談話
ギルドの応接間に入ると、いつも通りギルドマスターと受付嬢が向かい合って座っていた。
少し遅れたかと思ったが、二人とも特に気にした様子はない。軽く視線だけを寄越し、問題ないとでも言いたげに頷く。
無言のまま、向かいのソファーに腰を下ろした。
間を置かず、ギルドマスターが口を開く。
「先日討伐した“残を喰らう獣”の件、改めて礼を言う。簡単でいい、どういった敵だったか……洞窟内の様子も含めて聞かせてくれ」
頷き、口を開く。
洞窟の構造。罠と段差で構成された防衛型の内部。
六本脚の異形の獣と、それを操るビーストテイマー。
そして、元冒険者が盗賊へと落ちていた事実。
流れ着いた者たちが集まり、やがて使い潰されていく場所だったこと。
そこで出会った少女のこと。
攫われていた女たちのこと。
淡々と、事実だけを並べる。
話し終えると、部屋にわずかな沈黙が落ちた。
「……相当前の依頼だったからな。多少は荒れていると思っていたが、まさかそこまでとはな」
ギルドマスターは腕を組み、低く唸る。
「今後は、過去の未解決依頼についても再確認だけでなく、難易度の再調整が必要になるかもしれませんね」
受付嬢が静かに言葉を継ぐ。感情は乗っていないが、その内容は現実的だった。
「今回の件で、盗賊どもも動くだろう」
マスターが視線をこちらへ向ける。
「脅すわけじゃねぇが、お前さんの存在は多少なりとも顔が割れる可能性がある。ギルドとして機密は守るが……完全じゃない」
一拍置く。
「その辺りは、最初から理解していたんだろう?」
「問題は無い」
短く答える。
「今回討伐された獣についてですが、以前から各地で似た報告が上がっていました。討伐に向かった冒険者が帰還しなかったケースも、複数確認されています」
受付嬢が続ける。
「盗賊の報復という懸念はありますが……あなたの行動で救われた命があったことも事実です」
そこで一度、言葉を区切り。
「改めて、ギルドを代表してお礼を言わせてください」
そう言って、静かに頭を下げた。
特に返す言葉はない。
そのまま視線を逸らし――手に持っていた紙に目を落とす。
「……お前さん、それ」
ギルドマスターが顎で示す。
視線を上げると、彼は紙をひょいと奪い取り、中央の机に放った。
「教会のビラか」
紙が机の上で滑る。
「教会について、どこまで知ってる?」
「何も」
即答する。
マスターは小さく息を吐き、椅子にもたれた。
「まあ、そうだろうな。なら、成り立ちから話す必要がある」
そう言って立ち上がり、背後の本棚へ向かう。
埃の積もった分厚い本を一冊抜き取り、戻ってくる。
「本来ならこれを読ませるところだが……全部読むと十日はかかる」
苦笑混じりにそう言い、ちらりと受付嬢へ視線を送る。
そして、不格好なウィンクを一つ。
受付嬢は露骨に嫌そうな顔をしながら、本を受け取った。
ぱらりとページをめくり、一度だけ目を通すと、すぐに顔を上げる。
「要約します」
淡々とした声だった。
「教会は、神へ祈りを捧げる場である――これはどの地域でも共通です」
「ですが、この国の教会は複数の組織に分かれています」
指を一本立てる。
「祈りを司る本流。神の加護を受け、王朝を守る聖騎士団」
もう一本。
「そして、神の名のもとに人を救う“医療教会”」
言葉は途切れない。
「その他にも細かな分派はありますが、基本的には“神の名を掲げて人を救う組織”として機能しています」
「現在では王城内にも席を持ち、王の側近として大司教が常に控えています」
わずかに視線を細める。
「この国において、最も強い影響力を持つ組織の一つです」
説明が終わる。
部屋に再び静けさが落ちた。
「……まあ、表向きはな」
ギルドマスターが低く呟く。
腕を組み直し、机の上の紙を指で弾いた。
「ここだけの話にしておいてほしいんだが――その教会、特に“医療教会”を中心に、きな臭い噂が流れ始めている」
