洞窟の襲撃①
空が白み始める。
夜と朝の境目。
盗賊たちの警戒が最も緩む時間だ。
岩盤の上から洞窟の入口を見下ろす。
立っている盗賊は二人。
眠気を残した顔で、武器をだらりと下げている。
その瞬間を狙う。
岩盤から一気に駆け降りた。
落下の勢いに合わせ、ベルトから投げ斧を引き抜く。
そして――
万物を両断できる能力を付与する。
狙いを定め、放つ。
斧は弧を描きながら二人の間へ滑り込む。
刃は身体にも、指にも触れない。
ただ、二人の指に嵌められたリングの外円すれすれ――約三十センチを掠めるように通過した。
その瞬間。
リングに刻まれた魔法陣が歪む。
ぱきり、と乾いた音。
ギフト潰しの加護を持つリングの効果が、切断された。
触れてもいないはずの指輪が、内部から崩れ、細かい破片となって弾け飛ぶ。
盗賊たちはまだ何が起きたか理解していない。
その時にはもう、距離を詰めている。
岩盤から駆け降りた勢いのまま、間合いに踏み込む。
銀の斧を横薙ぎに振るう。
一人目。
刃が首を断ち、頭部が弧を描く。
そのまま振り抜き、二人目。
骨ごと断つ。
二つの身体が崩れ落ちる。
だが倒れる前に腕を伸ばし、両方の身体を受け止めた。
地面に叩きつける音は出さない。
ゆっくりと、静かに下ろす。
洞窟の入口は静まり返っている。
巡回の盗賊の姿もない。
予定通りだ。
死体はそのままにし、洞窟の中へ足を踏み入れる。
暗い通路。
そして、観察していた段差の位置へ辿り着く。
侵入者を落とす仕掛け。
迷わず、その先へ降りた。
用心棒が待ち構えているはずの場所へ。
段差の先へ降り立つ。
足が地面に触れた瞬間――
目の前に三人、横一列。
フードを深く被り、
下半身には鎧。
だが上半身は鎧を着けず、鍛え上げた筋肉を剥き出しにしている。
盗賊団の用心棒だ。
ここで待ち構えるのが、彼らの仕事。
だから配置自体は不思議でもなんでもない。
ただ――
段差の仕掛けを理解した上で、
迷わず飛び降りてくる侵入者はほとんどいない。
その異様さに、三人の視線が一瞬止まった。
ほんのわずかな沈黙。
そして――隙。
迷わない。
そのまま中央の用心棒の間合いへ踏み込む。
銀の斧に、万物を両断できる能力を付与する。
横向きのまま斧を振り下ろす。
この能力には一つの法則がある。
刃が対象に触れた時点で、両断は成立する。
振り抜く必要すらない。
接触した瞬間、
それだけで両断条件を満たす。
極めて単純で、
極めて理不尽な能力だった。
斧の刃が用心棒の身体に触れる。
その瞬間。
胴体が、何の抵抗もなく横に分かれる。
中央に立っていた用心棒は、
身体を二つに分けたまま崩れ落ちた。
両脇の二人が、目を見開く。
理解より先に恐怖が走る。
だが――もう遅い。
驚きで動きが止まったその瞬間を逃さず、斧を横へ払う。
左。
刃が触れる。
身体が両断される。
続けて右。
振り切る必要すらない。
軽く触れただけで、
用心棒の身体は綺麗に分かれた。
三人の身体が崩れ落ちる。
洞窟の奥に、血の匂いが静かに広がった。
段差の先へ降り立つ。
足が地面に触れた瞬間――
目の前に三人、横一列。
フードを深く被り、
下半身には鎧。
だが上半身は鎧を着けず、鍛え上げた筋肉を剥き出しにしている。
盗賊団の用心棒だ。
ここで待ち構えるのが、彼らの仕事。
だから配置自体は不思議でもなんでもない。
ただ――
段差の仕掛けを理解した上で、
迷わず飛び降りてくる侵入者はほとんどいない。
その異様さに、三人の視線が一瞬止まった。
ほんのわずかな沈黙。
そして――隙。
迷わない。
そのまま中央の用心棒の間合いへ踏み込む。
銀の斧に、万物を両断できる能力を付与する。
横向きのまま斧を振り下ろす。
この能力には一つの法則がある。
刃が対象に触れた時点で、両断は成立する。
