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世界の断頭(仮)  作者: でいおん
第二章 滲み
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盗賊の日常

――俺は、いつから盗賊になったんだ?


焚き火の火を小枝で弄びながら、ふとそんなことを考える。


親が盗賊に奪われたあの日か。

それとも、ギルドで依頼の申請を断られ、鼻で笑われたあの時か。


今となっては、もう思い出せない。

思い出さないようにしてきたのかもしれない。


あの日の自分は、あまりにも惨めだった。

泣き腫らした顔で、正義だの努力だのと信じていた。

そんな過去に封をするように、記憶ごと押し込めた。


先日も、ある村を襲った。


なんてことのない日常風景だった。

洗濯物が揺れ、子供が走り回り、畑では年寄りが鍬を振るっていた。


それを壊すのは簡単だ。


村を襲い、金品や食料を奪う。

女子供に価値があれば、それも奪う。


そこに心はない。

作業だ。


奪われた者は、奪う権利がある。


それが俺の格言だ。


失ったものの苦しみを分かち合う?

笑わせるな。


どうせ世間は、程のいいことを並べて自己満足に浸るだけだ。

「助け合い」だの「支援」だのと口にして、飽きればすぐにゴミ扱い。


この世は運でできている。


俺が村を襲われたのも運。

逆に襲う側に回ったのも運。


だったら、どちらを選ぶかは明白だ。


人が俺を恨めしく睨もうが、

泣き叫ぼうが、

呪おうが、


俺は問題なく搾取する。


だって、この世は運でできているのだから。


村を襲ってから三日。

夕方が夜へと沈みかける頃だった。


空は濁った灰色。森の影は濃く、獣道は黒く沈んでいる。

先日奪った干し肉を噛みちぎりながら、ゆっくりと進む。塩気が強い。だが腹は満たされる。


仲間は四人。

俺を含めて五人で、緩やかな五角形を描くように移動している。


距離はおよそ五百メートル前後。

叫べば届かないが、異常があれば“なんとなく”察知できる距離。


それ以上近づけば危険だ。

盗賊同士に信頼はない。


誰も信用しない。

お互いが盗賊であると理解した上で、薄っぺらい名ばかりの不可侵条約を結んでいるだけだ。

近づき過ぎれば背後から刺される。離れ過ぎれば孤立する。


だから、この距離がちょうどいい。


だが逆に、そのラフさが良い。

群れすぎず、縛られすぎず、裏切る余地を残したまま共にいる。

それが盗賊を増やした理由でもある。


魔王大戦様々だ。

秩序が崩れ、仕事を失い、村が焼かれ、人が流れる。

その受け皿が俺たちだ。


特別な連携魔法はない。

だが盗賊同士の加護で、近くの仲間がやられれば、微かな違和感として伝わる。


――なんとなく、分かる。


干し肉を噛みながら、そんなことを考えていた。


その時だった。


ひとつ、灯りが消えるような感覚。


足が止まる。


……今のは。


またひとつ。


さらに、もうひとつ。


消えた。


何がどうなっている?


襲撃者か?

それとも仲間内の裏切りか?


どちらでもいい。

問題は、状況が見えないことだ。


現状を把握しなければならない。


森は生い茂り、視界は最悪だ。

地上では何も分からない。


――上だ。


迷わず近くの大木に取り付く。

手袋越しに樹皮を掴み、素早く体を引き上げる。


枝から枝へ。

息を殺し、できるだけ音を立てずに登る。


上へ。

とにかく、上へ。


情報を掴むために。


敵は――ギルドの冒険者か?


それが一番、筋が通る。


村を襲った報復。

依頼を受けたパーティが追ってきた。

あり得る話だ。


だが、だとすれば妙だ。


パーティなら、各個撃破は非効率だ。

俺が指揮を執るなら、一人に二人以上をぶつける。

一気に潰す。

恐怖と混乱を同時に叩き込む。


一人ずつ消す理由がない。


この違和感は、なんだ?


枝に身を伏せたまま、耳を澄ます。

風の音しかない。

森は静かすぎる。


その時――


また一つ、灯りが落ちる感覚。


ぞわりと背筋が粟立つ。


……また消えた。


あと残るのは二人。

俺と、もう一人。


嘘だろ。


こんなに早く倒されるか?

相手は盗賊だぞ? いや、俺たちは盗賊だ。

盗賊の加護がある。

仮に一撃必殺の技を持つ相手でも、ギフト潰しの指輪があるはずだ。


それが反応しないまま、落ちる?


あり得ない。


だが、消えている。


息を潜める。

鼓動がうるさい。


怖い?


違う。


――思い出している。


村を襲撃された、あの日の感覚。


圧倒的な何かに押し潰されるような、あの気持ち悪い感覚。

理屈も希望も、何もかもが無意味になる瞬間。


森の闇が、じわりと迫る。


この感覚はまずい。


ここに呑まれれば、終わる。

考えが鈍る。

動きが止まる。


それが一番の死因だ。


殺せ――息を。


ゆっくり吐く。

吸う。

無理やり整える。


現状を把握しろ。


情報は武器だ。

盗賊は奪ってこそだ。


視線を巡らせる。

地面。枝の揺れ。影の濃淡。


絶対に、自分だけは殺されてたまるか。


最後の一人には悪いが――

お前が囮になるんだ。


その決断をした瞬間、


森の奥から、かすかな風切り音がした。


その時は――本当に、一瞬だった。


風が裂けた。


飛んできたのは、鉄球か?

槍?

矢?


違う。


回転している。

重く、鈍く、しかし異様な速さで迫る影。


あの形状は――


見覚えがある。


そうだ。

村人だった頃、親父と山へ入る時、必ず担がされた。


最初は重たくて、掌にマメができて、肩が抜けそうで。

何度も投げ出したくなった。


それでも。


丸太に振り下ろした瞬間、

繊維を断ち切る感触。

木が、綺麗に、スパッと割れたあの快感。


嫌いだったはずなのに。


なのに、なんで俺は――


今こんなことを思い出している?


視界いっぱいに迫る、銀色の弧。


次の瞬間。


鈍い音。


衝撃。


世界が、ぐるりと回転する。


空と地面が入れ替わる。

木々が逆さになる。

夜が落ちてくる。


嘘だろ。


何が起き――


思考が、途中で途切れた。

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