り。
「王より『勇者殿の体を癒やすため、できる限りの便宜を図れ』と仰せつかっております。すぐさま私の全魔力を賭して、大上位治癒魔法を展開いたしますわ!」
可憐に腕を広げ、天使の光を纏おうとするクラリス。だが、妙なところで律儀な勇者ロイは慌てて手を振った。
「滅相もありませんクラリス様!
ご覧の通り、ボクの傷などただの擦り傷と打撲……言わば軽傷です!
聖女様の貴重な魔力をそんなことに使わせるわけにはいきません。その力はどうか、もっと困っている民や傷ついた一般兵の方々のために残しておいてください」
「まあ……! ご自身の傷を押し置いてまで、民を気遣われるなんて……っ!」
クラリスが感涙の面持ちで胸の前で手を組む。
(……こんな軽傷は、放っておいても治るからな。
せっかくの機会だ、もっと素晴らしいお願いができるんじゃないか……!?)
前世のサブカル知識が目を覚ます。聖女。そして、古来より伝わる『聖水』という名のアイテム。
色々な小説や漫画、アニメ作品やゲームに登場する聖水。 せっかく本当に存在する世界にいるのだから、どんな風に作られてるのか、ロイは気になって仕方がなかったのだ。
( 聞いてみよう、俺のオタク知識と欲望を満たすためにッ!)
「クラリス様!
魔法はお気持ちだけで十分……その代わりと言っては何ですが、クラリス様が作られているという……『聖水』を、ぜひ作っているところから見学させていただけないでしょうか!?」
「えっ……!? つ、作るところを見たい……ですの……!?」
どういうわけかクラリス様は一瞬で顔を真っ赤にし、両手を胸の前でブンブンと振って激しく辞退した。
「い、いくら勇者様のお願いでも、それは……それだけはご容赦くださいませ!
作っているところを人様に見せるなんて、恥ずかしすぎて死んでしまいますわ!
……その、恥ずかしさで魔力が乱れて大爆発してしまいますから……っ!」
耳まで真っ赤にして目をうるませ本気で恥ずかしがるクラリス様。その可憐すぎる反応を見た瞬間、ロイの頭の中の煩悩センサーがピコンッと反応した。
(待て待て待て……!
クラリス様のあの反応って……まさか……っ!?
まさか聖水って、そういうシステムだったのかーーーっ!?)
ド直球かつ重度の変態的煩悩が現実である可能性に、ロイの心臓はドラム缶を叩くような爆音を立て始めた。
ドゥルルルルルルル……!
ゴクリと生唾を飲み込んで、ロイは素知らぬ顔で質問を続ける。
「そ、そうですか……。
もし見学が無理なら、せめて言葉でだけでも……『聖水』がどのように作られるのか、教えていただけないでしょうか……!?」
「言葉で……ですのね? それくらいでしたら……」
真っ赤な顔のまま、クラリス様は代わりに口頭で説明を始めた。
「聖水作りは朝一番に限ります。夜の間に私の中の(魔力)タンクがパンパンに溜まっているので、朝起きてすぐ一気に放出すると、すごく濃いのがたっぷり出ますのよ」
(朝一番の!? パンパンのタンクからの放出!?
それ、朝のおしっ……いやいや、いやいやいや、まだ慌てる時間じゃないっ!!)
ロイの脳内ピンクフィルターが一瞬で暴走モードへと突入した。彼が必死に表情を繕っているとも知らず、クラリス様は恥ずかしそうに頬を染めて続ける。
「聖水の精製のプロセスもとても恥ずかしいのですが……集中するため密室にこもり、座り作業で一滴ずつ絞り出しているのです」
( 密室でしゃがみ込んで絞り出してる!?)
「それに実は聖水って、私の体調や昨夜の食事の影響をモロに受けてしまいますの。
お肉を食べた翌日はドロっとしますし、野菜中心だとサラサラになるんですよ」
(体液じゃん!! もう完全に体液じゃん!!
クラリス様、もう、まったく隠す気ないだろっ!!)
クラリス様は真面目な顔で、注意点まで付け加えた。
「保存状態に気をつけてくださいね。
古くなると黄色っぽく濁ってきて、ツンとするキツい臭いがし始めますの。そうなったら成分が変質した証拠ですので……」
(黄色くてツンとする臭い……! それ保存状態関係なくない!?)
ロイの中で、疑いはもはや揺るぎない確信へと変わっていた。
「クラリス様! それでは……そのクラリス様が作成されました『聖水』を……飲ませて頂いてもよろしいでしょうか!」
その一言に、謁見の間が静まり返った。
「……え? ……………………、飲むの……ですか?」
クラリス様は一瞬息をのみ、視線を彷徨わせながらキュッと聖衣の裾を握りしめた。
「ロ、ロイ殿……。それは……いくらなんでも刺激が強すぎますわ!