振り抜く必要すらない。
接触した瞬間、
それだけで両断条件を満たす。
極めて単純で、
極めて理不尽な能力だった。
斧の刃が用心棒の身体に触れる。
その瞬間。
胴体が、何の抵抗もなく横に分かれる。
中央に立っていた用心棒は、
身体を二つに分けたまま崩れ落ちた。
両脇の二人が、目を見開く。
理解より先に恐怖が走る。
だが――もう遅い。
驚きで動きが止まったその瞬間を逃さず、斧を横へ払う。
左。
刃が触れる。
身体が両断される。
続けて右。
振り切る必要すらない。
軽く触れただけで、
用心棒の身体は綺麗に分かれた。
三人の身体が崩れ落ちる。
洞窟の奥に、血の匂いが静かに広がった。
三人の用心棒が崩れ落ちる。
だが、生死を確認している時間はない。
すぐに周囲へ視線を走らせる。
罠の有無。
落とし穴、弓罠、魔法陣――
そういった仕掛けを警戒して壁や床を確認する。
だが。
それらしい細工は、一つも見つからなかった。
ここはあくまで待ち伏せ用の場所。
侵入者を落とし、用心棒で処理するだけの単純な構造なのだろう。
それ以上深入りはせず、来た段差を登り返す。
そして、先ほどの洞窟の通路へ戻った。
ここから先が――正規ルート。
つまり、盗賊たちが普段使っている道だ。
当然、見張りや巡回がいる可能性は高い。
足音を殺し、慎重に進む。
今倒した数を頭の中で整理する。
入口の見張りが二人。
待ち構えていた用心棒が三人。
合計五人。
だが、それは――
あくまで用心棒三名、盗賊二名を倒したに過ぎない。
立ち止まっている時間はない。
もっと速く。
もっと静かに。
そう自分に言い聞かせながら、洞窟の奥へと進んでいった。
正規ルートを進む。
洞窟の構造は単純ではなかった。
途中、ハタオリドリ式の分岐が三つ。
侵入者を落とし、別室で処理する構造。
先ほどと同じ仕掛けだ。
当然――罠側の部屋には用心棒がいる。
一つ目の部屋。
両手でメイスを握る大柄な男。
飛び降りた瞬間に振り下ろそうとしていたが、
その前に距離を詰める。
銀の斧が触れる。
それだけで身体が両断された。
二つ目の部屋。
今度はカトラスを持つ男。
抜き放つ動作の途中で、
刃が腕に触れる。
腕ごと胴体が裂け、崩れ落ちた。
三つ目の部屋。
短槍を構えた用心棒。
突き出された穂先を斧で払うように触れる。
槍が、腕が、胴が――
一直線に断たれる。
万物を両断する能力。
武器も鎧も、意味を持たない。
途中、一度だけ背後からの襲撃があった。
足音は聞こえていた。
だから振り返らない。
気付いていないふりをする。
盗賊が剣を振り上げた瞬間。
振り返りざまに、斧を一閃。
盗賊の身体が真っ二つに裂ける。
やはり寝起きなのだろう。
動きは鈍く、殺気も弱い。
警戒も緩い。
洞窟の奥へ進むと、
構造が変わった。
ハタオリドリ式ではなく、普通の分かれ道。
右か、左か。
一瞬だけ迷う。
その時――
左の洞窟の奥から、微かな声が聞こえた。
うめき声。
耳を澄ます。
女性の声のようだ。
人攫いの檻の可能性がある。
もし人質に取られれば厄介だ。
迷う理由は消えた。
左の洞窟へ進む。
足音を消し、壁際を進みながら、
そっと覗き込む。
そこには檻があった。
中には三人の女性。
薄着のまま床に座り込み、
生気のない目でうつむいている。
衰弱しているのだろう。
そしてもう一人。
薄汚れた学者のような服を着た女性が、
床に倒れている。
檻の外には盗賊が三人。
中年の男たちだ。
酒でも飲んでいるのか、
だらしなく座り込みながら話している。
「俺はあの娘だな」
「いや俺はこっちが――」
そんな内容。
誰がいいだの、どれがいいだの。
下世話な会話。
情報としての価値はない。
聞く必要もない。
投げ斧を取り出す。
万物を両断する能力を付与。
そして放つ。
