1.ヤマトタケルノミコト
西暦2127年――
こんな日に限って雨だ。予報では、60%の確率で晴れだって言っていたのに。相変わらず、当てにならない。初仕事だっていうのに、幸先の悪い自分にうんざりする。
ズン――
一瞬、身体が重く感じる。入った。近くにいる。腰を落とし、ゆっくりと静かに歩みを進める。少し先に、小さな少年の姿がある。彼は私に気付いたようで、こっちに来いと手を振っている。小走りに近づく。
「姉ちゃん、遅いやんか。もう始まっとるで」
彼の視線の先を見ると、袋小路へお札を投げる女性の姿があった。そして、彼女のお札が当たった存在が悲鳴を上げる。
「憑かれたんは、中島由美。一般人や。大方、気のせいやっちゅって、ほっといたんやろな」
少年が丁寧に解説してくれる。そして、彼はそこから走り込み、ポケットからパチンコを取り出すと、中島という女性から生まれている大きな霊体に向けて放った。
『ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁっ!』
その一撃は、霊体を引き剥がす。浮かび上がったそれは、恨みを語る。
『なんで…… なんで…… 僕を捨てた……』
次の瞬間、霊体に斜めの大きな空白が生じる。そして、霧散した。重かった空気が軽くなる。霊障が消えたことを意味していた。
1人の若い女性が、中島さんの額に手を当て確認する。
「ダ、ダメです。霊門が壊されています」
「ならば、気の毒ではあるが仕方はあるまい――」
霊門、確か事前説明で聞いた。霊体と肉体を繋ぐ扉のようなもので、壊れると霊体が流出して死に至ると。
お札の女性が、中島さんの胸に手を当て、ハッという掛け声と共に、力を込める――
次の瞬間、中島さん自身の霊体が浮かび上がった。
「恨みごとならあの世で聞く」
その声と共に剣撃が走り、その霊体は消滅した。それは同時に、彼女が亡くなったことを意味している。事前に説明は受けていた。正しい判断だったのだろうか。分からない。ただ、さっきまで息をしていた人が、もういない。それだけが、妙にはっきりしていた。
「て、撤退ルートは確保してあります。AIに捕捉される前に脱出しましょう」
若い女性がそういうと、皆後ろに付いて走っていった。刀を持つ男性が、顎でクイとしたので、私も付いて行く。私たちのいた場所にAIドローンが駆けつけたのは、すぐだった。
今は使われていない地下鉄の入口の階段を下り、壊された壁の向こうに抜けた時、息を切らせた私の見上げた先に、彼らは立っていた。
最初に目が合ったのは、刀を左手に持つ短髪のスーツを着た男性だった。
「俺は五十嵐剣だ」
その声に釣られて、お札の女性が口を開く。首や腕に数珠を巻き、体形を隠す服を着た壮年の女性だ。
「妾は、狐火」
「わいは山形新太郎や、よろしゅう」
キャップのツバを後ろに被り、カジュアルな格好の少年が続いた。
「あ、あたしは、柊このはです。よろしくお願いします」
若い女性がお辞儀をしている。少しギャル寄りのカジュアルなファッション。豊満な胸が目に入る。
あと一人は、白衣に長髪を振り乱し、空中にひたすら筆を振り回し、ぎゃはは、ぐふふ、と笑っている。
「こいつは、九条透だ」
五十嵐さんが私の視線に気付き、補足してくれた。
この5人が、今日から私の部下――
「沙庭命です。本日付けで、この部隊に配属になりました。分からないことばかりですが、よろしくお願いします」
「聞いてる。所属したばかりで霊隊長抜擢なんて、前代未聞だからな」
無愛想に五十嵐さんは言った。
「この組織はヤマトタケルノミコト、でしたか。私、一昨日知ったばかりで」
「すげぇよな、姉ちゃん。霊力は未知の鬼級やろ? わいやって上級やのに。そないな級、聞いたことないわ」
新太郎くんが興味津々に私を覗き込む。
「前任者が、戦いで殺されてからひと月か。ヤマトにしては時間がかかったな」
「し、仕方がないと思います。人口は減少し続けるのに、反比例して霊障は増えているんですから」
五十嵐さんの言葉に、柊さんが補足している。
