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世界の断頭(仮)  作者: でいおん
第三章 獣
19/24

鬼仁化

――鬼子の少女との会話が、脳裏に蘇る。


「盗賊の巣窟にはいくつかパターンがある」


鬼子の少女は、淡々と言った。


「ただ、この“パターン”というのはそれぞれあるが……」


少しだけ目を細める。


「一番厄介なのは」


「獣を使役している巣窟だ」


洞窟の地図を地面に描きながら続けた。


「獣がいる巣窟に当たった場合――」


「必ず獣との戦闘になる。」


枝で丸を描く。


「獣は種類によるが……」


そこでこちらを見る。


「相当強い。」


少し間を置いて、あっさり言った。


「今のお前であれば」


「五秒ともたないだろう。」


静かな断言だった。


だがすぐに言葉を続ける。


「そこで今から」


黒い武器を手に取る。


「その獣を想定した対応策」


そして、わずかに口元を歪める。


「それと――」


「鬼子にしか使えない技を」


武器を肩へ担ぐ。


「人間であるお前に伝授しよう」


その瞬間。


鬼子の少女が動いた。


無駄のない足運び。


風を切るような踏み込み。


手に握られているのは――


黒いハルバード。


長い柄。


湾曲した刃。


鬼子はそれを軽々と構える。


重さを感じさせない動き。


そしてこちらへ向けて言った。


「いいか」


ハルバードの刃先が、静かに地面を指す。


「獣との戦闘は」


ゆっくりと視線を上げる。


「人間と同じだと思うな。」


鬼子の少女は、黒いハルバードを静かに構えたまま語り始めた。


「人間というのはな、実のところ鬼子と同じか、それ以上の闘気を内に宿しているものだ」


落ち着いた声だった。


「闘気というのは、すべての生き物が大小の差こそあれ等しく纏っている力だ。ただ人間にはそれを目で捉えることができない。おそらく、そういう類のギフトを持つ者もほとんど存在しないだろう。そもそも“闘気”という概念そのものを、人間は知らないし、認識もしていない」


ハルバードの穂先がわずかに揺れる。


「だが、この世界で名を馳せる冒険者や勇者、騎士たちは例外だ。彼らは闘気という言葉を知らずとも、それを自然に扱っている。だからこそ、あの頂にまで辿り着くことができる」


少女は静かにこちらを見た。


「鬼子である私は、万物の闘気を視ることができる。ちなみに今のお前は、人より少しだけ大きな闘気を纏っている」


そして続ける。


「まずはその闘気を広げろ。やり方は単純だ。目を閉じ、自分の中に“鬼”を思い描く。お前が知っている鬼でいい。物語に出てくる鬼でも、地獄の鬼でも、桃太郎や一寸法師に登場する鬼でもいい」


「共通しているのは、人を襲い、圧倒的な力で蹂躙し、恐怖を刻みつける存在だということだ。絶対的な悪であり、同時に絶対的な力でもある。ある意味では神と呼んでも差し支えない存在だ」


少女は穏やかに言葉を重ねた。


「その存在を、自分の身体に纏うように想像する。頭の先から、指の先から、足の先から、すべてが心臓へと伸びていくように。そして、その中心に鬼の力が宿ると想像するんだ」


