洞窟の襲撃②
檻の部屋を出ようとした瞬間――
急に視界が揺れた。
足元がふらつく。
腹に鈍い痛み。
手を当てて見ると、血が滲んでいた。
「……っ」
痛みの質で理解する。
「毒か……」
倒れた盗賊の足先へ視線を落とす。
靴の先端から、細い仕込み刃が飛び出していた。
あの蹴りだ。
蹴り上げられた時、刃先が腹を掠めていた。
そしてその刃には――毒。
身体の力が抜けていく。
視界が歪み、膝が落ちる。
ついに床へ倒れ込んだ。
呼吸が荒くなる。
だが――
「……まだ、倒れるわけにはいかない」
ポーチへ手を伸ばす。
小瓶を掴む。
毒消しのポーション。
栓を抜く。
そして――
そのまま小瓶の先端を傷口の中へ押し込んだ。
激痛が走る。
歯を食いしばる。
呻きながら、薬液を流し込む。
「……ッ……!」
傷口の奥へ直接流れ込んだ薬が、毒を押し流す。
数秒後。
急激に痛みが引いた。
視界の揺れも止まる。
めまいが消えた。
ゆっくり息を吐く。
「……このまま行くか」
立ち上がる。
檻の部屋の出口へ向かう。
そして、自分が目指す居住エリアへ。
先ほどは左へ進んだ。
だから次は――右の洞窟。
通路を抜けると、空間が急に広がった。
大きな穴のような空間。
左右対称に並ぶ四つの区画。
居住エリアだ。
すべて、汚れたカーテンで閉じられている。
静かに一つ目を覗く。
中では――
五人の盗賊が眠っていた。
酒の匂い。
そしてその中央。
太った盗賊。
その横には、汚れた服の女性が倒れている。
気を失っているようだった。
顔には無数の痣。
暴行を受けたのだろう。
視線を外し、他の部屋も確認する。
二つ目。
三つ目。
四つ目。
どれも似たような構造。
だが――
人攫いに遭った女性の姿は見えない。
問題は最初の部屋。
銀の斧を腰へ戻す。
代わりに投げ斧を握る。
足音を消し、カーテンをわずかに開く。
忍び込む。
盗賊たちは眠っている。
ゆっくり近づく。
太った男の首元へ、斧の刃を当てる。
そして――
軽く押す。
それだけでいい。
万物を両断する能力。
刃が触れた瞬間。
首は、静かに両断された。
男は目を覚ますこともなく、そのまま崩れる。
音はほとんど出ない。
残りの盗賊へ向かう。
一人。
首へ刃を触れさせる。
二人。
喉を断つ。
三人。
胸へ触れる。
四人。
作業のように。
淡々と。
盗賊たちの命を断っていく。
そして――
一部屋目、制圧完了。
斧を戻す。
女性の側へ行く。
呼吸はある。
気を失っているだけだ。
そっと抱き上げる。
そして静かに部屋を出る。
通路へ出た瞬間。
一気に走る。
洞窟を戻り――
三つ目の罠部屋へ。
三つ目の罠部屋に戻ると、空いているベッドを見つける。
先ほど用心棒が寝ていたものだろう。
抱えてきた女性を、そこへゆっくり寝かせた。
気絶しているとはいえ、このまま目を覚ませば混乱する可能性が高い。
一瞬考え、ポーチから指輪を取り出す。
青い魔石が嵌め込まれた指輪。
それを指にはめ、女性へ向けて魔力を流す。
睡眠魔法。
眠りを深くする魔法だ。
続けて、もう一つ。
緑の魔石の指輪を使う。
回復魔法。
淡い光が女性の身体を包む。
顔の痣は完全には消えない。
だが、腫れは少し引いた。
先ほどよりは確実に状態は良くなっている。
短く息を吐き、立ち上がる。
すぐに居住エリアの大部屋へ戻った。
残っている部屋は三つ。
二つ目。
カーテンをわずかに開け、忍び込む。
中では盗賊が眠っている。
起こさないように近づき、斧の刃を触れさせる。
一人。
二人。
三人。
四人。
五人。
作業のように。
静かに。
全員を処理する。
三つ目の部屋も同じだった。
忍び込み、眠る盗賊たちを順に両断する。
音もなく、五人。
制圧完了。
これで数が揃う。
入口の盗賊 二名。
罠部屋の用心棒 九名。
檻の前の盗賊 三名。
襲撃してきた盗賊 二名。
眠っていた盗賊 十五名。
合計三十一名。
残りの部屋を制圧すれば、
おそらく三十六名になる。
最後のカーテンへ近づく。
静かに手を伸ばす。
そして――
わずかに開けようとした瞬間。
ドンッ!!
