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世界の断頭(仮)  作者: でいおん
第四章 裏面鏡の教会
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鱗の盗賊

鱗の内側で、無数のロザリオがぶつかり合い、乾いた音を立てる。


「つまりだ」


男は肩を揺らしながら笑った。


「これがある限り、何度でも対処できるってわけだ」


鎖の音が重なる。


「お前のギフトは、あと何回使える?」


わずかに首を傾ける。


「二十か? 三十か?」


――答える必要はない。


すでに三度、使っている。


残りは二十七。


一度付与すれば三十秒。


命中すれば消費。


再付与が必要になる。


投擲なら、多段で入る。


生身なら最大で五。


だが、リング持ちには――二つまで。


それ以上は弾かれる。


地面には効かない。


壁は抜けるが、軌道が狂う。


法則はある。


だが、完全には掴めていない。


修行でも、結局は分からなかった。


今も同じだ。


分からないまま、使っている。


「……黙るか」


鱗の盗賊は小さく笑う。


「いい判断だ。どうせ答えは顔に出てる」


一歩、わずかに前へ出る。


「回数制限のある力で、無限に近い対策を持つ相手とやり合う」


楽しげに言う。


「詰んでると思わないか?」


ロザリオが揺れる。


「お前の一撃は、確かに脅威だ」


指で自分の胸元を叩く。


「だがな……通らなきゃ意味がない」


静寂。


足を一歩、ずらす。


距離を測る。


近づけば、リングは一つしか壊れない。


離れれば、複数破壊できる。


だが――


数が違う。


この場にあるロザリオの数。


見えるだけでも、二十では利かない。


三十か、それ以上か。


正面から削るには足りない。


時間も、回数も。


「どうする?」


男は腕を広げる。


「来るか? それとも、帰るか?」


その声を聞き流す。


視線は、鱗ではなく――内側。


揺れるロザリオ。


重なり合う核。


そこに、答えがある。


ゆっくりと、息を吐いた。


詠唱が終わった瞬間。


鱗の盗賊の足元――その影が、ぬめるような音を立てて剥がれ落ちた。


べたり、と床に広がり、


次の瞬間、それが二つに裂ける。


鈍い音を立てながら、歪に盛り上がり――形を成す。


黒が凝固する。


現れたのは、二つの異形。


カラス。


だが、ただの鳥ではない。


人のように肥大した腕を持ち、その両腕で武器を握っている。


右の個体は、太く短いナイフを。


左の個体は、長く歪んだ槍を。


どちらも、静かにこちらを見据えている。


「こいつらは“ペルソナシャドー”」


鱗の盗賊が淡々と言う。


「影を形にして、実体化させたもんだ」


黒い羽の隙間から、ロザリオが揺れた。


「言っておくがな」


わずかに笑う。


「こいつらをいくら壊しても――俺は傷一つ負わん」


短い沈黙。


「残念だったな」


影のカラスたちが、同時に一歩踏み出した。


影のカラスたちは、同時に踏み込んできた。


刃が一直線にこちらへ向けられる。


先に来たのはナイフ。


速い。


反射的に、銀の斧で受ける。


――その一瞬。


遅れていたはずの槍が、足元を正確に突いた。


鈍い痛みが走る。


重心が崩れる。


膝が折れた。


受け止めていたナイフに、さらに力が乗る。


弾かれた。


身体が浮く。


――連携。


完全に組まれた動き。


壁に叩きつけられる。


息が詰まる。


視界の端で、影が揺れる。


立て直す暇もなく、次が来る。


歯を食いしばる。


緑のリングに意識を流す。


回復。


だが、浅い。


痛みは引かない。


立てるだけ。


それだけだ。


足に力を込め、無理やり立ち上がる。


――来る。


今度は槍が先。


横へ弾く。


軌道を逸らす。


間髪入れず、ナイフが懐へ。


紙一重で避ける。


だが、完全ではない。


風圧で身体が浮き、そのまま壁へ叩きつけられる。


肺の空気が抜ける。


これは――まずい。


一方的に削られている。


まるで、抜け出せない連携。


ゲームで言うなら、即死の連続。


抜け道がない。


「……」


緋色の弾丸。


一瞬、頭をよぎる。


――却下。


通る保証がない。


あの鱗を抜ける確証がない以上、ここで切るのは愚策だ。


なら。


先に、こいつらを。


思考の隙を埋めるように、攻撃が続く。


その中で――


一瞬。


ほんのわずかに、呼吸がズレた。


