村
王から渡された革袋は、腰で揺れるたびに鈍い音を立てる。
重い。
だが、その重さは頼もしさではなかった。
宿屋の卓上に硬貨を広げたときのことを思い出す。
銅貨の縁に浮いた青錆。
湿った緑色。
爪で擦ると、粉がこぼれた。
店主は硬貨を指で弾き、眉を寄せる。
「……古いな」
それだけで十分だった。
価値はあるはずの金属が、拒まれる。
光を持ちながら、触れられない。
三軒目では、袋ごと押し返された。
重さだけが手に残る。
結局、数枚の硬貨と引き換えに干し肉を手に入れた。
固く、塩辛く、喉を削る味がした。
それでも食べた。
食べながら、自分が何なのか考えないようにした。
森が見えたとき、ほっとはしなかった。
ただ、歩みが止まらなかっただけだ。
村は低く、地面にへばりつくように広がっている。
煙はまっすぐ上がり、風はない。
足を踏み入れた瞬間、土を打つ鍬の音が止んだ。
止まった、というより、吸い込まれた。
視線が集まる。
冷たくも、熱くもない。
ただ、測る目。
「何だ」
声は乾いていた。
俺は答える。
「仕事を探している」
自分の声が、どこか遠い。
男は近づき、俺の顔を見る。
そのあと斧を見る。
「……木こりか」
分類された。
それ以上でも、それ以下でもない。
森の奥に倒木がある、と言われる。
頼みではない。
必要な作業の確認。
俺は頷く。
背後で小さな声が流れる。
「痩せてるな」
「変な金を持ってるらしい」
風はないのに、声だけが動く。
森は湿っていた。
腐葉土の匂い。
足裏に沈む柔らかさ。
倒木は苔に覆われ、長く横たわっている。
静かに朽ちる途中の姿。
斧を握る。
柄が汗で滑る。
振り下ろす。
刃が触れた瞬間、抵抗が消える。
切る、というより、分かれる。
世界に最初から引かれていた線をなぞるように、木が裂ける。
音が遅れて届く。
乾いた、短い音。
背後に気配がある。
一定の距離。
近づかない。
「……ふーん」
低い声。
感情のない確認。
「便利だな」
それだけだった。
森はまた静かになる。
驚きは長く留まらない。
奇跡も、作業の中に溶ければただの効率だ。
村へ戻ると、井戸端の水面が揺れている。
女たちの視線が一瞬こちらを掠め、すぐに離れる。
子供がこちらを見ている。
母親の手が、静かにその肩を引く。
夕暮れは赤くない。
淡く、色の薄い橙色が屋根を撫でる。
誰も話しかけない。
誰も追い払わない。
ただ、そこに“置かれている”。
使える間だけ。
あてがわれた小屋は湿っていた。
藁の匂いが重い。
横になると、天井の隙間から細い光が落ちている。
革袋を開ける。
青錆の浮いた硬貨が、月に照らされる。
鈍い緑。
腐食はゆっくり広がる。
磨けば戻るのかもしれない。
だが、磨く気力がない。
硬貨を指で転がす。
冷たい。
価値はある。
だが、受け取られない。
腹の奥が、空洞のように静まっている。
万物を両断できる。
そう言われた。
だが俺は、この村の沈黙を切れない。
距離を切れない。
視線を切れない。
夜が降りる。
どこかで戸が閉まる音がする。
それはひどく遠い。
目を閉じると、青錆の色だけが残った。
腐食は、外側から始まるのか。
それとも、内側からか