「結局、科学じゃ解明できなかっただけで、魂は存在する。肉体が誕生しなくなったから、余った魂は霊障になる。霊障はAIには映らない。社会機能のほぼ全てをAIに預けた人間を、唯一霊障から守る存在」
「それがわいらヤマトやな」
その言葉と、ほぼ同時に目の前の大きな扉が開く。とても大きい扉なのに手動というのは、最初に訪れた時も驚いた。
「第2霊隊、帰還した」
「おかえりなさい」と盛大に迎え入れられると、1人の男性が駆け寄ってくる。
「司霊官がお呼びです」
「分かった。おい、沙庭、霊隊に指示を」
五十嵐さんが私を見る。
「え?あ、はい。私は司霊官と会って来ますので、皆さんは解散してください」
その言葉に、皆散り散りに別れて行く。私は、先ほどの男性に司霊官室まで案内された。
「着任早々でご苦労だった。君が沙庭命だな」
司霊官が私を見る。短髪に無精ひげの生えた壮年の男性。左目には、年季の入った眼帯を付けている。右目だけで、値踏みするように私を見ていた。
「両親を霊障で亡くしたそうだな」
「……はい」
「AIは何と言った?」
「生体反応なし、処置不要、と」
口にすると、また胸の奥が冷える。あの夜のことは、一生忘れないと思う。
「ヤマトタケルノミコトは、AIに見えないものを専門に扱う組織だ。我々が『霊』と呼んでいるものの対処を行っている」
「伺っています」
「違法だということも?」
「分かっています。ですが、私は両親を見殺しにしたAIを、もう信じることができません」
沈黙があった。司霊官の右目が、私の目から離れない。
「よろしい。では、次の任務を与える」
渡された資料に目を通す。新宿区市ヶ谷加賀町――
え?待って。名前は――
「飛坂葵、20歳。新宿区市ヶ谷加賀町に両親と在住」
嘘だよね。あの頃は、何もなかったのに。
「……どうしたね?」
「……高校時代の同級生です」
「そうか。なら素早く霊障を終わらせることだ。霊門が壊れてからでは遅い」
「失礼します」と足早に司霊官室を後にする。そして、腰のバッグに手を当てる。ダーツが2本入っている。これが、私が霊力を込められる唯一の武器。
それにしても、葵……いつからそんなことになってたの?
とにかく、さっそく任務に当たり……たいところだけど、AIによるハッキングに備え、極限までネットワークを遮断したヤマトシェルターの中では、通信機器はもちろん使えない。
そのため、数百人が収容されている広い敷地内を自分の足で探すしかなかった。
「……どこから手を付ければいいのか」
つい先日まで、AI依存社会に住んでいた私にとって、酷いストレスに思えた。隊員の写真に名前が書かれたものは渡されているけど、その他にデータはない。検索できれば……そんな衝動が込み上げる。
五十嵐さんの写真を見ながら歩いていると――
ドンと誰かにぶつかる。
「ごめんなさい」
「ご、ごめんなさい、って隊長じゃないですか」
謝罪が重なると同時に、そんな言葉が聞こえる。彼女の顔を見つめる。
「あ……柊、このはさん、でしたよね?」
「は、はい。深刻な顔して、どうしたんですか?」
「正直に言うと、アナログな環境に慣れなくて」
「あ、ああ、分かります。あたしも最初はてんてこ舞いでした」
「良かった。ところで、柊さん。新しい任務を受けたんですけど、皆さんの居場所、知っていたりしませんか?」
「だ、だいたい見当は付くと思います。一番確実なのは、五十嵐さんですね」
私は手元の写真に目を落とす。
「あ、あの人、すごく真面目なので、いつもトレーニングルームにいるんですよ」
「確かに居そうですね。行ってみましょう」
「あ、案内します」
柊このはさん。何となく彼女になら、話しかけられる気がした。そして、並んで歩く彼女に、どうしてこの組織にいるのか尋ねた。
「だ、だいぶ前なんですけど、私自身が霊に取り憑かれまして……その時に助けてくれたのがヤマトなんです」
「それは大変でしたね。でも、間に合って、本当に良かったです」
「は、はい。それから、あたしも誰かを救いたい、ヤマトに恩返ししたいと思って、志願した感じです」