ギルドマスターは腕を組んだまま、低く言葉を続けた。
「きな臭いってのはな、ひとつやふたつじゃねぇ。人体実験だの、異常な形をした獣の開発だの……それに、やけに効きが強くて、使えば使うほど手放せなくなる強化ポーションの話もある」
机の上の紙を指でなぞる。
「本気で掘り出せば、いくらでも出てくる類の話だ」
わずかに間を置く。
「もしかして、その獣も……今回の件に関わっていると?」
自分でも半分は確信に近い言葉だった。
「可能性の話でしかねぇな」
マスターは首を鳴らす。
「直接関わってるかもしれんし、実験体がどっかで逃げ出してる可能性もある。で、それを教会が握り潰してる……そう考えても不思議じゃねぇ」
視線が鋭くなる。
「どっちにしろ、ろくな話じゃない」
一度息を吐き、言葉を切る。
「今回の洞窟の件だ。何でもいい、教会に繋がりそうな情報は持ち帰っていないか?」
短く沈黙が落ちる。
「……心配するな」
マスターは、少しだけ声を落とした。
「ここまで聞けば、情報が外に漏れる心配もするだろうが……そこは俺を信じてくれ」
そう言って、深く頭を下げる。
一瞬だけ、その場の空気が変わった。
視線を落とし、記憶を辿る。
洞窟の中。
血に塗れた男。
元冒険者だった盗賊。
――「あそこは……」
途切れた言葉。
「……教会、と言いかけていた」
静かに告げる。
部屋の空気が、わずかに張り詰めた。
「……そうか」
ギルドマスターが低く呟く。
「やはり、か」
腕を組み直し、天井を仰ぐ。
「これまで、教会の“仕事の斡旋”や“住まいの提供”については、少し引っかかってはいたんだがな……」
視線を戻す。
「繋がってきた気がする」
吐き捨てるように言った。
「胸糞悪ぃ話だが……考えようによっちゃ筋は通る」
机の上の紙を指で叩く。
「神が人を救うと謳って、行き場のねぇ連中を集める。で、“仕事”を与えるって名目で外に出す」
唇が歪む。
「その行き先が盗賊の巣だとしたらどうだ?」
言葉は止まらない。
「使えそうなやつは盗賊に回す。使えねぇやつは……別の使い道だ」
視線が、ほんのわずかに揺れる。
「住まいを与える、守る……そう言いながら、裏では実験材料にする」
短く息を吐く。
「……考えるだけで吐き気がするな」
沈黙が落ちる。
「だが」
低く、確かめるように言う。
「今まで“噂”でしかなかったもんが、ようやく形を持ち始めた」
机の上の紙が、夕日の光を受けて赤く染まっていた。
「……ただな」
ギルドマスターの声が、低く落ちる。
「お前さん、絶対に教会には手を出すな」
視線が真っ直ぐに向けられる。睨むようなその目に、冗談の色は一切なかった。
「盗賊を生み出してる元が教会かもしれねぇ、なんて話を聞けば……お前さんは、今すぐにでも飛び出して火をつけに行きかねん」
机に置かれた紙を指で叩く。
「だが、それだけはやるな。絶対にだ」
念を押すように、言葉を重ねる。
わずかな沈黙の後、受付嬢が口を開いた。
「教会については、先ほど説明した通り……大司教が王の側にいます」
静かな声だったが、その内容は重い。
「もし王国があなたを敵と見なした場合、即座に懸賞金がかけられる可能性があります」
一拍置く。
「それも、国内だけではありません。状況によっては、魔王領側にまで情報が流れ、両方から狙われる……そういった事態も考えられます」
視線がこちらへ向けられる。
「それだけ、教会という存在に対して不信を表に出すことは危険なんです」
言葉を選ぶように、わずかに間を置く。
「だからこそ……仮に確証を得たとしても、単独で動くことは絶対にしないでください」
声が少しだけ強くなる。
「正直に言えば、今この話をしていること自体が危うい状態です」
視線を逸らさず、続ける。
「ですから……約束してください」
短く、息を吐く。
「……分かった」
それだけを答える。
二人は何も言わなかったが、わずかに空気が緩んだ。