斧は弧を描き、三人の間を通り抜ける。
リングの外円を掠める。
その瞬間。
盗賊たちの指に嵌められた
ギフト潰しのリングが弾けた。
魔法陣が歪み、砕け散る。
男たちが気付いた時には遅い。
一気に踏み込む。
一人目。
斧が触れる。
胴が裂ける。
二人目。
首に触れる。
頭が落ちる。
三人目。
横薙ぎの一閃。
身体が二つに分かれた。
静寂が戻る。
檻の中の女性たちがこちらを見る。
驚きと恐怖。
そして、かすかな声。
「……ヒエッ」
小さすぎる声だった。
異様なほどに。
衰弱しているのが一目で分かった。
倒れた盗賊の一人を確認する。
腰のベルトに、鉄の鍵束。
檻の鍵だ。
それを取り上げ、檻の前へ立つ。
中の女性たちは怯えた目でこちらを見ていた。
助けが来たのか、それとも別の恐怖なのか判断できない顔だ。
余計な言葉はかけない。
端的に伝える。
「冒険者だ。助けに来た」
それだけ言って鍵を差し込む。
錠が外れる音が、小さく響いた。
だが続けて言う。
「ただし、救出が任務ではない」
女性たちの表情がわずかに強張る。
構わず続ける。
「ここはまだ盗賊の巣の中だ。だから速やかに動いてほしい」
洞窟の入口の方向を指で示す。
「この洞窟を戻っていけばいい。途中の敵はすべて制圧してある」
そして一つ、強く言い添える。
「ただし――外には出るな」
女性たちが戸惑った顔をする。
「戻って三つ目の罠部屋がある。そこに隠れていろ」
ハタオリドリ式の部屋。
用心棒がいた場所だ。
「そこなら外から見えない。安全だ」
短く周囲を確認する。
「盗賊の掃討が終わったら迎えに来る」
それだけ告げて、檻の扉を開いた。
「それと――」
立ち去ろうとする女性たちに、もう一言だけ付け加える。
「簡易的だが、用心棒用の食料が置いてある」
先ほど確認していた。
干し肉や硬いパンの類だが、腹を満たすには十分だ。
「腹が減っているなら食べておけ」
その言葉の直後。
かすかに――
ぐう…
小さな腹の音が鳴った。
三人の女性のうち、誰かの腹だろう。
だが本人たちは顔を伏せ、何も言わない。
警戒はまだ解けていない。
それでも互いに顔を見合わせ、ゆっくりと立ち上がると、
指示した洞窟の奥――来た道の方へと歩き出した。
足取りは重いが、動けないほどではない。
そのまま三人は、暗い通路へ消えていった。
――そこで気づく。
一人、まだ出ていない。
檻の中。
薄汚れた学者のような服を着た女性が、
床にうつ伏せのまま倒れている。
近づいて確認する。
呼吸はある。
死んではいない。
ただ、意識がないのか動かないだけのようだった。
抱き起こすほどの時間はかけられない。
舌打ちを一つして、足を上げる。
そして――
二の腕を軽く蹴った。
二の腕を蹴られた衝撃で、女性の身体がわずかに揺れる。
しばらくして、ゆっくりと身を起こした。
床に座ったまま、こちらを見る。
目は濁ってはいない。
むしろ、妙に鋭かった。
そして口を開く。
「……どうして逃がさず、まだ盗賊の巣窟に残すんですか?」
声は弱いが、言葉ははっきりしている。
「甘いことを言って、実はあなたも盗賊の一人で……」
じっとこちらを睨む。
「襲撃して制圧した後、あの子たちを売るつもりなんじゃないんですか?」
警戒心が剥き出しの目だった。
疑うのは当然だろう。
捕えられていた人間が、
突然現れた武装した男を信用できるはずもない。
こちらは短く息を吐く。
「違う」
それだけ言ってから、淡々と続けた。
「この大地は、魔獣や魔物が闊歩している」
洞窟の外の方向を顎で示す。
「今の状態で外に出ても、街まで歩いて戻れる人間はほとんどいない」
事実を並べる。
「良くて一人生き残れたらいい方だ」
視線を女性に向けた。
「ゴブリンに見つかれば種落としにされる。運が悪ければ魔獣の餌だ」
感情は乗せない。