――目を閉じる。


意識を深く沈める。


頭の奥に浮かぶ鬼の姿。


角を持つ鬼。

地獄の鬼。

物語の鬼。


だがそれらはやがて形を曖昧にし、重なり合い、ひとつの存在へと集約されていく。


圧倒的な力。


踏み潰す力。


恐怖そのものの象徴。


胸の奥へ、何かが集まっていく。


頭の先から。

指の先から。

足の先から。


すべてが心臓へ。


重く、熱い塊が胸の奥に生まれる。


その力が、ゆっくりと身体の外へ広がっていく。


纏う。


さらに纏う。


言葉はない。


ただ意識の奥で――鬼という存在だけが静かに膨らんでいく。


しばらくして、鬼子の少女が小さく息を漏らした。


「……筋がいい」


驚きを抑えた声だった。


「最初からここまで形にできる人間がいるとは思わなかった」


少し考えるように視線を落とす。


「復讐の強さか……それとも転生者だからか」


そして再びこちらを見る。


「だとしても、この闘気の質は尋常ではない」


少女は黙ってその闘気を見つめた。


――黒鬼に似ている。


ふと、脳裏に過った名だった。


五百年前。

鬼王大戦の時代に現れた鬼の修羅。


鬼の王と呼ばれ、鬼の中で最強と恐れられた存在。

異世界から来た勇者に討たれるまで、誰も止められなかった鬼。


もちろん、目の前の人間がそこに並ぶなど大袈裟な話だ。


だが。


闘気の“質”だけを見るならば――


ほんのわずかに、その片鱗を思わせるものがあった。


少女はその考えを口には出さなかった。


鬼子の少女の声が、静かに耳に届く。


「……もういい。目を開けろ」


ゆっくりと目を開ける。


視界は何も変わらない。

身体の外見にも、特別な変化は見当たらない。


だが――


胸の奥に、確かな感覚がある。


熱のようなものが全身を巡っている。

筋肉の奥に、力が満ちていく感覚。


身体が軽い。

それでいて、芯に重い力が宿っている。


少女がこちらを見て、小さく頷いた。


「そうだ。それが鬼子の闘気だ」


ハルバードを肩に戻しながら続ける。


「その状態で戦えば、お前は普段以上の力を発揮できる。ただし、まだ安定には程遠い。闘気というのは、修行の中で徐々に馴染ませていくものだ」


少し間を置き、淡々と付け加える。


「それともう一つ覚えておけ。その闘気は、お前の体力をかなり奪う。慣れていない今ならなおさらだ」


少女はわずかに視線を落とした。


「……そして、あえて追い打ちをかけるようなことを言うが」


顔を上げる。


「その状態でも、今のお前では獣には勝てない」


言葉は淡々としているが、断言だった。


「ただし――」


ハルバードの柄を軽く握り直す。


「勝てる確率を上げる方法はある」


こちらをまっすぐ見て言う。


「鬼子の闘気を纏った状態でのみ使える力だ。本来は鬼子にしか扱えない技だが……お前なら、ほんの一瞬なら届くかもしれない」


そして静かに言った。


「鬼子が“鬼”の強靭な力を得る強化能力――鬼仁化」


その言葉を口にした瞬間、空気がわずかに張り詰める。


「発動すると、お前の身体にも変化が現れる。額から鬼の角が生える。ただし、それは鬼仁化を使っている間だけだ」


少女の声は落ち着いているが、わずかに重みがあった。


「ただし、この力には代償がある。使いすぎれば、お前の人間性は少しずつ削れていく。限度を超えれば――」


一瞬だけ言葉を止める。


「完全な“鬼”になる」


静寂が落ちた。


だが少女はすぐに肩をすくめた。


「……とはいえ、今のお前にそこまで心配する必要はない」


こちらを見て、淡く笑う。


「仮に極めたとしても、お前が扱えるのはせいぜい一秒か二秒だろう」


そして最後に言った。


「だが、その一瞬があれば――獣を仕留める隙くらいは作れるはずだ」

.....

...

.


ーーーー意識が現実へと引き戻される。


目の前には、六本脚の異形――

残を喰らう獣。


その背に跨るビーストテイマーの男が、薄く笑っている。


獣が地面を蹴った。


ドンッ


岩床が砕け、巨体がこちらへ飛び込んでくる。


横へ踏み込む。


その瞬間、前脚の一つが振り下ろされた。


ズガンッ!!


さっきまで立っていた場所の岩が砕け散る。


すぐさま踏み込み、斧を振る。


だが――


ギィンッ


刃が弾かれた。


斬れない。


いや違う。


斬らせていない。


獣の前脚が、刃の軌道を正確に叩き落としている。


もう一度。


角度を変えて振る。


しかし――


また弾かれる。


まるで剣士のような動きだった。


(……こいつ)


ただの魔獣ではない。


刃を理解している。


三本の前脚がそれぞれ違う動きで迫る。


薙ぎ払い。


突き。


叩きつけ。


だがどれも大振りだ。


横へ。


後ろへ。


身体を流す。


避けられないほどではない。


岩が砕け、洞窟の壁に爪が食い込む。


その隙に踏み込む。


斧を横薙ぎに振る。


しかし――


ガキィン


また弾かれる。


鋼と骨がぶつかったような音。


(通らない)


いや違う。


当たっていない。


獣の前脚が刃を正確に逸らしている。


後ろ脚が踏み込み、巨体が押し込んでくる。


距離を取る。


呼吸を整える。


攻めきれない。


だが――


相手の攻撃も決定打にはなっていない。


振り下ろし。


薙ぎ払い。


踏み潰し。


どれも破壊力は凄まじいが、動きは大きい。


見えている。


避けられないほどではない。


獣の背で、男が楽しそうに言った。


「どうした?」


ククリナイフをくるくる回している。


「さっきまでの勢いはどうした?」


獣が低く喉を鳴らす。


ゴロ……ゴロ……


男が続ける。


「まぁ仕方ないか」


軽く獣の首を叩く。


「残を喰らう獣はな」


細い目が笑う。


「ただ強いだけじゃない」


ナイフを肩に乗せる。


「戦うことを覚えてる。」


そしてナイフをこちらへ向けた。


「さて――」


獣が身体を沈める。


六本脚に力が溜まる。


「そろそろ」


男が言った。


「本気で喰わせるか。」

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