我らが敬愛するもの
教会の文言は、いつも入口の壁に刻まれている。
誰もが目にする場所に。
祈りを捧げる者が、必ず読む場所に。
そこには、こう書かれている。
神は誰にでも平等に、幸福を与え、試練を与え、生を与え、死を与える。
神はいつもあなたのすぐそばにいて、すぐそばにはいない。
「あなた」を持ちなさい。
「あなたの使命」は神が与える。
私は、この街に一つしかない
暁の教会のシスター。
私の仕事――
いいえ、私たちの仕事は、教会の名の下に人々を最善の道へと繋ぐこと。
この街には、連日のように人が押し寄せてくる。
盗賊に襲われた村の者。
住む場所を失った家族。
すべてを奪われた人たち。
彼らは教会の門を叩く。
私たちは彼らを拒まない。
食事を配り、
眠る場所を用意し、
祈りを捧げる。
人を幸せにできる仕事。
そう思っている。
もちろん、配給にも、寝床にも、維持費はかかる。
教会も慈善だけでは成り立たない。
だが不思議なことに――
週末になると、いつも教会の前に
バスケットが置かれている。
その中には、大量のお金。
誰が置いていくのかは分からない。
ただの善意なのだろう。
この街には、優しい人がいる。
私も神父様も、それを神のお恵みとして受け取る。
そして今日も、迷える民を救う。
私たちは繋ぐ。
彼らが――
本当の幸福へと辿り着くために。
導きこそが、
我らの救いなのだから。
「シスター様!」
教会の椅子に座って祈っていた一人の男性が立ち上がり、私の方へ歩いてきた。
「シスター様、探しました。今日はお礼が言いたくて、先に慈愛の神様にお祈りしていました」
「左様でしたか。それは良い行いです。それで、お礼とはなんのことでしょうか?」
男は嬉しそうに顔をほころばせる。
「それがですね、新しい仕事が決まったのです!それがなんと、古代の王が眠る墳墓の護衛ですよ!信じられますか?こんな仕事を斡旋していただけるなんて。私はなんて幸福なのでしょうか。妻や娘も王都に行けるとのことで、何とお礼を言ったらいいのか……」
「それは良かったですね」
男は少しだけ不安そうな顔になる。
「こんな仕事について良かったのでしょうか?」
私は微笑んだ。
「もちろんです。すべては神が貴方の最善を導いてくださったのです。祈ることで救われた、それを体現できたということですよ」
男の表情はぱっと明るくなる。
「本当にありがとうございます!墳墓へは急なのですが、本日この後すぐ馬車で向かうとのことで……挨拶のために寄らせていただきました」
「ありがとうございます。この後少しだけ説明を行います。今回墳墓の護衛へは三名が派遣されますので、皆様揃い次第ご案内いたしますね」
やがて三人が集まり、別室で説明が始まった。
「墳墓へはまず教会指定の馬車にてご案内します。盗賊対策のため、馬車の中が覗けないよう外が見えない造りになっています」
私は穏やかに続ける。
「ただ安心してください。馬車の上には教会のマークがあります。教会の紋章があるものは、どんな種族であろうと襲えないという暗黙の決まりがありますし、プロテクションの魔法も施されています」
三人は安堵したように頷いた。
「道中は聖騎士団が護衛します。魔獣なども守護として彼らが対処しますのでご安心ください」
そして机の上に、小さな瓶を三つ置く。
「こちらは肉体増強のポーションです。墳墓の護衛を行う際、皆様がより力を発揮できるよう、教会の研究者が開発したものです」
その時、一人の男が手を挙げた。
「でも、それって身体に問題あるんじゃないか?」
私は頷いた。
「確かに得体の知れないものに不安を感じるのは当然です。もしよろしければ、解除の魔法もありますので試してみますか?」
男は瓶を受け取り、ポーションを飲んだ。
すると肉体が膨らみ、筋肉が浮き出る。
「おお……これはすごい!」
男は拳を握る。
「力がみなぎる!確かに問題なさそうだ!」
他の二人からも歓声が上がった。
「そう感じていただきありがとうございます。では一度、解除ポーションをお飲みください。今飲んだままですと馬車が少し狭くなってしまいますので」
「確かにそうだ、申し訳ない」
男は解除ポーションを飲み、身体は元に戻った。
「では安全性も確認いただいたところで、早速馬車にお乗りください。ポーションを服用するタイミングは、馬車の御者からお伝えします」
三人は揃って頭を下げた。
やがて部屋を出て、建物に囲まれた教会裏の中庭へ向かう。
そこには黒い馬車が一台、静かに停まっていた。
三人は順番に乗り込む。
「それでは皆様、お気をつけて」
扉が閉まり、馬車はゆっくりと動き出した。
私はその背を見送る。
すると教会の扉が開き、神父様が外に出てきた。
「もう終わったかね?」
「はい、神父様。今日も出荷できましたよ」
神父様は小さく笑う。
「いつも悪いね。どうだい、この仕事には慣れたかね?」
「もう三年ですからね」
「ところで今回の四名はどこの墳墓へ?」
「あぁ……墳墓というより洞窟ですね。いつも通り、贄の守り番になるかと」
神父様は少し思い出すように顎を撫でた。
「確かこの前、一つ冒険者に落とされたらしいね。新しい場所なのかな?」
「獣も殺されましたので、新しい牧場のためらしいです」
「そうか……あれは痛手だったからね」
神父様は遠くの空を見る。
「残を喰らう獣の次は、何の獣が生まれるかな?」
「それは神様が導いてくれますよ」
シスターは笑った。
「はは、そうだね。さあ、もう夕方だ。今日も配給の準備をしなくては」
「わかりました。今日は神父様の好きなトマトとローレルのスープらしいですよ」
「おお、それは楽しみだ」
二人で教会の中へ戻る。
そして外では、ゆっくりと太陽が沈んでいった。