鈍い衝撃。
カーテン越しに、強烈な拳が叩き込まれた。
身体が吹き飛ぶ。
反対側の壁まで一直線。
背中を打ちつけ、そのまま床へ転がる。
衝撃は大きかった。
だが空中で体勢を整え、受け身を取っていた。
致命的なダメージはない。
すぐに立ち上がる。
だが――まずい。
この部屋には五人いた。
全員に囲まれれば、戦闘音で洞窟全体に存在が知れる。
その時。
ビリッ
カーテンが引き裂かれた。
そこから出てきたのは――
巨大な盗賊。
用心棒よりもさらに大きい体格。
剛腕というほどではないが、
それでも明らかに普通の盗賊ではない。
男がこちらを見る。
「おい」
ニヤリと笑う。
「殺気に気づいたと思えば……」
首を傾げる。
「お前誰だ?」
「ネズミか?」
そう言いながら、腰にぶら下げた大きなナイフを抜く。
「いいねぇ」
舌で唇を舐める。
「酔い覚ましにはちょうど良さそうだ」
次の瞬間。
巨体とは思えない速度で突っ込んでくる。
咄嗟に斧を構える。
ガキィン!!
刃と刃がぶつかる。
洞窟に金属音が炸裂する。
かなりの音だ。
その瞬間、気づく。
(……コイツ、まさか)
盗賊が再び刃を打ちつけてくる。
ギィン!!
わざとだ。
明らかに。
鋼同士を叩きつける音を、洞窟中へ響かせている。
反響する金属音。
岩壁に跳ね返り、増幅される。
まるで――
目覚ましのアラームのように。
この音は盗賊たちの耳へ届く。
眠っている者たちの脳裏に響き、
強制的に目を覚まさせる。
盗賊の男が、刃を打ち鳴らす。
ギィン――ッ!!
洞窟に響く鋼の衝突音。
反響し、何度も壁に跳ね返る。
そのまま男はナイフを構えたまま、低く呟くように言葉を紡ぎ始めた。
「――鉄の音を聞け」
低い声。
だが、はっきりと響く。
「血が滴る音に躍動し――」
ナイフを掲げる。
「我が呼応に、決起せよ」
その瞬間、理解する。
(これは……)
詠唱だ。
次の瞬間。
男が大きく息を吸い込んだ。
そして――
「ウォォォォォォォォォォォォォッ!!!」
凄まじい咆哮。
空気が震える。
岩壁が振動し、洞窟の天井から砂がぱらぱらと落ちた。
ウォークライ。
戦意を高め、仲間を呼び起こす叫び。
その声は洞窟の奥まで突き抜ける。
そして――
静寂の後。
ドドドドドド……
奥から足音が聞こえ始めた。
一つや二つではない。
無数。
通路の奥、居住エリアのさらに奥。
眠っていた盗賊たちが、武器を掴みながらこちらへ向かってくる。
洞窟の奥がざわめく。
鉄の音。
怒号。
足音。
確実に――
こちらへ集まってきている。
対応できる数には限りがある。
――最悪の展開だ。
あと二、三分もすれば、この場所には十人以上の盗賊が集まるだろう。
囲まれれば終わりだ。
今はまず――
目の前の男。
こいつに集中するしかない。
男の後ろには、まだ四人控えているはずだ。
男が笑う。
「何を考えている?」
ナイフを軽く回しながら、楽しそうに言う。
「残念だったなぁ」
「お前の奇襲作戦はおじゃんになったわけだ」
ゆっくり歩きながら続ける。
「実は俺も元は冒険者でな」
「稼ぎがいいから盗賊に転職したわけだ」
肩をすくめる。
「だからこそ分かるんだよ」
「冒険者独特の姑息な立ち回りってやつがな」
「呼吸するみたいに分かるんだなぁ」
斧を振る。
だが――
キンッ
ナイフでいなされた。
もう一度斬る。
だがまた――
ギィン
刃を弾かれる。
気づく。
こいつは刃先を避けている。
斧の柄ばかりを狙って打ち込んでくる。
特性を理解しているような動きだ。
「……お前」
思わず口に出る。
「俺の動き、見ていたのか?」
男は、すました顔で答える。
「さぁ、どうだかな?」
ニヤリと笑う。
「だがお前の刃先にはよぉ」
ナイフを構え直す。
「嫌な気配がビンビンしてるんだ」
「俺の第六感ってやつかな?」
肩を鳴らす。
「こいつはヤバい、気をつけろってなぁ」
そして、あっさり言った。
「だが俺の役目は単純だ」
ナイフを突き出す。
「足止め。」
「他の盗賊が来るまで、お前をここに釘付けにする」
「疲れ切ったところを――」
笑う。
「皆で潰す。」
再び刃を振るう。
何度も斬る。
だがいなされる。
巨体の割に、動きが鋭い。
(……動ける)
単なる力任せではない。
(緋色の弾丸で仕留めるか……?)