「すごい。私は成り行き任せなので恥ずかしく思います」
「で、でも、隊長の霊力は鬼級なのが羨ましいです。あたしなんて、低級ですよ、悲しい……と、落ち込んでたら着いちゃいました。この中です」
1つのビルの前に立った私たちは、扉を手動で開けて、中に入る。何枚か扉をくぐり抜けると、開けたフロアに出る。トレーニング機材が転がり、一角にはリングがある。その上では、スパーリングする人の姿がある。
1人は知らない人だけど、もう1人は――
「五十嵐さん……」
スパーリングが終わるのを待ち、近付く。汗がしたたり、筋肉質な体が露わになっている。彼の短髪は額に張り付き、目元を隠している。
「沙庭か。どうした?」
「新しい任務を受けまして」
「分かった。10分だけくれ。すぐ着替える」
「はい」
はだけたワイシャツ姿で出てきた五十嵐さんに、少しだけドキッとしてしまう。
「不便だろ?シェルターは」
私と柊さんより、少し前を歩く五十嵐さんは、振り向きながらそう言った。
「はい。通信ができないというのが、こんなに不便だと思ってもいませんでした」
「1900年代前期までは、まともな通信なんてなかった。このシェルターのような暮らしが当然だったらしいがな」
「それ、教科書で習った気がします。実感はなかったですけど」
そんな話をしているうちに、シェルターの中心に位置する時計塔の前にいた。シンボルらしく、最初の案内で熱弁されたのですぐ覚えた。
「つ、次は狐火さんがいると思われる場所です」
柊さんが指すのは、その塔の頂上だ。
「はぁ……はぁ……た、体育は、苦手、はぁ……なんです」
息を切らせる私をよそに、五十嵐さんと柊さんはひょいひょい階段を駆け上がる。
「大丈夫だ。沙庭も鍛えれば慣れる」
ようやく登り切った先には、両手をかざし、空を仰ぐ狐火さんの姿があった。
「まだ祈り始めたばかりぞえ?」
「新しい任務だそうだ」
不機嫌そうな狐火さんに、五十嵐さんが伝える。
「人遣いの荒い組織よの」
「業界全体の人手不足さ」
「年寄りを労る精神はないのかえ」
「お偉いさんは、俺たちのことなんて駒としか思っちゃいない」
五十嵐さんと話し終えた狐火さんは、ため息をついて片付けを終える。ゆっくり立ち上がると、私に近付く。足先から頭まで、舐めるように吟味される。
「神は不公平じゃの」
その呟きは、私に聞こえる程度の声だった。どういうことだろう?
「つ、次は新ちゃんですね。市場で遊んでいると思います」
市場に着いた私の視界には、車輪の付いた板に乗り、飛んだり、回ったりする子供たちの姿が映る。楽しそうにしている一団に、新太郎くんの姿があった。
「お?皆やないか。どないしたん?」
私たちの姿を先に見つけると、板を持ったまま駆け寄ってくる。その板を見て、五十嵐さんは尋ねる。
「相変わらずスケボーか」
「せや。どちゃくそおもろいんや」
「好きなことがあることはいいことだ。楽しんでるところ悪いが、新しい任務だ」
「ほんまかいな。さっき戻ったばっかりやんか。ボード置いてくるわ」
最後は――
「あやつのことじゃ。スラムの路地裏じゃろ」
狐火さんのナビゲートで、路地裏に着くと――
「ぐふふ……ここに赤色を差すのは我ながら天才的だ、わはは」
壁に奇妙な絵画が描かれていた。印象としては不気味、そのひと言に尽きる。
「奴は絶望をテーマにしたアートで世間の注目を集めたが、その内容がAIの目に留まり、犯罪者扱いとなって、ヤマトが匿った」
私の不信感を察した五十嵐さんが、九条さんを紹介してくれた。
「九条はあれでも、霊力は超級やで。隊では姉ちゃんの次や」
新太郎くんが補足してくれる。少しずつだけど、隊のメンバーを知ることができたのは大きい。
「おい、九条。任務だ」
「任務? あひゃひゃひゃひゃ、行く行く行くぞぉぉぉっ!」
五十嵐さんが呼びかけると、九条さんは嬉しそうに合流する。任務が嬉しいのだろうか。
「皆さん、揃いましたので、今回の任務の説明を――」
説明をひとしきり終えると、五十嵐さんが立ち上がる。
「――なるほど、次は新宿区市ヶ谷加賀町か。お前ら、行くぞ」




