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世界の断頭(仮)  作者: でいおん
第四章 裏面鏡の教会
24/28

談話

ギルドの応接間に入ると、いつも通りギルドマスターと受付嬢が向かい合って座っていた。


少し遅れたかと思ったが、二人とも特に気にした様子はない。軽く視線だけを寄越し、問題ないとでも言いたげに頷く。


無言のまま、向かいのソファーに腰を下ろした。


間を置かず、ギルドマスターが口を開く。


「先日討伐した“残を喰らう獣”の件、改めて礼を言う。簡単でいい、どういった敵だったか……洞窟内の様子も含めて聞かせてくれ」


頷き、口を開く。


洞窟の構造。罠と段差で構成された防衛型の内部。

六本脚の異形の獣と、それを操るビーストテイマー。

そして、元冒険者が盗賊へと落ちていた事実。


流れ着いた者たちが集まり、やがて使い潰されていく場所だったこと。


そこで出会った少女のこと。

攫われていた女たちのこと。


淡々と、事実だけを並べる。


話し終えると、部屋にわずかな沈黙が落ちた。


「……相当前の依頼だったからな。多少は荒れていると思っていたが、まさかそこまでとはな」


ギルドマスターは腕を組み、低く唸る。


「今後は、過去の未解決依頼についても再確認だけでなく、難易度の再調整が必要になるかもしれませんね」


受付嬢が静かに言葉を継ぐ。感情は乗っていないが、その内容は現実的だった。


「今回の件で、盗賊どもも動くだろう」


マスターが視線をこちらへ向ける。


「脅すわけじゃねぇが、お前さんの存在は多少なりとも顔が割れる可能性がある。ギルドとして機密は守るが……完全じゃない」


一拍置く。


「その辺りは、最初から理解していたんだろう?」


「問題は無い」


短く答える。


「今回討伐された獣についてですが、以前から各地で似た報告が上がっていました。討伐に向かった冒険者が帰還しなかったケースも、複数確認されています」


受付嬢が続ける。


「盗賊の報復という懸念はありますが……あなたの行動で救われた命があったことも事実です」


そこで一度、言葉を区切り。


「改めて、ギルドを代表してお礼を言わせてください」


そう言って、静かに頭を下げた。


特に返す言葉はない。


そのまま視線を逸らし――手に持っていた紙に目を落とす。


「……お前さん、それ」


ギルドマスターが顎で示す。


視線を上げると、彼は紙をひょいと奪い取り、中央の机に放った。


「教会のビラか」


紙が机の上で滑る。


「教会について、どこまで知ってる?」


「何も」


即答する。


マスターは小さく息を吐き、椅子にもたれた。


「まあ、そうだろうな。なら、成り立ちから話す必要がある」


そう言って立ち上がり、背後の本棚へ向かう。


埃の積もった分厚い本を一冊抜き取り、戻ってくる。


「本来ならこれを読ませるところだが……全部読むと十日はかかる」


苦笑混じりにそう言い、ちらりと受付嬢へ視線を送る。


そして、不格好なウィンクを一つ。


受付嬢は露骨に嫌そうな顔をしながら、本を受け取った。


ぱらりとページをめくり、一度だけ目を通すと、すぐに顔を上げる。


「要約します」


淡々とした声だった。


「教会は、神へ祈りを捧げる場である――これはどの地域でも共通です」


「ですが、この国の教会は複数の組織に分かれています」


指を一本立てる。


「祈りを司る本流。神の加護を受け、王朝を守る聖騎士団」


もう一本。


「そして、神の名のもとに人を救う“医療教会”」


言葉は途切れない。


「その他にも細かな分派はありますが、基本的には“神の名を掲げて人を救う組織”として機能しています」


「現在では王城内にも席を持ち、王の側近として大司教が常に控えています」


わずかに視線を細める。


「この国において、最も強い影響力を持つ組織の一つです」


説明が終わる。


部屋に再び静けさが落ちた。


「……まあ、表向きはな」


ギルドマスターが低く呟く。


腕を組み直し、机の上の紙を指で弾いた。


「ここだけの話にしておいてほしいんだが――その教会、特に“医療教会”を中心に、きな臭い噂が流れ始めている」


ギルドマスターは腕を組んだまま、低く言葉を続けた。


「きな臭いってのはな、ひとつやふたつじゃねぇ。人体実験だの、異常な形をした獣の開発だの……それに、やけに効きが強くて、使えば使うほど手放せなくなる強化ポーションの話もある」