飲むなんて……体が大変なことになってしまいます……っ!」
(目の前で『聖水』を飲むなんて言われたら、恥ずかしすぎて死にそうに決まってる!!
恥ずかしさに悶えているクラリス様、可愛すぎて頭おかしくなりそう!!)
興奮と変態的妄想で鼻血が出そうになるのを耐えながら、ロイは即座に膝をつき、正座で最後の一押しをかける。
「できましたら今すぐ『聖水』を頂けたら……!!
この通り、伏してお願いしますので……っ!」
「あ……はい……。では、すぐさま別室にて『聖水』をご準備してまいります……っ!」
顔を真っ赤にしたまま逃げるように別室へ向かうクラリス様。
神官たちも、勇者と聖女のやり取りに大きく頷く。
「うむ! 大魔法を辞退し、打撲の痛みに耐えながら聖女様の聖水を求めるその謙虚さと執念。
……まさしく勇者である!」
◇
数分後。
うつむきながら、青いガラス瓶を差し出すクラリス様。中には、体温を感じさせる透明な液体が入っている。
「ロイ殿……くれぐれも、口に入れたりなさらないでくださいね……? 絶対、ダメですよ……?」
「ははっ! もちろんです! 貴重な『聖水』は一滴残さず、有効活用します!」
( だが、断るっ!
俺は飲む! 飲んでやるぞ! クラリス様を感じるために飲み干してやる!!)
ロイは脱兎のごとく自室へ逃げ帰ると、バタンと鍵をかけた。
「ふぅー……ふぅー……やばい、四天王と対峙したときよりドキドキしている!
鮮度が命だ! 産地直送!
まずは一口……生で味わうっ!!」
小瓶のフタを勢いよく開けるロイ。
その瞬間。
――――――――――ッ!!!!
部屋中に立ち込める、強力なメンソール&サロメチール系の超激辛スースー臭。
「……ん?
どこかで嗅いだことあるなこれ。これ、前世のおばあちゃん家で……」
ロイの鼻腔を急襲した強烈なシップ薬の匂い。困惑しつつも、ロイは己の『鑑別』能力を発動させた。
『鑑定』
ファッと青い光の文字が空中に浮かび上がる。
【聖女特製・外用外傷薬『聖水』】
※聖女クラリスが薬草と高濃度の魔力を調合して作った、打撲・筋肉痛・関節痛に劇的に効く「液状シップ薬」。
※製法:朝一番の満杯の魔力を使い、魔力を練り上げて精製する。時間がかかるため、座り作業である。
※特徴:前日の食事の栄養状態により抽出粘度が変化する。酸化(古くなる)すると成分が変質して黄色く濁り、ハッカ臭が強まる。
※注意:絶対に飲まないこと。胃と食道が破壊されます。
「…………」
ロイは固まった。
「……外用……外傷薬……」
ただの、めっちゃ効く液体塗りシップだった。
朝一番の魔力タンクも、座り作業も、食べ物による粘度変化も、変色・異臭も……すべて真面目な調合プロセスと成分変化の説明でしかない。
クラリス様が「絶対、ダメですよ?」と真っ赤になって止めていたのは、変態的なプレイを恥ずかしがっていたのではなく、湿布薬を飲もうとするバカな勇者を本気で心配していただけだった。
「あ……あぶねぇぇぇーっ!! 飲むところだった!!
胃袋がハッカ油で爆破されるところだったーーーッ!!」
自分の脳内がピンク一色に汚染され、煩悩まみれになっていた事実に、ロイは床に転がって悶絶した。
「良かった……。
俺が変態野郎にならなくて本当に良かった……」
心底安堵して脱力したロイだったが、ふと我に返る。
(……待てよ?
まさかボクの勘違い……バレていないよね……。
次はどんな顔してクラリス様に会えばいいんだ……?)
◇
後日。
「ロイ殿! 打撲の調子はいかがですか!?
治癒魔法を辞退されたロイ殿のために、もう一本、聖水をお持ちしましたわ!
痛むところに直接塗り込んで差し上げます!」
と、袖をまくり上げて「聖水」を手に満遍なく塗りたくり、笑顔でロイの全身(特に打ち身)をゴリゴリと揉みほぐしにやってきたクラリス様。
「ひぐっ……! スースーする!