ただ現実を言う。
「それに――」
一瞬だけ言葉を区切る。
「捕えられていた女子の臭気は、魔獣を引き寄せる」
長期間閉じ込められた人間特有の匂い。
血、恐怖、衰弱。
それは魔物にとって格好の目印になる。
「だから外には出さない」
静かに言った。
「生存率を上げるためだ」
洞窟の奥を一瞥する。
まだ終わっていない。
「では――私も行きます」
そう言って、学者の格好をした女はゆっくり立ち上がった。
ふらつきはあるが、先ほどまでの衰弱した様子は薄れている。
こちらを真っ直ぐ見て言う。
「こう見えても、冒険者としてはかなりレベルが高い方だと思います」
一拍置き、はっきり続ける。
「もちろん盗賊を倒すお手伝いですが、正直、あなたのことは信用できません」
そう言いながら、腰に下げていた本を開く。
古びた魔導書のようだった。
指でページをなぞり、何かを読み上げ始める。
低い詠唱。
すると――
彼女の身体の傷が、ゆっくりと塞がっていった。
裂けていた皮膚が閉じ、血の跡が消えていく。
「私の使う魔法は、この本に詠唱が載っていて、それを読むことで発動します」
本を軽く持ち上げる。
「ただ、何発も出せるわけではありません。大体、一日で各魔法を二回から三回程度」
少しだけ得意げに続けた。
「この本には魔法の能力を格段に上げる効果があります。威力が上がったり、普通に詠唱するよりも使用回数が一回増えたり」
自慢するような口調だった。
「……信用していないんじゃないのか?」
そう聞くと、彼女は肩をすくめた。
「信用はしていません」
あっさり言う。
「でも、理由はごもっともでした」
少しだけ表情を緩める。
「先ほどよりは、マシです」
そう言うと、檻の外へ歩き出した。
その瞬間――
シュッ
洞窟の出口側からナイフが飛んできた。
一直線に、学者へ。
当たる直前。
斧を振り上げ、片手で弾く。
キィンッ
金属音と共にナイフが壁へ弾き飛ばされた。
だが――
その一閃の死角。
影が飛び出す。
盗賊だ。
半月型のナイフが、喉元へ迫る。
だがもう片方の手には、すでに投げ斧を握っていた。
振り上げず、そのまま叩きつけるように弾く。
刃同士がぶつかり、盗賊のナイフが逸れる。
次の瞬間。
盗賊の足が腹へ突き刺さった。
空中へ跳ね上げられる。
そのまま身体を踏み台にされ、盗賊は壁へ跳び、腰からナイフを引き抜く。
壁を蹴り――
再び突っ込んでくる。
だが。
すでに投げ斧は放っていた。
盗賊はそれに気づいていない。
斧が肩へ直撃する。
そしてそのまま。
肩から胴体へ。
真っ二つに裂けた。
盗賊の身体が崩れ落ちる。
洞窟に静寂が戻る。
小さく息を吐いた。
「……少し、無駄足をしたな」
時間を使いすぎた。
異変に気づいた盗賊が、居住エリアからこちらへ向かってきている可能性がある。
時間がない。
ふと、頭に浮かぶ。
――人攫いに遭っていた女性たち。
もう戻っているだろうか。
その時。
一つの考えが浮かぶ。
「……そうか」
学者を見る。
「もし協力してくれるなら」
短く言う。
「女性たちの盾になってやってくれ」
洞窟の奥を指す。
「俺のことは俺に任せろ」
学者が目を見開く。
「待って、それじゃ監視が――」
言い終わる前に遮る。
「遊んでいる時間はない」
低く言った。
「時は一刻と迫っている」
そして最後に。
「やるべきことを果たせ」
学者は一歩後退る。
そして、今起きた出来事を思い返した。
もし、あの男がいなければ。
さっきのナイフで、自分の喉は裂かれていたかもしれない。
ようやく、現実味が追いついてくる。
彼女は小さく息を吐いた。
「……わかった」
顔を上げる。
「じゃあお願いするわ」
少しだけ笑う。
「こっちは任せておいて」
そう言うと、彼女は踵を返し――
出口へ向かって駆けていった。