机の上の紙を指でなぞる。


「本気で掘り出せば、いくらでも出てくる類の話だ」


わずかに間を置く。


「もしかして、その獣も……今回の件に関わっていると?」


自分でも半分は確信に近い言葉だった。


「可能性の話でしかねぇな」


マスターは首を鳴らす。


「直接関わってるかもしれんし、実験体がどっかで逃げ出してる可能性もある。で、それを教会が握り潰してる……そう考えても不思議じゃねぇ」


視線が鋭くなる。


「どっちにしろ、ろくな話じゃない」


一度息を吐き、言葉を切る。


「今回の洞窟の件だ。何でもいい、教会に繋がりそうな情報は持ち帰っていないか?」


短く沈黙が落ちる。


「……心配するな」


マスターは、少しだけ声を落とした。


「ここまで聞けば、情報が外に漏れる心配もするだろうが……そこは俺を信じてくれ」


そう言って、深く頭を下げる。


一瞬だけ、その場の空気が変わった。


視線を落とし、記憶を辿る。


洞窟の中。

血に塗れた男。

元冒険者だった盗賊。


――「あそこは……」


途切れた言葉。


「……教会、と言いかけていた」


静かに告げる。


部屋の空気が、わずかに張り詰めた。


「……そうか」


ギルドマスターが低く呟く。


「やはり、か」


腕を組み直し、天井を仰ぐ。


「これまで、教会の“仕事の斡旋”や“住まいの提供”については、少し引っかかってはいたんだがな……」


視線を戻す。


「繋がってきた気がする」


吐き捨てるように言った。


「胸糞悪ぃ話だが……考えようによっちゃ筋は通る」


机の上の紙を指で叩く。


「神が人を救うと謳って、行き場のねぇ連中を集める。で、“仕事”を与えるって名目で外に出す」


唇が歪む。


「その行き先が盗賊の巣だとしたらどうだ?」


言葉は止まらない。


「使えそうなやつは盗賊に回す。使えねぇやつは……別の使い道だ」


視線が、ほんのわずかに揺れる。


「住まいを与える、守る……そう言いながら、裏では実験材料にする」


短く息を吐く。


「……考えるだけで吐き気がするな」


沈黙が落ちる。


「だが」


低く、確かめるように言う。


「今まで“噂”でしかなかったもんが、ようやく形を持ち始めた」


机の上の紙が、夕日の光を受けて赤く染まっていた。


「……ただな」


ギルドマスターの声が、低く落ちる。


「お前さん、絶対に教会には手を出すな」


視線が真っ直ぐに向けられる。睨むようなその目に、冗談の色は一切なかった。


「盗賊を生み出してる元が教会かもしれねぇ、なんて話を聞けば……お前さんは、今すぐにでも飛び出して火をつけに行きかねん」


机に置かれた紙を指で叩く。


「だが、それだけはやるな。絶対にだ」


念を押すように、言葉を重ねる。


わずかな沈黙の後、受付嬢が口を開いた。


「教会については、先ほど説明した通り……大司教が王の側にいます」


静かな声だったが、その内容は重い。


「もし王国があなたを敵と見なした場合、即座に懸賞金がかけられる可能性があります」


一拍置く。


「それも、国内だけではありません。状況によっては、魔王領側にまで情報が流れ、両方から狙われる……そういった事態も考えられます」


視線がこちらへ向けられる。


「それだけ、教会という存在に対して不信を表に出すことは危険なんです」


言葉を選ぶように、わずかに間を置く。


「だからこそ……仮に確証を得たとしても、単独で動くことは絶対にしないでください」


声が少しだけ強くなる。


「正直に言えば、今この話をしていること自体が危うい状態です」


視線を逸らさず、続ける。


「ですから……約束してください」


短く、息を吐く。


「……分かった」


それだけを答える。


二人は何も言わなかったが、わずかに空気が緩んだ。


「……ったく」


ギルドマスターが背もたれに体を預ける。


「だからこそ、だ」


ぼそりと呟く。


「今この状況で出来ることなんざ、限られてる」


机の上の紙を見下ろしながら、続ける。