……皮膚が染みる……ッ!!」
「まあ! 痛みに耐えて私に身を委ねてくださるなんて……!」
嬉しそうに全身に湿布液を塗りたくるクラリス様を前に、ロイは死ぬほどの恥ずかしさに悶えながら、激しい皮膚のヒリヒリ感に耐え続けるハメになるのだった。
【あとがき】ロイとクラリスの楽屋裏反省会
(幕が下りた後の特設スタジオ。パイプ椅子に座り、お茶を飲むロイとクラリス)
ロイ:「……というわけでみなさま、ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました。主人公のロイです」
クラリス:「聖女クラリスですわ。ふふっ、ロイ殿とこうして二人で反省会をするなんて、少し照れてしまいますね……♪」
ロイ:「(隣で可憐に微笑むクラリス様を見ないようにしながら)……クラリス様、お願いですからそんなピュアな目で俺を見つめないでください。胃に穴が開きそうです」
クラリス:「あら? どうしてですの? 私はロイ殿に、心からの感謝をお伝えしたいのに。大魔法を断ってまで私の『聖水』をあんなにも真摯に求めてくださって……」
ロイ:「やめて! その話を蒸し返すのはやめて!! みんなはもう知ってるんだよ! 俺が前世の変態的知識で『聖水=美少女の黄金の体液』だと壮絶な勘違いをして悶絶してたってことを!!」
クラリス:「……? ロイ殿、仰っている『前世の変態的知識』や『黄金の体液』とは、一体どういう意味ですの? 聖水は、打撲や筋肉痛に劇的に効く『液状シップ薬』ですが……」
ロイ:「あーーーっ!! 聞かないで! 深掘りしないで! それは男の……いや、一部の愚かな男の脳内だけに存在する業の深い概念なんだ! クラリス様は純潔で綺麗なままでいてくれ!!」
クラリス:「……?? よく分かりませんが……でもロイ殿、『作るところを見せてほしい』とおねだりされた時は、私、本当に恥ずかしかったですのよ? だって『うぅーんっ!』って声を出しながら必死に絞り出している姿なんて、絶対に人様に見せられませんわ!」
ロイ:「その説明が紛らわしすぎんだよ!! 『朝一番のパンパンの(魔力)タンクから放出』とか『密室で座り作業で絞り出す』とか『昨夜の食事でお肉を食べるとドロっとする』とか! 完全に狙って言ってるだろレベルの誤解スペックだったんだからな!?」
クラリス:「狙うだなんて滅相もありません! 朝の満杯の(魔力)タンクを使うのも、食事の栄養で粘度が変わるのも、成分が変質して黄色く濁るのも、全部ただの調合の仕様ですわ!」
ロイ:「紛らわしすぎるんだよっ!! それに『飲むな、大変なことになる』って真っ赤になって止めてたのだって、てっきり恥ずかしがってるのかと……」
クラリス:「当たり前ですわ! 湿布薬を飲もうとするなんて正気の沙汰じゃありませんもの! 胃と食道がただれてしまいますもの! 本気で心配していたのですからね!」
ロイ:「ごめんなさい!! 『一滴残さず飲み干します!』とか脳内で叫んで本当にごめんなさい!!」
クラリス:「ふふっ、でも嬉しいですわ。ロイ殿が私をそこまで信頼してくださっているなんて。だから私、ロイ殿のために昨夜はお肉をたくさん食べて、濃い目の聖水(湿布)をたっぷり仕込んできましたの♪」
ロイ:「ヒッ……! 昨日の全身ゴリゴリ揉みほぐしプレイの悪夢が……! あれ、ハッカの刺激で皮膚が死ぬほどヒリヒリして目にも染みるんだよ……っ!」
クラリス:「まあ! 痛みに耐えて私に身を委ねてくださるなんて……やっぱりロイ殿は素敵ですわ! さあ、今日もたっぷりと全身に塗りたくって差し上げますね♪」
ロイ:「袖をまくるな! 笑顔で手をぬるぬるさせるな! ……でも、まあ……」
クラリス:「……? でも?」
ロイ:「……ただの超強力湿布液だって分かった後でも、クラリス様が可愛すぎるのは事実だったからな。正座して恥をかいたのも、まあ……無駄じゃなかったよ」
クラリス:「っ……!? ロ、ロイ殿……っ!(真っ赤になって青いガラス瓶で顔を隠す)」
ロイ:「あ、また照れた。可愛い。……というわけで! 壮絶な勘違いから始まった二人の物語ですが、楽しんでいただけたなら幸いです!」
クラリス:「ところでロイ殿……大聖堂の奥にある禁書庫で『特殊な趣味嗜好の世界』という文献を見つけたのですが……もしかしてロイ殿が求めていた『聖水』って……あちらの意味でしたの……?(クスッと妖しく微笑む)」
ロイ:「知ってたのーーーっ!?」