連携が崩れる。


その瞬間を逃さない。


壁を蹴る。


強引に距離を詰める。


ナイフ持ちの懐へ潜り込む。


躊躇はない。


刃を押し込む。


――付与。


万物両断。


そのまま、振り抜く。


黒い身体が、上下に裂けた。


鈍い音とともに、床へ落ちる。


一体。


間を置かず、もう一体へ。


槍持ち。


動揺。


隙。


踏み込む。


同じように、叩き込む。


裂く。


両断。


これで、二体。


――だが。


手応えが、軽い。


あまりにも。


嫌な予感が、先に来る。


「……おいおい」


背後で、笑い声。


鱗の盗賊。


「まさか、それで勝ったつもりか?」


ゆっくりと、振り返る。


「そんな程度で、俺が名持ちになれると思うか?」


視線を促される。


床。


崩れたはずの影。


そこから――


ぬるり、と。


再び形が持ち上がる。


鈍い音。


黒が集まり、凝固する。


さっきと同じ姿。


ナイフ。


槍。


二体。


「ほらな」


男が嗤う。


「お前の考えは当たってる」


肩を震わせる。


「こいつらは“死なない”」


一歩、踏み出す。


「だって影だ」


軽く言い切る。


「影を裂いて、殺せると思ったか?」


最悪の現実が、目の前で形を取る。


消耗は、こちらだけ。


あちらは無限。


釣り合わない。


逃げるか。


――いや。


顔は割れている。


ここで背を向けるのは、最悪だ。


なら。


残るのは一つ。


この状況を、どうにかして崩すしかない。


思考が焼き付く。


このままでは終わる――それだけは、はっきりしている。


勝ち筋はある。


だが細い。


あまりにも細い。


あの黒い殻の中、あの一瞬だけ覗いた“顔”。


あそこを断つ以外に、この戦いの終わりはない。


なら、そのために必要なのは――時間。


ほんの一瞬でいい。


あのカラスたちの動きを止める“間”。


それを作れなければ、届かない。


息を吐く。


肺の奥まで、残らず。


意識を落とす。


深く、深く。


――呼び起こす。


鬼子の闘志。


胸の奥で、何かが軋む。


鈍く、重い熱が滲み出す。


血が熱を帯びる。


視界が、歪むように澄んでいく。


あの感覚だ。


“残を喰らう獣”と対峙した、あの時と同じ。


恐怖が薄れる。


迷いが削がれる。


ただ、“動き”だけが残る。


来る。


ナイフ。


槍。


連携。


だが――見える。


軌道が、はっきりと。


踏み込む。


避ける。


紙一重。


刃が頬を掠める。


だが当たらない。


足元を穿つ槍。


それも外す。


身体が勝手に動く。


思考より速く。


鬼子の闘志が、判断を研ぎ澄ます。


速さではない。


精度だ。


絶対に当たらない位置へ、身体を滑り込ませる。


カラスたちの攻撃が激しくなる。


重く、速く、鋭く。


だが関係ない。


すべて、見えている。


だから――避けられる。


何度でも。


何度でも。


何度でも。


そして――


刃が、重なる。


ナイフと槍。


互いに干渉し、ほんの一瞬だけ動きが止まる。


“間”。


逃さない。


踏み込む。


鬼子の闘志を、一気に引き上げる。


斧を振り上げる。


振り下ろす。


叩き込む。


一撃。


二撃。


三撃。


普段では出せない速度。


身体が軋むほどの出力。


だが止めない。


黒が裂ける。


確かな手応え。


カラスたちが崩れる。


地に叩きつけられる。


鈍い音。


――遅い。


再生が、明らかに遅れている。


鬼子の闘志で叩き込んだ分、影の“形”が乱れている。


今だ。


迷いはない。


本体へ。


一直線に駆ける。


距離が縮まる。


届く。


届くはずだ。


ポーチに手を入れる。


切り札を――


「……残念だな」


声が、背中に絡みつく。


振り払えない。


「また外したな、お前の読み」


足が、わずかに鈍る。


「確かに“遅れてる”」


嘲るような間。


「だが――それだけだ」


嫌な予感が、全身を駆け抜ける。


振り返る。


黒。


もう、形を取り戻している。


鬼子の闘志で叩き崩したはずの影が、


まるで最初から壊れていなかったかのように、立ち上がる。


ナイフ。


槍。


すでに間合いの内側。


鬼子の闘志が、危機を告げる。


遅い。


間に合わない。


理解より先に、


刃が、腹元へと迫っていた。

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