「目の前にいる盗賊って存在をな……“使えねぇ”って思わせることくらいだ」


鼻で笑う。


「教会側にとって価値がない、利益にならない……そう判断されりゃ、使う理由も薄れるかもしれん」


指で紙を弾く。


「まあ、気休めみてぇなもんだがな」


小さく肩を竦める。


「結局のところ、ああいう連中は……どんな形であれ、湧いて出てくる」


視線が少しだけ遠くを見る。


「膿みたいにな」


部屋に、重い静寂が落ちた。


「……教会の話は出したが、本題はここからだ」


ギルドマスターはそう言うと、受付嬢の持っていた紙を取り上げ、机の上に広げた。


指で一点を叩く。


「今回は珍しく、“名のある盗賊”の討伐依頼がこのギルドに回ってきた」


紙の上には、見慣れた依頼書とは違う紋章が押されている。


「王国からの直々の依頼だ。挑戦状か、ただの偶然か……理由は分からん。だが最近、このギルドで盗賊討伐が続いてるのも一因だろうな」


視線を上げる。


「ただな、今回は少し違う」


一拍、間を置く。


「対象が一人じゃねぇ」


指が三度、机を叩いた。


「“義足”、“長腕”、“鱗”――どれも聞いたことはあるだろう」


確かに、耳にしたことのある名だ。


いずれも、冒険者を狩る側の存在。


「一度に三人を相手にしろとは言わねぇ。他の冒険者にも同じように話を通して、各々で受けさせるつもりだ」


そのまま、こちらを見据える。


「だが……お前さんには最初に声をかけた」


静かに言う。


「一番厄介なのを、任せたいからだ」


「問題ないか?」


迷いはない。


頷く。


「……その返事を待ってた」


マスターは小さく笑い、紙を指でなぞる。


「なら決まりだ。“鱗”――お前さんにはこいつをやってもらう」


紙に記された名を、もう一度見る。


「理由を聞いてもいいか」


問いかけると、マスターは肩を竦めた。


「単純な話だ。“鱗”はな、その名の通り装甲が異常に硬い」


腕を組む。


「普通の冒険者じゃ、まず通らねぇ。刃が弾かれる」


視線が鋭くなる。


「正面から殴り合うタイプじゃ勝てん。だが……」


わずかに口元が歪む。


「策を練るやつなら話は別だ」


短く指をこちらへ向ける。


「お前さんみたいにな」


「……だから頼みたい」


「分かった」


それだけを返す。


「よし」


マスターは満足げに頷いた。


「それと――」


ふと思い出したように言葉を続ける。


「昼間の少女の件だ。どう考えてる?」


一瞬だけ間を置く。


「仲間にするつもりはない」


「……だろうな」


あっさりとした返答だった。


「お前さんは普通の冒険者じゃねぇ。ああいうのと同じ場所に立たせるには、重すぎる」


視線が少しだけ和らぐ。


「それに、あの娘は自分じゃ自分を守れんだろう」


短く息を吐く。


「これ以上、余計なもん背負わせる必要もねぇ」


「いいとこの嬢ちゃんらしいしな。さっさと王都にでも返すのが無難だ」


それ以上は何も言わない。


「……話が長くなったな」


マスターが立ち上がる。


「今回はここまでだ」


一度だけ、視線を強く向ける。


「改めて言っとくが……教会には手を出すな」


低く、はっきりと。


「探るのもなしだ。もしやったら――」


わずかに間を置く。


「ギルドはお前さんを切る」


その言葉に、揺らぎはない。


「分かったな」


頷く。


それを確認すると、マスターは背を向けた。


受付嬢も静かに立ち上がり、そのまま部屋を後にする。


一人、残された応接室。


しばらく動かずにいたが、やがて立ち上がる。


扉を開け、外へ出る。


やることは変わらない。


装備を整え、準備を済ませる。


思考を削ぎ落とし、余計なものを切り捨てる。


――盗賊を狩る。


ただ、それだけだ。


静かに、次の戦いへと歩き出した。

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