「……ったく」
ギルドマスターが背もたれに体を預ける。
「だからこそ、だ」
ぼそりと呟く。
「今この状況で出来ることなんざ、限られてる」
机の上の紙を見下ろしながら、続ける。
「目の前にいる盗賊って存在をな……“使えねぇ”って思わせることくらいだ」
鼻で笑う。
「教会側にとって価値がない、利益にならない……そう判断されりゃ、使う理由も薄れるかもしれん」
指で紙を弾く。
「まあ、気休めみてぇなもんだがな」
小さく肩を竦める。
「結局のところ、ああいう連中は……どんな形であれ、湧いて出てくる」
視線が少しだけ遠くを見る。
「膿みたいにな」
部屋に、重い静寂が落ちた。
「……教会の話は出したが、本題はここからだ」
ギルドマスターはそう言うと、受付嬢の持っていた紙を取り上げ、机の上に広げた。
指で一点を叩く。
「今回は珍しく、“名のある盗賊”の討伐依頼がこのギルドに回ってきた」
紙の上には、見慣れた依頼書とは違う紋章が押されている。
「王国からの直々の依頼だ。挑戦状か、ただの偶然か……理由は分からん。だが最近、このギルドで盗賊討伐が続いてるのも一因だろうな」
視線を上げる。
「ただな、今回は少し違う」
一拍、間を置く。
「対象が一人じゃねぇ」
指が三度、机を叩いた。
「“義足”、“長腕”、“鱗”――どれも聞いたことはあるだろう」
確かに、耳にしたことのある名だ。
いずれも、冒険者を狩る側の存在。
「一度に三人を相手にしろとは言わねぇ。他の冒険者にも同じように話を通して、各々で受けさせるつもりだ」
そのまま、こちらを見据える。
「だが……お前さんには最初に声をかけた」
静かに言う。
「一番厄介なのを、任せたいからだ」
「問題ないか?」
迷いはない。
頷く。
「……その返事を待ってた」
マスターは小さく笑い、紙を指でなぞる。
「なら決まりだ。“鱗”――お前さんにはこいつをやってもらう」
紙に記された名を、もう一度見る。
「理由を聞いてもいいか」
問いかけると、マスターは肩を竦めた。
「単純な話だ。“鱗”はな、その名の通り装甲が異常に硬い」
腕を組む。
「普通の冒険者じゃ、まず通らねぇ。刃が弾かれる」
視線が鋭くなる。
「正面から殴り合うタイプじゃ勝てん。だが……」
わずかに口元が歪む。
「策を練るやつなら話は別だ」
短く指をこちらへ向ける。
「お前さんみたいにな」
「……だから頼みたい」
「分かった」
それだけを返す。
「よし」
マスターは満足げに頷いた。
「それと――」
ふと思い出したように言葉を続ける。
「昼間の少女の件だ。どう考えてる?」
一瞬だけ間を置く。
「仲間にするつもりはない」
「……だろうな」
あっさりとした返答だった。
「お前さんは普通の冒険者じゃねぇ。ああいうのと同じ場所に立たせるには、重すぎる」
視線が少しだけ和らぐ。
「それに、あの娘は自分じゃ自分を守れんだろう」
短く息を吐く。
「これ以上、余計なもん背負わせる必要もねぇ」
「いいとこの嬢ちゃんらしいしな。さっさと王都にでも返すのが無難だ」
それ以上は何も言わない。
「……話が長くなったな」
マスターが立ち上がる。
「今回はここまでだ」
一度だけ、視線を強く向ける。
「改めて言っとくが……教会には手を出すな」
低く、はっきりと。
「探るのもなしだ。もしやったら――」
わずかに間を置く。
「ギルドはお前さんを切る」
その言葉に、揺らぎはない。
「分かったな」
頷く。
それを確認すると、マスターは背を向けた。
受付嬢も静かに立ち上がり、そのまま部屋を後にする。
一人、残された応接室。
しばらく動かずにいたが、やがて立ち上がる。
扉を開け、外へ出る。
やることは変わらない。
装備を整え、準備を済ませる。
思考を削ぎ落とし、余計なものを切り捨てる。
――盗賊を狩る。
ただ、それだけだ。
静かに、次の戦いへと歩き出した。