頭をよぎる。
だが――
(いや……)
まだ敵が多い。
ここで切り札を使うのはまずい。
その時、ふと違和感に気づく。
(……おかしい)
この部屋には、こいつ以外にも四人寝ていたはずだ。
だが――
誰も出てこない。
「あ?」
男がニヤリとする。
「さっきから俺の後ろチラチラ見てどうした?」
そして、理解したように笑った。
にたぁ……
気味の悪い笑顔。
「後ろの奴らが気になるか?」
楽しそうに言う。
「いいねぇ」
「盗賊が今か今かと出てくるんじゃないかって」
「ヒヤヒヤする感じ」
肩を揺らして笑う。
「だが残念」
「誰も起きてこないぜ?」
そう言って――
バッ
汚れたカーテンを開けた。
そこには――
血まみれの盗賊が四人。
床に倒れていた。
男が満足そうに頷く。
「そーそー」
指で示す。
「こいつらは供物なんだよ」
ゆっくり発音する。
「く・も・つ」
笑う。
「ここの洞窟の奴らはよ」
「ただ寝てるんじゃない」
親指で洞窟の奥を指す。
「奥にいるヤバいやつが喰らうために置いてた」
「いわば――」
少し考える。
「食料だ」
肩をすくめる。
「俺はさしずめ牛飼いってところか?」
少し考えて言い直す。
「いや、どっちかっていうと」
「羊飼いの犬かな?」
鼻で笑う。
「まぁそんなのはどうでもいい」
ナイフを回す。
「今日はな」
「そのヤバい奴が喰らう日だったってわけだ」
そして続けた。
「だから――」
軽く言う。
「起きてすぐ殺した。」
こちらを見る。
「お前はその手伝いしてくれたってわけだ」
にやりと笑う。
「ありがとうよ。」
そして、少し楽しそうに言った。
「こいつらの素性、知らないで殺しただろ?」
肩をすくめる。
「まぁ見た目は盗賊だしな」
顎で死体を指す。
「こいつらは流れ者だ」
「ちなみに奴隷じゃない」
少し声を落とす。
「こいつらは――」
指で床を叩く。
「村人だ。」
さらに続けようとする。
「しかもただの村人じゃない」
「こいつらはきょう――」
男が言いかけた、その瞬間。
ドスッ
鈍い音。
男の身体が一瞬止まり、前のめりになる。
言葉が途切れた。
ゆっくりと視線を落とす男。
そして膝が崩れる。
巨体がそのまま――
床へ倒れ込んだ。
何が起きたのか、一瞬理解できない。
だが次の瞬間、目に入る。
男の背中に深く突き刺さっているのは――
ククリナイフ。
湾曲した刃。
深々と背骨の横へ突き刺さっている。
これは俺の武器ではない。
つまり――
第三者。
視線を上げる。
男が先ほど指さしていた、洞窟の奥。
そこから、ゆっくりと足音が響く。
暗い通路の奥から、低い声が聞こえた。
「……お前は強いが」
落ち着いた声。
「おしゃべりなのはどうしたものか。」
影がゆっくり近づく。
倒れた男の横まで来ると、足先で軽く転がした。
「まぁ」
つまらなそうに言う。
「お前もその供物なんだけどな」
そして――
ペッ
男の死体に、唾を吐いた。




