初任務
門を抜け、灰色の街道を進む。
乾いた風が外套を揺らし、遠くの森は煤けたように黒い。
一定の歩幅。一定の呼吸。
その単調さの中で、不意に蘇る声がある。
――盗賊が一人で動くことは少ない。
あの頃。
山奥の崖下。夕暮れに染まる岩場。
鬼子の少女は石に腰掛け、木の枝で地面に円を描いていた。
――一人見つけたら、二人か三人は半径五百メートル以内にいると思え。
枝で描いた円の外に、さらに小さな印を打つ。
「囮」「逃げ」「見張り」と無造作に書き殴り、こちらを見上げた。
――お前は真っ直ぐ過ぎる。
あの時は意味が分からなかった。
今なら分かる。
視線を森の縁へ流す。
草の揺れ。鳥の沈黙。踏み固められた土。
盗賊は“ギフト潰しの加護”を持つリングを基本装備にしている。
修行場で、少女は実際にそれを嵌めてみせた。
銀色の輪が淡く光り、こちらの斧に込めた力を弾いた。
――ほらな。奇襲は向いていない。
無感情に言い放ち、続けた。
――だが、リングは一つしか装備できない。砕ければ終わりだ。
新しいものを嵌めても二十四時間は沈黙する。
その時の少女の目は、冷たく冴えていた。
――一撃目で殺そうとするな。二撃目を狙え。
盗賊は回避と逃走に長ける。
盗賊の職に就いた瞬間、その加護は身につく。
悠長に追えば、森に溶ける。
ではどうするか。
問いかけた自分に、少女は露骨に呆れた顔を向けた。
――考えろ。
沈黙。
山風の音だけが流れる。
やがて彼女は立ち上がり、こちらのハンドアクスを奪い取った。
――まずは圧倒的な速度で投げろ。
振りかぶりもなく、刃が空気を裂く。
岩肌を掠めた瞬間、装着していたリングが砕け散った。
――刺さらなくていい。掠めるだけでいい。
外円三十センチを削れ。
リングが砕けた一瞬、彼女は踏み込んでいた。
死角。呼吸の間。迷いの隙。
――そこで叩き込め。
それが最も厄介で、最も確実な方法。
奴らは良くも悪くも離れて動く。
連携は薄い。信頼も薄い。
だから気付かれにくい。
だから各個撃破が可能。
斧を投げても、ギフトを付与し続ける方法からやっていこうか。
現実へ意識を戻す。
森の奥。
わずかに不自然な踏み跡。折れた枝。
使い慣れた投げ斧を握る。
あの崖下とは違う。
実践だ。
息を整え、重心を落とす。
足音を殺し、森の影へ溶け込んだ。




